第59話 復活のエルノール
(……エルノール……エルノール……部屋に来て欲しい)
(っ!?美緒さま?……は、はい)
サブマスター室で書類の整理に追われていた私は。
突然の美緒さまからの念話に思わず声が上ずってしまっていた。
久しぶりに聞く大切な美緒さまの声。
私は自然に心が躍るのを感じていた。
※※※※※
あの日から私は罰の意味も込め、かつてないほど仕事に没頭していた。
美緒さまが設置した転送ゲート。
ギルド本部にある転移門より数段性能が高い。
だからこそ“検証”が必要だった。
何しろ彼女の転送ゲートは“対価”が必要ない。
極端な話――誰でも、“何でも”転送できてしまう。
しかもノーリスクだ。
ギルド本部の転移門は実は対価が必要だ。
使用する者の精神を消耗させる。
ある程度の力あるものでなければ命の危機につながる程だった。
転移門や転送ゲートは世界の流通や戦争事情を根底から覆すアーティーファクトだ。
当然縛りも強く、一般的には浸透していない。
だが優しい美緒さまの転送ゲートは。
彼女の魔力を原動力に、優しく対象者を守る。
ゆえに使用に当たり厳しいルールの設定が必要だった。
ようやく草案がまとまり、後は帝国側とのすり合わせのみ。
ちょうどいいタイミングにもたらされた美緒さまからの念話。
私は高揚する心を自覚していた。
しかし―――
あの日私は焦り過ぎ、一番大切な美緒さまの事を考えずに暴走。
一時とはいえ美緒さまを失ってしまった。
その事実に浮かれていた心が沈んでいく。
今思うだけで心の底から激しい恐怖心が募ってしまう。
自分を殺したくなるほどに。
私は天を見上げ大きくため息をつく。
そう、あの日私は。
前日の夜にザッカートから“告白”を受け、酷く動揺していた。
焦っていたのだ。
※※※※※
皇居を訪れる前日の夜――
私がサロンで寛いでいるとザッカートが神妙な顔で近づき口を開いた。
「エルノール、少しいいか?……話がある」
「ん?かまわないが……なんだ?」
「……場所変えねえか?ここじゃちょっと」
大分打ち解けてきていた私はザッカートの様子に嫌な予感がしていた。
きっと以前なら何も感じなかっただろう。
皮肉にも彼との距離が近づいたことで、心の機微が分かってしまう。
「……分かった。サブマスター室で良いか?」
「ああ、恩に着る」
二人で転移し静かなサブマスター室でお互い立ち尽くす。
やがてザッカートは真っすぐ私の瞳を見て切り出した。
「俺は美緒が好きだ。愛している。……誰にも渡したくねえ」
「なっ?!!」
「俺はお前を認めている。きっとお前の方が今は美緒にふさわしいのだろう。だけど……俺は気づいちまった。……美緒が選ぶのならあきらめる。だがまだお前は告白していねえんだろ?なら勝負だ。……俺はあいつが欲しくてたまらねえ。……以前の言葉、撤回させてくれ。……それだけだ」
そう言い踵を返し出口へ向かうザッカート。
私は彼の肩をつかんだ。
「ま、待て……どうしたんだ急に。意味が分からん」
「惚れたことに気づいたんだ。だから譲る気はねえ。……美緒は一人しかいねえんだ」
「っ!?……負けない。……お前に美緒さまは渡さない」
「……ああ」
そして奴は部屋を出ていった。
目の前が真っ暗になった。
正直私は油断していた。
慢心していた。
きっと美緒さまは私の事が“好き”だと。
でも……
私は初めて、本当に心の底から美緒さまを愛していると気づいたんだ。
――失う可能性に恐怖を感じてしまったがゆえに。
※※※※※
「おはようエルノール。いい朝ね。……不思議。久しぶりなのに……あなたの顔見たら、安心しちゃった」
いつもと変わらぬ優しい笑顔。
ああ……
可愛い。
好きだ。
美緒さまを私のものにしたい欲求があふれ出す。
私は大きく深呼吸をした。
「は、はい。美緒さま……あの時はすみませんでした」
けじめをつけなくてはいけない。
私はまず謝罪した。
心を込めて。
突然私の手を取る美緒さま。
顔が赤くなってしまう。
「うあ、み、美緒さま?」
「もう。けじめはつけたでしょ?……ごめんなさい。無茶な仕事ばかり押し付けて……今日からは今までと同じ、私を補佐してください。――ダメ?」
上目遣いで私の目をのぞき込み、可愛らしく首をかしげる美緒さま。
息が止まるかと思った。
きっとわずか数日。
彼女を近くで見られなかった日々。
でもその数日で彼女への想いは上限を突破していたことに気づいてしまう。
だが。
浮かれてはだめだ。
私はごくりとつばを飲み込み、何でもないように口にした。
「もちろんです。美緒さまの補佐、私にお任せください。……レルダンから引継ぎしますね」
「うん。お願いね。……あっ、でも一応あなたは転移のできる重要な人だから、別行動も増えると思うけど。……うん、でも嬉しいよ?またお願いします」
「はい。承知しました。ではレルダンに会ってきますね」
私は美緒さまに笑いかけ、部屋を後にした。
※※※※※
美緒さまの部屋を出て――
私は膝から崩れ落ちた。
――また彼女のそばに居られる。
それだけで私の心臓が激しく脈を打っていた。
顔も火が出るほど赤く染まってしまう。
脳裏に浮かぶ可愛らしく微笑む美緒さま。
守る。
もう間違えない。
刻むんだ、あの時の絶望を―――
そして戻られた美緒さまを、あの時の魂が震えるほどの歓喜を。
私はそっと自分の唇に触れ……立ち上がる。
(今度こそ、美緒さまを悲しませない。守る。何があっても……絶対にだ)
そう誓う。
彼女がくれた優しいキス……
自然に勇気が沸き上がる。
(大丈夫だ。出来る。……私を信じてくれる美緒さまがいる限り)
エルノールはサロンへ転移した。
彼の目には自信が、かつてを凌駕する覚悟とともに――
再び灯っていた。
※※※※※
「ふう。…緊張しちゃった」
エルノールが私の自室から出て行って――
大きくため息をついてしまう。
チョットあざとく彼を焚きつけた。
悪い私、大活躍だね。
でも、やっぱり。
エルノールは――私に必要な人だ。
何より彼が近くにいてくれると思うだけで、心が軽くなる。
安心している自分に気づく。
(やっぱり好き、なのかな?……自分の気持ち……良く判んないや……難しいんだね)
私は自分の顔を叩き気合を入れた。
「よし。リセット完了。……取り敢えず次はロッドランドだね」
独り言ち、私はドレイクの所在を確認し転移した。
※※※※※
次はこのゲームの一番最初に選択できるキャラクター5人の中の一人で、“イージーモード”でもある、ある意味チュートリアル的なシナリオの主人公、ロッドランド。
大いなる祝福を受け、神をも上回る力を手に入れる世界最強の聖騎士。
私がかつてこのゲームに深くハマる要因となったキャラクターだ。
帝国歴25年の今。
未だ覚醒もせず、キャラクターとしての能力に目覚めていない彼。
どんな人なのだろうと私は想いを馳せていた。
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