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SS 魔族の少年ロナン

薄暗く寒い牢屋。


隷属の首輪を嵌められほぼ自由が効かない中、少年は隣で横たわる妹らしき女の子の背中を撫でていた。


「ルイミ、しっかりしろ…くそっ、凄い熱だ…おいっ!!病人だ!!薬を、毛布をくれっ!!」


狭い牢の中。

少年は大きな声を上げる。


「うるせえっ!黙ってろ!!」


看守だろうか?

牢の前で酒のような物を飲む男は足で牢を蹴り飛ばす。


「おいっ、頼むよっ!俺の妹なんだ、このままじゃ死んじまう」

「うるせえって言ってんだろ?どうせ仮病だろ?簡単に人は死にゃあしねえよ。…おっと、時間だ。じゃあな」


そう言いふらつきながらも看守の男は牢から離れていく。

もうすでにこのやり取り、2~3日は続けていた。

すでに彼の妹らしき女性はほとんど意識がなくなっていた。


「おいっ!!ま、待ってくれっ!!本当に病気なんだ!!頼むっ!!助けてやってくれよっ!!」


響く声。

しかし誰もその声に反応する者はいない。


少年は、ロナンは力いっぱい牢を殴りつけた。

すでに痣だらけの骨ばった手。

力なく見つめ、悔しさが募る。


「くそっ、ダメだ、本当に死んじまう…誰か、誰か!!お願いだ、妹を、ルイミを…助けてくれよ…うう…うああ」


力なく蹲る少年。

その瞳からは絶望の涙があふれ出してしまう。


「…ゴフッ…お、おにいちゃん…」

「っ!?ル、ルイミ?お、お前、意識が…」


見るからに限界を迎えてしまっている少女。

既に色を無くした唇から、血が滲みだす。


「お、お前…しゃ、しゃべるな。大丈夫だ、兄ちゃんが絶対お前を…」

「…ごめんね…わ、私がいるから……ごほっ、がはっ?!!」


息を詰まらせ赤黒い血を吐き出す少女。

もう彼女の命はまさに燃え尽きそうになっていた。


「ルイミ?おいっ、しっかりしろよ?!!…ああ、ああああっ?!…どうして?俺たちは…こんな目に?!!…か、神様…どうか、俺の命をやるからっ!!妹を、ルイミをっっ…」


涙でかすむ視界。

少年、ロナンは、自らの無力さにただ絶望していた。


彼にはもう…


祈ることしかできなかった。



※※※※※



2年前。

帝国歴24年秋。


ゾザデット帝国、国境の地ナバル。


この地は多種の種族が暮らすスラム街になっている場所だった。


その一角、小川の横で馬を洗う少年。

やっとあり付けた仕事に、少年は目を輝かせていた。


「お兄ちゃん?ちゃんと洗えるの?このお馬さん、すっごく大きいけど?」

「任せろ。兄ちゃんはなあ、色々出来るようになったんだ。ほらよっ」


ぼろい布を濡らし、馬のお腹を洗う少年。

どうやら気に入ったらしい馬はぶるりと声を漏らし、おとなしく少年のされるがままになっていた。


「いい子だな。お前…奇麗にしてやるからな」


正直この少年、馬など洗った事はない。

だけど彼のスキル『伝心』はどうやらヒューマン族だけではなく、動物にも効果があるようだった。


どうすれば喜ぶのか、少年は何となくわかっていた。


「…凄いな。お兄ちゃん。…お馬さん、とっても気持ちよさそう」

「だろっ?…よしよし。もうすぐ終わるからな…」


どうにか大きな馬を洗い終わった少年とその妹らしき少女。


オーダーをした中年男性、色々と彼らの世話を焼いてくれていたコルダさんが二人の前に現れたのはちょうどそんなタイミングだった。


「おう?坊主、お前すげえじゃねえか。この馬が言う事を聞くとはな。…ありがとうよ。これは報酬だ」


そういい革袋を放り投げるコルダ。

少年は慌ててその袋をつかみ取り、中身を確認する。


中には銀貨3枚と大銀貨2枚が入っていた。

普通ではあり得ない大金だ。


「っ!?…えっ?こ、こんなに?…ま、間違ってないよね?」

「あん?ああ。間違ってねえよ。…馬の洗い賃は約束通り銀貨3枚だ。残りはな…」


瞬間少年の背に悪寒が走る。


「うあっ?!きゃああああっっ?!!」

「っ!?ル、ルイミ?!!!」


コルダの後ろからいきなり飛び出す何者か。

突然少女を羽交い絞めにし、睡眠を誘う魔法を詠唱する。


やがて意識を失う少女。

その様子にコルダはにやりと顔を歪ませた。


「その少女の代金が大銀貨2枚だ。じゃあな」

「なっ?!ま、待てよっ!!な、何するんだ!!」


そのまま立ち去ろうとするコルダ。

少年は慌ててその男に縋りついた。


「あん?金は払っただろ?…っ!?汚ねえ手で俺に触るんじゃねえ!!」


いきなり蹴り飛ばす。


体の小さい少年は、お腹を蹴られ蹲ってしまう。

何よりコルダの心、何も伝わってこなかった。

それに長い付き合いではないものの、彼の様子、明らかにおかしい。


「…本当は無理やりにでも連れていけるんだ。わざわざ金までやったんだ。感謝してほしいもんだがな」


そう言いひょいっと馬に乗る男。

気を抜いたせいなのだろう。

コルダの考えの一部がおぼろげに伝わった。


(っ!?じ、人身売買?…初めから?…ま、まさか…)


