第156話 ロナンの想いと新たな力
ギルドの治療室。
治療室ではレリアーナが慣れた手つきで二人のお世話をしてくれていた。
私とリンネは彼らを救出した後、幾つかの後始末をしてようやくギルドへと戻ってきたところだ。
「リア、ありがとう。…どう?ロナンと妹さんの容態は」
「うん。問題ないよ?今は寝ている。…たまにうなされるけど……さっきの美緒の回復で怪我とかは治ったからね」
どうにか救出できたロナンと妹さん。
連れてきたときにはあまりの酷さに思わず私は顔をしかめてしまっていた。
ロナンは拳の一部が壊死して骨が見えていたし、体中痣だらけ。
妹さんは殆ど骨と皮状態で、酷い発熱といくつかの病気に感染していた。
さらには隷属の首輪で自動回復すら阻まれていて。
本当にあと数日遅かったら妹のルイミちゃんは命が危なかった。
「でも…良かった。この子……まだ、純潔は失ってなかったんだね」
きっと美しいであろう少女。
だからこそ虚無神に囚われつつもフィリルニームさんはこの子が男たちに穢されないよう、ぎりぎりまで彼女の体力を奪っていた。
余りの状態の悪さに、男たちから『そういう目』で見られないように。
「…きっとフィリルニームさん…泣きながらやったんだろうね」
「…うん」
思わず下を向く私とリンネ。
直接触れた私たちはフィリルニームさんの悲しみを理解していた。
「……う…う…あ……っ!?き、君は…ぐうっ?!」
「っ!?ロナン?…目が覚めたのね…無理しないで…ここは安全よ」
目を覚ますロナン。
回復したとはいえ長期にわたり刻まれ続けた怪我だ。
修復しても神経はまだどうしてもその痛みが残ってしまう。
痛みに顔をしかめつつも、探るような瞳で私たちを見つめる。
…きっとスキル『伝心』を使っているのだろう。
「…えっ?!…ゲーム…マスター?!……使命?…お、俺が?」
つぶやくように零す彼。
どうやら彼のスキル、想像以上にその精度は高いようだ。
今の一瞬で彼は相当な深度まで、情報を得たようだった。
「…改めて、私は美緒。ゲームマスターです。そしてこちらは…」
「…創造神…リンネ様?」
「…ええ。よろしくね?ロナン」
助けてまだ間もない時間。
長き間酷い扱いを受けていた彼。
その体力も精神力も…限界ぎりぎりだった。
彼の今の状態。
助けることが出来たとはいえ、私は心がチクリと痛んでしまう。
「…妹は…ルイミは……っ!?…ああ、ありがとう…助けてくれたんだね…良かった…よがった…グスッ…ひっ…うあ…ああああっ……」
隣のベッドで寝息を立てている妹に優しい表情を向けるロナン。
たまらず零れる涙。
つられて私とリンネ、そしてリアまでもが涙を流してしまった。
「……ああ、ここは天国なのかな…あなた達の心…見たことがないくらいに美しく気高い…俺たちは本当に助かったんだな…」
正直シナリオとは違い、ロナンはまだ力を得てはいない。
彼は大切な妹が目の前で凌辱され殺されることで、真の怒りにより覚醒を果たすキャラクターだ。
そして得る。
称号『リヴェンジャー』復讐者を。
(…クソくらえだ)
以前のシナリオに囚われていた私。
その非道を待とうとしていたなんて……
本当にあり得ない。
だってここは現実だ。
ロナンは、彼らは…生きているのだから。
私はそっとロナンの手を取る。
即座に赤く染まる彼の顔。
私は慈愛の表情で彼に問いかけた。
「ねえロナン?お願いしてもいいですか?」
「えっ?お願い?」
「ええ。もちろん暫くは体力の回復に努めてください。そして体調良くなってからでいいの。私たちはこの世界の暗部、悪魔とその眷属を殲滅しています」
ごくりと彼がつばを飲み込む。
私はその様子に微笑みながらも言葉をつづけた。
「一緒に居てくださいますか?私を助けてほしい」
「っ!?た、助ける?…俺が?」
伝わる彼の想い。
つないでいる手から彼の困惑が私の心に届く。
彼の伝心のスキル。
すでに彼は私とのパスを構築していた。
(…ねえロナン?)
