第60話 強くなる団員たち。さらに上を目指しています
数日前のギルド本部の修練場。
熱気に包まれた訓練に、若き力がまさに開花を始めていた。
「よおーっし、2倍、クリア―だあああっっ!!」
ラムダスの雄たけびが修練場に響く。
「おいらも負けねえ!!ぐうっ、はああああっっ!!」
続けざまにライネイトも咆哮を上げる。
彼らは今、マールのもたらした在り得ないような訓練を自らに課していた。
※※※※※
この世界、いきさつはどうあれ私がやりつくしたゲームに酷似している。
レベルとステータス。
数値化されたそれはまさに十全たる事実としてこの世界に適応され、いくつかの公式によりあらゆる数値が決定されているんだ。
例えば単純には物理100の人が攻撃をして防御力50の人が受ければ50のダメージが通る。
HPが50の場合、受けた方は戦闘不能になる、というように。
まさにゲーム。
もちろん皆生きている“生身の人間”だ。
機械ではないのでその時の調子も影響する。
たとえ数値が高くても油断すれば格下に足を掬われることだって多々ある。
さらにはスキルやバフ、デバフなど様々な要素が絡み合う。
もちろん装備などの要素も含まれてくる。
だけど基本から大きく外れる事はない。
最終的には整えられた数値が絶対の真理となるのよね。
でも。
――天才マールの持論は違う。
基本を踏襲するものの、さらにプラスアルファを引き出していたんだ。
『想い。それはまさに数値を凌駕する。望むのだ。願うのだ。誰よりも強くと。さすればその力、天元を超える』
いうなれば精神論。
確固たる方向性を見出したそれはもはや一つの哲学にまで昇華していた。
そして彼はまさに実証している。
だが基本は重要だ。
だからこその無茶苦茶な訓練。
マールデルダが強い理由。
凄まじい鍛錬と挫けない精神力。
そして――自身を100%信じる心。
強い事を当たり前とする。
積み上げた自信と確固たる信念。
ゆえに彼は最強なのだ。
※※※※※
「ははっ、うける。……おっかしいよな。マール、数値があてにならないんでしょ?」
以前修練場で鍛錬するマールを見ながらアルディが私に問いかけた。
「うん。確かにマールは強い。戦闘を司る物理の数値、5000超えてるし。でも明らかにおかしい。多分与えるダメージ10000は軽く超えてくる。……計算合わないのよね」
彼マールは天才だ。
きっと意識し、瞬時にその時の最適解を紡ぎだして行動している。
何より戦闘に対するセンスが凄まじい。
「でもさ、美緒ならマールに勝てるんでしょ?」
「うん。多分彼に何もさせないで完封できると思う。ていうか今のところ模擬戦10勝0敗なんだけどね。でも……」
あれから私はマールと何度か模擬戦を行っていた。
魔法ありの戦闘なのだけれど。
さすがに魔法無しの“ガチンコ体力勝負”では、私は全く彼に敵わない。
「さすが美緒。……でも?……何か気になるの?」
「うん。もし彼が敵で、通常にエンカウントするとすれば…私勝てないと思う」
「っ!?えっ?なんで?!」
「分かんないけど……そう思う。だって模擬戦の彼、本気じゃない。あー、手を抜いているとかじゃなくて、敵として認識されてないっていうか……むう、説明難しい」
いうなれば、模擬戦の彼はまだ『人』なのだ。
だけど一度一緒に森に行った時の彼は…
まさに悪鬼羅刹がごとく、あり得ない力を発揮していた。
「ふーん。……やっぱり美緒は凄いね」
「ん?……私マールのこと言ったんだけど?」
「そうだよ。だからだよ」
「???」
「ははっ、良いの良いの。美緒は今のまま、もっと強くなるよ?2000年生きてきて色々見てきた僕にはわかるんだ。あー、真面目な話だからね?」
「……ありがとう。私もっと頑張るね」
