第177話 ジナールとエルファス
突然の第二皇女による衝撃の発言。
時が止まったような謁見の間では、ごくりとつばを飲み込む音が響く。
やがて小さくつくため息の音。
そして皇帝が声を発した。
「…ジナール?なにを…いきなり何を言いだすのだ?」
「へ、陛下。…どうか、お認めを…わたくし小さいころからずっと…エルと、エルファスとともに居たいと、思っておりましたの。…あの日、彼女に助けられたあの瞬間から…陛下、いえお父様…どうか、お願いいたします―――」
強い決意が灯る瞳。
そしてジナールはおもむろに私を見つめた。
「美緒さま…どうか私の想い、そして真実。…同期していただけませんか?」
「ジナール様…分かりました。気を楽にしてくださいますか?…ナナ、良いわね?」
「はあ。…いいよ?…何となくそんな気はしていたのよね。私ジナールに逆らえないし?」
私は魔力を込め、ここにいる全員と同期を始めた。
※※※※※
およそ10年前―――
暑い夏の日。
大陸の北方に位置するゾザデット帝国でも、7月の終わりはじりじりと強い日差しが照り付けていた。
「おいっ、いたかっ?!」
「いえ、ここの倉庫内には気配はありません」
そんな中、近衛兵数名は額に汗を浮かべ、現在行方の分からないこの帝国の第二皇女、ジナールの捜索を続けていた。
「ったく。ジナール殿下のおてんばにも困ったものだな」
「っ!?おいっ、めったなこと言うな。以前ならいざ知らず、最近の殿下は人が変わったようにおとなしいんだ。…まさか、誘拐?」
「バカ!…それこそとんでもない事だろうが!!」
ジナール第二皇女は6歳くらいまでは手の付けられないおてんば娘だった。
しかし頭を悩ませていた皇帝が、藁にも縋る思いで宰相であるレリアレード侯爵に相談してから彼女は大きく変わる。
正確には侯爵の娘、エルファスと出会ってから。
おかしかった言動は鳴りを潜め、やるべきことをしっかりとこなすようになった彼女。
元々能力の高かったジナールは、瞬く間にその才能の片鱗を見せ始めていた。
「おいっ、開式まであと3時間だ。…まだ7歳、おそらく遠くには行っていまい。もう一度徹底的に探すぞっ!」
「お、おう」
※※※※※
今日は隣国であるノイド公国の国王一家との会食が予定されていた。
ありていに言って、第2皇女の『お見合い』の意味も兼ねているもの。
実は主役であるジナール。
最初彼女はお見合いが嫌だったのだが…
実はエルファスに入れ知恵をされており、逆に今日の日を楽しみにしていたのだった。
何より彼女はつい先ほどまでおとなしく宮殿内にいたし、しっかりと可愛らしいドレスを着こみ、さらにはメイクまで済ませていた。
まさに準備万端。
居なくなってしまう理由が見当たらないのだ。
子供とはいえ帝国の皇女。
その責務は重い。
今日のお見合いは国同士の絆を紡ぐ重要なことだ。
いまさら「今日は居ないので日を改めて」など出来るわけがない。
頭を抱える皇帝と宰相。
じきにノイド公国の国王一家は到着するだろう。
「…宰相よ、心当たりはないのか?」
「はっ。申し訳ありません」
「よい。その方のせいではないのは明白だ。何しろ今回の件、説得してくれたのは貴殿の娘エルファスだ。…何を言ったのかは知らぬが…むう」
皇帝の執務室。
冷めた紅茶を見やり、皇帝であるゾルナーダは大きくため息をついた。
※※※※※
慌しく近衛兵が捜索を続ける中、エルファスは一人魔力を集中しジナールの反応を探していた。
(まったく。世話が焼けるね…うん?…居たっ!……ええっ?なんであんな場所に??)
