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殲滅の魔女2

 物体が大気中を音速を超える速度で移動することにより、ソニックブームと呼ばれる爆発音が発生する。その特性上、それが聞こえたときには、物体は遥かその先に進んでいることが多い。

 実際、エミリアが空からの爆発音を聞いたときには、その発生源であるウェザーライトは頭上を通り過ぎた後だった。

 そして、飛竜が飛び去った後に落下してくる物体が一つあった。

 それが何であるかは、エミリアがその姿を視認するよりも早く理解させられることになる。


「――照準」


 髪と外套をたなびかせ、ライフル型の武器『ファフニール』を構えたまま自由落下していくシャーロット。愛銃のスコープを通して最大強化された彼女の視界内に、複数のターゲットが収められる。


「『多重掃射(マルチバースト)』!」


 引き金と同時に発射されたのは、高収束された熱線。それが中途でワイヤーのような数十条もの細かい光に分割され、照準が付けられた対象物へと閃光を走らせる。それらはエミリアが張った結界を薄紙のように貫き、全ての光が目標――滞空していた魔剣へと過たずに着弾した。


「……え……?」


 呆然と呟くエミリアの目の前で、流星のように降り注いだ光は、幾つもの魔剣を貫通、溶解し、内部から爆砕した。

 数十もの魔剣が次々と爆発していく光景は、エミリアにとって信じがたい悪夢だった。何かが光ったと思ったら、一瞬のうちに周囲に展開していた魔剣が破壊しつくされてしまったのだ。それまでエルフェイルを圧倒していた、自慢の伝説級武器の大群が消滅し、エミリアとしては絶句するしかない。


 一方、シャーロットにとって今回のことは特段騒ぐほどのものでもなかった。

 数が多かったとはいえ、ほぼすべてが静止目標であったのだ。ならば、優に百年を超す年月を生きる彼女にとってはそこまで難易度の高い作業ではない。

 シャーロットは数百メートルの高所から、エルフェイルたちがいる開けた場所へと見事に着地を決めると、油断なくエミリアに銃口を向けた。


「……貴女が通報のあった、アプレンティスの構成員?」

「っ、殲滅の魔女……!」


 怒りと怯懦の入り混じった表情で、エミリアがシャーロットを睨み返す。

 同じ魔女とはいえ、二人の間の実力の差は明らかだ。どうしようもなく格の違いを意識させられる。


「お勤めご苦労様ですわ、シャーロット様。ようこそおいで下さいました」


 エルフェイルを地面に寝かせ、アリーシャが片膝をついて挨拶する。シャーロットは、エミリアを牽制したままそちらに目を向けた。


「……そっちが通報者? エルフィが助けられたみたいね。それに狼煙は良い目印になった。お陰で迅速に現場に到着ができた。感謝する」

「もったいないお言葉。このアリーシャ、光栄の極みでございますわ」


 敵であるエミリアが傍にいるにも拘らず、これ見よがしに慇懃な態度を取るアリーシャ。シャーロットの実力を信頼しているのもあるかもしれないが、まず間違いなくエミリアを揶揄しているのだろう。

 かといって、今のエミリアでは反撃に転じることもままならない。

 コピーした剣はエミリアにとっての生命線のようなもの。それがなくなれば、折角の多彩な精霊魔法も使用不能になる。

 コピー元の長剣は無事だが、その数を増やしている時間的余裕はない。シャーロットがその気になれば、刹那の間にエミリアの額に穴が開くことだろう。


『なんと。実に他愛ない』


 テスカトリポカが心底失望したような声を発する。


『年代物のワインが手に入ったと喜び勇んで赴いてみれば、まさか十年過ぎたかも怪しい紛い物だったとはな。これが魔女とは、心底騙された気分だ。我は不愉快であるぞ』

「……彼女が、魔女? 本当なの、テスカトリポカ? 正直、あまり強い力は感じないけど」

『ああ、そうだ。業腹ではあるがな。そこの顕現している高位精霊を見れば一目瞭然であろう。とはいえ何分、生まれてから十年程度の若い精霊のようで、まだ確固たる自我を持っていないようだがな』

