第182話 悪魔ザナンクの葛藤
厳寒の地シベリツール。
ツンドラに支配された大地に佇む一軒家―――
マキュベリアの館。
既に住人の居ないここはまさに『氷漬け』になっていた。
※※※※※
「くそっ。マキュベリア…あいつ何処に行きやがった?…眷属の一人も居やしねえ…」
今ここにいる男。
悪魔ザナンク。
彼はいら立ちを隠そうともせず、床をけり付ける。
「俺様の『追跡』…ちっ?!解呪されてる?…何故か阻害まで…俺以上の術者なんていないはずなのに…」
彼は2000年前―――
マキュベリアに倒され従属する『振り』をしていた。
内部に入り込み、使命を果たすために。
とことん性格のひん曲がった彼の戦法。
『惑わす』ことだった。
戦闘が弱いわけではない。
何しろレベルは280。
だが彼はあえてそういうスタンスで存在していた。
彼は自分の能力に絶対の自信を持っていた。
「…まさか『隔絶解呪』??…ゲームマスターか?」
彼の使命。
『創造神の眷属筆頭であるマキュベリアの覚醒を阻み、転移してくるゲームマスターの邪魔』をすること。
幾つものルートを移動できる彼等。
だが当然縛りはある。
記憶の消失―――
そのたびにどうしても記憶はあやふやになる。
だから彼は今、かなりの葛藤を抱えていた。
本来マキュベリアは2000年もの長き眠りにはつかないはずだった。
以前のルートの状況を、どうにか脳内に描き始めていた。
※※※※※
『従うふり』を続けていたが途中で飽きた彼。
マキュベリアを人知れず戦闘不能にし、欲望の限りを尽くしていた。
さらにはその記憶を奪い、隠蔽するために眠りにつかせたが…
せいぜい300年程度のはずだった。
しかし今回。
マキュベリアは2000年にわたり眠りについていた。
彼が感知できなかった理由。
そして本来、記憶の補完、つまりは虚無神による『祝福』が受けれない今の状況―――
それこそが2000年前の創造神ルーダラルダの最後の賭け。
ぎりぎりまで繋がりを絶ち切り、違うルートの情報を隠蔽。
さらには渾身の精神阻害。
ザナンクは今、輪をかけていくつもの記憶があやふやになっていた。
※※※※※
「クソッ。今はいったいどの世界線なんだ?」
接続が断たれ、おそらく数千年。
主である虚無神―――
その記憶すらあやふやになっていた。
「…俺は使命?…果たしたはずだ…しかも美緒だって…あと一歩まで追い詰めたはず…」
わずかに残る感覚…
しかしそれすらも、すでに『記憶の残滓』を残すのみとなっていた。
「くそっ、マジで意味が分かんねえ…」
ドカッとソファーに座り込む。
そして自身に魔力をたぎらせた。
「力は…あり得ないほど高まっている…俺様は強い……」
彼等を創造したのは虚無神だ。
当然指示もあったはず。
それすらよくわからない現状に苛立ちを覚えてしまう。
漠然とした不安が、超絶者であるはずの彼の心を侵食する。
※※※※※
虚無神の影響力を極限まで切り離した世界―――
それは彼らに大きな混乱をもたらしていた。
虚無神の真の願い。
『全ての物に至高の幸福の提供、その後の滅び』
正直彼の眷属たち。
誰一人その真意を読み取ることが出来ていなかった。
繋がっているときは問題は無かった。
いつでも確認が出来た。
だからこそルーダラルダの賭け、断絶。
余りにも大きな効果をもたらしていた。
悪魔たちは混乱の最中にいる。
ザナンクとて、例外ではなかったのだ。
※※※※※
ザナンクは取り敢えず一度身を隠し、暗躍することに力を注いだ。
(状況が全く分からない、自ら動くのは愚か)
彼はそう決断していた。
強いくせに慎重な判断が出来る。
悪魔が強い理由の一つ。
取り敢えず彼のテリトリーであるゾザデット帝国をはじめとするムナガンド大陸。
予定通り多くの住民を連れ去り、悍ましい実験はその成果を出し始めていた。
さらには溢れかえる自分たちの眷属たち。
かつてないほどの力の高まりに、ザナンクは安堵の息を吐いていた『はず』だった。
「…まさか……実は追い詰められている?…この俺様が?」
誰もいない凍り付いた屋敷。
ザナンクは独り言ち、思わず途方に暮れる。
凍り付きまるで時までもが止まっていると感じてしまうマキュベリアの屋敷。
しばし固まり、熟考するザナンク。
大きく息を吐きだした。
「…俺様らしくねえな」
何時の世界線であろうと、どういう状況だろうと。
やることは変わらない。
何より今自分はすべての世界線で一番力を増している。
負けるはずなどない。
改めて考える。
懸念はない。
順調そのものだ。
何よりついにこの『ルート』に目的であるゲームマスターが現れたのだ。
「ふん。まあいい。…俺はやることをやるだけだ…」
