第1話 黒髪黒目の少女は転移する
禁忌地リッドバレー、ギルド本部の外れにある深い森。
私は息を整え、魔力を練り上げる。
「……フレイムジャベリン!」
手のひらから放たれた炎の槍が、ネオウルフの群れを貫く。
赤い残光と共に、獣たちは焼き焦げ、やがて倒れた。
ほぼ同時に、頭の中で電子音が鳴る。
『ピコン……レベルが上がりました――魔法使いのジョブレベルが上がりました――新スキル『アイスバレット』を習得しました』
――異世界へ来て五日目。
私は最初のメインキャラクター、リンネと共に訓練に明け暮れていた。
彼女のスキルと、私の知識。
組み合わせ次第で、戦闘は驚くほど効率的だ。
少し離れたところで見守るエルノールが、柔らかく微笑む。
整った横顔。
……ああいうの、苦手。
優しすぎると、どうしても目を逸らしてしまう。
私は――他人の優しさなんて、もう長いこと触れてなかった。
どうしても素直に受け取れない。
「ねえ美緒?やっぱりチートよね。二日でレベル30超えなんて。魔法リスト、もう半分埋まってるでしょ?」
「……う、うん。――リンネのおかげ。それと、敵の特性を知ってるから、かな」
そう答えながらも、まだ現実味がない。
この世界の空気を吸い込むたび、「夢じゃない」と分かるのに。
ほんの数日前まで、私は日本にいたのだ。
毎日をやり過ごすように過ごし、夜になるとゲームの世界に逃げ込んでいた。
――あの日も、そうだった。
※※※※※
深夜。
私はテレビの前でコントローラーを握りしめていた。
画面には、長い物語の最終章が流れる。
「……ここでレストールが……」
息を詰める。
彼の剣が皇帝を貫いた瞬間、BGMが高らかに響く。
「うわ、やっぱりここ泣く……」
何度も見たエンディング。
それでも、最後のスチルだけはどうしても目を離せなかった。
――レストールが、血に染まった笑みでアリアの名を呼びながら倒れていく。
「……これで、やっと全部クリアか……」
表示された文字が眩しかった。
~クリア率100%~
~エンディングNo.086~
~プレイ時間3823時間~
~スチル鑑賞時間252時間~
~称号『ゲームマスター』~
※※※※※
「……はぁ……長かった……」
静かな達成感。
私は遂に、あの伝説とまで言われた『魔に侵されし帝国』をコンプリートしたんだ。
だけど心のどこかで、ぽっかりと穴が空いていた。
もう続きがない。
明日からまた――いつも通りの現実。
私はため息をついて、電源を落とした。
午前二時過ぎ。
「早く寝なきゃ」
ベッドに潜り込み、目を閉じた。
――あれが、日本での最後の夜だった。
※※※
「……美緒さま、お疲れのようでしたら、一度戻りましょう」
エルノールの声で、私は意識を現在に戻す。
「ええ。……お昼ね。あなたの料理、楽しみにしてるわ」
そう言うと、彼はわずかに照れて笑った。
リンネが、くすっと笑う。
「んふふ。美緒、愛されてるわね」
「ちょ、ちょっと……! からかわないで!」
(そんなわけない……心の奥でそう呟いた。だって――)
でも。
だからこそ。
からかうような空気が、少しだけ救いになる。
けれど胸の奥には、まだ消えない違和感が残っていた。
私は……なぜ、ここにいるのだろう。
あの夜、何が起きたのだろう。
静かに風が吹いた。
森のざわめきが、まるで何かを訴えているように聞こえた。
「面白かった!」
「続きが気になる!!」
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