第49話 天使族の滅亡と残された英雄
「何?ゲームマスターだあ!?」
族長のいら立ちを含む声が響く。
報告に訪れたダリーズ・ベステンは、部屋のあまりの様子に思わずえづきつつも、どうにか口を開く。
「うぷっ!?……し、失礼しました。た、たった今神聖ルギアナード帝国より、通信石による通達が届きました」
天空の城の族長の間。
かつては美しかったこの城もわずかここ半年ほどで見る影もなく荒れ果てていた。
最たる腐敗はここ族長の間だ。
真昼間でもあるにかかわらず妖しいお香を焚き、数名のうら若き女性を、しかも掟で禁止していたはずの奴隷までを侍らせ、職務を放棄しまさに酒池肉林を楽しんでいる下卑た行為に、ついしかめっ面をしてしまう。
天使族族長のミュラリール・ダスカベルは、その報告に苦虫を噛み潰したような顔をし、ダリーズを睨み付ける。
「ふん。無視だ無視。……下界のことなど下らん。適当に返答しておけ。私は忙しい」
「し、しかし族長」
「ああーん?私に逆らうのか?……お前確か……5歳の娘がいたよな……もう一度聞く。逆らうのか?」
「も、申し訳ありません。た、ただちに」
「ふん。ノロマめ。初めからそう言えばいいものを」
そう言い彼は隣に侍らせている、奴隷である狸獣人族の女性に視線を向ける。
「ふふん。下等な種族だが。なかなかどうして…喜べ。お情けをくれてやろう。んん?どうした、早くしろ」
「う、うあ……か、かしこまり…ひいいっ!???」
一瞬躊躇する女性。
そのさまに、まるで幼子のように激昂。
反射的に手を振り上げた。
「遅いっ!!愚図めっ!!しろと言えば即座にしろ。………興が冷めたわ。おい、バルガ、貴様にくれてやる。私は玉座へ行く」
「よ、よろしいので?」
「ふん。褒美だ。……好きにしろ。…あとの処理は…分かっているな?」
「御意に」
怯える女性の手を掴み、強引に別室へと赴くバルガ。
消えていく二人をちらりと見やり、族長である彼は他の女性に身支度をさせ部屋から出ていった。
その表情はまるで感情がなく、先ほど激昂したモノとはまるで別人のように瞳が暗く沈んでいた。
※※※※※
天使族は本来見た目も精神も美しい善性に溢れた種族だ。
神に愛され、その様に創造され。
その才能はヒューマン族の中でも飛び抜けていた。
かつては多くの英雄を輩出し、世界の戦乱を救う救世主となるものまで居た。
しかし皮肉にもその種族特性故、彼らは衰退していく。
彼らに向けられる他種族からの羨望と嫉妬の感情。
実際にそれが原因で多くの仲間が絶望し、地上から姿を消していた。
余りにも善性の彼らは嫉妬や妬みという負の感情をどうしても受け入れる事が出来なかった。
誇り高き自分たちと比べ何と愚かで醜い精神なのか……
やがて始まる他種族との交流の断絶。
他者とのかかわりを捨て自分達のみで暮らすように、掟まで作り殻に閉じこもり始める天使族。
コミュニティが狭まることで気付かぬうちに、彼らが本来一番嫌うであろう特権階級による腐敗が産声を上げてしまう。
彼らとて、やはり2面性なのだ。
どんなに善性に溢れようと内なる心の中にはやはり悪性が潜んでいた。
今までは他種族に向けられていたため露見しなかった、力あるものに対する嫉妬、妬み。
立場の弱いものを虐げる傲慢。
それは必然だった。
そうしてかつての力を徐々に失い、長い年月をかけすでに天使族は凡庸なレベルにまでその能力を失っていたのだ。
気付かないままに。
真実は。
脅威となる彼らを滅ぼすための、虚無神の陰謀。
彼らの謀略が種族として寿命の限界を迎えつつある天使族を追い詰めていく。
※※※※※
つい半年ほど前―――
虚無神の眷属により召喚され狂わされたはぐれ古龍が放たれ、町近くの森で暴れまわっていた。
その危機に対し当時狂っていなかった族長の指示の元、討伐隊が編成される。
しかしかつての力を失い、非力な天使族ではどうする事も出来ない。
彼らにできることは逃げるか祈ることのみ。
そんな中どうにもならないストレスから、短慮で放った上位魔法がついに古龍の逆鱗に触れた。
街に侵入し荒れ狂う古龍。
民は恐れ逃げ惑い、上位者は邸宅に引きこもり自らの安全確保に躍起になる。
民の心が恐怖に支配され、町では暴動が起き弱いものが暴虐の限りを尽くされた。
上位者、特に族長への不信感、そして不満。
それを引き金にした民たちの暴走。
まさに地獄が顕現していた。
すでに国内は荒れ果てまさに彼らは滅亡の危機に瀕していた。
※※※※※
天使族は地上では暮らさない。
彼らのプライドがそれを許さないからだ。
奇跡の浮遊大陸レアリラードルード。
当然農耕地など猫の額程度しかない。