「ははは、きっと美緒は最強になるね……楽しみだけど…(正直恐ろしいけどね…)」
「ん?なんて?」
「何でもないよ。僕ちょっと森に出かけてくるよ。あんまりさぼってるとリンネに怒られちゃうし」
そう言って修練場を後にするアルディだった。
※※※※※
「ほう、貴様ら、もう2倍をクリアーしたか。流石ザッカートの仲間、素直に称賛しよう」
自身に課した2倍をクリアーし、背負っていた大きな岩を下ろし休憩していたライネイトとラムダスの前にマールが現れそんなことを口走った。
「あっ、お疲れっす、マールさん」
「お疲れです」
「うむ。……ふむ、どうだ、試してみたいだろう?その力……少し揉んでやろう」
「「っ!?……は、はい。お願いします」」
そして始まる模擬戦。
数分後、二人はピクリとも動けないほどマールの容赦ない攻撃に倒れ伏していた。
やがて天を仰ぎ、その目には悔しさがともる。
「ぐ…く、くそが……」
「……強い……全くかなわねえ……」
マールは倒れている二人を見下ろし、何でもないように告げる。
「だが敵になり得たではないか?……以前は戦う事すら恐れていたのだろう?」
「「っ!?」」
「フハハ、我の指導、すべからく正しいという事だ。我が魔眼に導かれしこの世の真理、貴様らも実感したであろう?後は継続のみだ。そして数値に意味を持たせろ。なじませることだ――おっと、おしゃべりが過ぎたな」
そう言い一瞬で掻き消えるマール。
茫然と見送る二人。
そして沸々と沸き上がる自信。
「はは、は……すげえ」
「……ああ」
気付けば彼らは……
未だ果てしなく遠い。
しかし朧気ではあるもののマールの背中をその視界にとらえ始めていた。
※※※※※
基本鍛錬では“数値”は上がらない。
魔物や格上を倒し、初めて経験値という物は蓄積されていく。
だが得た数値はあくまで数値。
それに意味を持たせるのはやはり鍛錬が物を言う。
自分のステータスを心と体になじませる。
つまり意志を持ち行動することでその力は必然へと変わるのだ。
偶然で放たれる100の攻撃と、意志を持ち理解された100の攻撃。
理論上は同じ数値、結果だって同じはずだ。
だがまるで違う。
そのことに気づいた私の大切な仲間たち。
彼らはまさにその深淵に気づき始めた。
※※※※※
「なあラムダス」
「うん?」
ようやく立ち上がる事が出来た二人は互いに顔を見合わせる。
「3倍、行っとくか」
「……ああ。……だけどちょっと休憩しねえ?」
「ははっ、そうだな。……サロン行こうぜ」
「おう」
彼らの進化は、全体に波及していく。
――強くなる。
彼らはその事実に、胸を躍らせていた。
※※※※※
「……出来たっ!!」
「素晴らしい。流石美緒さま……ああ、なんて美しい術式……」
私は新たに設置した研究室で、リンネを伴いドルンと3人錬成を行っていた。
専ら即戦力となる“魔刻石”のみの錬成ではあるのだけれど。
「この前の結界魔刻石ね、もうちょっと範囲を広げたかったのよね。強度は問題なかったよ」
「そうですな。理論上極大魔法ですら防ぐ強度ですから。ふむ、さらなる範囲拡大……美緒さま、もう一つ付与できますかね?」
「うーん。今でも結構限界なんだよね……理論組み直してみよっか?」
私の錬成レベルもそこそこ上がってきていたので、今は“3重付与”までは可能になっていた。
「……はあ。あのさ美緒?」
「ん?」
「魔刻石ってさ、国宝級なわけ。分かってる?」
「うん。ドルンに聞いたよ?そうだよね、ドルン」
あからさまに顔をそらすドルン。
「え、ええ。そ、そうですな。……あっと、美緒さま?…す、少し休憩しましょうか」
そう言いそそくさとお茶の準備を始めるドルン。
焦っている?