エルファスは今7歳。
今日は一応『ジナールの監視役』という体で父であるアウグストと二人皇居へ来ていた。
何よりもジナールの初めてのお見合い。
間近でそういうイベントを見られるとあって、エルファスは興奮気味にしていたくらいだ。
既に対策はレクチャー済み。
そんな中でのジナールの行方不明騒ぎ。
エルファスは何となく責任を感じていた。
もしかしたらやっぱり嫌だったのかも…
そんな思いが脳裏をよぎる。
何はともあれジナールの居場所を確認したエルファス。
おもむろにあたりをきょろきょろと見まわし始める。
(…誰もいない…ならっ…転移!!)
既にエルファスは転移魔法を習得していた。
しかし伝説級の魔法、実の父親にも伝えていない秘密だった。
(…居たっ!!うあ、気絶してる?…ひうっ?!)
直接目の前に転移してしまえば魔法がばれてしまう。
そう思ったエルファスは少し離れた場所に転移したのだが…
およそ5m先。
なぜかジナールは気を失い、額から大量に出血している状況だった。
(っ!?落ちたんだ…どうしてこんな細い枝に登った?…いけないっ!!)
倒れているジナール。
その横には細い枝が根元から折れていた。
さらには大量の出血。
命に係わる状況だ。
しかもここは皇居のはずれ。
彼女が倒れていた場所、すでに高い壁を越えた雑木林の端だった。
見あげれば高い壁から出ている細い木。
恐らくあそこから落ちたのだろう。
慌てて駆け寄り回復の術式を紡ぐ。
見た目のケガは治せるが…もし頭を打っていたら…
エルファスは精神を集中し、自身の使える最上級の回復魔法を紡ぐ。
想いをのせて。
(うん?やけに魔力消費が多い?…まあ、細かい事はどうでもいい…どうか治って!!)
緑色の聖なる魔力に包まれ、額の怪我が治っていくジナール。
エルファスは祈るような気持ちでゆっくりとジナールの肩に手を触れた。
「ジナール?…大丈夫?…ジナール…」
やがてピクリと反応するジナール。
薄っすらと目を開け、視線が交わる。
「…エル?…はっ?!子猫は?」
「子猫?」
「う、うん…つうっ?!」
「うあ、いきなり動いちゃだめだよ?あなた木から落ちたのでしょ?頭を強く打っていたら…脳内出血しているかもだし…」
「…脳内出血?」
実はこの世界、以前エルファスが暮らしていた日本に比べ、恐ろしいほど医療レベルが低い。
何しろ回復魔法のある世界だ。
医学の発展は恐ろしく遅れていた。
「あー、えっと。…ねえ、気持ち悪いとかない?」
「うん。…うあ、血?…あれ?傷、無い?」
「一応ハイヒール?かけたけど…ねえ、目の前とかぐるぐる回っていたりしない?」
「目の前がぐるぐる?…大丈夫…かな?」
そう言いつつもゆっくりと立ち上がる。
そして辺りをきょろきょろと見渡した。
その様子に、エルファスは安堵のため息をついた。
どうやら命の危機はないようだ。
「ねえエル?子猫居なかった?」
「私が来た時にはいなかったよ?もしかして…その子猫、木の上から降りれなくなっていたの?」
どうやらジナール。
息抜きに皇居の庭に来ていたら、可愛らしい子猫と遭遇していたようだった。
そうして追いかけて行くうちに子猫は皇居のはずれの細い木へと登ってしまい、降りれなくなりパニックに。
その様子にジナールは助けようと木に登り、枝から落ちていた。
そして城門の外、額に怪我を負い気絶していたのだった。
「まったく。あなた今日大切な日なのでしょ?あーあ。せっかくのドレス…」
「ハハ、ハ」
可愛らしいドレスは既にあちらこちら破けており、何よりも血で赤く染まっていた。
きっと無意識で涙も出たのだろう。
可愛い顔もぐしゃぐしゃの状態だ。
こんな状態で見つかってしまえば大騒ぎになること間違いない。
ひとしきり考えるエルファスに、なぜか目を輝かせるジナール。
