数学者3
一本一本が必殺の威力を秘めた魔剣が、流星の如く上方から次々と打ち下ろされ、空気を裂いてエルフェイルに迫り来る。迎撃しようにも、炎弾の二・三発では破壊できず、それどころかほとんど軌道を逸らすこともできない。
そんななかでもエルフェイルは増強された脚力と視力、研ぎ澄まされた直観を駆使して躱していく。どうしても躱しきれずに付いてしまう細かい傷も、ドーピング薬による驚異的な回復速度で見る見るうちに塞がっていく。
「絶対に負けられない! 負けてたまるか!」
「チッ、こいつ、なんてうざったいの!?」
エミリアから今迄に比して一層苛烈な攻撃に晒されながらも、エルフェイルはその場に踏み止まって炎弾を撃ち続けている。
厳密には、一定の距離を保ちながら縦横無尽に跳び回っているわけだが、ともすれば相手の勢いに押されてフィールドの隅に追い込まれてしまいかねない中、彼女にとって有効な間合いを維持しているという点は変わらない。
エルフェイルとエミリアは互いに険しい表情を浮かべている。
エルフェイルとしては言うまでもなく、ドーピングという諸刃の剣を使っていることに対する焦りから。エミリアとしては、戦況が均衡状態であることに対する不快感からだ。
エミリアは、今もほとんどダメージを受けていない。
格段に強度の上がった剣で炎弾を受け止めつつ、身体に当たったとしても『剣を鍬に』でダメージを移し替えている。
つまりはほぼ攻撃に専念できているのだが、その肝心の攻撃がエルフェイルに当たらなかった。
エミリアは勘や経験則ではなく、基本的に目視で正確な情報を得てから頭の中で高速演算して狙いを付けている。故に、爆発によって視界を一部でも遮られると攻撃の精度が大きく落ちてしまう。
そのことに気付いたエルフェイルは、ダメージがまともに通ってないのを理解しながらも、絶えず炎弾を撃ち続けていた。
エミリアもバカではない。エルフェイルが何か薬のようなものを服用するところは見ていたし、その後、身体能力が飛躍的に向上したことも理解している。恐らくは時間制限付きの強化薬の類だろうとは予想が付く。
つまりは、このまま現状の持久戦模様の戦いを続けていれば、遅かれ早かれエミリアに勝利が転がり込んでくることもわかっていた。
――しかしそれではエミリアの気が済まない。
エミリアが格上の魔女であることに加え、武装も上であり、年齢も上。例えエルフェイルが、ドーピングという少しばかり反則気味の手段を取ったとしても、それを上回れないようでは納得がいかない。時間切れによる優勢勝ちなど望んではいないのだ。
そのため、多少強引にでも膠着状態を打破する切っ掛けを作らせてもらう。
「後背、一面に展開!」
エミリアの宣言と共に、空中で陣形を組んでいた剣の群れが、エミリアの背後へと移動する。剣は一定の間隔を開けて静止すると、その数を急激に増していく。五十や百では利かない、数百もの魔剣が待機状態で空中に浮かんでいた。
「クッ、まだこれほどの余力が……!」
それらの狙いは、エルフェイル――だけではない。
僅かな空白を置いて、夥しい数の魔剣が一斉に発射される。それらはエルフェイルは勿論のこと、離れたところにいたカエデやシルヴィア、ついでにフェリシアの元へと殺到する。
「――っ、こちらにも来るか!」
アカネが刀を鞘に納め、腰溜めに構え直す。高速で迫る魔剣に向け、タイミングを合わせて抜刀した。
「破天流剣技――絶空の太刀!」
アカネの渾身の居合により、一閃で首尾よく数本の魔剣を弾き飛ばす。しかし、すぐに後続が飛んでくる。アカネも可能な限り刀を振るうが、到底捌ききれず、魔剣そのものや余波で肉体に少なくない損傷を受ける。
「これだけ離れていて、まともに狙いも付けない大雑把な攻撃なのに、わたしの全力での防御を軽く超えてくるのか!?」
致命傷だけはなんとか防いだものの、一度の攻撃で戦闘不能に近いダメージを食らってしまった。
このレベルの攻撃を凌ぎ続けてきたエルフェイルの胆力や実力に、思わず感心してしまうくらいだ。
「ぐっ……がはっ!」
フェリシアは、大斧を盾にしてエミリアの攻撃を防ごうとしたが、魔剣の貫通力によって大斧はボロボロの虫食い状態にされてしまう。ほとんど巻き添えを食らうような形で、フェリシアは瀕死状態になって地面に倒れ伏した。
「う……痛っ……」
「! シルヴィア殿!?」
後方から聞こえていた呻き声に、アカネは慌てた様子で振り向いた。
シルヴィアは太腿をごっそりと抉られ、かなりの出血をするほどの重傷を負っていた。地面に横たわっており、光魔法を自分に使って辛うじて耐えている状況である。傷の治療を止めれば、確実に失血死してしまうだろう。
護衛の役目を果たせなかった己の不甲斐なさに顔を顰めつつ、アカネはシルヴィアに声を掛ける。