(っ!?こ、声が直接?……ああ、分かる、分かるよ…君は凄い使命を持っているんだね…正直俺には力なんてない…でも…協力させてほしい)
(ありがとう。…あっ、そうだ)
私は彼の手を離して、そっと彼の瞳を見つめた。
「ねえロナン?3人で暮らせる部屋を用意するから…あとで案内するね。もちろんルイミちゃんが回復してからでいいから」
「えっ?……3人?……ええっ?ま、まさか?!」
そんなタイミングで魔力があふれ出す。
エルノールが中年の美しい女性、彼らの母親であるセシリナとともに治療室へと転移してきた。
「っ!?か、母さん?!」
「ロナン、ああっ、ルイミもっ……神よっ!!」
虐げられ運命に翻弄されていた親子が今。
2年ぶりの再会を果たした瞬間だった。
もちろん全員、涙腺が崩壊しました。
しばらく泣く声が治療室には響いていたんだ。
※※※※※
救出の日から1週間が経過した。
もちろん私たちは各方面で様々なタスクをこなし、今この世界は一応の安定を見せていた。
何よりも神聖ルギアナード帝国の中に侵入していた悪魔の眷属。
実に22名がその権能に囚われていた。
ひと悶着あったので後でしっかり対応はするけど…
今は何よりも回復したロナン達の心の安定を祝いたい気分だ。
※※※※※
「ふわー♡お兄ちゃん、すっごくきれいなお部屋」
「ハハッ。今日から俺たち3人、ここで暮らすんだ。ルイミも家事とかのお手伝い、ちゃんとやるんだぞ?」
「う、うん」
問題なく回復したロナンとルイミちゃん。
先に部屋で暮らしていたセシリナさんと3人で目を輝かせ部屋の中を見て回っていた。
「お母さんっ!」
「あらあら、ルイミ?甘えん坊さんね。……あなたはもう12歳なんだから…確かあなたと同い年の子もいるみたいよ?仲良くできるといいわね」
ジパングのサクラも12歳だ。
きっと仲良くなれるだろう。
その言葉に何故かもじもじとするルイミちゃん。
上目遣いでロナンに視線を向ける。
「ね、ねえお兄ちゃん。私、上手にできるかな?」
「うん?大丈夫だ。もしうまくできなくても、ここの人たちはそんな事では怒らないさ。心配はいらない」
「…そう、かな」
余りに苦労を経験しすぎた幼い兄妹はいまだ夢見心地でいた。
なにしろ彼らは他人の善なる心にほとんど触れていない。
スラムでの生活はそこまで酷いものではなかったが、捕らえられてからというもの、彼らは人間扱いされていなかった。
「ねえロナン、ルイミ」
「うん?」
「なあに?お母さん」
そんな二人に優しく声をかけるセシリナ。
「あなた達には使命がある。さっき私はリンネ様に言われました」
「使命?」
「……ああ」
キョトンとするルイミ。
ロナンは覚悟を決めた瞳を母親に向ける。
「もちろん私も働きます。まあ、家事のお手伝いですけどね。確かに私たちは酷い目に遭った。でも今は元気で生きている。美緒さまのギルド、きっとここは天国のような場所です。だからこそ、精一杯頑張りましょうね」
セシリナもまた地獄を見ていた。
彼女は今103歳。
魔族である彼女は見た目は30代くらい。
美しい彼女もまた絶望し、二人と別れた後自ら命を断とうとしていた。
だが。
実は彼女、フィリルニームさんの手の者により救われ、ひっそりと王宮で下働きをしていた。
その知らせがギルドに届いたのは数日前。
レギエルデが探し出し、エルノールから報告を聞いていた美緒が指示を出し、連れてきていたのだった。
事の顛末、実はロナンはすでに承知している。
当然スキルで知ったことだが、彼は本当に不思議に思っていた。
自分は分かる。
一応スキル『伝心』と言う力、それはきっと美緒達だって必要なものだ。
でもルイミと母親。
既に1週間、ギルドで暮らしたロナン。
今は承知しているが、あの時には本当に分からなかった。
意味がない。
この世界は優しくない。
そう信じていた少年。
でも。
今ならわかる。
美緒は、このギルドの人たちは。
心をも慮ってくれていたんだ。
(ああ。俺は本当に恵まれている。ここに来れた…美緒に会えた…だから…)
突然ロナンの頭の中に電子音が流れる。
思わず固まるロナン。
『ピコン…条件を達成しました…称号『ラッキーファロウ』果報者…習得しました…称号ホルダー特典により各ステータスに200のボーナスポイントが付与されます……伝心スキル、進化覚醒します…『悟りの極致』に進化しました…』
「っ!?なあっ?!」
「っ!?お兄ちゃん?!どうしたの?!」
突然光に包まれるロナン。
力が沸き上がってくる。
「…ロナン?…あなた…ふふっ。覚醒したのね…ああ、本当にあなたは自慢の息子よ」
「…母さん…俺、美緒の力になりたい…みんなを今度こそ…守りたいんだ」
そっと抱きしめあう親子。
震える肩。
でもそれは。
悲しみでも苦しさでもない。
決意を込めた歓喜の涙だった。
「…ズルくない?お兄ちゃんばっかり」
そんな様子に涙をこらえつつも、若干冷めた目でルイミがつぶやいていた。
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