第3話 黒髪黒目の少女は情報を得る
どうやら、彼――エルノールは落ち込んでいたらしい。
理由はわからないけれど、今はそのことを聞ける雰囲気じゃなかった。
私たちはギルド本部の地下三階。
ゲームでは存在しなかった、未知のフロアへと足を踏み入れていた。
「先ほどは取り乱してしまい申し訳ありません。美緒さまはお優しいのですね。私のようなモブにまで慈愛をくださるとは」
「も、モブ?いえいえ、そんな……!」
「ふふ、良いのですよ。それよりも――今から向かう先は“管理者施設”です。ここで、設定を行います」
エルノールは重厚な扉に手をかざした。
淡い光が走り、扉に幾何学模様が浮かび上がる――赤い封印の色が、ゆっくりと緑に変わっていった。
「……わあ、すごい。魔法職なのね。とっても綺麗」
「お褒めにあずかり光栄です。ですがこれは“管理者”たる私の特権。戦う力ではないのですよ――解除完了です」
『プシュー』という音と共に扉が静かに開く。
中は……まるで時代を飛び越えたような空間だった。
「え……モニター? パソコン……?」
壁一面の黒い画面。
中央には青白い光を放つコンソール。
その光に導かれるように私は足を踏み入れる。
「まだ触らないでくださいね。……よし、最終ロック解除完了です。そこの認証盤に触れてください」
タブレットのようなそれに手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、七色の光が弾け――世界が揺れた。
「ひゃっ!? な、なにこれ……だ、大丈夫!?」
「落ち着いて。問題ありません」
『認証完了。守山美緒をマスターとして登録。サブマスター“エルノール”は権限の引き継ぎを開始してください――』
無機質な声と同時に、脳内へ流れ込む膨大な情報。
息が詰まる。
頭が焼ける。
叫び声を上げる間もなく、私は膝をついた。
「美緒さま!? なぜだ、量が多すぎる! こんなはずでは――!」
彼の焦る声を聞きながら、私はただ――
(……あ、こんな顔もするんだ)
そんなことを、どうでもいいのに思っていた。
エルノールが私を抱きとめた。
視界が揺れ、意識が落ちていく。
――ここまでが、私の記憶だ。
※※※※※
私はエルノール・スルテッド。
創造神に仕える一族の末裔。
この地“リッドバレー”の古代遺跡――ギルド本部を守る、十七代目の当主だ。
二百年前、創造神は我らに告げた。
「異世界より訪れる“選ばれし者”を迎えよ」と。
その伝承はこう記されている。
『世界に暗雲たちこめる時、
かの者は異界より現れ、
限りなき英知で全てを救うだろう』
語り継がれる伝承―――
大いなる力『数多のアーティーファクト』とともに。
だが時は流れ、信仰は薄れた。
一族の権限を妬んだ国が襲撃。
村は焼かれ、家族の多くを失った。
残ったのは、私と妹の二人だけ。
そして――あの日。
両親の亡骸が転送されてきた時、
私の頭に“啓示”が流れ込んだ。
『ゲームマスター、美緒』
『彼女を迎え、支えよ』
『その代償に、妹の命が尽きる』
胸が裂けるような痛み。
けれどそれが、私の運命だった。
※※※※※
――あたたかい。
私は、柔らかな布に包まれていた。
どうやらベッドの上らしい。
まぶたを開けると、心配そうな顔がすぐそこにあった。
「……あれ、エルノール……?」
「美緒さま! 目を覚ましてくださったのですね……!」
その声には安堵と、震えが混じっていた。
彼の手が、私の手をぎゅっと握りしめている。
涙が、零れ落ちそうなほど近くで。
(ち、近いっ!)
「えっと、その―――手……」
「あっ、すみません。痛かったですか?」
慌てて離す彼に、私はぎこちなく笑うしかなかった。
(ドキドキして気を失いそう、なんて言えるわけないでしょ……!)
※※※※※
情報の流入は想定内だったみたいなのだけれど。
想定を超えるデータ量に慌てたようだった。
「やはり、美緒さまは選ばれし“ゲームマスター”……。もう、私の持つ知識を超えておられるようです」
エルノールは少し寂しげに笑う。
その瞳の奥に、安堵と敬意が宿る。そして――少しの恐怖。
「心配かけてごめんなさい。でも……私はあなたに、これからも助けてほしいの」
その言葉に、彼は一瞬、息を呑んだ。
そして静かに膝をつき、首を垂れる。
「……ああ。貴方がマスターでよかった。命果てるまで、お仕えいたします」
(……重いよ!?)
私は顔を引きつらせつつ、そんな彼を見下ろした。
※※※※※
記憶の混乱。
それによる立ち眩み。
私は今一人、与えられた自室で休んでいた。
色々なことが起きた。
私は混乱と―――なぜか沸き上がる期待に、どうしても確かめたいことがあった。
「……ステータス」
恥ずかしさを抑えつつ呟くと、頭の中に淡いウインドウが浮かぶ。
※※※※※
名前:守山美緒
種族:ヒューマン
性別:女性
年齢:18歳
職業:軍師
称号:ゲームマスター
スキル:統括/指揮/任命/同期/鑑定/解呪/超元インベントリ
レベル:01/99
※※※※※
「……まさか、本当にゲームの仕様そのままだなんて」
知らないスキルもある。
でも、確かに“始まった”のだ。
私は拳を握りしめる。
心の奥から熱が湧き上がる。
「……私、鍛える。
そしてこの世界を、推したちを、絶対に不幸にはさせない」
現実では掴めなかった“生きる場所”。
それが今、目の前にある。
「ここが――私の生きていく世界だ!」
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