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第41話 俺たちの楽園

俺達の朝は早い。

特に順番で回ってくる食事当番の日は4時起きだ。


うっかり前夜に深酒でもしてしまえばファルマナさんの雷が落ちる。


「なんだい?酒の匂いをぷんぷんさせて。そんなんじゃ美緒の配膳は許可できないねえ」


まあ今ではそんな愚か者はいないが。


俺達の雇い主であり絶対者美緒さま。

ほぼ完ぺきな彼女の唯一の弱点。


朝が弱い。


どうやら「低血圧?」とかいう物らしく美緒さまはなかなか起きられないようで、朝食だけは自室でお召し上がりになられる。


そしてその配膳を当番になっている俺たちが任されていた。

以前はレリアーナが担当していたのだが美緒さまが、


「リア、いつもごめんね?……そうだ、当番の人に代わってもらおう?リアだって朝はゆっくりしたいでしょ?それに……」


「……不慣れな当番に携わる皆に最初にお礼を言いたいの」


との事なのだ。


役得すぎる。

寝起きのあどけない美緒さま。

そして自室で一緒に朝食を摂れる。


ご褒美に他ならない。

だから食事当番は皆が待ち望んでいる役だった。

何故か同姓であるミネアもルルーナもこの当番を楽しみにしているのだが?


もちろんエルノールも当然のように同席するため、何があるわけではない。

何しろその時のサブマスターである彼の圧は半端ない。


それでも間近であの麗しいご尊顔を拝見できるのはまさに至上の喜びだ。


「失礼します」


美緒さまの自室のドアをノックする。

緊張の瞬間だ。


「……………ふぁい」


ううっ?!なんて可愛らしい声?!

俺とライネイトは思わず顔を見合わせた。


「早くしろ。美緒さまを待たせるな」


いつにもまして命令口調のエルノール。

明らかに不機嫌だ。


ドアを開け部屋に入る。

まるで花畑のようないい匂いがする可愛らしい装飾に包まれた美緒さまの部屋。

そしてベッドに腰掛け、まだ眠いのか目を半開きにした女神が俺達に笑顔を向けてくれた。


「……ふああ。……おはよう。………いつもご苦労様です。……っ!?今日はパンなのね。スープもいい匂い……ありがとうデイルード。ライネルト」


おもむろに立ち上がり、俺達のすぐ近くに来てお礼を言われる美緒さま。

?!……や、やばい……ふ、服が?!!


美緒さまは気づいていないようだが……

胸元がはだけお美しい双丘が!!!????

っっっ?!ふ、ふともも?……な、なんてなまめかしい……


「っ!?……お、おいっ、見るなっ!?は、早く準備しろ……美緒さま、そ、その、お召し物が…」


顔を赤らめ慌てて遮るエルノール。

この行動に少し殺意を抱いたのは俺とライネルトの二人だけの秘密だ。


「えっ?…あうっ、ご、ごめんなさい。こんなつまらないものを……見えちゃった?」


慌てて寝着をしっかりと着直しローブを羽織る。

胸を隠すように自らを抱きしめ顔を染め上目遣いで俺たちに視線を向ける。


ああ、もう死んでもいいかも。

可愛すぎますっっ!!!!


「い、いえ。大丈夫です」

「お、俺達、な、何も見ていねえです。はい」


顔を赤らめ明らかに挙動不審になる俺たちに美緒さまはジト目を向け一言。


「むう……エッチ♡」


ぐはああっ!!???


俺達はまさに痛恨のダメージを受けた。

鼻血が出なくてよかった。


幸せ過ぎる。


当番の日の朝食。

正直緊張で味など分からない。


でも手に届く距離にある美緒さまの嬉しそうな笑顔を見ながらの食事。

絶対に美緒さまの笑顔を曇らせたくないと、俺達は決意を新たにするんだ。


まさに楽園の朝食なのだから。



※※※※※



「うまい……美緒さまのおられた日本というのは凄まじいな。まさに王侯貴族でもこれほどの酒は飲めまい」


珍しく一人レルダンはウイスキーをロックで注いだグラス片手に感嘆の言葉を零していた。


夜のサロン。


ここでは自由にお酒などを楽しむことが許されていた。

広いサロンだ。

もちろんレルダンと同じように数人がアルコールを楽しんでいた。

なぜか彼の周りの席は空白だが。


当初彼らは必死だったこともあり、なかなか寛ぐことが出来なかった。

何より美緒の為、弱い己を自覚していた彼らは訓練と魔物狩りにその情熱を注いでいた。


アルディ捕獲作戦が成功し、任命式で諜報部隊の任命、そして班編成を経た今、次のミッションまである程度の時間の確保が出来、さらにはパワーレベリングでかつての自分達では考えられないほどの高みに到達、頭領であるザッカートからも「少しは寛げ。休みも又強くなるには必要だ」と指示を出されていた。


