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エピローグ

 瘴気が渦巻く呪われた大地に根を張る不可侵の都市『幻影の都(ファンタズマ)』。緊急脱出用のカードによって飛んだ中継地を挟み、ようやくアプレンティスの本拠地に到着したエミリアは、薄暗くなった街の通りを独り歩いていた。


(早く眠りたい……)


 エルフェイルだけならまだしも、続くシャーロットとの戦いで消耗し過ぎた。

 早く自宅に帰って、身体と服にこびり付いた血や汚れを洗い落とし、大きなベッドで横になりたい。帰るのはおよそ一年半ぶりだが、係りの者が屋敷を清潔に保っているはずだ。報告書の作成などの雑事は明日以降で構わないだろう。

 エミリアが自宅への道を急いでいると――


「――ようやく帰ったか、『数学者』」

「貴方は、『悪魔神官』?」


 暗がりからシンプルな仮面をした神官服姿の男が現れ、エミリアは訝し気に問いかけた。


「……こんな所で待ち伏せして、一体何の用かしら? まさか偶然出会ったわけではないでしょ?」

「ああ、用があるのは拙僧ではない。拙僧はただの付き添いに過ぎない」


 悪魔神官が滑るように道の脇に移動すると、暗がりから更に現れたのは、エミリアにとって予想外の人物だった。


「『瞬唱スナップキャスター』、クリスティーナ・エウフリード……! 何故こんなところに……」


 年の頃は二十代半ば。豪奢な金髪をした美女で、一目で貴人とわかるオーラを放っている。

 ナンバーズ第一席に座し、『暴食の魔女』の二つ名で魔女連盟にも恐れられている最強の魔女だ。


「様、を付けなさい、童女。年端もいかない魔女(・・・・・・・・・)の分際で、年長者を敬うこともできないのかしら?」

「……失礼しました、クリスティーナ様。どうかお許しを」


 エミリアは棒読み気味に謝罪を述べ、軽く頭を下げる。

 『変異者』の末路を知っている者からすれば信じられない態度だ。ただ叱責の態を取っているものの、彼女の機嫌は悪くないらしい。クリスティーナは軽く流して別の話題に変えた。


「まずはお疲れ様。一年以上の期間に渡る潜入任務、大変だったでしょう。さあ、久方ぶりの自宅に帰り、ゆっくりと羽を休めるといいわ」

「は、はあ」


 気のない返事をするエミリア。ナンバーズ第一席である『瞬唱』が、こんな労いの言葉を掛けるために、わざわざエミリアを暗がりの中で待ち構えていたとは思えない。

 案の定、直後にクリスティーナは条件のようなものを付け加えてきた。


「でも、その前にあの女――シャーロットとの戦いについて話を聞かせてくれないかしら」

「シャーロットのことを? クリスティーナ様は、千里眼で一連の戦闘を見ていたのではないのですか?」

「ええ、無論見てたわよ。でも、千里眼では一切音は聞こえないし、それほど広い範囲を一度に見ることはできないの。戦いの流れは大雑把にはわかるけど、詳細に関しては別ということ。だから是非当事者から実際の経緯が聞きたいのよ。『殲滅の魔女』と一対一で戦った貴女の直接的な意見がね」


 依頼の形を取ってはいるが、立場的には事実上の命令に等しい。

 疲れた身体に鞭打ち、エミリアは可能な限り詳細にシャーロットとの戦闘について語り始めた。その間、クリスティーナは蟀谷を指でトントンと叩いていた。

 たっぷり十分以上の時間を掛けて話し終わる頃には、悪魔神官はいつの間にかその姿を消していた。


「……そう、成る程ね。お陰で参考になったわ。頭に刻んだ(・・・・・)記憶への上書きも完了、と」

「あの、それは魔術の一種ですか?」


 エミリアは、瞑目して蟀谷を叩くクリスティーナに問いかける。


「ええ。何百年も生きていると、どうしても昔の記憶を忘れてしまうわ。だから、特に大事な情報は忘れないようにこうして魔術によって脳内に刻み付けておくのよ」

「つまり、シャーロットの戦闘の情報は、クリスティーナ様にとって重要であるということですね。正直、意外です」

「忌々しいことに、あの女は昔からの腐れ縁。目の上のたん瘤なのよ。私の扱う魔術は攻撃範囲が広すぎて、個人を倒すのにはあまり向いていないの。その点、超遠距離から狙撃できるシャーロットとは相性が悪いのよね。こうしてあいつの情報を適宜アップデートしていかないと、いざという時に足元を掬われかねないわ」