「すまない、シルヴィア殿。わたしの力では守り切れなかった。傷の具合はどうだ?」
「なんとか、大丈夫です……でも、ごめんなさい。アカネさんを治療するのは、難しそうです」
「いや、わたしのことは気にせず自分の治療に専念してくれ。こちらの傷は派手だが、命に別状はない。戦闘自体は難しいかもしれないが――」
そのとき、「アアアアアア!」という雄叫びがアカネたちの耳に届いた。
エミリアの一斉射撃を防ぎ切ったエルフェイルが、怒りの形相で叫んだのだ。
「エミリア! 貴様、わざとシルヴィたちを攻撃に巻き込んだわね!」
「ええ、それが何か? あいつらも戦いの場に足を踏み入れている以上、まとめて攻撃したところで非難される謂れはないはずよ?」
「いけしゃあしゃあと……最初はそうだったかもしれないけど、今は私と一騎打ちをしていたはずよ! 卑怯な真似ばかりして、恥を知りなさい!」
「あら、それを言うなら、ドーピングなんて卑劣な手段を取った貴女の方こそ、恥知らずなんじゃないの? ま、いいわ。目的は済んだもの」
話している間に魔剣の補充と再編を終えたエミリアは、しれっとした顔でエルフェイルに魔剣を差し向ける。
「さっきまで紙一重の状況で奮戦していたようだけど、果たしてその乱れた精神で今までと同じことができるのかしらね? ――水平、扇形に展開!」
エルフェイルを半包囲するように空中に展開した、数十本の魔剣の群れ。それらがエミリアの指示で一斉に動き出す。
五月雨の如く襲い掛かってくる魔剣の集団に対し、エルフェイルは荒ぶる衝動のままに、エミリアに向け正面から突っ込んでいった。
一見するとただの玉砕だが、この行動には意味はある。
エルフェイルがそれまでいたのは、己の攻撃が有効な範囲内で、可能な限りエミリアの攻撃を防げる距離。今回の突撃は、エミリア側の事情は考慮に入れず、己の攻撃が最も効果的になることのみを考えた距離だ。
要するに、クロスレンジでの命を懸けた殴り合いである。時間制限のあるエルフェイルにとっての最終手段とも言える。
「いい覚悟ね! ハリネズミのように串刺しにしてあげるわ!」
エルフェイルの突撃の速度を計算に入れ、即座に偏差射撃を行うエミリア。至近距離から放たれた魔剣が、エルフェイルの髪を削ぎ、肉を穿ち、鮮血を迸らせる。服もズタボロになり、多くの素肌が露になる。
ドーピング薬のお陰で傷が回復するにしても、失った血液は簡単には戻らないし、魔力は徐々に削られていく。四肢が吹き飛ばされなかったのが奇跡のようだ。全身を苛む痛痒も決して無視できるものではない。
それでも、決死の覚悟で接近したエルフェイルは、必死の想いで二丁拳銃に溜め続けた炎弾を解き放った。
「『榴散弾』!」
「――グハッ……!」
どうやら上手くいったらしい。エミリアが自身のダメージを移し替えるというのなら、大威力のヒットを一発当てるよりも、小威力のヒットを数多く当てたほうが効果的だと推察できた。
実際、エミリアは全てのダメージを移し替えることができず、生身の肉体に衝撃と火傷を負って蹈鞴を踏んだ。
右手を押し付けるように突き出したエルフェイルは、すぐさま追撃を掛けようと、もう片方の手を突き出そうとする。だが、次の瞬間――
「『位相転換』!」
エミリアの目の前に、突然一本の魔剣が出現する。それは魔剣を盾にしたということでも、反撃に用いたということでもない。
このとき、エミリア自身は、エルフェイルの間合いの完全に外に一瞬で退避していた。
要するに、周囲にある魔剣と自分の位置を瞬時に入れ替える、群精霊の性質を利用したエミリアの精霊魔法の一つである。
「クッ、この……! 最後まで、私をコケにして――」
「さようならエルフェイル」
エルフェイルの台詞を無視してエミリアは一方的に宣告すると、周囲に滞空する魔剣をエルフェイルに一斉に撃ち込んだ。
逃げる隙間のない完全包囲態勢。今までしぶとく耐えてきたエルフェイルも、これには為すすべなくその命を散らすしかない。
「お姉さまっ!」
「……っ」
シルヴィアが悲痛な声音で絶叫する。アカネも瞑目し、力なく項垂れた。
辺り一面に舞った大量の土埃が次第に収まっていく。クレーター状に抉れた地面の上にあったのは、かつてエルフェイルだったものの残骸――ではなかった。
「――間一髪でしたわね」
「……! アリーシャ!?」
爆心地から外れた場所に忽然と現れた生徒会長のアリーシャ。腕の中には、気絶したエルフェイルが抱えられている。
「アリーシャさん!」
「アリーシャ殿!」
「お待たせして申し訳ありません、シルヴィアさん、アカネさん。諸々の準備や、死精霊の力で結界に侵入するのに少々手間取ってしまいまして。本当は少し前からエルフェイルさんたちの戦いを見守っておりましたが、攻撃の応酬が激し過ぎて、私の介入できる余地がほとんどありませんでした。ですが、最後に何とか割り込むことができて良かったですわ」
