第135話 多重人格の眷属キズビット
皇都バラナーダ郊外。
人家が無くなり荒野が広がる場所で多くの魔物たちがその手に武器を持ち、興奮した様子でひしめき合っていた。
いきなり発動した美緒渾身のとんでもない結界。
多くの魔物が巻き込まれ絶命。
何とか耐えることのできた魔物たちは酷い怪我を負いながらも、この場所まで押し戻されていた。
魔物たちは激昂し、すでに指揮系統は壊滅状態。
烏合の衆と化していた。
※※※※※
「ふん。流石は帝国。簡単にはいかないねえ」
急遽設営されたテント。
その中で、見た目少年のような、悍ましい魔力に包まれた男性。
すでに動くとこが出来なくなったヒューマンの上に、無遠慮に腰を下ろしワインのようなものを楽しんでいた。
「あーあ。せっかく僕が来たってのに…うん?こらこら、君は椅子だろ?動かないでくれるかな」
自身の下で呻くヒューマンを、にやりとした表情で見下ろした。
「…ったく。台無しじゃん。まったく。…ねえ、君もそう思わないかい?」
「ぐうっ?…がっ、がっ……あ、ああ。……そ、そうだな…ぐいいあああっ?!!」
佇むヒューマンの男性。
散々精神をいじられすでに理知的な判断ができない状況になっていた。
「まったく。ヒューマンはさ、弱過ぎでしょ?ちょっと心の奥をいじっただけで壊れるとか…まあこいつは一応成功か。…ねえ。本当に主力部隊は防御特化なんだね?」
「ぐうあ?!……ごほっ、げほっ……そ、そう連絡…きた…」
問いかけた男性。
シャドーとダークエルフのハーフ、キズビット。
彼もまた悍ましい実験の被害者だった。
「…ふん。ボクもこれくらい脆弱なら…今更だけどね」
なぜか一瞬寂しそうに視線を落とし、彼は微笑を浮かべていた。
※※※※※
キズビットは自身の出生に対し、何も感じない。
それどころか感謝すらしていた。
神をあざ笑うかのような、命の尊厳など欠片もない交配実験。
多くの魔物とヒューマン族の命を散らせ、たどり着いた実験の成功例。
その一つだった彼は『とんでもない力』を手に入れていた。
称号『エデミステイター』管理者。
視認できる生物を管理する能力を持つ。
精神魔法ではなく“存在干渉”に近いその力。
対象を『自分が定義した生命』として扱い、その情報を掌握できる。
同等のものでしかレジスト出来ない、まさに凶悪な力だった。
彼もまた出会っていた。
こことは違う世界、日本で虚無神に。
そして刻まれる。
ある人物に対し酷い事をした『報い』として。
そう。
彼は―――
黒木優斗の家族を殺した張本人だった。
もちろん彼にその記憶はない。
しかしその業が彼をここに縛り付けていた。
そうとは気づかずに。
因果は繰り返される―――
※※※※※
「さて。そろそろおしまいにするかな…」
つぶやくキズビット。
とんでもない力を秘めた悪魔の眷属で転生者の彼。
通常転移者や転生者は莫大な力を得る。
しかしこの男はそこまでの力はない。
だが彼には底知れぬ悪意がその魂に焼き付けられていた。
在り得ないような苦しみ、人の持つ『業』そのものを。
そして彼はきっと極悪人だったのだろう。
恐らくその手に掛けた人数分、彼の中には違う人格がひしめき合っていた。
その業なのだろう。
キズビットは生まれた時から凄まじい痛みと呪いを受けていた。
余りの激痛。
そして死ぬことを許されぬ呪い。
彼は気づく。
薄っすらだがおそらく地球での知識。
たどり着く結論。
自らの体を改造すればいいのだと。
どうせ死ねない。
ならばいじればいい。
全身を引き裂かれるような痛みに耐え―――
彼はその特異性の中、耐えきれなくなり狂ってしまった多くの人格を封殺。
