第127話 新年のあれこれ
夜が明けた。
帝国歴26年の幕開けだ。
ガーダーレグトに抱かれながら安心して深く眠れた美緒は、ゆっくりと目を覚ました。
「……レグ…ずっといてくれたんだ……」
目の前で静かな寝息を立てるレグ。
改めて、まじまじ彼女の顔を見つめる。
(すっごい美人……)
キレイな形の良い眉毛に美しく長いまつ毛。
すっと通った鼻筋に、艶やかな唇。
思わず美緒はため息を付く。
「…む?……おはよう美緒」
「う、うん。おはようレグ」
至近距離でガーダーレグトの赤い瞳が美緒を見つめる。
つい顔を赤らめてしまう。
「なんだ?そんなに熱い瞳をしおって…ふふ、本当に美緒は可愛いな」
そう言い美緒を優しく抱きしめるレグ。
彼女のやさしい香りに美緒は心が安らぐのを感じていた。
「…ねえ、レグ?…あなた、レギエルデの事……何か知っているの?」
「…ふむ。…美緒はどう思っておるのだ?」
つい先日レギエルデを含めすべてを同期した日。
レグは思わせぶりなことを言っていた。
「……彼『世律神』なのではなくて?」
この世界の根幹。
創世神アークディーツ、そして虚無神ブラグツリー。
そして第3者、絶対的調停者、世律神。
何故か『ミディエイター』という、存在が劣るものに全てを投げ出した神。
もしそうならいろいろつじつまが合ってしまう。
私の視線から逃げるようにレグは目を逸らした。
「ふむ。興味深い話だな。……なぜそう思う?」
「なぜ?……彼は深く知り過ぎている。そしてこの宇宙の禁忌に触れた。そして彼はきっと…この世界の創成期から生きていたはず」
レグは4000年生きている。
だから…
「美緒、それは言えぬのだ。…私とてすべてを知るわけではない。だがそれについては…創造神の禁忌事項に触れてしまう。…すまぬな」
遠い目をするレグ。
そしてなぜか優しい瞳で私を見つめた。
「変わらぬであろう?」
「えっ?!」
「お前のやることだ。全てを救うのだろう?ならばやって見せろ。わらわは絶対にお前の味方だ」
この情報、きっとこのゲームに似た世界の根幹だ。
でもレグの言う事、間違いなく私が望むものだ。
レギエルデが何者か。
いつか分かるのだろう。
でも今じゃない。
それだけのことなんだ。
私はふっと息をつく。
「ふふ。お前は本当に強くなった。大丈夫だ。絶対にお前は望みを果たす。わらわが保証しよう」
「ありがとう。あなたの保証、心強い。……ねえ?」
「うん?」
「……お腹空いたね」
「ははっ。そうだな。サロンへ行こうではないか」
「うん」
※※※※※
美緒が目を覚ます2時間前―――
あてがわれた清潔な部屋と、あり得ないくらいに寝心地の良いベッド。
里奈は久しぶりに清々しい気持ちでゆっくりと目を開けた。
「知らない天井…夢じゃ…ないのね…」
いきなり勧誘され、思い切って飛び込んだ里奈と他の4人。
正直不安しかなかった。
でも。
彼女の目には希望が宿る。
※※※※※
きっと混乱に最中にあるジパング。
愛する夫を殺され家族も失った。
住む家も、全てが無くなった。
力を持たない自分達。
生きていくためには女を売るしかなかった。
同情心かもしれない。
でも美緒は、真摯に彼女たちの幸せを願ってくれていたんだ。
自分よりも幼い美緒。
昨晩の祝勝会、お客様対応をされた里奈たちはどれだけ美緒が凄まじい力を持つ彼らに愛されているかを思い知った。
違う世界から来てわずか9か月と聞いた。
余りに凄まじいその内容に里奈は身震いしていたことを思い出す。
※※※※※
「里奈?」
「っ!?…お、おはよう、マイ」
「……うん」
彼女たちは美緒の心遣いで不安にならないように5人一緒の部屋をあてがわれていた。
先に目覚めた二人。
やがてその声に全員が目を覚ましていく。
「ふあああ…おはよう」
「おはようございます」
「…おはよう」
つい想いを馳せていた里奈だったが、起きだしてきた4人を見やり気持ちを切り替える。
経緯はどうあれ自分たちは美緒のギルドに就職したのだ。
つまり雇われ。
働かなくては自分たちに意味はない。
「みんなおはよう。じゃあ準備して厨房に行こうか」
「「はい」」
「「うん」」
用意されている可愛らしい上下おそろいの作業服。
その服の上からエプロンをして準備完了だ。
全員良く事情を飲み込む前に連れてこられている。
勿論思うところはあるのだろう。
だけど。
皆も瞳に宿る希望の光。
里奈は一人、心の中で気合を入れていた。
※※※※※
「おはようございます」
「おはよう。……なんだい。今日は寝ていても良いんだよ?あんたたちも疲れているだろうに」
にこやかに挨拶をしてくれるファルマナさん。
その瞳には里奈たち5人を思いやる色が乗っていた。
「里奈さん可愛い♡皆さんとっても似合ってます。ふわー♡サクラちゃんとマイちゃんもめっちゃ可愛い♡うう、何という役得!!」
いそいそと料理を盛りつけながら、レリアーナが目を輝かす。
