第168話 いろいろな調整1
私がザナークさ…『お父さん』たちとピクニックに行っていた日。
我がギルドではいくつかの調整作業が行われていた。
まずはコメイとファナンレイリ。
聖獣である『スイの呪い』についてのすり合わせだ。
もちろん私はどうしてそういう事をしたのかはコメイから聞いていた。
そしてその結果得られた事実についても。
だけどどう考えても悪いのはコメイなわけで。
何より『心あるもの』に対して行っていい実験ではない。
いくら絶対に死なないように、カウンターを仕込んでいたとはいえ、精霊王であるファナンレイリ、そして対象であったスイがそれを知らない時点でそれはただの呪いだ。
結果スイは長期にわたり生死の境をさまよった。
何はともあれ、一度しっかりと怒られた方がいいと私は判断していたので、レイリにはそのように伝えておきました。
きっとものすごく怒られる事だろう。
でも。
その中できっとみんなはいくつかの事にたどり着く。
私はそう確信していたんだ。
※※※※※
「ねえコメイ?あんた何でわざわざこの世界の根幹である聖獣のスイに、あんな質の悪い呪い、付与したのかしら…答えによっては私…許せないのだけれど?」
ギルドのサロンで思わず魔力を噴き上げさせるファナンレイリ。
美緒により完全に解き放たれた彼女。
その力は実にこのギルドでも5本の指に入る、とんでもない高みに到達している。
その様子に背中に嫌な汗をかきまくるコメイ。
目を泳がせ何故かレギエルデに視線を向けた。
「あっと、そ、そのな…なんや、ま、まずはおちつこか?…さ、最初に言っておくで?確かに呪いっちゅーか、そ、その…付与はした。…けどな?理由があるんや。せやからその物騒な魔力、押さえてくれんか?」
コメイは転生者で種族はアルディと同じエンシャントエルフ。
かなりの実力はあるものの、彼は戦闘特化ではない。
どちらかと言えば頭脳タイプだ。
そんな『言い訳を考えている』コメイにレギエルデは大きくため息をついた。
「ねえ、ファナンレイリ様。…僕からも頼みます。まずは話し合いしませんか?」
「…ふう。分かったわよ。…これでいい?」
サロンを包んでいたファナンレイリの怒りの魔力。
霧散し多くの者がほっと息をついた。
「それで?…納得のいく答え、用意できたのでしょうね?…コメイ」
「ひぐっ?!…ま、まあの。…な、何や…きょ、今日はいい天気やな」
はぐらかすコメイ。
実は彼が行った事。
本人ですらそういう効果が出るとは思っていなかった事だった。
聖獣であるスイのパッシブの障壁。
実はかなりの高レベルで、通常の呪いなどは受け付けることはないもの。
実にコメイがスイを呪ったのは約4000年前。
この世界に転生した直後、未だレギエルデが神であった時のことだ。
正直一番の理由は興味本位だった。
どうにか精霊王の怒りを回避しようと熟考するコメイだが…
そんな彼にあきらめの表情を浮かべたレギエルデがそっと肩に手を置いた。
「なあコメイ?あきらめも必要だと思うんだよ僕は。…お仕置きされるといい。これ以上ややこしくなる前に。…僕も付き合おう」
そして土下座の体勢になるレギエルデ。
顔を引きつらせながらコメイもそれに倣った。
「すんませんでしたっ!!興味本位やったんや。世界最高峰の聖獣の障壁、どないやったら突き抜けるか、それだけで付与しておりました。勘弁やで」
見事な土下座。
成程、確かにあの呪い、呪いの割に悪意はないわけだ。
しかもパッシブを無効化するべく数千年という長きにわたりその効果が発現、つい最近やっとスイに届いた呪いだった。
内容は無気力化。
ぶっちゃけ深い眠りに誘うものだ。
でもそのおかげでスイは、生死の境を長い事彷徨っていた。
ファナンレイリの額に青筋が浮かぶ。
「えっと、あのー。…目的は果たせたのでしょうか…確かに酷い目にはあいました。でもそのおかげで今私はここに居ます。ファナン様?私もう怒っていません。…許していただけませんか?」
ずっと彼らを見ていたスイが口を開いた。
突然の本人からの告白に、皆の瞳に驚愕の色が浮かぶ。
「…あんたね。…あんなに酷い目に遭ったっていうのに…もう。これじゃ私が聞き分けのない子供みたいじゃない。…分かったわよ。今回の事はスイに免じて許してあげる。…あんた、他にもそういうとんでもない事、していないでしょうね?」
「してへん。何しろいくつかの術式ごと、ワシは真奈はんに封じられたんや。せやから他に影響のあることはあらへんよ?誓えるさかい…スイはん?」
「うん?」
「すまんかった。でもな、一つだけ…おおきに。おかげでワシは、『摂理』を覆すきっかけを手に入れたんや。ワシは目的がある。せやけどそれは今、ここにおる皆、そして世界の希望と合致してん。あんさんの被った被害、無駄にはせえへん」
探究者目線。
だけどコメイはこれが許されざることであることを分かっていた。
でも。
どうしてもこの世界の摂理に深くかかわっている虚無神、そのわずかなスキを突きたかった。
「…まったく。…あんたとんでもないわね?…メインキャラクターは伊達じゃないのね。ねえファナンレイリ。そういう事なの。良いかしら?」
「…リンネ様がそういうのなら…」
渋々納得するファナンレイリを、スイがそっと抱きしめた。
「うあっ?!ス、スイ?…っ!?あ、あなた…泣いて…」
「…嬉しいのです…私は確かにこの世界の礎のような物。でもそれ以外でもどうやら役に立ったようです。なによりあなた様の優しさ…私は幸せです」
美しいスイとファナンレイリ。
その友愛と親愛に満ち溢れた抱擁。
見ていた皆の瞳から自然と涙がこぼれるのは仕方がない事なのだろう。
確かにスイはこの世界の根幹。
失うわけにはいかない。
でも。
確かにファナンレイリの彼女に向ける視線、そして対応。
まごうことなく優しさに溢れていた。
もともと隔絶している超絶者である精霊王。
いうなれば創造の範囲を超えた存在だ。
偶像と言っても良い、そのはるか高みにある存在。
そんな彼女の溢れる優しさ。
されはまさに福音。
この場にいる皆の心が激しく揺さぶられた。
また一つ。
美緒の大切なギルドはその優しい心に触れていた。
※※※※※
一方修練場。
美緒のもたらしたとんでもないアーティーファクト。
ティリミーナとディーネは新たな力『魔装神機』の試運転を行っていた。
「…ねえ、ティリ?」
「…何よ」
「やばくない?これ…」
「…やばい。やば過ぎでしょ?!!」
今二人が乗っているいわゆるゴーレム。
身の丈は4mと、かつての機体よりは小さいものの…
全ての数値がおかしい事になっていた。
※※※※※
カッ!!!!