「っ……」


 実力的にまだまだ未熟だと評され、エミリアは悔しそうに唇を噛んだ。


「彼女の名前はエミリア・デュカキス。ナンバーズの第十席『数学者』ですわ。エルフェイルさんを圧倒していたことからも、魔女であるのは間違いありませんわ」

「……っ、やはりナンバーズ……!」


 アリーシャからの説明を聞いた途端、シャーロットはスイッチが入ったかのように表情を一変させた。


「第十席『数学者』……私の把握していないメンバー。でも、ナンバーズならあいつを――第二席『大魔術師』を知っているはず。そいつが今どこにいるのか教えなさい!」


 憎悪さえ滲ませる、気迫のこもった問いかけに、エミリアは木で鼻を括ったような返事をした。


「フン、そんなの私が教えてほしいくらいだわ! 入学してからはほとんどの時間を学院で過ごす羽目になり、もう何年もお会いしていないのだか――らぐっ!?」


 エミリアが突然悲鳴混じりの声を上げる。

 シャーロットの銃から放たれた光が、エミリアの太腿を瞬間的に焼いたのである。ただ痛みを与えることを目的とした、殺傷力に乏しい攻撃だ。


「お前の事情などどうでもいい。知っているのか、いないのか。もし知っていて教えないなら、喋りたくなるまで痛めつけるだけ。知らないのなら、適当に肉体を焼いてから『魔女連盟』の上層部に引き渡す」


 淡々と宣告するシャーロット。

 ごくり、と喉を鳴らしたのはエミリアか、それとも周りで様子を見ていた者たちの誰かだろうか。


「……フフフ」


 と、不敵な笑みを浮かべたエミリアが、嘲るような視線でシャーロットを見据える。


「浅はかね。つまらない脅し文句だわ。どんな責め苦を受けようと、この私が、我が師の情報を漏らすものですか。特に何十年もの間、しつこくあの方を追い続けている未練がましい昔の女にはね!」

「――――」


 エミリアのなんとも恐れ知らずなその台詞に、この場にいる誰も彼もが思わず絶句してしまう。

 いや――


『フハハハハハハハハハ!』


 突如として響いた笑い声は、シャーロットの契約精霊であるテスカトリポカのものだった。


『いやはや。よもやシャーロットを前にして、ここまで見事な啖呵を切る輩がいるとは思わなんだぞ。なんとも痛快であるな。が、正直命知らずにも程がある。こと大魔術師に関して、此奴に冗談は通じぬぞ』


 その言を肯定するかのように、シャーロットが無表情で呟く。


「……安心するといい。腕のいい治療師に伝手があるから、例え手足が吹き飛んだとしても元に戻せる。それこそ死ぬ寸前まで何度も何度も痛めつけることだって可能。お前の覚悟が真実なのかどうか確かめてあげる」

「見縊らないでほしいわね。そんな脅しで私が――」

「でも、お前はさっきあの男――大魔術師を師と宣った。なら、お前を今ここで拷問すれば、大魔術師の方からこの場に現れるかもしれない。私にとってエルフィが大切なように、あいつにとってお前が重要な存在なら上手くいく可能性はある」

「な……」


 それだと、仮にエミリアが拷問に耐えて何も自白しなかったとしても、師である大魔術師が誘い出される危険性がある。

 既に結界はシャーロットによって破壊され、外との繋がりを隔てるものはない。エミリアは責め苦や拷問に対する恐れはないが、自らの失態で尊敬する大魔術師に迷惑が掛かることだけは耐えられなかった。

 一か八か反撃を試みるか、それとも遁走するか。危機を脱するべく、エミリアが頭を急速に回転させる。


「――うう、ん」


 そのとき、気絶していたエルフェイルが目を覚ました。


「こ、ここは……?」

「エルフィ、良かった。気が付いた」

「え? シャーロット様!?」


 その場の全員の意識がエルフェイルに向いた瞬間、エミリアは即座に精霊魔法を使用した。


「――『増殖』!」

「むっ!」


 シャーロットの反応はワンテンポ遅れた。それは、愛弟子であるエルフェイルが無事だったことに安堵し、思わず気が緩んだためでもある。

 それでも躊躇することなく引き金を引いたシャーロットだったが、放たれた熱線の軌道を予め読んでいたエミリアは、増やした二本の剣を重ねて盾にすることで防ぎきる。


「『位相転換』!」


 そして、間髪入れず瞬間移動する。移動先は――


「な、エミリア!?」

「まだ抵抗する気ですか!?」


 覚醒したばかりで未だ現状を理解しきれていないエルフェイルと、不意打ちに驚くアリーシャのすぐ傍。より厳密に言うなら、エルフェイルを挟んでシャーロットと対峙するような位置だ。


「っ、貴様!」


 大切な弟子を、盾もしくは人質にされそうになり、シャーロットは反射的に全力に近い魔力でライフル射撃を行った。

 銃から放たれた熱線は、過たずエミリアの眉間を貫く。が、次の瞬間、パキィンという硬質な音と共に金属片が周囲に飛び散った。その近くにいたエルフェイルが小さく悲鳴を上げる。