人口自体少ない彼らだが当然生活していくには食料は必須だ。
基本的には許可された有翔族である鳥獣人の商会とのみ取引をし、平民たち大多数はつつましくも原始的な生活を余儀なくされていた。
そんな中での族長の暴走。
贅沢を繰り返し横暴に振舞う。
民を見下し苦しむ彼らに対し何もしない。
民衆の怒りはすでに限界を超えていた。
そして。
そんな閉塞的な社会。
当然危機感を募らせ反発する者も生まれる。
掟を破り、自らこの大陸を後にする者達が居た。
そんな背景の中今回の騒動が起きていた。
※※※※※
騒動の始まりはおよそ6か月前。
奇しくも美緒が転移してきたのとほぼ同時期。
族長ミュラリールは出会ってしまう。
悪魔、他世界の神の眷属に。
ミュラリールは元々傲慢な男だった。
血筋で族長を継ぎ、比較的高い魔力を保持してはいたが。
しかしそうはいっても誇り高き種族の長だ。
民を、国を慮る心は確かに存在していた。
だが彼はタガが外れたかのように暴走を始める。
その首には悍ましい魔力を放つペンダントが怪しく鈍い光を放っていた。
※※※※※
自らを奢り、他を廃絶し続けたものと。
新たな世界に飛び出し、見聞を広め経験を積んだもの。
どちらがより力を持つのかなど、火を見るより明らかだった。
そして立ち上がる天使族の英雄。
最期の希望。
力をつけ故郷の現状を憂い彼女は決断する。
だがすでに……遅かった。
※※※※※
「っ!?き、貴様?何を……ぐうあっ!?」
「ふん、脆弱な」
玉座の間の入り口を守る衛士を無力化し、ずんずんと族長に近づきながら『異端者』ミリナ・グキュートがその顔に獰猛な表情を浮かべ口を開く。
「貴様、町の様子はどういう事だ?なぜ対策をしない。城も見る影もない……多くの死人が転がっていたぞ?……そしてあの古龍、どうするつもりだ」
「うるさい。貴様には関係なかろう」
ミュラリールは玉座にふんぞり返り、面倒くさそうに言い放つ。
その目は酷く濁り切っていた。
その様子にかつて将来を誓い、妻となるはずだったミリナは奥歯をかみしめる。
(くそっ、遅すぎたか……だが……)
「……ゲームマスターが現れたそうだな。どうする?泣きつくのか?ミュラ?」
「き、貴様?!……異端者風情が何でそのことを知っている!?」
「異端者ねえ」
ミリナはドカッと腰を下ろし、胡坐をかき馬鹿にするような表情を浮かべる。
「流石は正統な後継者様だ。で?その御立派な後継者様のご判断は?」
まるで別人のように喚き散らす族長。
その様子に胸騒ぎは確信に変わっていく。
「くっ、無礼であるぞ。我は誇り高き天使族の族長。……そうだ、私は正統な後継者……貴様のように好き勝手生きている異端者に答える必要なぞないわっ!ええいっ、こ奴を引っ立てろ。牢にでも繋いでおけっ」
唾を飛ばしながら指示をとばすミュラリールに答えるものはいなかった。
すでにみな無力化されていた。
ミリナとその仲間たちによって。
そもそもすでに城内で生きているものはごく数名だった。
「なぜだ?なぜ誰も来ない?……くっ、き、貴様、どういうつもりだ?まさか、貴様が?」
すでに正常の判断が出来なくなっていたミュラリールがうろたえ錯乱する。
「さあてね。で?どうするんだ?……ゲームマスター殿は噂にたがわぬ実力者らしい。古龍なぞ物の数ではないだろう。……ミュラ、ここはもう終わっているんだ。いつまでも下らない妄想と糞みたいなプライド…いい加減目を覚ませ」
「黙れっ!!一族の伝統すら忘れた貴様に、私に意見する権利なぞあるものかっ!……クククっ、いいだろう。我が神の力、思い知るとよい」
そう言い、胸のペンダントを握りしめる。
先ほどの狼狽していた表情は瞬時に消し飛び、瞳には暗鬱とした光が宿る。
吹き上がる悍ましい魔力。
ミュラリールは傍らに置いてある天使族に伝わる神器『レイアーリナクの槍』を手に取り、魔力を纏わせる。
その槍に本来とは全く違う悍ましい赤黒い紋様が浮かび上がった。
「ふん。我が神の怒りを知るとよい。我が妻となるはずだったおまえを見逃してきてやったが……もう良い。魂を引き裂かれ、永遠の奈落に落ちよっ!!はああっっ!!!!」
うなりを上げ、まるで空間を削るがごとく悍ましい音を立てミリナにせまる槍。
ミュラリールはにやりとその顔を歪ませた。
「ふん。下らん……『聖亀』!!」
貫く直前――――
何事かをつぶやき素早くいくつかの型を刻んだミリナの前でレイアーリナクの槍はまるで大岩に阻まれる弓のようにあっけなく弾かれる。
「……?!!!!……なっ!?……?!」
それが天使族族長、ミュラリールの最期の記憶となった。