スガガガガ―――ンンン!!!!!
「…ねえ、本当に大丈夫なの?…結構マジで攻撃したけど…」
魔力を霧散させ、心配げな表情を浮かべてしまうロッドランド。
ほぼ全力の勇者の一撃。
もちろん優しい彼。
完全に全力ではない。
しかし今の一撃、間違いなくランルガンのブレスに相当するほどの破壊力を秘めていた。
やがて立ち込めていた魔力とそれに伴う埃がはれ…
無傷の魔装神機が佇んでいた。
「…マジで?…直撃したよね?!…ふわー、無傷とか…防御力とんでもないね」
思わず呆気にとられるロッドランドは感嘆のため息を吐いた。
今の一撃、いくら本気ではないとはいえ先のミコトの暴走を食い止めた一撃だ。
それをほぼ棒立ちの状態、すなわち防御態勢をとることもなく無力化して見せていた。
『えーっとね。多分これなら先の爆発でも耐えられると思うよ?それにもしダメージ受けてもティリ達に痛みは伝わらないから…うん』
何故か歯切れの悪い美緒の説明を脳裏に思い出し、ティリミーナは興奮とともに恐ろしさに包まれていた。
『あー、因みにね?あの爆発よりは小規模なんだけれど…たぶん同じくらいの熱量は出るかな?だからあんまり本気では攻撃しない方がいいよ?えっと、前の時の『タメ攻撃』とかは禁止ね』
実はティリミーナもディーネも乗り込んだ瞬間、この魔装神機の性能というかスペック、すでに精神と感応していた。
もちろん美緒の魔改造ゆえだが。
何しろ以前のゴーレムは強かったが幾つもの制限があった。
まずは魔流れの霊峰のすぐ近く、さらには精霊王であるファナンレイリの近くという条件が課せられていたのだが…
実は今回の物は。
何とペンダントタイプになっていた。
しかも大きさも数段階に指定でき、さらには自身の魔力のみで効率よく運用できる仕組み。
そして驚きのその力は…何とレベル300に匹敵するほどの高みにあった。
「ねえ」
「う、うん?」
「美緒やばいよね」
「……うん」
妖精二人の会話。
彼女たちは正直美緒に対してはそこまで陶酔していない。
何よりティリミーナに至っては、命を救われた感謝の思いはあるものの、彼女自身の勘違いではあるが美緒は恋敵だ。
だからどうしても尊敬の念よりも先に恐怖が付きまとってしまっていた。
もちろんだからと言ってこの居心地の良いギルドから出ていく選択肢はない。
だけど…
背中に冷たい汗をかきつつ二人は思わず遠い目をしていた。
※※※※※
ジュー…
心地よい音とともに香るとんでもなくおいしそうな匂い。
厨房ではサクラとルイミ、そしてなぜかラミンダが3人でよだれを我慢しながらメリナエードの作るパンケーキに視線を注いでいた。
「うん。良いかな?…付け合わせの生クリームと…今日はイチゴにしよっか♡」
ちょうど午後3時。
いわゆるおやつの時間。
今日のおやつ当番のメリナエードは既に大量のパンケーキを作り終わっていたところだ。
すでにほとんどはサロンに運ばれ、先ほどの騒動が終わっていたそこでは多くの仲間たちがすでに舌鼓を打っていた。
「ふふっ♡みんなよく我慢できたね。偉い♡」
そうして手際よくお皿に盛り付ける。
最後に残った材料を効率よく調理したメリナエード。
大体最後は大きめなものが出来上がる。
それを知っていた3人の目が輝きだした。
「ううー、やばい。めっちゃおいしそう♡」
「うんうん。さすがはメリナさん。付け合わせのイチゴ?…とってもキレー」
「…はあ。凄いなメリっち。今日はありがとう。すっごく勉強になったよ」
サクラとルイミは食べるのが目的だったが。
実はラミンダ、次のおやつ当番のため今日は実地勉強という体で潜り込んでいた。
「ふふっ。一番は分量の調整ね。ここの人たち、すっごくたくさん食べるから…本当に可愛い♡」
突然噴き出す甘いオーラ。
きっと『彼』の事を考えたのだろう。
「…なんか…お腹いっぱいになっちゃうね」
「…う、うん」
思わずこそこそ話し合うルイミとサクラ。
いつの間にか仲良くなった二人。
なんだかんだ今日もギルドは一応平和だった。
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