第46話 皇帝との会談1
先ほどの謁見の間での顔合わせからおよそ1時間。
私たちは特別にあつらえられた皇帝の執務室へと赴いていた。
入室と同時に立ち上がり、頭を下げる皇帝陛下以下数人の重鎮たち。
その後ろで警護する近衛兵たちもそれに倣う。
――理解したからには全力だ。
私は真っ先に中央の最上級の椅子に座る。
私の右隣には当然リンネだ。
そして左にエルノール、続いて妹であるレリアーナ、ルルーナ、ミネア、アリアの順で私を中心に椅子に腰かける。
護衛のレルダン以下5名は私たちの背後に立ち神経を研ぎ澄まし始めた。
「皇帝陛下、お座りください。まずはお待たせしたこと、謝罪いたします。そして若輩ながら先に席につく無礼、お許しください」
私は息を切り、陛下の瞳を見つめる。
「ですがこれこそが今の“私たちの在り方”。――お気に召さなければ、どうぞ御退室を」
目を真直ぐ射抜く、力強い言葉。
明らかに面食らっていた皇帝は静かに席に着く。
他の重鎮たちもそれに倣う。
会談が始まる。
※※※※※
(…何があったのだ?)
ゲームマスター美緒。
目の前の少女――既に神々しいまでに凛としていた。
先ほどの休憩。
彼女たちの控室で数度異常な魔力が検知されたと聞いた。
中にはこの皇居自体吹き飛ぶほどの膨大な魔力も。
恐ろしい。
しかし先ほどの彼女は余りに素直、そして溢れる善性。
正直私は――ほくそ笑んでいた。
取り敢えず頭を下げておけば欺ける。
――たとえ下を向き、舌を出していようと…
そう確信していたというのに。
喉が渇き、鼓動が早鐘のように高まっていく。
私は背中に嫌な汗を感じていた。
世界が動く。
これは破滅か或いは福音か……
きっと数分後には明らかになるのであろう。
(…賽は――投げられた)
※※※※※
錚々たる帝国の重鎮たち。
彼等の沈黙が支配する執務室。
司会を務める宰相のルオーニ・ディクソン侯爵が口火を切る。
「此度は遠路はるばるお越しいただき、感謝の念に堪えません。まずは創造神であらせられるリンネ様。お言葉を」
リンネは静かに口を開く。
「ふむ。…そなたたちが恐れるこの世界を蝕むもの。――我らはそれを解決するために来た」
どよめきが湧く。
蝕むものの正体。
虚無神に連なる異世界の神、“悪魔”たちだ。
本来シナリオにはいない者たち。
今回の新しいルート。
いや。
苦しみ悲しみを刻まれながらもう一人の私が経験したルート。
その、最たる敵だ。
「皇帝ドイラナード」
「はっ」
「貴殿に助力を頼みたい」
「助力……でございますか」
リンネはにっこりとほほ笑み、皇帝を見つめる。
「――2年後、貴殿は命を落とす。そしてハインバッハが後を継ぎ、我が弟、破壊神ガナロによって狂う」
「なっ?!」
ざわつく帝国サイド。
明らかに戸惑いの魔力があふれ出す。
うん。
普通なら信じられないし、不敬に他ならないよね。
でも……
「陛下。発言よろしいでしょうか」
私は礼を尽くす。
そう決めていた。
「う、うむ。かまわぬ。美緒殿と呼んでも良いだろうか」
「いいえ。“美緒”で結構です。私まだ18歳の小娘ですから。ごめんなさい私は異世界人です。この世界の常識に疎くって。…失礼があると思いますがご容赦を」
『おおっ、』とか、
『やはり伝承が』…とか。
やっぱり私の知らない伝承があるのは確実だね。
「まず先ほどのリンネの話、あ、一応リンネは神様だけど、私の母は真奈、こちらの世界ではマナレルナ様、祖母はルーダラルダ様です。私の大切な妹ですから……呼び捨て不敬と思われるでしょうが…これは譲れません。」
「な、なんと……では美緒は神の系譜?!」
「一応そういう事ですかね。私は今種族的には『聖人』のようですが」
思わず私は肩をすくめさせる。
「因みにレベルは250。“称号”も3つほど持ち合わせております」
そう言って私は魔力を放出する。
空間が揺蕩って見えるほどの濃密な魔力を。
すべての者が息をのむ。
まさに比べるべく物のない隔絶した魔力――すでに私は獲得していた。
「……分かりました。是非お聞かせください。皆もよいな。今日この時、帝国を終わらせたくなければ――愚かな選択肢などないと知れ」
さすがは大国の皇帝。
判断が早い。
でも……
「その前に……ハインバッハ殿下」
「ぐ、な、なんだ」
私は真っすぐ彼を見る。
そして魔力を限界まで練り、強引に鑑定を施した。
「ひぐっ、き、貴様?!覗いたな……こ、この、無礼者がっ!!」
(やっぱりね。……ハインバッハ――すでに“憑かれて”いる…)
「ハイン?お前、なにを?!」
「くそっ、バレちゃあ仕方がねえ。何がレベル250だ。きっと何かのトリックだ。てめえら、全員纏めて殺してやるよ。虚無神に逆らう愚か者どもめ。地獄で嘆くと……ぐぎいい?!」
立ち上がり激高するハインバッハ。
だが、まだ完全に乗っ取られてはいない。
!?胸のネックレス?