アリーシャがどこか余裕のようなものを漂わせながら、シルヴィアたちに会釈する。
エミリアが苦々しい顔で舌打ちする。
「フン、また貴女の顔を拝むことになるとは思わなかったわ。で、なに? アリーシャもそこにいる奴等と同じく、私のことをこそこそ尾行していたのかしら? 余計な邪魔が入らないようわざわざ結界を準備したっていうのに、まったくとんだ肩透かしだわ!」
「ごきげんよう、エミリア。またお会いできて嬉しいですわ。ただ、少々お姿が変わって、お歳を取ってしまわれたようですが」
「皮肉のつもり? こうして私の本当の姿を見て幻滅でもしたのかしら」
「あら、私としてはむしろ予想通りの姿で安心しましたわ」
「……何ですって?」
眉を顰めるエミリアに、アリーシャは落ち着いた様子で語っていく。
「私もエミリアの後をつけていたのは確かですが、エルフェイルさんたちとは違い、かなり遠くから動向を窺っておりましたわ。この一年ほどの間、エミリアのことを探っていた労力が水の泡になるということを、万が一にも避けたかったからです」
「は? 私のことを探っていた? 嘘でしょ、そんな素振りは……」
「天才の眼は常人には見通せないほど遠くまで見えますけれど、意外と自分自身のことは見えないものですわね。まさかエミリア、あなた自分がアプレンティスのスパイだということが、周りにまったくバレていないと思っていたのですか?」
「っ……!」
「ここ最近はそうでもないですが、一年の頃は出来る限り己の実力を隠したいという意図が見え隠れしていましたね。ただ、エミリアが端倪すべからざる人材であることは、見る者が見ればすぐに理解できましたわ。その貴女を友人や派閥などの傘下に入れるため、密かに情報を探るのは当然のことでしょう? 尤も、エミリアの背後関係を突き止めるのは骨が折れましたし、私以外の誰かに貴女の異常さや正体が漏れないよう裏から色々と手を回しましたが」
「ということは、今の今まで私を泳がせていたってこと? どうしてそんなことをしたの? 私の正体がわかっていたのなら、もっと早い段階で魔女連盟にでも学院長にでも報告していればよかったじゃない。そうすれば無駄な情報の漏出や、エルフェイルが危険な目に会うこともなかったし、アリーシャの手柄だって――」
「例え敵であっても有能なら、無能な味方よりはマシでしょう?」
どこか遠い目をするアリーシャ。エミリアが首を傾げる。
「何が言いたいわけ?」
「例え敵であれ、エミリアほどの有能な人材をそう易々と退場させるわけにはいかなかったというだけですわ。あの家柄だけで使えない三人と一緒に仕事を熟すことに比べれば、多少の難はあれ、事務作業について頗る優秀な人材を使うことに躊躇しませんわよ。私、清濁併せ飲むタイプですので。本当、アプレンティスから鞍替えしていただければ全て丸く収まりましたのに……まあ、代わりの人材にある程度都合が付いただけ良しとしますわ」
「実家を出て養子に来ないか、みたいな打診が頻繁にあったけど、あれがそうなの? 生憎、私にその気はなかったから悉く無視したけど――そう。私の正体については既に看破されていたのね。迂闊だったわ。学院の生徒会長というものを甘く見ていたようね」
エミリアは肩をすくめる。が、そこに悲壮感はない。
「それで? 未だしがない学生の分際で、一人でのこのこと私の前に出てきたっていうの? してやられたのは確かだけど、それで私が大人しく捕まるとでも? 流石に楽観的過ぎるんじゃないかしら」
エミリアは片手を振り、地面に突き刺さったままだった魔剣を動かして、再び自身の周囲に滞空させた。それらの切っ先がアリーシャに向けられる。
「いえいえ、まさか。先ほども言いました通り、諸々の準備が済みましたので、こうして横入りさせていただいた次第ですわ。ほらあれ、わかりますか?」
慌てることなく、アリーシャはある方向を指し示した。振り向いたエミリアが見付けたのは、不定形の物体がモクモクと空へ昇っていく光景だった。
「変な色の付いた……煙?」
「狼煙ですわ」
「は? の、狼煙?」
素っ頓狂な声を上げて訝しがったエミリアだが、やがて何かに思い至ったか、その顔つきが一気に豹変した。
「っ! アリーシャ、貴女、まさか、あいつを……!」
「イーシア様やリアーナ学院長といった身近にいる巨大戦力には、常時監視が付いておりましたので別の方に連絡いたしました。その方は、現在おられる魔女の中でも最速に近い移動手段の持ち主ですわ。弟子であるエルフェイルさんに意識があればすぐに気付くのでしょうが、予定ではそろそろ……あ、ほら、ちょうど聞こえてきましたわ」
「っ! この音、やっぱり空から――」
エミリアは、慌てた様子で上空を見詰めた。




