第171話 獣人族の国エルレイア
獣人族の国エルレイア。
美緒と別行動をとっているエルノールは、レギエルデとこの国出身であるランルガン、そしてこの国への訪問を強く希望したファナンレイリを伴い、今国王の居城であるバッカーヒル宮殿へと赴いていた。
美緒との同期を経た今、ファナンレイリは思い当たることがあった。
メインキャラクターである竜帝アラン。
おそらく今彼は行方不明状態のはずだ。
そしてかつての部下であった龍人族の生き残りであるザルハン。
彼は今この国、獣人族の国エルレイアの国王。
きっと何かしらの情報があると、彼女は確信していた。
※※※※※
「ランルガン、ここの近衛隊長、お前の弟だというのは本当なのか?」
「ああ。まあ俺よりは弱いがな。こんなこともあろうかと事前に通信はしておいたんだ。おっと、来たようだ」
宮殿の入口。
そこで待っていた4人の前に、大柄なドラゴニュートが部下数名を引き連れて中から出てきた。
そして即座に跪く。
「遠路はるばる…精霊王様、そしてリッドバレーが当主様、レギエルデ様。…ようこそ獣人の国エルレイアへ」
もちろん事前に通信石で来訪は伝えてある。
これは当然の礼儀だった。
「ふむ。苦しゅうない。面を上げよ。…ザルハンは息災か?」
「はっ。国王はあなた様を待ちわびておいでです。ささ、どうぞ中へ」
何故かランルガンに全く目を合わせないその男性。
さらにはまとうオーラ。
何故か怒りに溢れている?
「おいおい、久しぶりだってのに随分な態度だな?まさか俺のこと忘れたわけではあるめえ」
「…ふん。勝手に飛び出した挙句親父に怪我を負わせた大罪人が。…ファナンレイリ様とリッドバレーの当主様、そして我が国王の御友人でもあるレギエルデ様が同行していなければ…貴様なぞすぐに始末するものを」
どうやらランルガン、彼はかなり自由奔放に過ごしてきていたらしい。
彼の部族であるドラゴニュートの猛者数名は、この国において武を司る重鎮として幾つもの要職についていた。
特に彼の父親は現在でも最強のドラゴニュート。
年齢を理由に息子に役職を譲ってはいるものの、いまだ最強は彼の父親レイドルッドだった。
「どうせ親父の事だ。ぴんぴんしてるんだろうが。まったくケツの穴の小せえこった。どうせ手配書、ばら撒いているんだろう?ご苦労なこったぜ…!?ぐうう?!!!」
突然膨れ上がる気配。
瞬間現れたとんでもない魔力がランルガンを薙ぎ払う。
ガードした腕が軋み悲鳴を上げる。
たまらず吹き飛ばされ叩きつけられる。
城門の一角が破壊され、瓦礫に埋まるランルガン。
その様子をちらりと見やり、今現れた男レイドルッドは恭しく膝を折った。
「…ふん。腕を上げおったな…これはファナンレイリ様…お久しぶりでございます」
「レイドルッドか。…相変わらずの化け物ぶりだな。…まあすでにランルガンの方が強いがな」
「…そのようですな…ファナンレイリ様。こやつは役に立つのでしょうか」
「うむ。何より我が友であるゲームマスター、美緒が認めた。お主の知るランルガンとは既に別物。…ふふっ、分かっているのだろう?」
「ハハハ。それは僥倖。…おいっ、ラン」
首を振り、どうにか立ち上がったランルガン。
鋭い眼光で父親を睨み付ける。
「これでおあいこだ。後はお前の好きにしろ。…ギャラード、お前もそれでよいな?時期族長はお前だ」
「っ!?…承知しました。……ふう。兄貴」
「…なんだよ」
「俺と立ち会ってくれ」
ドラゴニュートの掟。
族長の宣言、それは絶対だ。
だが継承に当たり決闘が義務付けられていた。
種族としての矜持。
何よりも武を求める彼らは、強くなくては部族の者が付いてくることはない。
これだけは覆すことのできない神聖な誓いだ。
改めて弟であるギャラードを見るランルガン。
たぎる闘気、纏う魔力。
レベル自体は低いものの、既に『以前の自分』より高みにいた。
「ふん、強えな。でもな…わりいがパスだ。俺はお前を殺したくねえ」
「…貴様、種族の誓い、それすらも忘れたのか?」
つまらなそうに頬をポリポリと掻くランルガン。
その様子にギャラードはますます激昂してしまう。
「ったく。だから手前らは古くせえっていうんだ。誰が見たってギャラードしか適任はいねえだろうが。…まさか親父まで、戦えとは言わねえよな?」
「貴様、何を…っ!?ひぐっ?!!!」