レルダンは『断罪者』をカンストし、今は『殉教騎士』という、これもこの世界では珍しい主を守ることに特化したジョブを得ていた。


固有スキル『灰身滅(けしんめっ)()』~己を灰にし、全てを滅ぼす~


己のすべてを捨て、主を守り全てを滅ぼす最強の自爆スキルだ。

しかも生涯で一度きり、ノーリスクで使用できる。


つまり主と認めた美緒を仲間と自分を含め窮地から無傷で切り抜けられるまさにチートスキルだった。


その力にレルダンはむせび喜んだ。

まさに彼の望んだスキルそのものだった。


「一度きり?ふん。十分だ。俺は必ず美緒さまを守る。何があってもだ」


レルダンは独り言ちる。


「おっ?珍しいな……せっかくだ。俺も混ざっても良いか?」

「ああ。かまわない」


ザッカートが缶ビールを両手で持ちレルダンの対面に腰を下ろす。


プシュッと心地よい音が響き渡り一気に喉を鳴らす。


「んくっ、んくっ……ぷはー。やべえ。エールと全然違う。うますぎだろ」


にこやかにザッカートはさらにもう1本缶ビールを開けた。


「なあザッカート。ここは楽園のようだな」

「ん?ああ。……絶対に守りてえ。ここも、カシラも」

「当然だ。……皆も同じだろう。腑抜けた奴はいない」


以前レルダンは若い連中に対し不満を持っていた。

なぜ鍛えない。

なぜ限界に挑戦しない。


そんな思いを抱えていた。


でも今は皆美緒の為にその力を十全に発揮、さらに上を目指している。

全く持って誇らしい仲間たちだ。


「お前がそういう事を言うとはな。……改めてカシラはすげえ」

「ふん。事実を述べたまでだ。……美緒さまは女神だ。彼女を悲しませることだけは絶対に避けねばならん」


レルダンから魔力が吹き上がる。


「お、おう。……おい、落ち着け?ったく、魔力漏れてるぞ」

「っ!?……すまん」

「いいさ。でもまあカシラ、最近特にいい女になったな。なんかこう吹っ切れたというか」

「喜ばしい事だ。あの方はまだまだお美しく成られるだろう。俺たちもそれにふさわしくもっと鍛えねばな」


レルダンの美緒信仰は上限を知らない。

ザッカートはやや不安げに問いかける。


「お前が入れ込むのは構わんが……カシラはそうはいってもヒューマン、そしてまだ18だ。これから恋だってするだろう。まあ、なんだ。……俺達ジジイは温かく見守ってやろうじゃねえか」


なだめすかすことを言う俺をレルダンは真っすぐに見つめてきた。

余りの圧に俺は思わずたじろいでしまう。


「お前はそれでいいのか?……うかうかしていれば誰かに奪われるぞ?……好きなのだろう?一人の女性として」

「っ!?なっっ!!?」


思わず手にしていた缶ビールを落としてしまう。

音を立て転がる缶。

零れたビールが床に広がっていく。


「俺は美緒さまの事を敬愛している。だが恋愛的な感情はない。それはナディに捧げたからな。でもお前はそういう縛りはない。……俺はなザッカート。もちろん美緒さまの幸せを願う。そしてお前の幸せもだ」


「………」


「お前と美緒さま……お似合いだと俺は思うがな。まあ、女遊びはほどほどにするといい。美緒さまは気にはしないだろうが……俺が許さぬ。……さて、休ませてもらう」


立ち去るレルダン。

残されたザッカートは一人頭を抱えた。


「……なんでバレた?……く、くそっ、俺、分かりやすいのか???」


そして脳裏に浮かぶ可愛らしくにこやかに笑う美緒の顔。

途端に胸が苦しくなり、顔は火が出るように熱くなってしまう。



※※※※※



実は極道のジョブを取得したあの日。

彼は宣言通り久しぶりに娼館に赴き女を抱いていた。


あの時自身の想いを自覚してしまったことで収まりがつかなかった。


皇都の娼館はまさに最先端だ。

実は受付で別料金を払えば好みを選ぶ事が出来る。


ザッカートは愚かにも『黒髪セミロングで小柄、胸は手に収まるくらいの若い女性』とまさに自爆のようなオーダーをしていた。


美緒に「代わりなんて言うな」と言っていた自分が、まさに代わりを望み抱き尽くしていた。


まだ19歳だという娼婦の女。

もちろん美緒とは似ても似つかない。


だがザッカートは我を忘れその女に没頭した。


そして。


触れるたびに脳裏には美緒の笑顔が沸き上がる。

同時に去来するありえないような後悔の念。


……気が付けば吐き気すら覚えていた。



虫唾が走る。



自分で選びながらこの時ザッカートは―――


いっそ自分を殺してしまいたかった。



※※※※※



「また、指名してくれますか?」


事が済み退館の時その女がわざわざ受付まで出てきてしまう。

よっぽど気に入ったのだろう。


顔は赤く染まり、目は潤んでいた。


店員の何とも言えない生暖かいまなざしに俺は精神にダメージを食らっていた。


何よりその時の他の団員たちの目。


俺は居た堪れなくなってしまっていたんだ。


「あ、ああ。機会があればな」


顔すら向けずそう言い残し、俺は娼館から逃げるように出ていった。

察した仲間たちは何も言わなかったが。



※※※※※



「カシラ……いや、美緒………俺は………」


熱いため息に後悔を乗せて―――



ギルドの、彼らの楽園の夜は更けていく。



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