激しく動揺する少年。

見ている前で男は少女を馬にのせ走り去ってしまう。


あっという間に見えなくなる男をのせた馬。

少年、ロナンは馬の去っていった方向を睨み付け、全力で走り始めた。


(なんだ?何が起きた??…どうして?……くそおっ!!ルイミ…ルイミ…)



※※※※※



少年ロナンとルイミはついこの前、この街へと来たばかりだ。

体の弱い母親と3人。


逃げるようにたどり着いたこの街、最後の希望だった。


父親のことは覚えていない。

どうやらろくでなしで、母親を騙した最低な男、そういう認識だけが彼の中にあった。


この街はいわゆるスラムだったが、意外にも温かい場所だった。

お金もなく伝手もない。

そんなロナン達に仕事を斡旋し、あまつさえ『ぼろ屋』とはいえ住む家まで都合してくれていた。


その男、コルダ。

彼は人身売買に手を染めていた。


ロナン達は魔族だ。

この世界魔族は美形が多い。

まだ幼いとはいえ、ルイミは美しい少女。

始めからそのつもりで、コルダはロナン達に近づいていたのだ。


やがて見失い倒れるロナン。

彼は途方に暮れ、やがて思い立つ。


(まさか…母さん?)


嫌な考えがロナンの足を重くさせる。

もしそうなら、もしルイミだけが狙いなら…


用が済んだ母さん…きっと…


「うあ、うああ、ああああああっっ!!」


絞り出すような悲痛な声。

ロナンは歯を食いしばりながら、母親が待つであろう家へと足を進めた。



※※※※※



程なく家にたどり着いたロナン。

朝と変わらぬそのたたずまいに、思わずほっと息を吐きだした。


「母さんっ!ルイミが、ルイミ…っ!?……えっ?!!」

「よお。遅かったな」


家の中。


そこにはあのコルダとともに、ロナン達にいろいろ世話を焼いてくれたキナルドが母親と二人、お茶をすすっていた。


「…やっぱりか…おいロナン。ルイミちゃん、助けたいと思うか?」

「っ!?えっ?ど、どうして…キ、キナルド…さん?…あ、あんたはコルダと…」

「ロナン?失礼ですよ?!」


母にたしなめられつつも訝しげに見つめてしまうロナン。

流石に最悪ではなかったものの、今の状況、すでに彼の想像を超えてしまっていた。


「はあ。まあ混乱するわな。…いいかロナン。あいつ、コルダはこの街の唯一のルールを破りやがったんだ」

「……ルール?」

「ああ。人身売買だ。確かに俺たちは後ろ暗い事なんていくらでもしている。でもな、それだけはダメだ。人身売買にはやべえ奴らがかかわっているんだ…『悪魔』って、分かるか?」


ロナンのスキル『伝心』


対象となる者の想い、それが伝わるスキルだ。

勿論未だスキルレベルは低い。


だけど、今目の前の男、キナルドからはコルダへの怒りがあふれ出していた。


「…正直お前たちに優しくしたのには俺だって思っていたことがある。はっきり言って恩を売ったんだ。…俺はお前のその才能が欲しい。人の本心が分かるその力がな。…すまねえな。俺はお前のスキル『伝心』……同じスキル持ちなんだよ」


「えっ?ま、まさか…」

「実はなこのスキル、大きな欠陥があるんだ。…乗っ取られた奴の心、それが見えない。…コルダは悪魔の眷属に唆されている。いや、乗っ取られている」

「なっ?」


思えば腑に落ちてしまう。

さっき相対したとき、ロナンはスキルを使っていた。

でも全くと言ってコルダの心、伝わるものがなかった。

気を抜いたであろうあの一瞬だけ、伝わってきてはいたが……


「ふう。お前も見えなかっただろ?…まだ間に合う。ルイミちゃんは、あの子は絶対美人になる。俺は誓って女を売らさせるつもりはねえ。だけどルイミちゃんにだって仕事を考えていたんだ。あいつは俺までをも裏切りやがった」


「…ロナン…キナルドさんは信じられる。…この人は正直に言ってくれた。私たちに対価を求めると。…うわべだけの優しさなんて、この世界にはありえないの…だから…」


俺とキナルドさんの話を聞いていた母さんが涙をにじませながら絞り出すようにつぶやく。


ああ。

きっとそうなのだろう。


この世は、この世界は。


力無き俺達には優しくなんてないのだから。


「…母さん。俺、キナルドさんと一緒にルイミを助けてくるよ。待っていて」

「…ごめんねロナン…私が弱いばっかりに…」


俺は母さんをそっと抱きしめる。

そして真直ぐにキナルドさんを見つめた。


「場所は分かるの?」

「ああ。…はっきり言って危険だ。だが時間が経てば助けられなくなっちまう。…お前、俺を信じられるのか?」


正直分からない。

でも今はキナルドしか、希望はなかった。


「分からない。でも、それしかないんだ。俺はこの街のことだってまだ知らない。…信じたい」

「っ!?…ああ。俺だってクソッたれな人間だが…同族を売るほど落ちぶれちゃいねえ」

「??…えっ?…同族?」

「ふん。おしゃべりはここまでだ。行くぞ」

「う、うん」


そして二人は走り出す。


地獄が待っていることをこの時二人は気づいていなかった。



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