実は今日3人でいるのには理由があった。
私が対ガーダーレグト戦で使った魔刻石の報告を聞いたリンネが、
「ねえ、次に錬成するとき私着いてくからね?絶対だよ?」
とか言っていたのよね。
何だろ?
「まったく。……来てよかった」
「そうなんだ?」
リンネはまるで可哀相なものを見るような目を私に向ける。
何故か居た堪れなくなる私。
「??なによその目」
「……呆れてるの。それからスッゴク驚いてるの。………ハアアア」
そして大きなため息一つ。
私は意味が分からない。
「ドルン」
「っ!?は、はい」
リンネはジト目をドルンに向ける。
「あんたね、ザッカートに言われたでしょ?ちゃんと“補佐”しろって」
「は、はい」
「これはどういうことなのよ。あんた――世界を破滅させる気?」
「っ!?」
え?
世界を破滅???
どういう事?
「い、いえ、そんな大それたことは……ただ、真理を……」
まるで滝のように汗を流すドルン。
リンネは改めて私に顔を向けた。
「美緒、魔刻石っていうのはね、通常付与してある術式は一つなんだよ」
「えっ?」
「この世界の摂理、っていうかそれ以上は理論上保たないんだ。あまりの強さにそこから崩壊が始まって空間を侵食、やがて次元そのものが破壊されていく」
えっ?なにそれ……コワい。
「あんたはきっと天才、いや変態的な大天才だ。だから奇跡的に安定している。でもね」
リンネはおもむろに今錬成出来立ての魔刻石に魔力を送る。
因みに今作ったのは炎・風・拡散の術式を組んだものだ。
みるみる間に魔力を吸収し、熱を帯び始める魔刻石。
「くうっ、強い?!……はああ、『神界絶封』!!!!」
結界を展開、空間が捻じ曲がる程の濃密ま魔力がリンネから吹き上がる。
反応を続ける魔刻石を封じ込めた。
「ふう。……見たでしょ美緒。……これって“初級の魔術”よね」
「う、うん。それ以上だと、確実性が落ちるのよね」
「多分今のこの魔刻石――“ヘルフレイム10回分”くらいの威力あるわよ?」
「はあっ?!!!」
かなりの力を使ったのだろう。
リンネの額から汗が流れ落ちた。
「ドルン、あなたクビ。嫌なら反省文1000枚書きなさい。そしてちゃんと教えること。この子は規格外なの。分かっているでしょ?」
「うう、クビだけはご勘弁を……わ、分かりました……このドルン、リンネ様に誓いを」
どうやらドルン。
分かっていたが試しに重複付与をしてしまった私に興奮しすぎて。
研究者としての欲求を押さえる事が出来なくなっていたらしい。
「という訳で美緒?」
「う、うん」
「寝室いこっか♡」
「うん???」
ニヤリといやらしい笑みを浮かべるリンネ。
なぜか私の体を舐めまわすようにじっとりと視線を向ける。
そしてガシッと私の腕をつかむ。
離せない?
「分かっていないお姉ちゃんにお仕置き、だよ♡……覚悟してね♡」
「!?……へっ?……ちょ、ちょっと?リンネ??あううっ」
ドルンを研究所に置き去りにし、私は自室に連れ込まれた。
そしてそのままベッドに押し倒され……
「あう……ま、待って?!……うあ……い、いや―――――――」
「けしからん姉上め!……はあ、はあ……美緒の匂い…いい匂い…覚悟しなさい?……うふふ、柔らかい♪」
「んうっ……だ、だめっ、そ、そこは?!……ちょ、あう……あああっ?!」
とても人さまに言えない様な。
――あり得ない攻めを受けたのであった。
「ふふっ。美緒、可愛い♪」
※※※※※
かつて経験のない何とも言えない感覚に襲われ続け。
茫然自失の私となぜか――艶々のリンネ。
『いつか仕返ししてやる』
私は涙目でそう心に刻んでいた。
「面白かった」
「続きが気になる」
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