「フハハ…まさか、ここまで化けるとは…」
ランルガンから立ち上る魔力。
まだギルドにきて日が浅い彼だが、誰よりも修練に励んでいたランルガン。
何より絶対者である美緒との直接戦闘。
あれは何よりの経験となり、彼のその力を増大させていた。
元々高レベルだったのだが。
何より奢っていた。
しかしあまりの実力差に打ちひしがれた彼は。
力というものに初めて向き合っていた。
何より彼は戦闘の天才。
そしてたどり着いた。
(俺の居場所。そして俺の力の意味。……俺は鉾だ。美緒の、ゲームマスターの行く道をこじ開ける、そのための存在。だから…俺は強くなくちゃいけねえ)
ゆっくりと視線を向けるランルガン。
刺すような研ぎ澄まされた濃密でいてそして力強い魔力。
既にギャラード、そしてレイドルッド。
跪き、絶対の忠誠を誓う最敬礼をランルガンに向けていた。
大量の冷や汗を流しながら。
「ふん。わかりゃあ良いんだ。…おい、こっぱずかしいじゃねえか。やめてくれねえか?」
魔力を霧散させ問いかけるランルガン。
そこには相変わらずの、『不真面目な最強のドラゴニュート』が顔を赤らめていたんだ。
「族長、いや、父上」
「…ああ」
「いつか、必ず…私もあの高みまで、上って見せます」
ありえない高みを知った二人。
その顔には何故か満足げな表情が浮かんでいた。
※※※※※
ムナガンド大陸食糧庫とまで言われる獣人族の国エルレイア。
大陸の南方に位置する自然豊かな農業大国だ。
多くの国民は獣人族がその割合を占め、多種多様な生態系を形成している国でもある。
国王であるザルハン・ルダ・エルレイアは珍しい龍人族の男性で、レベルは100を超える強者。
即位して6人の子供を持つ人物。
龍人族は長寿の種族。
以前彼は精霊王の居城『魔流れの霊峰』でファナンレイリの側近を務めていたこともあった。
「お久しぶりです。…おお、なんとお美しい…縛りは、束縛は解かれたのですね」
「うむ。久しいな。…元気そうで何よりだ。…ゲームマスター美緒のおかげだ。ザルハン、世界が動くぞ。お前の助力、期待しても良いのか?」
謁見の間。
多くの重鎮が見つめる中、長き時を超えた邂逅。
その様子に皆の注目が集まっていた。
「はっ。微力なれど、仰せのままに。…ゲームマスター様は?」
「すまぬな。別件、いや、この大陸の闇、それの対応。今日はゾザデットへと赴いておる。いずれここにも連れてこよう」
「さようですか。…まずはお礼を。我が息子、救い出してくれたこと…心からの謝礼を」
当然ゾザデットでの事件、国王は知らされていた。
愛する息子、その無事が確認できた今、彼は何を投げ打ってでも美緒たちゲームマスターに協力したいと心の底から思っていた。
深く礼をとるザルハン。
そんな彼にそっとファナンレイリは近づき、こそっと耳打ちをした。
(…ありがとう。心強いわ。…今度一緒にシュークリーム、食べようね♡)
(っ!?おおっ、記憶まで…そうですか…それは楽しみです)
遠い記憶。
ファナンレイリはまるで寝言のように一度だけ彼に伝えていた。
大好きな友達。
果たせなかった約束。
でもその時、ファナンレイリはどうしてそういう事を言ったのか自身ですら分からなかった。
『シュークリーム?それはいったい…』
『っ!?…あれ?わ、私…なんで…』
『っ!?…泣いておられるのですか……』
きっとこれは運命。
そして今度こそ果たされる約束。
覚醒し解き放たれたファナンレイリ。
その美しさに触れたザルハンは―――
自分が流している涙に気づくことはなかったんだ。
※※※※※
「なあに?それじゃあ伝説の英雄である龍人族のアランが始動を始めたの?」
「ええ。おそらく。…我が一族はファナンレイリ様もご承知の通り太古の種族。一族に伝わる魔力鏡、つい最近、それが仄かに光を放ち始めました」
国王の執務室。
一通りの式典を終え、今は彼の執務室で寛いでいるところだ。
もっともランルガンは彼の弟に請われ、武闘場で幾人もの近衛兵と模擬戦を行っているが。
なんだかんだ彼も何気に人が良い。
「彼は、アランは正当な竜帝の後継者です。あの悍ましい戦い、彼は死んだと思っておりましたが…どうやら竜姫エスピアの秘術、それで封印を施されたのでしょう。…そして目覚めた」
国王であるザルハンは龍人族が襲われたとき魔流れの霊峰にいた。
300年ほど前、急に狂ったように数多の魔物に襲われた龍人族の島。
