第140話 失敗した以前の美緒ルート2
帝国歴33年春―――
すでに多くの犠牲を払い、今ギルド本部には17名の仲間が存在するだけになっていた。
第2拠点であった帝国の皇居の北の施設。
それもすでに人間爆弾により壊滅していた。
「美緒、気にすんな。あれはどうしようもねえ。…レルダンの決死のスキル…あれがなけりゃ俺たちは全滅していた」
「…うん。……ねえザッカート…レルダンは…もう戦えないの?」
美緒は僧侶をカンストし、すでに最上級の回復魔法を手にしていた。
しかし彼の自爆スキルは美緒や仲間を助けるため、最上級の呪いをその身に纏わらせている。
解呪レベルの高い美緒だがさすがにそれを解呪することはできなかった。
思わず俯く美緒。
その頭にザッカートは優しく大きな手を置いた。
「お前が落ち込む事じゃねえ。何よりレルダンは命を懸けて俺たちやお前を守ったんだ。俺達は前を向かなくちゃいけねえ。そうだろ?」
「っ!?……う、うん」
すでにシナリオは崩壊していた。
今この世界を包む脅威、それは神聖ルギアナード帝国ではなかった。
いつの間にか世界を侵食していた聖教会、そしてそれにまとわりついている悪魔たちだった。
「…美緒、俺が行く。…確実につぶして来るよ。邪神リナミス?…俺なら容易い」
落ち込む美緒を見かね、白銀の鎧を纏う世界最強の聖騎士ロッドランドがつぶやいた。
相変わらず彼の表情には影が差している。
「えっ?だ、ダメだよロッド…あなただって、回復しきっていないわ」
「美緒。それでもあいつは放置できない。あいつの幻影魔法。お前だってレグの敵、討ちたいだろう?…俺はもう仲間を失いたくないんだ」
今回の美緒のルート。
帝国歴29年の秋から始まったこのルートでは最初はシナリオ通りに進んでいた。
始まるハインバッハ皇帝の暴虐の数々。
美緒は2年間力をため、はじめに成長しきる前のハインバッハを、多くの犠牲を伴い倒しきっていた。
その時犠牲になったレギエルデ。
あの時彼のみが真実にたどり着いていた。
皇帝の居城、そこに隠蔽されていた悪魔の眷属である『狂ったあいつ』が作成した人造爆弾。
その解除の時、レギエルデは数名の悪魔の眷属に足止めされ、そいつらもろとも爆発に巻き込まれ殺されていた。
あの時のナナの落ち込み様。
今思い出しても美緒は心を引き裂かれるような痛みに襲われてしまう。
(ナナ…もう彼女もここを離れてしまった…きっともう戻らない、よね)
最強の冒険者であり、勇者の称号を持つ彼女。
ナナはあまりのショックに、つい先日このギルドを飛び出してしまっていた。
相棒であるエンシャントドラゴン、フィムルーナを伴って。
「美緒…私が付いてるよ?そんな顔しないで」
暗い表情をしていたのだろう。
住処である『魔流れの霊峰』を破壊されてしまった精霊王であるファナンレイリがその小さな体で美緒に飛びついて来た。
彼女は霊峰を追われたことでその力の大半を失ってしまっていた。
今は存在を維持するために、以前の姿、まだ覚醒する前の妖精の姿で暮らしていた。
「レイリ…うん。そうだね。まだ負けたわけじゃないもの。…ありがとう」
「う、うん」
寂しそうに微笑む美緒。
今の彼女はきっとこの世界最強の一角だ。
今のジョブは魔導衛士。
どうにか僧侶をカンストし、自らも前線に立つため魔法を扱いながらも物理値を上げていた。
レベルは179。
今このギルドでの最強はマキュベリアのレベル237。
ナナが300に届いたものの彼女は既にここを出てしまっている。
勿論敵対などはしないだろうが幾つもの希望を失ってしまった彼女はもう戻る事はないだろう。
何より彼女は未亡人状態だ。
彼の夫であるグラード侯爵の長男、ラギルードは既に処刑されていた。
『まあ、愛はないのだけれどね…でも初めてを捧げた相手。私は彼の家の為にも死ぬわけにはいかない……レギエルデだってきっと……私の選択、許してくれるよね…私は全てを狂わしたその神様?絶対に許さない。……ごめんね美緒?今のあなたでは足手まといなの。私は一人でもあいつを追う』