 シャーロットは僅かに焦りの表情を見せた。


「これは――偽者!?」


 この時シャーロットが殺した――いや、破壊したのは、エミリアの姿が貼り付けられただけの剣であり、エミリア本人ではない。

 エミリアは精霊魔法で任意のものを複製することを得意としており、このように自分のガワだけを咄嗟に移し替えて囮に使うこともできるのだ。ただ、これを繰り出すというのは相当追い詰められていることを意味しているが。

 では、肝心の本体はどこに行ったかというと、果たしてそれはシャーロットの後方だった。


「解放――伝説級武器『ダインスレーヴ』!」


 エミリアが左右の腰に装備している剣のうち、今まで使われることがなかった一本の封印を解除する。

 ワルプルギスにおいても、エルフェイルとの戦闘でも、使われていたのはクラウソラスという伝説級武器だったが、このダインスレーヴは非常に癖が強いため使用されることがなかった、所謂奥の手である。


 エミリアは自身の得手不得手を正確に把握していた。

 増殖による武器の複製は対集団戦闘においては有効だが、一方で魔女などの強力な単体戦力に対しては限界がある。分厚い壁に石礫を何百回と当てても効果が薄いのと同様だ。

 そこでエミリアは発想の転換をした。リーズナブルな武器を何十、何百と複製するのではなく、強力無比な武器を一つだけ複製し、それを全力で投射するというものだ。複製元が剣である必要はないが、持ち運びやすさと違和感のなさ、精霊魔法との相性などからそれを選択した。

 ただし、大魔術師から与えられたその剣は、かなり癖が強く曰くつきのものだった。

 それは鞘から抜いた者の正気を失わせ、血と殺戮を追い求める狂戦士と化す呪われた武器だった。それまでの持ち主は例外なく数日の内に死亡しており、その剣を抜いて使ってみたいという衝動に襲われることから、単純に所持しているだけでも危険な代物である。そのため、事前に大魔術師の手によって封印処理が施されていた。

 通常であればただの自爆装置なのだが、エミリアの精霊魔法と組み合わせることで強力なシナジーが生まれた。即ち、鞘から剣を抜かない状態でコピーすることで、狂戦士と化すデメリットを抑えることができたのだ。また、コピーといっても呪いの部分まで自動的に再現されるわけではなく、意図的にマイナス部分をカットすることで普通に剣として振り回すこともできた。

 複製時に封印を解除する必要があるものの、まさにエミリアにとってお誂え向きとも言える代物だった。


「『改訂錬成ソードリヴァイサー』!」


 突き出したエミリアの掌の先に、漆黒の大剣が急速に形成されていく。同時に、漏れ出した悍ましい気配をシャーロットは即座に察知した。


「――そこ!」


 振り向きざま、シャーロットはライフルで狙い撃った。一直線に突き進んだ熱線は、エミリアの身体を容易に貫通した。


「っ、ぐ……!」


 攻撃準備中で他の精霊魔法をカットしていたエミリアは、まともにシャーロットの攻撃を受け、片方の脇腹がごっそりと抉られてしまった。だが、それは致命傷ではない。

 頭や胸といった急所となる主要部分は錬成された大剣が盾となっていたため、エミリアは辛うじて射殺されるのを防ぐことができたのだ。

 勝算は高かったとはいえ、命懸けになることは百も承知。逃げようと思えば逃げ切れた状況で、それでも尚エミリアはシャーロットへの反撃を優先した。

 シャーロットに対する対抗意識、殺意といったものが要因だが、敵に一矢報いるという敗北前提での選択ではなく、敵を必ず仕留められるという確かな自信からの行動である。


「くたばれ、老害が!」


 エミリアは渾身の力を込め、『ダインスレーヴ』を発射する。

 打ち出された漆黒の大剣は、空間を軋ませながら高速でシャーロットに迫り来る。予想外のプレッシャーを感じ取り、反射的にシャーロットの肌が粟立った。


「これ、は――」

『なんと!』


 シャーロットが驚愕の、テスカトリポカが歓喜にも似た叫びを上げる。


(油断した! 保有魔力が魔女としては低いからといって、無力化もせずに尋問などするのではなかった。魔女相手に気を抜いた私のミス。最初に手足を全部焼いていれば……!)


