第十二話:真理の研究
はい。いよいよですね、いい感じです
研究者を名乗った男は、ダルそうな目でこちらをじっと見つめた。
「……で、お前らは何の用だ?俺は今、色々忙しいんだ」
男はそう言って、うんざりしたように溜息をついた。
男の視線は未だ下を向いている。
「おいおい……何で大人がおんねん……消えたんちゃうんか……」
山縣が思わず苦笑いする。
しかし、伽那はその態度に眉をひそめ、じっと男を睨みつけた。
「今、政府って言った?」
「あぁ、言った」
「ということは、あの霧と関係あるってこと?」
伽那は一歩前に出ると、杏花と共に戦闘の構えを取った。
「少し、話を聞かせてもらいたいね」
男が視線を上げ、二人を見た時、一瞬目を見開いたが、すぐ何もなかったかのように苦笑した。
「あの霧ってのは、先日の霧のことか?」
「そうだよ。あれが発生してから、人が消えてるんだ」
「あーそうか。だが、残念ながら俺には答えれねぇな」
「どうして?」
杏花が男との距離を少しづつ縮める。
同時に、その場にプレッシャーがかかった。
「おいおい、勘弁してくれ。戦闘は得意じゃないんだ。」
そう言いながら、男は両手をひょいと上げて、降参のポーズをとった。
「俺は霧の開発には大して関わってない。
だから、お前らが聞きたい事は答えれんと思うぞ?」
「でも、霧について多少は知ってるってことだね?」
伽那の言葉に、男が肩を竦めてみせた。
「あぁ、多少はな」
「じゃあ、話してくれないかな」
伽那は男をじっと見る。
男は苦笑しながら、自嘲気味に言った。
「勘弁してくれよ。それに、そんな易々としゃべると思うか?」
「それが答え?」
男と伽那達一行の間に、琴線にように張り詰めた空気が流れる。
しかし、この空気を最初に破ったのは、那岐だった。
いつの間にやら男の背後に立ち、穏やかな声を響かせる。
『この二人は普通に強いよ? 早めの降参をおススメしておくよ』
「そ、そうやぞー……」
山縣も細々とした声で同調した。
囲まれた男は驚いて那岐の方を一瞥し、また両手を上げた。
「わーってるよそんな事。俺にも多少面子ってもんがあるんだよ。多少な。
話す方がメリットが多い。どうせ俺も政府に切り捨てられたタチだ」
ふてぶてしくそう言った男は、くるりと背を向ける。
それにつれて、男の白衣が翻る。
「ついてこい。続きは奥で話してやるよ」
男が壁の一部に手を触れると、ゴウンと重たい音と共に隠し通路が開いた。
その奥は完全な闇で、まるで飲み込もうと待ち続けている大怪獣の口のようだった。
「ほら、こっちだ」
男はそう言い残して、暗がりへと歩み去っていく。
その背後を、伽那と杏花が目配せを交わし、慎重に後を追っていく。
続いて、那岐、山縣もまたその通路へと飲み込まれていった。
「……おい、ホンマに付いていって大丈夫なんか?」
那岐のそばに寄った山縣が小さな声で呟いた。
『俺に聞かれても困るね。でも、まぁ大丈夫だろう。
あの二人は昔から鍛えられてるから、早々窮地には陥らないと思うよ』
「なら別にええんやけどなぁ……」
「――あ、出口だ」
暫く進んだ先で、伽那の声が前方から聞こえた。
開けた通路の先は、小さな部屋だった。
今にしてはかなり珍しい裸電球が、通路の闇を赤褐色の光で追い払っている。
部屋の中央には、年季の入った木製テーブルが置かれ、
周囲を六脚の椅子が囲んでいる。
「ここは元々政府の施設なんだが、今は俺の隠れ家だ」
男はそう言いながら、中央の椅子にドカリと座った。
「お前らも座れよ。折角だ」
いつの間にか右手でウイスキーの入ったグラスを持ちながら、男は伽那達を見る。
「……じゃあ失礼するとするよ」
伽那達は互いに頷き合いながら、慎重に椅子に腰を下ろした。
と、男の目つきが変わる。
「――それで、何が聞きたい?」
* * * *
裸電球がスポットライトのように、男と伽那達を照らす。
「あの霧は政府のもので間違いないんだよね?」
伽那が問いかける。
「あぁ、間違いない。あれは酵素の一種だ」
「酵素……?じゃあその効果はなんなんや」
山縣が表情を硬くして男を見据える。
「恐らく、人間のタンパク質を直接分解してるんだろうな。
多分だが……翻訳因子とmRNAの結合を妨害しながら、
タンパク質も分解してるんだろうな。効率が良くできてる」
「……??」
杏花や山縣が首を傾げる。
「あー……まぁ、簡単に言えば、まさしく人間を消すための働きを持ってるってことだ」
それを聞いた伽那にはある疑問がふと浮かんだ。
「……じゃあ何で僕たちは無事なの?」
「さぁな。俺もあの酵素については数年前の段階のものしか知らん。
どうせ何かあるんだろうな。あの政府がわざわざこんなミスなんてしねえ。
そもそもだ。……当時はあんな効果はなかった」
「……後から、改造されたと?」
伽那が片眉を潜めながら男を見る。
男は、軽く溜息を吐き、ウイスキーをコクリと飲む。
赤褐色の光が氷で反射し、氷の動きに合わせて、キラリと光る。
男がグラスを傾けると、氷はカランと虚しく音を立てた。
「……元々、あれ――フォクサラーゼは、”空気中”では働かないはずだった。
俺が現場を離れた後くらいから、
上の連中があれの開発にかなりの金をかけていたんだとよ
恐らく、その結果、あの効果が付け足されたんだろうな」
男が静かに、ウイスキーをあおる。
「――これが俺が話せるすべてだ。……ただ一つ」
男が椅子を軋ませながらゆっくりと立ち上がる。
「――知りたいなら、北海道に行け」
「……北海道?」
「そうだ。酵素の”開発者”が今そこに潜んでるはずだ。恐らく札幌辺りだろう。
深入りする勇気があるのなら、そいつに会えばいい」
「……開発者ってまた、大元狙いやな」
山縣が肩をすくめ、苦笑しながらそう言う。
「じゃあ俺はこれで失礼する。最後に一つ。」
男はそう言いながら、ウイスキーを片手に、
再び現れた通路の闇へと足を向けながら、背中越しに言った。
「……まさか、お前がこんな所にいるなんてな。今日はとんだ災難だ。
お前らもせいぜい頑張ることだな」
それだけを言い残し、男はスッと闇の中へ消えていった。
「……?? なんのことだろう」
「さぁな」
山縣が肩を竦める。
「取り敢えず、戻って状況を委員長に伝えよか。情報量キショいわ」
その言葉を皮切りに、伽那達は椅子から立ち上がった。
裸電球の光が、じんわりと目に滲んだ。
* * * *
男は闇の中を、ふらふらと彷徨うように歩いていた。
やがて、立ち止まり、大きなため息をつく。
「まさか、ここに来て、俺らが作った人間までもが、政府に歯向かうとはな。
とんだ皮肉……いや、自業自得か。政府との約束通り、あいつらに事情は話した。
後は、――いや、俺には関係のないことか。もう縁もねぇしな」
男は再び歩き出し、誰もいない通路の奥へと歩き去った。
乾いた足音は、闇の中へと飲み込まれていく――。
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