第47話 皇帝との会談2
和やかとは言えないお茶会も終わりが近づいたようだ。
ドアがノックされ、先ほど退室したハインバッハ殿下が静かに自分の席に腰掛け、こちらに視線を向ける。
解呪がうまくいったのだろう。
本来の美しい琥珀色の瞳。
彼はゆっくりと立ち上がり最上級の礼を私に向けた。
「美緒さま。ありがとう存じます。…私は数か月前、すでに憑りつかれていました。ですがこのネックレス。……精霊王様の使い、ガーダーレグトと申される女性からいただいたものです」
大切そうに手で握りしめる。
そしてその瞳には覚悟の色が灯る。
「……これのおかげで最後の一線を超えることなく、今日この日、あなた様に救われました。美緒さま。いまだ皇子の身、不足でしょうがわが命――いかようにもお使いください」
「ハイン……説明を」
その様子に皇帝が問いかける。
ハインバッハは席に着き、静かに頷いた。
「陛下、いえ、父上。…私を廃嫡してくださいませんか」
「っ!?……ふう。決意は固そうであるな」
「はい。……美緒さま、同行、ご許可いただけますでしょうか」
うーん。
禁忌の魔女までもう動いている?
レグが精霊王の言う事聞くとか……
おばあちゃんよね。
何はともあれ……早すぎる。
私が悩んでいると、リンネが私に視線を向けた。
「美緒、良いんじゃない?皇子はただのボンボンじゃない。彼はいつでも最前線で国のために戦ってきた実績もある。……私は賛成よ」
「リンネ様……ありがたき幸せ」
あう、私まだ悩んでいるのに……
これ断れない感じよね。
しょうがない。
良い方に考えよう。
「分かりました。でも廃嫡はダメです。ハイン、と呼んでも?」
「は、はい。ご随意に」
「貴方の弟、第2皇子ルーノルト殿下はまだ5歳でしょう。確かにあなたにお願いしたいことはあります。ハインはこの世界で重要な役割を持っていますから」
彼の役目。
それは今私と共にいる事ではないんだ。
「ですがまずは足元を固めてください。陛下が愛する臣民の期待、裏切るような真似は許しません」
ここでハインが抜けることは新たな隙に繋がる。
そうすれば動いてしまう。
あの国、ガザルト王国が。
まだ早い。
今では多くの犠牲が出てしまう。
それに彼があからさまにこちらに付くとなると、彼のルートである『禁忌の魔女編』がスタートしてしまう。
リンネがいる今時間の調整は効くけど。
出来れば先にガーダーレグトとは話をしておきたい。
何より犠牲が出るという事はシナリオのクリアが出来なくなる。
「うっ、た、確かに……で、ですが…」
「ハイン」
「っ!?は、はい」
私は親愛の感情を乗せハインを見つめる。
赤く染まるハインの顔。
むう、そういう事じゃないんだけど……
コホン。
「今はまだその時ではありません。どうか皇帝を、御父上を助けてあげてください」
「なんという……ああ、あなた様はまさに女神。このハインバッハ、必ずや帝国を盛り立てると誓いましょう」
「あ、えっと……う、うん」
(まあいっか。あっと、そうだ、話の続きして協力を得ないと)
何故か顔を赤らめ私を見つめるハインの視線を切り、私は皇帝に目を向ける。
?!
……なんでニヤニヤしてるの?
もう。
コホン。
「陛下、先ほどのリンネの話の続き、よろしいでしょうか」
「う、うむ。そうであったな。……助力の件でよいであろうか」
「はい。先ほど申した陛下が命を落とされる事件。まさに悪魔、いえ違う世界の神の眷属が引き起こします。そして乗っ取られていたままのハイン皇子が引き継ぎ、破壊神の力を奪います」
「……なんと」
「そしてハイン殿下は……この世界最悪の“暴君”として帝国民の殆どを虐殺します」
ガタガタッと椅子の音が立て続けに鳴りだす。
帝国側の皆が思わず立ち上がっていた。
ハインは呆然とし口をパクパクさせてしまっている。
近衛の中には殺気を纏っているものもいる。
「落ち着け。……もし我らをたばかるつもりなら、すでに頭と胴体は一緒では無かろう。……臣下の無礼、謹んでお詫びいたします。美緒」
「かまいません。私はその未来を止めるために来ています。自国の頂点が殺される、そして民までも。そんな内容の話なのです。――むしろ皆さんの反応、称賛に値します」
私はにっこり微笑み、帝国の皆を見回す。
途端に赤く染まる皆の顔。
……いっけない。
私パッシブの魅了、切っていない?
