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第72話 くだらないけど大切な話

「美緒?開けて……もう、ご飯も食べてない……美緒?聞いてる?早くドア開けて」

「……………」


美緒の自室前。


あの日から丸2日。

美緒は引きこもっていた。


「ねえレグ?入れないの」

「うむ。転移を試みたがな。弾かれてしまうのだ。……いったい何があったというのだ?」

「うん……念話も繋がらない。……気配はあるから……無事であることは間違いないのだけれど」


部屋の前で頭を抱えるリンネとガーダーレグト。


後ろには心配そうな顔でルルーナとミネア、そしてレリアーナとたち。

ギルドで生活する妙齢の女性全員が集まっていた。


当然発端は皆承知している。


男たちの猥談(わいだん)を盗み聞きした美緒が原因だという事を。

余りの内容に卒倒した事は分かっていた。


だけど肝心の美緒と全くコンタクトが取れない。


これでは何もできない。


当然ながら女性たちには一番の(きも)であるザッカートの事は伏せてある。

もっとも団員たちは共有を済ませ、実は今、団員全員の前でザッカートは土下座していた。



※※※※※



「お、親方、やめてください。悪いのは俺達なんです」

「そ、そうですよ、うっかりしゃべっちまった俺とミルライナが悪いんだ、親方のせいじゃねえ」


修練場。

まさに今、居た堪れない空気に包まれていた。


「馬鹿野郎。悪いのは俺だろ?そもそも俺は口留めすらしていねえ。お前らだって黙ってくれていたじゃねえか。俺の煮え切らねえ態度が原因だ。――本当に済まねえ」


微動だにしないザッカート。

そこにレルダンが静かに近づきいきなりザッカートを蹴り飛ばした。


「ぐはっ!??」

「見苦しいなザッカート。貴様、その程度なのか?貴様の想いは」

「ぐうっ、レルダン……お前の言ったとおりだな……つけが回ってきやがった」


おもむろにさらに蹴り飛ばすレルダン。

そして言い放つ。


「バカかお前?誰がそんなこと言った。貴様の覚悟は俺たちの前で土下座する程度なのかと聞いている。美緒がもう2日部屋から出てこない。貴様の土下座?ふん。価値なぞないだろうが。まだ下らないプライドをさらすのなら……ここでお前を殺す」


吹き上がるレルダンの殺気。

皆の背筋に悪寒が走る。


本気だ。

このままだとレルダンは間違いなくザッカートを殺す。


ゆらりと立ち上がるザッカート。

そしてレルダンを見つめた。


「どうすりゃいいんだ」

「下らん。貴様は思春期のガキか?」


「なっ?く、くそっ、分かんねんっだよっ!!情けねえがどうすりゃいいか分かんねんだっ!!俺は美緒が好きだ。世界で一番好きだ。だけど、悲しませちまった……」


「ハッ、ハハハッ、ウハハハハハハハハハハ」


突然笑いだすレルダン。

皆があっけにとられる。


「ハハ、ばかばかしい。…しょせん貴様はその程度だったという事か。お前今美緒のこと考えておるまい?てめえの事だけだ。……良いだろう、人生の先輩として一つだけ教えてやる」


そう言いレルダンはザッカートの胸ぐらをつかみ上げる。


「貴様は何一つ悪い事はしていない。まずそれを分かれ。今回の事は美緒の心ひとつだ。経験のない美緒がただ混乱している。それだけだ」


「っ!?なっ?!!!」


「貴様程度の行動で美緒がひきこもる?己惚れるのもいい加減にしろ。美緒は多分こう考えている。確かに混乱したのだろう。最近特に優しいお前が彼女に似た女で欲を発散していた。――ああ、ショックだろうよ」


「………くっ」


「そして彼女は考えたはずだ。実は本当はザッカートは自分と『そういうこと』をしたかったのではないかと。欲に任せ貪りたいのだろうと。あの可愛らしい顔を、体を欲望のまま貪りたいのだろうと」


「っ!?お、俺は……」

「だからお前の覚悟はその程度かと聞いた」


そして殴り倒すレルダン。

ザッカートの口が切れ出血する。


「貴様……美緒を甘く見るなよ?彼女がその程度の考えで止まる訳がないだろうが!!」


「どういう……」


「ふん。しょうがないサービスだ。良いかよく聞けよこの野郎。俺は今最高に頭にきている。美緒は今、“お前の事を想って”出てこられなくなっているんだ」


「っ!?」


「今回の騒動、いずれ全員が知る。当然だ、皆美緒を愛している。そしてその原因がお前とわかれば美緒はお前のことを心配するのだ。どうすればお前が今まで通り過ごせるのか、ギルドが問題なく動いていくのか。今美緒はそれを悩んでいる。それだけだ」


