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囚われ人の幻想

「初めて、人間(ひと)を好きになった」


囚われの青年は静かな声で話し始めた。


「彼女はとても可憐で、何でもしてくれた。苦手だった家事も彼女が難なく(こな)してくれて、仕事で病んだ時もずっと傍にいてくれた。オレが指示したら本当に何でもやってくれたんだ」


出逢いは街中だったという。

当時、精神を病んでいた青年は通りがかった店の呼び込みに惹かれ、其の頃から話題となっていた【悪役令嬢】を一人、プレゼントされたらしい。訳有りだったそうで金額に値しなかったそうだ。

柔らかな雰囲気を纏った悪役令嬢(かのじょ)は一通りの家事をやってのけた。それまで荒れていた部屋も綺麗になり、久々に浴びる陽光が彼女を美しく照らしていた。


「一目惚れというやつかな……。世界にはこんなに綺麗な子がいるのかと絶句したよ……。彼女はずっとオレの傍にいてくれた。いつも笑顔で名前を呼んでくれるんだ。オレは友達もいなかったから、彼女に心酔してしまっていたんだろうね……」


実際、そういう人間も多いと聞く。

悪役令嬢(かのじょたち)だって同じ生身の人間。同性であっても惹かれ合う事は当然の成り行きだ。


「いつかキミも知るだろう。嗚呼、恋はなんて儚いものなんだと……。それが人の夢で出来た幻想だとしても、オレはそれを実らせたい。この想いが偽りでない事を」


監視の少年は相槌も打たずただ傾聴していた。

この男は時折思い出話に浸る。

直後に受けた拷問すらまるで無かったかのような身振りだ。

それでも、罪人という称号は消えない。永遠の烙印となって彼を蝕む。


「だから、無理矢理襲って子を成したと?」

「うん、そうだよ」


まるで罪悪感すら無いような口振りで青年は肯定した。

悪役令嬢を利用するに当たって最も犯してはならない重犯罪。

《本気の恋愛》こそ、悪役令嬢(かのじょたち)にとっては禁じられた遊びだ。


「無責任とは思わなかったのですか?」

「本当の家族になるつもりだった。彼女の子なら目に入れても痛くない。何故それがダメなんだ」

「利用規約ってもんがあるんですよ。貴方はそれを違反した。だからボコられてこんなブタ箱に居るんでしょう」

「訳が分からない」

「……そんなんだからずっと此処から出られないんだよ」


呆れて呟いた矢先、背後から物凄い殺気を感じた。

振り向けない。頭から足の爪先まで恐怖で支配されている。


「何か言ったかな?」

「……いや……」


声を出すのも恐ろしい。瞬きすらままならない。背後にいるのは先程と同一人物だろうか。


「キミはいい話し相手だ。失うには惜しい。けれど、私は馬鹿にされるのが一番嫌いなんだよ」


声色から解る。

青年は大分怒り心頭だ。

地雷を踏んでしまったかもしれない。


「よく覚えておくといい。私を怒らせてはいけないよ」


耳元で囁かれた言葉は脅迫に近い。

この青年は悪役令嬢を貶めた罪を課され、目も当てられぬ拷問に晒された。なのに、翌日にはニコニコと鼻歌を奏でていた。そして、彼を拷問した人々はその日の内に全員死んだという。とても痛々しい姿で。