慌てて解除し、大きく深呼吸をする。
……あれ?
何で?
私を見る目に今度は何故かやたらと色気が乘っている?
(美緒?パッシブ、最初っから切れているわよ?あんたの素に、みんなノックアウトなのよ。まったく。……この人たらし)
(あう。もー、どうすんのよコレ)
(さあね。いいじゃん。そのままレッツゴーだよ。お姉ちゃん♡)
(むう。…後でお仕置き)
(はあ?)
「コホン。そのため幾つか協力してほしい事があります」
「う、うむ。何なりと申してくれ。出来ることは協力すると、約束しよう」
「ありがとうございます。まず一つ。部屋の用意をお願いしたいのです。許可のないものが入れない、厳重な部屋を」
「部屋?……いったい…」
「我らがギルド本部と、この皇居。“転移門”を開設します」
「っ!?」
タイミングが良かった。
さっき落ちた場所。
出会った誰か。
私は授かった“転移魔法”ともう一つ、新たなスキルに目覚めた。
新しいスキル『設置』
もちろんもう一人の私の時も覚えたけど…
ずっと後なのよね。
「それからもう一つ。100人規模の居住可能な施設を作っていただきたいのです。できれば安易に他人が入れない場所に。皇居の北側に広大な森林、ありますよね?」
「っ!?ハハハ、ゲームマスターは伊達ではないようだ。はい。ございます。……そこも秘匿が必要でしょうか」
「特には。ですが様々な種族が住まう場所となるでしょう。諍いが起こらないよう、留意を」
「はっ。すぐに準備させましょう」
よし。
これでみんなを集められる。
本当は狂った皇帝、ハインバッハ討伐の為の隠れ砦。
レジスタンスの第2拠点。
でも今回は……
ヒューマン族による、『悪魔へのレジスタンス』だ。
「以上です。……あっ、一応もう一つ。私の存在を世界各国へ通達をお願いいたします。陛下の勅命として」
「……よろしいのですか?それでは美緒の存在が、公に……」
「かまいません。むしろもう世界は動いています。先ほどのハイン殿下に憑いた悪魔がその証拠です。でないと動きます。……ガザルト王国。あの魔導を冒涜し、従えたと勘違いしている“ザイルルド・ガルグ・ガザルト”が。……まだ早いのです。先手を打ちたい」
「ガザルト…であるか。……承知いたしました。早速動くといたします」
あわただしく指示を出していく陛下に、執務室は緊張に包まれていった。
※※※※※
ガザルト王国。
この大陸の西、デイオルド大陸の大国だ。
デイオルド大陸は過酷な地。
多くの魔物が生息するルディード大森林をはじめ、氷結のティリア大空洞や伝説の天空都市。
そして世界最大のダンジョン、コキュートスの嘆きなど。
ヒューマンにとってまさに多くの禁忌地がひしめく“魔境の地”だ。
それゆえ、かの大陸の国は武力や魔導に通じていた。
“弱いヒューマン族を守る”
そのため太古より幾人もの英雄が生まれた場所だ。
ドレイクの故郷でもある魔族の国『ザナンテス魔導国』もこの大陸に存在している。
十年ほど前、魔物の大氾濫により多くの国民が被害を受け、そしてエルノールのお父様とお母さまが亡くなった元凶の国。
ガザルト王国が今まさに新たな王により再び暴走を始めようとしていた。
そしてその陰には。
やはり悪魔の眷属が糸を引いていた。
美緒の想定より早く――
世界はすでに動き出していた。
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