一瞬で困惑の表情が下卑た表情に変わる。
「今度こそゲームマスター…確実に心を壊してやる…くくくっ。ああ、目に浮かぶねえ…あの可愛い顔が恐怖で歪むのを…」
僅か思い出される『以前のルート』の時の情景。
ザナンクの顔はさらに緩み切っていた―――
※※※※※
マキュベリアの屋敷の中―――
ふいに冷たい風が、暫く妄想に没頭していたザナンクの頬を撫でた。
現実に引き戻されるザナンク。
「……風だと?…俺が入ってきた壁からか…」
魔力を伸ばし、索敵を展開…
しかし反応はない。
「ふん。…しかし…ボスはどうしちまったんだ?」
深く思考したことで、記憶ではなく繋がりを刻まれた魂の深くまで俯瞰した彼。
朧気だがどうにか思い出した絶対的な主。
もともと興味の薄いボスだった…
俺の記憶もあやふやだが…
数千年は繋がりを感じねえ
思わず天を仰ぐ。
しかしすぐに気持ちを切り替えた。
「…まあいい。焦る必要はねえ。好きにさせてもらうか。…取り敢えずマキュベリアの残り香…くくくっ、相変わらずいい匂いだ…滾るねえ」
そう言いマキュベリアのベッドに倒れ込み、自らの服を脱ぎ捨てる。
おそらく彼女が使っていたであろう毛布を体に巻き付け、枕に顔をうずめたザナンク。
彼はうっとりとした表情を浮かべながら目を閉じた。
※※※※※
彼は知らない。
すでに美緒のみならず、マキュベリアでさえ彼の力を上回っていることに。
そして。
以前のルートでの非道、ゾザデット帝国の齎した行為―――
次に目覚めた時。
彼はその対価として酷い目にあう事を。
※※※※※
遠い世界線―――
虚無神の本体、いや『乗っ取った』鳳乙那。
彼は物語を歪めたことで勝利を確信し、干渉をやめていた。
すでに終わった話。
彼はやり遂げていた。
何より『地震』と言う災害に襲われたあの世界。
いまだに守山奏多は行方不明だ。
彼は既に興味を失い、実はその存在自体忘れていた。
彼の時間軸での認識。
もうこの物語は終焉を迎えていた。
しかし、作られたものとはいえ創造神という大きな力を得ていたルーダラルダ渾身の『賭け』により事実は少し『ズレ』を生じる。
違う世界線。
まさに逆襲を始めるシナリオ。
創世神アークディーツの称号『ゲームクリエイター』により新たに構築された物語。
そしていくつかの事を思い出した原神の一部、守山奏多。
鳳乙那の認識できない次元。
奏多の物語、実はSS、いわゆるサイドストーリーへと発展している状況だった。
『千載一遇のチャンス』
今の状況はまさにそういうことだった。
幾つもの絶対者たちの思惑、そして願い。
美緒たちの反撃が幕を開ける。
※※※※※
ゾザデット帝国南方の国境の地ナバル。
かつてロナン達が生活していたスラム街の一角で、一人の男性が驚愕の表情を浮かべていた。
「っ!?お、お前…ロナン?!…生きて…ぐうあっ?!!」
「…久しぶりだね、コルダさん…ルイミは取り戻したよ?」
ロナンとエイン。
今二人はコルダを無力化し、腕をひねり上げているところだ。
既にこの国境の地での裏工作、ほとんどを終了していた。
腐敗の進むカザオルド伯爵の配下たち。
その主力はすでにあの魔石で使い物にならない状況となっていた。
「ねえ。まだ子供、攫っているの?…ああ、いいよ?あなたは乗っ取られている…そうだよね?」
ロナンはマジックポーチから、解呪の魔刻石を取り出し魔力を込める。
途端に苦しみだすコルダ。
「ぐうっ?!がああっ、こ、このクソガキがっ!!す、素直に死んでいれば…いいものを…ひぎいっ?!!」
解呪の魔刻石が怪しくその光を増す。
コルダの体がぶれ、沸き上がるように怪しげなものが滲みだしてきた。
「…ああ、コルダさん…やっぱり既に殺されていたんだね…あなたの敵、今果たすよ」
音もなく振り切られる美緒渾身の錬成で作られた聖属性の短剣。
切り裂かれた悪魔の眷属、浄化され光の粒となり消えていった。
残された男性。
すでに肉体は腐敗が始まっていた。
「…ロナン…そ、その」
「うん?エイン、ありがとう…付き合ってくれて」
「ばっ、良いんだ、お礼なんて言うな…これで『けり』付いたんだな?」
「うん。…許せないね」
「あん?」
「この人だってきっと志はあったんだと思う。でも殺され乗っ取られ…酷い事を強要されていたんだ…ねえエイン?」
「……」
「絶対に勝とうね。そして取り戻すんだ。普通の幸せを」
目に光を湛えるロナン。
未だ15歳の少年。
でもその姿は、まさに一人の覚悟を心に宿した気高い男性。
エインは心の中で、凄まじい速度で成長するロナンに感嘆のため息をついていた。
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