そして遂にたどり着いた。
その時発現した称号。
魂にとてつもない罪を刻まれた許されざる生命体。
その在り得ない理不尽に、彼のその行動は唯一の正解。
まさに『必然』だった。
だから彼はすでに人に興味がない。
幾つもの人格を備えてしまっているがために『感情』など彼の中で価値を持っていなかった。
彼が望むもの。
完全なる消滅。
この地獄を終わらせたかった。
その願いは奇しくも虚無神の願いと被っていた。
だからこそ、この世界に混乱を望んでいた。
そうすれば必然、ゲームマスターにたどり着く。
ゲームマスターこそが虚無神のカウンターだからだ。
※※※※※
「クククッ。釣れるかな?……さっさと強くなってよ。虚無神に勝つくらいにはさ…アハハ、アハハハハハハハハハハ!!」
虚無神の目的の根幹。
滅ぼすことではない。
多くの物が獲得する幸せ。
それを謳歌させたうえでの消滅だった。
「……バカなのかな」
突然素に戻り、零すキズビット。
先ほどの雰囲気は全く面影を無くす。
余りにも支離滅裂。
壊れすぎてたどり着いた彼。
一周回って彼は今、理知的な一面も備えている。
いうなれば彼は多くの人の集合体。
実は虚無神に囚われていない人格までをも彼は備えていた。
その読めない行動原理。
ゆえに彼は今回出会うことなく逃げおおせる。
「……なんかどうでも良くなった……ねえ」
「ぐああ?!…ん、な、なにです?!…うぐああっ?!!!」
時とともにおかしくなる精神をいじられた男。
その様子に完全に白けたキズビットは一つの指示を出す。
「これあげるからさ。飲み込んで?…そしたら突撃しろ。解放されるからさ」
「ぐぐう??!!!かい…ホ―――――――??!!!ひぎいいいっっ?!!」
小さな魔刻石。
暗く光るそれは禍々しい魔力が漏れ出していた。
すでに判断が出来ない男はそれを飲み込む。
途端に膨れ上がる魔力。
「ふん。これで僕が逃げる時間くらい稼げるでしょ?……次はガザルトかな」
そう言ってシャドーのスキル『闇渡り』を発動させ、溶けるように消えるキズビット。
彼は誰の指示も受けない。
今回だってたまたま思いついただけだった。
幾つかの内、虚無神に深く囚われている人格。
その沸き立つ思いを少しだけ開放しただけだ。
「まったく。ボクも業が深いね……まあいいけど」
管理してあるグリフォンにまたがり大空へと飛び立つ。
そして数秒後。
彼はその人格を封殺。
もう彼の記憶の中に神聖ルギアナード帝国での情報は完全に消えていた。
※※※※※
「報告します。美緒さまの結界で魔物の軍勢、大半が戦闘不能になりました。残りはおよそ5千」
告げられた報告に湧き上がる謁見の間。
先ほど構築した美緒渾身の結界、その威力はまさに想像を絶するものだった。
「流石は美緒だね…っ!?…なんだ?…この魔力?!」
瞬間レギエルデの背筋に嫌な気配が走る。
同時に美緒とガーダーレグト、そしてザッカートも身震いしてしまう。
突然激しい振動が皇居を揺るがした。
そして刹那のタイミングで襲い掛かる衝撃波。
軋みを立て皇居が揺れる。
常時結界の張ってある皇居。
そして絶対的な美緒の結界。
そのすぐ外、距離にして1キロ以上はあるはずなのに、皇居の西方、かつて見たことがないほどに魔力が荒れ狂っていた。
「な、何だ?なにが……ぐうっ?!」
外へと続くスロープ。
慌てて確認に駆け出した近衛の一人が膝から崩れ落ちた。
そこには。
地の底まで続く、底が見えぬような果てしない大穴が、地平線の遥か彼方までぽっかりとその口を開けていた。
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