「っ!?」


「貴様のすることはただ一つ。今すぐ美緒の部屋に行け。そして心からの笑顔を向けろ。『俺は大丈夫だ。今まで通り、問題ない』そういえば終わる話だろうが。このバカ者が」


レルダンは大きく深呼吸をしザッカートに視線を向ける。


「お前は優しすぎる。そして美緒もな。だが俺はそんなお前らが嫌いではない。さっさと行け」


「……レルダン……」


「ああ、もっとも仲直りした後は『地獄』だぞ?美緒の追及が待っているのだからな。せいぜい誠意を見せることだ。まあ俺だって譲るつもりはない。勝手に振られることを願うがな。だがそれは美緒が望むところではない。悔しいが。それだけだ。さっさと動け!!貴様は木偶(でく)ではないのだろう?」


「……恩に着る」


ザッカートは立ち上がり美緒の自室へと走り去っていった。

皆がほっと溜息をついた。


「さて」

「「「「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」」」



「貴様ら……分かっているな?構えろ。扱きぬいてやる」



※※※※※



女性陣が陣取る美緒の部屋の前。

息を切らしザッカートが駆け込んできた。


レルダンに殴られあちらこちら出血している姿に女性陣からざわめきが湧く。


「美緒、聞こえるか」

「……………ザッカート?」

「ああ、俺だ。入っていいか?」


「…………うん」


そして開くドア。

女性陣が驚愕に染まる。


「えっ?どうして……ザッカート?」

「すまねえ。後で説明する。……二人きりにして欲しい」


「う、うん」


ザッカートを残しドアの前から姿を消す女性たち。

大きく深呼吸をして部屋に入る。


「まったく。格好つかねえな」

「……ねえ」

「うん?」


「……いなく……ならないよね?」


レルダンの言った事。

まさにその通りだった。


目を真っ赤にはらし、少し衰弱しやつれた美緒の顔。

心の底からあり得ないような欲が沸き上がる。


でも……

ここで彼女を抱きしめてはいけない。


それだけは――絶対にダメだ。


「ひでえ面だな、美緒」

「……あなたもね」


美緒は理解しているかは分からないが“真実”にたどり着いていた。


行為はあくまで行為。


思うところはあるものの、飲み込むことはできた。

でもこうなった原因である今回の騒動。


それから連なる皆の感情。


美緒はそれをどうしても消化する事が出来なかった。

きっと『ギスギス』してしまう。


それだけは嫌だった。

そして自分だけではどうにもならない。


だってそれはザッカートの心の中の事だから。


美緒にはどうすることもできない事だった。

だから彼女は一人、ザッカートが気づいて自ら来ることを待っていた。


「はっ。俺がそんなタマかよ。心配すんな。今まで通りだ」

「本当に?」


「ああ。……美緒?」

「ん?」


「俺はお前が好きだ」


「っ!?」


「でもな。……俺が好きな美緒は……このギルドを、そして皆を愛する美緒なんだ。今の俺じゃそんな美緒を独占する権利も資格もねえ」


「………」


「まずは心配している皆に顔を出してやってくれねえか?俺だって……ギルドが好きだ。みんなが好きなんだ。……色々悩ませて、悪かった」


「もう……男の人は勝手なんだね。……私2日間も引きこもってたのに……馬鹿みたい」


「そうだな。本当にすまなかった。……でも、そんなお前だから……皆が愛するんだ。リンネ様とか呼んでも良いか?」


「う、うん。……怒られる……よね?」

「まあな。でも怒るよりも……心配されてるけどな」


下を向きうつむく美緒の頭に手を乗せる。

びくりと体をはねさせ、恐る恐る顔を上げる美緒。


「前にも言ったろ?“男は欲で女を抱ける”。でも俺はもうしない。誓う」

「………ズルいよね」


「……ああ。そうだな」

「はあ。本当に私、馬鹿みたい。……ねえ?」


「ん?」

「ザッカートも私で妄想したの?」



「……………言わなくちゃダメか?」

「うん。聞きたい」


ザッカートは自分の髪の毛を乱暴にかきむしりため息交じりに口を開いた。


「そうだよ。何回もお前を想像して妄想した。お前のその可愛い唇も、胸も、尻だって……何度も妄想の中で…くそっ、恥ずかしいこと言わせんな」

「うわー。ひくわー」