こういう表情の時のエルファスは突拍子もない事をする。
それを知っているジナールは思わず状況を忘れ、ワクワクとした表情を浮かべていた。
「うーん。このままじゃ不味いわよね。…ねえジナール?私少し変わった魔法使えるの。着ている服を変える魔法。…試してみても…良い、かな?」
「うんっ!」
即答。
余りの勢いに、提案したエルファスは思わず腰が引けてしまう。
「え、えっと…じゃあ…はいっ!」
突然光に包まれるジナール。
目の覚めるような真っ青の、美しくもセンシティブなドレスに包まれた、とても7歳には見えない妖艶な姿のジナールが爆誕していた。
「うえっ?!」
やけに露出の多いその姿。
以前の日本にいたころ、エルファスは一応デザイン関係の仕事をしていた。
それの影響かはたまた彼女の趣味か。
この世界の常識には無いような、とんでもないデザインのドレスがここにあった。
「っ!?ふわー。すっごくきれいな色のドレス♡…ありがとう、エル」
「ふわっ?!…えっ?い、良いの?このドレスで…」
正直メチャクチャ似合っている。
7歳児にしては背の高いジナール。
見た目には12~13歳くらいに見えてしまう。
何よりやたらと色っぽい。
「ねえねえ、鏡もってる?」
「う、うん…はい」
おもむろにエルファスはストレージのスキルから手鏡を取り出す。
それを受け取ったジナールは目を輝かせた。
「…凄い…これが、私?」
なぜかばっちり小悪魔メイクが施され、美しい髪の毛も『もりもり』の状態。
肌の露出が多いそのドレスも、馴染みはないもののジナールの高貴さを引き立てていた。
「ありがとうエル。さあ、エスコートしてくださるかしら?」
「っ!?う、うん。…コホン。…ジナール殿下?お手を」
「はい♡」
まだ7歳のジナール。
だけど優秀で抜け目のない彼女。
淑女としての立ち居振る舞い、エルファスは思わずため息を零していた。
「ふふっ。ジナールったら。本当に皇女様みたい」
「あら?みたいじゃなくて、本当に皇女でしてよ?」
「そうだった」
仲良く手をつなぎ歩く二人。
エルファスの機転で事なきを得、会食は滞りなく開催された。
※※※※※
実はあの時。
ジナールは死んでしまう運命だった。
額の傷は深く、何より実は首の骨も折れていた。
エルファスのジナールを治したい強い想い。
実はあの時紡がれていた魔法、伝説級の『リザレクション』だった。
そして。
強すぎる力には当然ながら対価が付きまとう。
ジナールはその魔法に触れた時、実は魂に刻まれていた。
いわゆる『眷属化』の儀式に近いそれ。
当然エルファスにそのつもりはない。
だから契約は中途半端にその効力を発揮していた。
そう、すでに。
ジナールはエルファスがいなければ生きていくことが難しい状態。
魂がつながっていたのだ。
今までナナ、エルファスは一応帝国内で活動をしていた。
だから大きな問題はなかったのだがギルでへの移転は話が違ってくる。
距離が離れすぎる状況。
実はジナールはここ数日えも言えぬ不安にさい悩まされていた。
原因はそう。
中途半端につながれていた魂の叫びだった。
彼女はナナと。
離れてしまう事、それは命の危機にかかわってしまう。
この場にいた皆にその認識が刷り込まれていた。
※※※※※
(まったく。ナナも人のこと言えないじゃない)
同期の終わった皇帝の執務室。
私は大きくため息をついていた。
「はあ。ジナール様、いえジナール。…仲間は呼び捨て、良いですか?」
「っ!?は、はい。美緒さま…美緒っ♡」
ゾザデット帝国第2皇女ジナール。
美緒のギルドの一員になった瞬間だった。
「面白かった」
「続きが気になる」
と思ってくださったら。
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