第11話 もう一人の神様
リッドバレーよりはるか東。
極東地方と呼ばれるその地に、「ジパング」という島国がある。
いま、リンネとエルノールはそこにいる。
海に囲まれたジパングは独自の文化を持ち、陸続きの国家とは異なる「藩主制」を採用している。
この世界では珍しい仕組みだ。
人々の多くは茶色の髪に茶色の瞳。
情報を読んでいた私は、思わずつぶやいた。
「……茶髪に茶色い瞳?…なんでそこだけ違うの?」
国民は“着物”という服を着て、各地を“殿様”と“侍”が治める。
(……絶対、創造神様、地球知ってるよね?!)
主食は米。
魚を生で食べる習慣もあるようだ。
――お刺身食べたい!
私はエルノールにお願いしていた。
お米と味噌と醤油を買ってきてって。
この大陸では手に入らないから。
魚は……さすがにあきらめたけど。
ギルドに保管されているアーティファクトの《マジックバック》は容量こそ多いが、
時間停止や状態保持の機能がない。
せっかく買ってもらっても、腐ってしまう。
本当は私も行きたかったけれど――
私は《超元インベントリ》というチートスキルがあるからね。
入れた物は時間が止まって劣化しない。
でも今はアルディのこともあるし…
僧侶としてもっと強くならなきゃ。
……落ち着いたら、連れて行ってもらおう。
そうしよう。
……リンネとエルノール、大丈夫かな。無事に会えるといいけど。
※※※※※
「ねえエルノール。なにこれ」
「……岩?ですかね」
「……うん」
美緒さまに指定された座標に転移した私たちは、
岩石が無数に積み重なる奇妙な地帯に立っていた。
ここが――リンネ様の弟、ガナロ様が封印されている場所らしい。
「これじゃ、どこにいるのか分かんないね」
「……探知系のスキルは?」
「あるけど、使うと気づかれちゃう。今は避けたいの」
リンネは創造神。
人の理を超えた存在であり、数多のスキルを有している。
だが彼女はぽつりとつぶやいた。
「……今の私、多分一割も力が出せてないんだ」
「……えっ!?」
「ふう。帰ろっか、エルノール」
「はあっ!?」
落ち込むリンネ様に、私は言葉を失った。
「この岩石群ね、母様――マナレルナ様のスキルによるものみたい」
「っ!? マナレルナ様の……?」
「うん。よっぽど恐れたんだろうね、ガナロの力を。
本気で封印したままにしたかったんだと思う。
今の私じゃ、解呪できない」
リンネの目がかすかに揺れる。
美緒さまが言っていた――「ガナロはアルディに唆される」――その言葉が脳裏をよぎった。
「……そう。エルノールの懸念の通り。
私は創造神、いわば“善”。
弟のガナロは――“悪”、破壊神なんだ」
「っ……! 美緒さまは承知の上で?」
「たぶんね。あの子は“話せば分かる”って信じちゃうタイプだから。
そんなわけないのに。
あの子は“分かっていて分からないふり”をしてる。
この世界を“ゲーム”だと思い込もうとしてるんだ」
リンネは空を見上げ、自嘲気味に小さく笑った。
「本当の理由はね。ガナロを倒して、吸収するために来たの」
「なっ……!」
「封印されて弱ってる今なら、私でも勝てる。
でも、殺しちゃうと私も死ぬ。繋がってるから。
……だから今は、手を出せない。
また美緒の負担になっちゃう」
その肩が、震えていた。
「美緒は危うい子だよ。あの子はいつか、自分の心に耐えられなくなる。
それだけは、ダメだ。希望が消える」
リンネ様は私を見つめた。
「…ねえ、エルノール。美緒のこと――好き?」
「っ!? ……はい。お慕いしております」
気づけば、言葉が口をついていた。
心の底からの真実だった。
「じゃあ、助けてあげて。心の支えになって。
あの子は私の大切な親友だから。
私はしょせん擬似人格――この世界の外からしか見守れない。
神としてのルールで、直接は干渉できないの」
「……」
「私の本体は、この星そのものなんだ。そう創られた」
――静寂。
リンネは微笑んだ。
寂しそうに、けれど確かに誇らしく。
「この世界は優しいけど、優しさには代償がある。
全てが2面性を有する三つ巴―――
“全部が幸せになる世界”なんて、ありえないんだよ」
「……」
「美緒はそれを知ってる。
たぶん、全部終わったら――自分が消えるつもり」
「っ!?そんな……!」
「“全部救う”って言ってたでしょ?
でも“自分を救いたい”とは言ってない。
あの子は“当事者”じゃなく、“管理者”。
だから俯瞰してるの」
私は気づいてしまう。
――美緒さまは、自分の感情を抑えている。
リンネが静かに言った。
「あの子は空っぽだった。
愛も、友情も、恋も知らずに生きてきた。
だから“誰かに必要とされる”今の状況で満足してしまってる。
でも、それは一時の幻だ。
この世界が救われたとき、彼女の存在理由はなくなる」
リンネの瞳が鋭くなる。
「あの子は絶対にやり遂げる。全部を救う。
でも――自分は救わない。
だから、あなたが救って」
「……え?」
「メロメロにしちゃいなさい」
「はっ!?!?」
リンネはにっこり笑った。
「奥さんにして、女の幸せを教えてあげて。
多夫一妻? ダメよ。あの子の倫理観が許さない。
あなたなしでは生きられないようにしてあげなさい」
「わ、私が……美緒さまの唯一の……夫……!? は、はうっ!」
顔が一気に熱くなる。
想像しただけで卒倒しそうだ。
「ふふっ。そうすれば希望は繋がる。
攻略速度は落ちるかもしれないけど、そのときは私が協力するわ」
「っ! ……仰せのままに!」
「じゃあ、お土産買って帰りましょう。
忘れると嫌われちゃうわよ?」
「はいっ! 喜んで!」
※※※※※
二人は知らない。
この時すでに――美緒はルルーナたちによって心の崩壊を防ぎ、
「自分も望んでいい」と気づいていたことを。
そしてリンネは見誤っていた。
さわやかイケメン・エルノールが、まさかの“未経験者”であることを。
この小さな勘違いが、のちに大事件を呼ぶのだが……
単純だった“美緒の世界”は、静かに、確実に多様へと広がっていく。
未来は、紡がれる物語は――大きく、その軌道を変え始めていた。
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