「ぐうっ」


自分の体を抱きしめ、汚いものを見るような瞳を向ける美緒。

かつてないダメージがザッカートの心をえぐる。


「ねえ」


「……なんだよ」

「娼館の女の子、可愛かったの?」



「……それも言わなきゃダメか?」

「うん」


「……吐き気がした」

「……は?」


ザッカートは遠い目をし、そして。

悔恨の念が彼の表情を暗くする。


「――俺はあの時…お前に対してメチャクチャ欲情してたんだ。抱きたい、俺のものにしてえって」


「うう、聞くだけで恥ずかしい」


「我慢しろ、俺だって頭が弾け飛びそうだ」

「……それで?」


「あ、ああ。だからお前にカッコいいこと言ったくせに……どうしても欲を発散したかった」

「……」


「だからお前に少しでも似ている…黒髪の女を抱いた」

「……あと小柄で若くて胸の小さい女の子、でしょ?」


「ぐうっ」


俺はレルダンの言葉を思い出してしまう。


『後で地獄を見るがな』


まさにそうだ。

何で好きな女にこんな情けない事逐一説明しなくちゃならねえんだ。


「どうして吐き気がしたの?男の人は欲で抱けるんでしょ?キスしたり、体とかいっぱい触ったんでしょ?たくさん…そ、その……ハアハアしながら……もっとエッチなことも……」

「勘弁してくれ……いっそ殺してくれ」



私は大きくため息をつく。

まあ、そうだよね。


一応好きになってくれてるみたいだけど……

その“相手”からこういう事聞かれるって……


うん。


「――いくら似ていようと、まあ似てねえが……お前じゃねえ。俺が抱きたいのは……愛してるのは美緒だけだ。だから俺は自分が情けなくなっちまった。それに…」


「……それに?」

「その女に……申し訳なかった」


ザッカートは消沈した顔で死にそうになりながら話を続ける。


「確かにアイツらは商売だ。だから割り切れるし後腐れもねえ」

「……」

「だけどあの娘、終わったあと俺に惚れちまってた」


「色男だね」

「ぐうっ。くそっ、言い返せねえ。……すまん。勘弁してくれ。……だからそういう事だ。てめえがとことん情けなくなっちまったんだ」


私は大きく息を吐き、天を見上げる。


この世界を包む様々な脅威。

今回の事はきっと比べることもできない下らない事なのだろう。


でも違う。

とても大事なことだ。


だって。

私たちは“生きている”。


だから恋だって恋愛だって――必要な事だ。


何より私は2日も引きこもった。

無茶をして死にそうになったあの時よりも長く、私は役に立たなかった。


「ねえザッカート」


「……なんだ」

「また娼館、行っても良いよ?」



「はあっ?!」

「だって男の人……たまるんでしょ?健康に悪いのよね?」


「まあ、そうだが……」


私は真っすぐにザッカートを見つめた。

ああ、やっぱりカッコいい。


「私は正直……違う女を抱いた同じ手で触られたくない」


「……うう、まあな」

「でも……愛はないんでしょ?」


「……ああ」


「じゃあさ、教えないで。知らなければ関係ないもんね。まあ今回は私が勝手に盗み聞きしちゃっただけだし。……だからもうそんな顔しないで。いつものあなたでいて欲しい」


なんかほっとした自分がいた。

みんな生きている。

完璧な人間なんていない。


私はそれを実感していた。

私はやっと、心の底からここがゲームではない――


“現実世界”だと何故か納得していたんだ。


「私サロンに行くね?一緒に行く?」

「……いや。スマンが気持ちの整理がつかねえ。後で行くわ」


「分かった。ねえ、約束」

「うん?」

「今まで通り、だよ。いきなり居なくなったら、絶対探しちゃうからね。だから……いなくならないで」


「っ!?……ああ、それは絶対に誓う」


「ん。じゃあ後でね」

「ああ」


私はサロンに転移した。



※※※※※



美緒の居なくなった彼女の部屋。

彼女の残り香なのだろう、とてもいい香りがする。


好きな女の好きなにおい。

俺は大きくため息をついた。


「――思春期のガキ、か……」


レルダンの叱責が胸を締め付ける。




「ほんと、敵わねえ」


俺は美緒の部屋を後にした。


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