 クリスティーナは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……少し話過ぎたわね。あとでお礼の品でも届けさせるから、もう行っていいわよ」

「はい。それでは失礼します」


 文句も言わず大人しく帰路に就くエミリア。上司の姿が見えなくなったところで、心中で口汚く罵った。


(フン、偉そうに。引きこもりの出歯亀が。あいつも私にとっては老害以外の何物でもないわ。今は無理だけど、いずれ必ず……)

「おや、まだ帰宅してなかったのかい?」


 見覚えのある邸宅が視界に入ってきた際、ふとエミリアに声が掛けられた。エミリアはすぐにその正体に気付く。


「大魔術師様……! 戻っていらしたのですね!」

「まあね。ただ、ちょっと野暮用でね。これからまた王都にとんぼ返りさ」


 エミリアの自宅前に佇んでいたのは、エミリアを逃がすために殿しんがりを務めていたアイザックだった。そして背中には、意識のないラウルを背負っている。


「っ、そいつは――」

「彼を捕まえたのはエミリアだからね。身柄を返還する前に了解を取るのが筋だと思ったのさ」


 アイザックの台詞に、エミリアは首を傾げた。


「ラウルの身柄を返す? 大魔術師様が何故、わざわざそのようなことを」

「学生の娘と約束したからね。若い奴等の復讐心を無駄に育む必要はないと判断したのさ。そんなことを続けていれば、いずれ第二・第三のシャーロットを生み出すことにもなりかねないからね」

「む、エルフェイルと……恐れながら、その意見には賛同できかねます!」


 エミリアは半ば衝動的に口を挟んだ。


「あいつは、恋人に現を抜かして戦いが疎かになるような俗物です。警戒するに値しません。私に任せて頂ければ、すぐにでも始末して御覧に入れます」

「でもエミリア。君、あの娘を殺しきれなかったじゃん」

「っ、そ、それは……」


 アイザックから痛いところをズバリ指摘され、エミリアは口ごもった。

「珍しいね。エミリアが感情的になるなんて。それだけ年の近いシャーロットの弟子のことが気になるのかな?」

「…………」


 エミリアは、エルフェイルのことが気になるというよりは、かつてアイザックと関係のあったシャーロットのことが気に入らないのだ。エルフェイルを甚振り殺そうとしたのも、未だシャーロットには敵わないことを自覚しているが故の代償行為のようなものだった。

 そんなエミリアの微妙な心情を知ってか知らずか、アイザックは自らの弟子に言い聞かせる。


「二度の襲撃により、精霊学院はこれまで以上に厳しい防衛体制を敷くだろう。そんな中、単なる一学生を始末しに行くなんて面倒なこと、どう考えても割に合わない。それに男である彼には人質としての価値なんて無いに等しいし、失ったところで惜しくないだろう?」

「う……でしたら、そのような些事は私が代わりに――」

「いやいや。折角エミリアを保護したってのに、これから再度敵地に向かわせるなんてことできるはずもないだろ。この仕事はボクが責任を持って果たすよ。君はぐっすり休むといいさ」


 アイザックは、エミリアを労うように微笑みかけた。

 しばしエミリアは不満気な表情をしていたが、アイザックが心変わりするつもりがないことを悟ると、不承不承といった態度でその場を辞した。

 自宅に入っていくエミリアを見送ったアイザックは、小さく嘆息した。


「どうしても欲しかったもの――フレスベルグは手に入った。中身を解析すれば、具体的な対抗策やどういった設計思想を持っているかなど得られる情報は数多い。まあ一ヶ月もあればフレスベルグの新型が生み出されるだろうから、彫金の魔女の開発計画自体に大したダメージは与えられないだろうけどね。さて、これからまだまだ忙しくなりそうだ」


 背中に担いだラウルをひょいと背負い直すと、アイザックは暗闇の中に消えていった。


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