当然、信じられる話ではない。けれど実際見た者がいる。

拷問されていた彼より、拷問していた者達の方が酷い悲鳴を上げていたのだと。彼がどんな仕打ちをしたのかは誰も口にしないが、言った時点で身の危険を感じるのだという。

普段はへらへらと掴み所がないクセに怒らせると厄介な人間。そんな人間の監視を任された彼も不運に見舞われた。

まだ若いのに。


「彼女は元気にしてるかな」


青年が収監されているのは、孤島の果て。

ただ、整然と監獄所だけが置かれた場所。人伝に聞いても決して辿り着けない、限られた者だけが知る隔離された世界。

脱獄なんて以ての外。チャレンジした者は全員、喉が潰れるまで叫び続ける程の懲罰を受けた。

此処に容れられている者は皆、理に背き罰を与えられる存在。

言葉にも出来ない悪意を働いた者も無銭飲食した者でさえ放り込まれてしまう。出ていく事は決して叶わない。

青年がどんなに彼女を想っても、もう一度は無い。


「……彼女はいくつですか?」


気が戻ったのか、少年は恐る恐る聞いてみた。


「えっと……17歳か18歳くらい」 

「……そりゃあ、可愛いんでしょうね」

「そうだよ。キミも会ったら恋をしてしまうよ。恋愛に年齢なんて関係ないのにね」

「……会ってみたいです」

「うん。頑張って此処から出られるように良い子でいるからさ。キミも協力してくれると助かるな」

「そ、うですね……。微力ですが頑張りますよ」


また機嫌を損ねたら面倒なので少年は流れに乗った。

いつか此処から出られるなんて幸せもいいとこだ。

この監獄所からは絶対出られない。

例えどんなに更生したとしても、上長の目は誤魔化せない。

悲しいもんだ。

一縷の望みさえ叶わないと決めつけられている。

此処には面会という形式もない。一般人が来れる場所じゃない。

監視と囚人。それ以外の存在は認められない。



……だったはずだ。



「なんで……」


不意に現れた若い男。

気配もなく所内に入ってきた。誰にも気付かれずに。


「不法侵入?」

「やぁ!いつまで経っても帰って来ないから来ちゃったじゃない」


ふわっと笑うその表情はとても優しくて穏やかな雰囲気に飲まれた。


「返して貰おうか」


向けられた銃口。

だが監視達だってそれなりの体制は出来ている。

慌てふためくことなんて無い。

それなのに、緊張と恐怖が込み上げてくる。

男を囲っているのは優れた監視官達だ。例え銃撃戦になったとて、敗北を知ることなど無い。


「撃て!」


その合図と同時に男は口元に笑みを浮かべた。

それは勝ちを確信している表情だ。

監視の少年にさえ見て取れた。


「駄目だ、撃つな……!」


制止も虚しく、男に向かって銃弾が放たれた。

それと同時に辺りが眩い光に包まれ、標的を察知出来なくなった。

閃光手榴弾。そんなもの、一般人が所持出来(もて)る筈が……。


「標的の姿がありません!」


目をやられ、立つことすら億劫だ。

まさか、先手を打たれるとは思わなかった。

遠くでバタバタと足音が鳴っている。

他の監視達も騒ぎに気付いたらしい。

彼は誰を狙ってきたんだ……?


「ギルア!」


名を呼ばれた少年は同僚に手を引かれ、そのままあの青年の元へと走らされた。


「なんで……」

「さっきの奴、あいつを連れ出しに来たんだ!」

「……なんで?」

「わからないから止めに向かってるんだろ?」


いつもの場所へ向かう。

連なる檻を通り抜け、一番奥の檻へと急ぐ。


「他の人達は……っ、わっ……!」


バタン、と何かに躓いて床に倒れてしまった。同時にぬるっと湿った液体に触れ、悪寒が走った。


「……血……?」

「死んでる……」


同僚は怯えながら下を指差した。

複数の同僚が血塗れで倒れている。一瞬で殺されたのだろう。背後から刃物のようなもので切られた痕がある。


「サイアク……」

「さっきの奴がやったのかなぁ……?」

「そんなことよりあいつを見つけないと」

「はぁい、お二人さん。無駄足ご苦労だったね」


後ろから声が聞こえ、振り向こうとした瞬間、隣りにいた同僚が倒れた。床に血が拡がっていく。


「……お前……なんなんだ?」


男は青年を肩に抱え、銃を手にしていた。


「ごめんねぇ。普通にお願いしても拒否られると思ったから強行突破しちゃった」

「……彼をどうするの?」

「連れて帰るよ〜。其の為に来たんだし」

「犯罪者だぞ」

「こいつの罪って、恋愛関係だろ?そんなんでこんな無愛想な箱に容れられたんじゃ堪んないから。それに、こいつの帰りを待ってる奴が居るんだよ」

「だからって……」

「キミは殺さなくてもいいんだけど……。どうせ此処吹っ飛ぶし。痛みなく殺してあげよっか?」

「吹っ飛ぶってなに……」

「爆破。他の奴らは殆ど息絶えたし。どーする?」

「……えー……死ぬのは嫌だなぁ……」

「みんなそう言うよ。だから、一発で撃ち抜いてあげる」

「いやいや……」

「えいっ」


有無を言わせず少年の脳天を銃弾が突き抜けた。

まるで射的でもするかのようなノリで。


「……お前……そいつは殺すなって言ったのに……」

「生きててもどうせ此処崩れて死んじゃうじゃん。ぐっちゃぐちゃだよきっと。だったら綺麗なままで死なせたいじゃん」

「……言ってる意味がわからない……」

「いいの。もう殺しちゃったし。それに、キミには待ち人がいるんだから」

「……それ、誰情報?」

三朗(サブロウ)

「……そう」


青年は納得したらしくそのまま外へ出る事が叶った。

二人が孤島から離れて暫く、監獄所は激しい爆音とともに崩れ散った。名も無い孤島の果て。その存在が亡くなった所で誰も知ることは無い。全ては海に葬り去られ、初めから其処には何も無かったかのように静謐な波の音だけが漂っていた。

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