 窮地の中で思考速度を強化したシャーロットが、己の行為に後悔を覚えつつも、一瞬のうちに判断を下した。


「『点火イグニション』!」


 次の瞬間、シャーロットのライフルの筒先から、バーナーのようにオレンジ色の炎が噴き上がった。水平方向に勢いよく噴出した炎は、虚空を疾走する大剣と真っ向からぶつかりあった。

 拮抗したのは刹那の時間。直後には、ダインスレーヴの圧力に押されてオレンジ色の炎が醜く歪んだ。

 実のところ、回避自体は不可能ではなかった。ある程度のダメージを覚悟すればだが。

 ただ、それをしてしまうとシャーロットの後方にいるエルフェイルやアリーシャが無事では済まない。弟子たちを庇わずに見捨てるという選択は、流石にあの一瞬では決断できなかった。おそらくそこまで見越しての、あの位置からの全力攻撃だろう。


 通常、質量が大きく異なるものの運動を止めるのは困難であり、その点ではエミリアの方が有利だと言える。だが、シャーロットは『殲滅の魔女』と呼ばれる歴戦の強者。今のような危機的な状況は幾度となく経験してきた。

 強敵との戦いを求めるテスカトリポカを契約精霊にした都合上、屍山血河の人生は避けては通れない道だった。その過程で肉体が損傷したり死にかけたりしては、知り合いの治癒師のお陰で何度も一命を取り留め、やがて戦場に復帰するということを繰り返してきたのだ。今更この程度の危機に怯んだりはしない。


「噴き上がれ――『噴火イラプション』!」


 オレンジ色の炎が青白い炎へと変色し、ライフルから放出される熱量と魔力が急上昇していく。

 集約された炎は漆黒の大剣を徐々に溶解させていく。が、それでも大剣の動きは止まらない。刃の一部が崩れ、突進速度を減じさせながらも、シャーロットの元に到達、通過――シャーロットの右肩をごっそりと削り取った。


「ぁつっ!」


 シャーロットはライフルこそ手放さなかったものの、傷口から血が噴出し、右腕がダラリと垂れ下がる。

 後方にいたエルフェイルたちは、信じがたい光景に悲鳴を上げた。


「う、嘘、シャーロット様!?」

「そんな!? 魔女の六柱の一人が、こんな……」

『ほう、珍しいな。シャーロットが戦闘でここまでの傷を負うというのは』


 契約者が大怪我を負った割に、テスカトリポカの口調には危機感というものが皆無だった。


「チッ、直撃は避けたか。なら、もう一撃――っ!?」


 追撃を行おうとしたエミリアは、右肩に文字通りの熱を感じた。

 虫眼鏡を当てられたように服が燃え上がり、激痛を感じて精霊魔法が中断する。慌ててその場を飛び退き、手で叩いて鎮火する。ダメージは少なかったが、問題はそこではない。

 それは、意図的に自分が受けた傷と同じ個所を攻撃したシャーロットの仕業だった。


「……もう油断しない」

『残念ながらこれで終いだ。先ほどの奇襲で倒しきれなかった以上、シャーロットが貴様に攻撃の暇を与えることはもうない』


 無事だった左腕一本でライフルを操ってみせるシャーロット。テスカトリポカが冷静に宣告する。

 エミリアの背筋に冷たい汗が流れた。


「まだよ――『増殖』!」


 ほんの数秒で、エミリアの周囲に複製されたクラウソラスが数十本展開される。が、次の瞬間、それらは降り注いだ複数の熱線によって例外なく全て破壊された。

 ワルプルギスのときとは違い、ごく短時間の攻撃準備が致命的な隙となる。歴戦の魔女を前にして、エミリアはまさに手も足も出ない状態に陥ってしまった。


「くっ……」


 悔しそうに呻くエミリアに、シャーロットはライフルの銃口を向けながら近付いていく。


「……やはり危険。四肢を燃やして戦闘能力を奪うより、さっさと始末した方がいいかもしれない」

『で、あるか。しかし惜しいな。あと十年も修練を積めば、良き好敵手になったやもしれぬのに』

「テスカトリポカ、不謹慎。それに無意味な仮定。こいつはここで終わり」

「そうかい? なかなか見所があるんじゃないかな。先制攻撃を許しておきながら、君相手にここまでやるとは思わなかったんだけど。それに、まだ彼女が終わりと決まったわけじゃない」

「――――」


 突如聞こえてきた男の声に、シャーロットはいきなりフッと表情を消すと、即座に別方向にファフニールを向けた。そこに予想通りの人物を認識すると、反射的に熱線を発射しようとして――何故か指が動かなかった。


「っ――」


 途端にシャーロットは悲痛な顔を見せ、思いの限り叫んだ。


「アイザック!」




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