「…レリアーナさんの方が可愛い」
ぼそっとそう零すマイ。
彼女はどちらかと言えば引っ込み思案だ。
「もう♡リアで良いよ?ここでは年齢とか関係ないからね」
「っ!?う、うん。…リア?」
モジモジと上目遣いでリアを見つめるマイ。
1人レリアーナが悶絶していたのは内緒だ。
「じゃあせっかく用意してきてくれたんだ。早速手伝ってもらおうかね。このパン、サロンに運んでくれるかい?」
「は、はい。お任せください」
サクラと幸恵が山と盛られたパンを持ち上げ、サロンへと運ぶ。
皆がそれぞれ笑顔で働き始めた。
「…良いものだな……やはり女性の笑顔、何よりだ」
大きなフライパンを振りながら、ザナークは独り言ちた。
※※※※※
「…ねえサクラ」
朝食の準備がひと段落し、マイとサクラの二人は賄いのサンドイッチを片手に厨房の端っこで二人座り込んでいた。
「なあにマイ?」
明るいサクラ。
自分に無い性格の彼女を、まだ付き合いは浅いもののマイは羨ましく思っていた。
「…怖くはないの?不安とか…」
マイは正直、未だ自身の置かれているこの状況、恐怖心が先に立ってしまっていた。
美しい彼女は以前、多くの男性から好奇の目を向けられていた。
いうなれば非常に目立つ彼女。
しょうがない事ではあるが、控えめな彼女はそれが怖かったのだ。
ここのギルドには恐ろしく可愛い人や美しい女性が数多くいる。
でもマイの美貌はその中でもかなりの上位に位置していた。
昨晩だって、いやらしい視線ではないものの、彼女はかなり注目され、どうしても自分から話しかける事が出来なかったのだ。
「うん?怖くはないかな。だってみんな優しいし…それに…」
「……それに?」
サクラは彼女らしからぬ大きくため息をつく。
そして天を見やりゆっくりと視線をマイに向ける。
「ここ、凄くない?」
確かにすごい。
見たことのない魔道具に溢れ、何より最初に連れていかれた大きなお風呂。
実は5人、すでにギルドの最重要施設である大浴場に心を奪われていた。
「私の家ね、貧乏だったの」
「……」
「だからあんなにすごいお風呂初めてで…あとね、トイレ?…びっくりしたもん」
ジパングの時代背景はまさに江戸時代。
通常トイレは肥料を兼ねるいわゆる『ぼっとん便所』だった。
「あ、あのね?」
何故か顔を染めるサクラ。
「……あのおトイレ、そ、その…洗えるでしょ?お尻とか…」
「……うん」
「めっちゃ気持ちくない?……わ、わたし、声出しちゃった」
幾つもの次代を飛び越えた美緒のギルドのトイレ。
彼女たちの衝撃は、まさに青天の霹靂。
かつて感じたことのない『気持ちよさ』を感じてしまうほどに。
「……あー、うん。…私も声出た」
二人見つめ合い、思わず声が零れる。
気付けば漠然とした不安が小さくなっていたことにマイは気づいていた。
「きっと私たち、酷い目に遭ったじゃん?これはそのご褒美かなって私は思うの。だからさ、頑張ろうって。……マイもそうなんじゃないの?」
一番幼い12歳の彼女。
そのサクラが目を輝かせ、マイに笑いかける。
(ああ、強いな…私なんかよりもずっと……でも…)
マイは思う。
もしあのままジパングに居れば。
きっと自分は女を売らされていた。
避難したあの時でさえ彼女にはいやらしい視線が突き刺さっていた。
舐めまわすような、まだ成長しきっていない胸に集中する下卑た視線。
思い出すだけで全身に鳥肌が立ってしまう。
「マイはさ、可愛いじゃん?…でもここならきっと、あなたは普通でいられるよ?だからさ、頑張ろう?……わたしの方が小さいから、なんか偉そうでごめんだけど……私はマイと一緒に頑張りたい。それに、ここから離れたくない」
連れてこられた秘境の地。
当然彼女たちはすべてを知っているわけではない。
美緒の超絶スキル『同期』
それによりおおむねの事は理解というか知識としては備わっていた。
だがまるで夢のような内容に、彼女たちの理解は追いついていない。
マイは立ち上がり、隣で座り自分を見つめるサクラに視線を向ける。
「…そうだね。…うん。…私も、頑張ってみたい…変わりたい」
そう言い手を差し出す。
サクラはマイの手をしっかりと握り、輝くような笑顔を浮かべた。
「うん。これからよろしくね!」
「…うん」
※※※※※
どのルートでも悲運の最期を遂げた5人のジパングの女性たち。
美緒は今回、遂にそれを覆していた。
その変化、全体で見ればわずかなことなのかもしれない。
しかしそれは定められた虚無神のシナリオ。
それに対し、確実に楔となる事実だった。
そして完全に解呪されたミコトと在り得ない覚醒を遂げた十兵衛。
物語はその速度を増していく。
いずれ集う残り7人のメインキャラクター。
そしてナナが抱いている美緒に対する不安。
かつてないその物語は誰も知らないステージへと足を踏み入れていく。
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