族長の体の前に、彼の頭が転がり落ちていた。
悍ましく光るペンダントとともに。
ミリナはペンダントに地上で学んだ封印結界術を施す。
「くそっ。遅かったか……おいっ、カイっ、民は、皆は無事か?」
「ダメだミリナ。たった半年だぞ?いったいどうなっていやがる」
「一人でも多く救え。……もう天使族は……終わりだ」
「………畜生、くそおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」
※※※※※
天使族の滅亡。
これは帝国歴25年の出来事。
ゲームスタート前の設定としての事実。
美緒の救うべきシナリオではない。
しかしこの事実に美緒は心を痛める。
そして彼女は決意を新にする。
※※※※※
「やっぱりあったのね……伝説の空中都市レアリラードルード……っ!?あ、あれは…」
胸騒ぎを感じ、リンネとルルーナ、そしてレルダンを伴い転移してきた美緒。
美しいはずのこの大陸唯一の都市ランブルク。
古龍が暴れまわり見る影もないそこで、一人佇む女性に、美緒は声をかけた。
「……あなたは?……っ!?その魔力……ゲームマスターか?」
「ええ。……遅かったのね……天使族の英雄ミリナ・グキュート」
「っ!?……はは、あり得ない……でも、そうか。希望は、世界は……まだ終わってはいなかったのだな」
跪くミリナ。
そして願う。
「ゲームマスター殿、恥も外聞もなく願う我が望み、どうかその力、お貸しいただけないだろうか。……見ての通りこの国は終わりだ。だがまだいる。力なく嘆き逃げ惑う民草が…私の力ではまだ届かない……どうか、どうか……」
美緒はミリナの手を優しく取り彼女を立たせる。
「ごめんなさい。遅くなってしまって……あなたの希望、叶えます。…レルダン、ルルーナ」
「はっ」
「うん」
遠くで猛る古龍に視線を向ける美緒。
まさに悪夢のような古龍。
纏うオーラは人知を超え、まさに絶望が荒れ狂う。
しかし。
すでに『人外』に届いている美緒の仲間たち。
美緒は渾身の魔力を練り上げ、祝詞とともに親愛の瞳を向ける。
「古龍、倒せますか?」
「問題ありません」
「うん。ご命令とあらば……美緒、言って?……命じて」
美緒は軍師としてレルダンとルルーナに『指示』を出す。
「あの腐れ古龍、沈黙させなさい。全力を許可します」
「「はいっ!!」」
殉教騎士レルダン。
ヴァルキュリアルルーナ。
二人の闘気が美緒のチートスキル『指示』を受け、限界を超え濃密な魔力を伴い立ち昇る。
レルダンはアーツの初期動作をなぞり、その力をさらに練り上げていく。
「始動……アーツ『虎王』」
3つの行程で発動する秘術アーツ。
魔法ともスキルとも違うそのヒューマン族の切り札ともいえる力。
キーワードを口にし、決められた所作で体内の魔力を練り上げる。
「初撃は貰う!!……ハアアアアッッ!!!『カタストロフ・シュートッッッ』ふきとべええええっっっ!!!!!!」
うなりを上げ地面を削り取りながらルルーナの放った渾身のヴァルキュリアの聖剣スキルの一撃が古龍の結界を破壊、あり得ないようなその威力に激しい物理的ダメージを受けた古龍がたたらを踏む。
「??!!グギィヤアアアアアアアア??!!」
絶望的なダメージを受け遠距離からの攻撃に気づきこちらを敵と認識した古龍。
翼を広げ雄たけびを上げた。
激しい怒りの色がともる目。
刹那古龍から迸る怪しい魔力が立ち昇り始めた。
だが―――
古龍のターンが来ることは永遠になかった。
「アーツ……『朧月下・虎王』」
アーツの発動条件が完了。
技名を口にし掻き消え、まるで瞬間移動したかのように古龍近くに出現するレルダン。
「グウッ?!!!…!?グギャアアアアアアアアアア――――――――」
レルダンの持つ2本のロングソードがまるで伝説の虎王の牙のごとく―――
一瞬で体を切り裂き蹂躙。
切り刻まれ、両前足と翼を切り裂かれ、おびただしい血しぶきとともにその巨体が音を立て地面へ倒れ伏した。
古龍は完全に沈黙。
まさに瞬殺。
美緒はにっこりとほほ笑み、すでにすぐ横で胸を張り佇む二人に称賛の声をかけた。
「流石ねルルーナ、レルダン」
「……あ、あり得ない……何という………」
その凄まじい力に、ミリナはただ呆然とするしかできなかった。
天使族の街ランブルクは。
救われた。
※※※※※
残された天使族。
英雄ミリナとその仲間7人。
そして力なき民草……32人。
救えたのは40名。
それだけだった。
かつて栄え、隆盛を誇っていた天使族の歴史はここで終結を見た。
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