…あれはたしか…
そうか。
――おばあちゃん、ありがとう。
「陛下。御心配には及びません。すでに捕らえました。今この瞬間に解呪します…隔絶解呪!!」
私の体から吹き上がる虹色の魔力。
それを嫌うように、弾かれ霧散していくハインバッハを包むモノ。
「ひぐっ?!!ぐう、ギヤアアアアアアアああああああああああっ――――― 」
レジストを試みるが…問答無用で解呪していく私の魔力。
執務室が音を立て軋み出す――
そして。
気を失い、ハインバッハ殿下は倒れ伏した。
「ふむ。どうにかなったな。さすが姉さま。取り敢えず皇帝よ……お茶にするか」
「っ!?……はっ、創造神リンネ様の仰せのままに。準備を」
「っ?!……はっ!」
※※※※※
護衛に連れられ退室したハインバッハ殿下。
実はこの休憩、彼の“復帰待ち”だ。
彼は隠しメインキャラ。
仲間に引き込む必要がある。
……まあ本来はもっと後の予定だったのだけれどね。
誰かさんのせいで早めました。
私はお茶を飲みながら、ちらりとエルノールに視線を向けた。
「あ、あの…美緒さま?その視線は……」
「怒ってるの」
「ぐうっ」
その様子に陛下は笑顔を浮かべる。
「はははっ、エルノール坊ちゃん。早速尻に敷かれるか。うむ。奥方が強い方が家庭とはうまくいくものだ」
「違います。私エルノールの事別にそんなに好きではありません」
私はついジト目を陛下に向けてしまう。
「おうっ?そ、そうなのか?……先ほどはえらく大胆な告白であったが」
「むう。あれは不意打ちです。デリカシーの欠片もない。まったく。陛下もあれを真に受けないでください」
エルノール撃沈。
涙目で下を向いています。
ううっ、可愛い。
はっ?!いかんいかん。
――ここは心を鬼にせねば。
「ところで美緒」
「はい」
「我が息子は……無事であろうか」
「ええ。きっとすぐにこちらに来られますよ?……そのためのお茶休憩です」
「なんと。……礼を言う。ありがとう」
頭を下げる皇帝陛下。
ここだけ見れば優しい父親よね。
でもこの男は大陸統一を目指し多くの人を殺した戦争の発起人だ。
何かある。
私はまじまじと皇帝を見つめた。
「頭をお上げください陛下。それよりも……なぜ大陸統一を?……今のあなたからはそういう“気”が感じられません」
私の言葉。
穏やかだった雰囲気が、一瞬で緊張をはらむ。
「ふむ。慧眼恐れ入る。……我も操られたのだ。すでに精霊王によって解呪していただき現在問題はないのだが」
紅茶でのどを湿らせ、息をつく陛下。
そして遠い目をする。
「……あの時……人民を人質にとられた。そして隙をつかれ精神支配を受けていたのだ。スルテッドの先々代から預かっていたアーティーファクトがなければ……きっとこの世が地獄と化していたであろう」
エルノールが目を見開く。
彼の知らない事実。
「悪魔…ですね」
「うむ。奴は突然現れ、ヴィジョンなるものを、私に見せこう言った。『言う事を聞け。なあに簡単な事だ。大陸を統一せよ。断るのなら…』…そして悍ましくも…」
紅茶を持つ手が震える。
悔恨の念が吹き上がった。
「奴の目が光ると同時に、そのヴィジョンに映し出されていた我が臣民数十人――一瞬で肉片にされたのだ」
顔をしかめる。
その表情はまさに統治者の苦悩が浮かんでいた。
「それは……いつですか?」
「――およそ10年前だ。我らの大陸への侵攻とガザルトの強襲はほぼ同時だったのだ。……そういえばデイブスも戦乱に包まれておったな。…きっと同じ理由なのだろう」
大きく息をつく。
そしてエルノールの瞳を見つめた。
悔恨と――責任の覚悟が、その瞳に灯る。
「……だが私とて力ある帝国の皇帝。そういう“欲”が全くなかったわけではない。……そこを付け込まれた。――エルノール坊ちゃん。すまなかった」
皇帝の謝罪。
息をのむ重鎮たち。
エルノールは思わず言葉を漏らす。
「……そんなことが……っ!?ま、まさか…あの襲撃は」
「うむ。おそらく奴らであろう。先ほど少し触れたが、わしはお主の祖父から預かっていた『アーティーファクト』で深いところまでの精神支配をレジスト出来ていたのだ」
胸元のネックレスを大切そうに握りしめる。
「…確かに“攻めよ”と唆されていた。だが諦める選択肢を、血反吐を吐きつつも選ぶ事が出来た。――結果見殺してしまった……謝罪の言葉もない」
エルノールは創造神の眷属だ。
そして『ストーリーテラー』の称号を持っていた。
だから許可なく干渉できない。
称号に縛られていたんだ。
きっと先代である彼の父親も。
虚無神。
本当に頭にくる。
でもこれから先は絶対に思い通りにはさせない。
私は再度、自分の運命に立ち向かう覚悟を新たにしていた。
もう――
誰の運命も。
好き勝手にはさせない。
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