思い出すたびに涙が滲んでしまう。
そして思い知る自信の弱さ。
(私はすべてを知っていた……でも…圧倒的に力が足りなかった……でも……)
美緒は前を向く。
さっきも言ったがまだ終わったわけでも完全に負けたわけでもない。
そんな時サロンに凄まじい魔力が迸った。
創造神であるリンネ、優しげな表情を浮かべ美緒に近づいてきていた。
「美緒」
「っ!?リ、リンネ様?あ、あなた…その魔力…」
「うん。ちょっとね。……ねえ、アランは今どうしているの?」
「アラン?…今はエスピアさんと古龍の里に向かっているはずよ?来月の納日、ジパングを取り戻すまでには間に合わせるって」
極東の地ジパング。
復活したガナロの凄まじい魔力で、ほとんどの住民は死に絶えていた。
さらにはその力を奪われ再度封印されたガナロ。
リンネの力を増すために、今度こそその力を奪うため、私たちは来月の納日に再度ジパングを取り戻すため作戦を練っていた。
「そうなんだ。…ねえ美緒?コメイはなんて言っているの?」
「うん?あー、えっとね、実は私今から彼の課してくれた試練、最終テストなんだよね。魔法の重ね掛けの習得の。…本当は邪神リナミスの討伐に行きたいんだけれど…2年前一度倒した相手だけど…今の私では完全に倒す事が出来ない…悔しいし心配だけど…ロッドが…」
私はちらとすぐ横で佇んでいるロッドランドに目を向けた。
私の視線にリンネも習う。
その様子にロッドランドは少しはにかみ、リンネに言葉をかけた。
「リンネ様。心配はいらない。俺の力、あなたなら分かっているだろう?…これ以上美緒を悲しませたくないんだ。……行ってくる」
「…ロッド……分かった。許可します。でも約束してください」
彼は最強の聖騎士。
手にしている聖剣『エルニシア』が仄かに発光している。
レベルは177。
美緒に次ぐ強者だ。
何より彼は称号『リーチャー』到達者を発現している。
まさに聖なる力の到達者。
纏うオーラは天使族の英雄であるミリナをも上回っていた。
究極の悪、リナミスにとって最悪の相性の持ち主だ。
「絶対に無理はしない事。そして必ずここに帰ってきなさい。…良いわね?」
「…ああ。分かったよリンネ様。……美緒」
「は、はい」
「君のせいじゃない。君は多くを救ってきた。…それは変わらないんだ。どうか胸を張ってほしい。…じゃあな」
そういいサロンを後にするロッドランドを見送り、美緒はまた一つため息をついてしまう。
「美緒」
「っ!?あ、ご、ごめん」
どうしても暗い表情の美緒に、リンネはにっこりとほほ笑みかけた。
「もう。これから試練なのでしょ?そんな顔しないで?あなたには笑っていて欲しい」
「…うん。ありがと。…頑張ってくるね」
駆け足でサロンを後にする美緒。
その様子を見やり、リンネは涙がにじんでくるのをどうにか堪えていた。
※※※※※
結果的にロッドランドはリナミスを倒した。
しかしそこで聞かされた真実。
ティリミーナの無残な最期に、ロッドランドの心が壊れた。
すでに数年前の事実。
しかしそれこそがロッドランドの求めていた真実だった。
そして彼は最後にギルドへ顔を出し、美緒を見て涙を流す。
「美緒…君はこんな悲しみを、今まで抱えていたんだね…君は凄いな…俺はダメだ…もう、戦えない……すまない」
「…ロッド…」
そしてまた一人、美緒の大切な仲間が減っていく。
これで今ギルドには16人。
まるで美緒の心を削るように減っていく大好きな仲間たち。
そしてこのルートの終末は、あっさりと訪れてしまう。
帝国歴34年の春。
物語の最後の年。
美緒は遂に一人ぼっちとなってしまうのだった。
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