その知らせを受け駆け付けた時、既に生きているものはいなかった。
一族に伝わる秘宝のいくつかは確保する事が出来たが。
絶望に囚われたザルハンは、それが原因で同胞を探すため世界をさまよっていた。
龍人族の波動を拾う神器『魔力鏡』を携えながら。
その過程で彼の妻となる鳥獣人族の高位的存在である鳳凰族の族長の娘、メシュナードと知り合い愛を紡ぎ今の地位に落ち着いていた。
獣人族の中でも高貴な一族の長の娘。
気付けば彼は国王へと推挙されたのだった。
「そっか。ザルハンも苦労したのね。…元気でよかった」
「ハハッ。悪運だけは強いようです。世界をさまよったとき、遂に同胞には会えませんでした。きっと龍人族は私とアラン、それからどこかに封印されているであろうエスピアのみなのでしょうな」
遠い目をするザルハン。
そんな彼の肩に、ファナンレイリは優しく手を置いた。
「見つけるわよ。エスピアを。そしてアランも。…アランは美緒に必要なメインキャラクターの一人なのだから」
「なんと!…分かりました。世界に散らばる我が国の同胞、その力、振るわせていただきます」
「お願いね」
先ほどとは違い非常にフレンドリーな物言いのファナンレイリ。
実はこれが彼女の素なのだが…
完全に解呪され自由を得た今、彼女はまさに神々しく輝く美を持っている。
思わず顔を赤らめるザルハンに、ため息交じりにレギエルデが問いかけた。
実はレギエルデも、ザルハンとは旧知の仲だ。
「コホン。ところで国王。あてはあるのかな?」
「うむ。お主も変わらず元気そうで何よりだ。なんだ?国王だと?まったく。…昔の通りザルハンと呼べ。気色悪い」
そう言いジト目を向けるザルハン。
そして今度はエルノールに対し口を開いた。
「リッドバレーの当主殿。礼を欠くような口調、お許しいただけるだろうか。何しろ懐かしい者との久しぶりの再会。すでに私は心が沸き立っております」
「ああ。かまわない。何よりファナンレイリ様がお許しになっている。それに我が主である美緒さまもそういう堅苦しいのは苦手だ。流石に公衆の面前では立場もあるが…こういう席では構わないさ。私のこともエルノールと」
「ありがたい。ファナンレイリ様もよろしいですな?」
「もちろんよ。続けて頂戴」
「コホン…先ほど申した我が一族に伝わる魔力鏡、おおよその位置が分かるのだ。それによれば反応はここより南方、おそらく伝説にある竜の墓場、その島ではないかと推測している」
「……南方の島?…それは遠いのかい?」
「うむ。おそらく船ではたどり着けまい。我が妻の一族、鳳凰族の協力を得ようと思う」
そう言いザルハンは魔力を込め念話をとばす。
やがて執務室にノックの音が響き、美しい妙齢の女性が入室してきた。
「紹介しよう。我が妻メシュナードだ」
「お初にお目にかかります。鳳凰族が長子、そして現国王の妻、メシュナードでございます」
この世界獣人族は一部の特徴を除いてその姿はヒューマンとほとんど変わらない。
ドラゴニュートやリザードマンなどはかなり魔物寄りではあるが。
鳳凰族に至っては翼など魔力変換できるため、まったくヒューマンと変わらない見た目をしている。
ただ種族特性である纏う炎の魔力。
それは揺らめきとなって彼女の美しさに拍車をかけていた。
「ほう?強いな。…ふむ。鳳凰族…っ!?…メシュナードと言ったな」
「はっ」
「…朱雀のスイ、承知しておるな?」
「ええ。残念ながら彼女は呪われて…申し訳ありません。現在行方不明です」
鳳凰族はこの世界において、聖獣に最も近いとされている種族だ。
恐らく鳳凰族が覚醒した存在、それが朱雀となっていたのであろう。
「朱雀はスイは…解呪された。ゲームマスター美緒によってな」
「っ!?…ほ、本当ですか?!」
「うむ。今は私と同じ場所で暮らして居る。今度会いに来るといい」
涙ぐむメシュナード。
実は彼女、幼少のころ朱雀と遊んでいた数少ない人物だった。
「朱雀は…スイは…生きているのですね?」
「うむ。きっとスイも喜ぶ」
その様子を何故かレギエルデは複雑な表情で見ていた。
スイが苦しみ、メシュナードが泣いている原因。
それをもたらしたのは紛れもなく彼の弟子、コメイなのだから。
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