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数学者2


「私をぶちのめす、か。大きく出たわね。その大言壮語、口だけで終わらせてほしくないものだわ」

「ハッ、今の私が昨日と同じとは思わないことね!」


 余裕の表情で佇むエミリアに向け、エルフェイルが縦横無尽に動きながら間合いを詰めていく。

 屋外での戦闘はヘキサクロスとは違い、フィールドの広さに制限はない。これならエルフェイルのフットワークの鋭さを存分に発揮できる。

 更には、殺傷力が高すぎて試合での使用を控えていた技もある。前回の戦いとは、取れる選択肢の幅が広がっているのは確かだ。

 だがそれは、敵であるエミリアの側にも言えることである。


「それはこちらの台詞よ――『増殖』!」


 鞘から抜いた剣を両手に構えたエミリア。その剣が二本、四本、八本と瞬く間に倍々に増えていく。

 そして、昨日の試合では十数本程度だったのが、最終的に百本以上もの夥しい数の剣が空中に展開される。


「二の七乗――百二十八本の剣、防げるものなら防いでみなさい!」


 雲霞の如く周囲の空間を埋め尽くした剣の大群。切っ先を一斉にエルフェイルに向け、雨霰と次々に射出されていく。


「いかん、エルフェイル殿――っ!」


 アカネも、エルフェイルを少しでも援護しようとエミリアの側面に回り込もうとするが、動きを見せた途端に、シルヴィアも含め十本以上の剣が飛んできた。

 剣士であるアカネはともかく、短剣しか持っていないシルヴィアには、この剣の雨を防ぐことは困難である。かといって、チームメイトであり、エルフェイルの妹であり、貴重な回復要員でもあるシルヴィアを見捨てることなどできない。


「くっ、シルヴィア殿。わたしの後ろに」

「す、すみません。恩に着ます」


 咄嗟の判断でシルヴィアを庇うことにしたアカネ。飛来する剣の群れを鋭い刀捌きで切り払っていく。

 背後にシルヴィアがいるため動きは制限されるが、逆にシルヴィアに多少のケガは治してもらえるという安心感がある。


 だが、これでアカネはその場に釘付けにされ、エルフェイルは孤立した形になってしまった。

 いや、元よりエミリアがそうなるように立ち回ったのだ。一番の強敵であるエルフェイルに集中するために。

 エミリアは、口や態度では侮蔑的なことを示しつつも、エルフェイルの実力を相応に認めていた。そして、若い芽のうちに摘んでおかねばならない存在であるとも判断していた。

 それが、アプレンティスにとって悪名高い『殲滅の魔女』が弟子として見出した人物という事実に加え、ここ一年監視してきたエミリアが出した結論であった。


「この、まだまだっ!」


 絶え間なく多方向から飛んでくる無数の剣を、エルフェイルはフットワークと二丁拳銃を駆使して迎撃する。可能な限り回避しつつ、衝突軌道にある剣は炎弾を撃ち込んで破壊していく。数は増えたものの、幸運にも剣の強度自体はほとんど代わっていなかった。

 ただ、今のところは耐えられているが、肝心のエミリアに近付くことさえできていない。


 エミリアの『増殖』は、剣の数を徐々に倍加していく精霊魔法である。

 十本前後の剣しか操らなかった試合の時ならまだしも、百本以上の剣を滞空させている現状では、多少破壊したところで一秒も掛からずに補充されてしまう。通常の炎弾によって一つ一つ潰していっても埒が明かない。

 纏めて破壊するには溜めの時間が必要だが、攻撃の対処に手一杯の今、エルフェイルにそんな余裕はない。

 一つエルフェイルに有利な点があるとすれば、エミリアから一度に飛んでくる剣の数には限りがあるということだろうか。

 水道の蛇口と同じで、滞空する剣がいくら多くても、空間的な制約により一斉に放てる剣の数には限界がある。無理に放てば剣同士が接触し、結局は無駄打ちになってしまうだろう。


 現状は互いの魔力の削り合い、あるいは持久戦の様相を呈している。

 だが、高位精霊と契約する魔女のエミリアと、中位精霊と契約する一般的な精霊契約者であるエルフェイルでは、保有魔力量や精霊から供給される魔力強度が格段に異なる。それに加え、エルフェイルは常に動き回っているため、体力的にも不利である。

 長期戦になればまず勝ち目はない。


「情けないわね、エルフェイル。あれだけ威勢のいいことをほざいておきながら、この程度? もう少し意地というものを見せてほしいものだわ」

「っ……」


 挑発するエミリアに、エルフェイルは歯噛みする。

 好き放題に言われているが、ここで焦って性急に事を運ぼうとすれば、そこですべてはお終いになる。実戦はワルプルギスと違ってやり直しがきかない。長期戦が不利なのはエルフェイルも百も承知だが、現状での最善手を取り続けていれば、いずれ勝機が訪れると信じるしかない。


「一つ、二つ、三つ――そこっ!」


 焦燥感に苛まれながらも、エルフェイルは地道に炎弾を撃ち込み、迫り来る剣の群れを撃ち落としていく。

 エミリアの投射攻撃に慣れてきたのか、徐々にではあるが効率良く破壊することはできている。このまま行けば、もしかするとこの不利な状況から押し返せるかもしれない。

 そんな希望をエルフェイルが微かに抱いたその時、


「――水平、扇形に展開!」


 エミリアの号令一下、滞空していた剣の陣形が変更される。

 動き回るエルフェイルを対象に、ぐるりと半包囲するような形――それが上下二段に重なった陣形へと、整然と並び替えられていく。

 直後、それまでのやや単調だった攻撃が一新され、上下左右からエルフェイルを苛烈に攻め立てていく。


「これ、まず――」


 決壊は早かった。

 エルフェイルが慌てて対処しようとした頃には、許容量を超えた剣の群れが彼女に次々と襲い掛かった。複数の鋭い刃がエルフェイルの肌を斬り付け、幾筋も鮮血が飛び散る。

 直撃だけは避けようと、エルフェイルは咄嗟に身を捻りながら後方に退避した。未だ立ってはいられるようだが、傷や痛みでフィジカルは間違いなく落ちているはずだ。


「残念、決めきれなかったか。本当、しぶとさだけは一級品ね」


 距離が離れたため一度攻撃を中断したエミリアは、エルフェイルに向かって悠然と歩いていく。

 結界によって範囲が制限されているため、エルフェイルは戦場の端に追い詰められることになった。


「あんた……今までの攻撃、手加減してたの……?」

「まさか。そこまで相手を舐めたりなんかしないわ。射出の角度や速度を微調整しながら、最適な攻撃方法を模索していただけよ。多少時間は掛かったけど、結果は見ての通りといったところね」


 エルフェイルとは対照的に、エミリアの表情には余裕が見て取れる。


「お姉さま! 今すぐ治療を!」

「ダメだ、シルヴィア殿! この状況では、死にに行くようなものだ!」


 思わず駆け寄ろうとしたシルヴィアを、アカネが強引に押さえつける。

 ここからエルフェイルの元に向かうには、エミリアの攻撃圏内を突っ切らなければならない。例えアカネが護衛についていたとしても、ほとんど自殺行為だ。


「ふ~ん」


 チラリとエミリアがシルヴィアたちのほうに視線を向ける。エルフェイルがハッとしたように、


「! エミリア! あんた、まさかシルヴィを――」

「当然でしょ? むしろこの状況で見逃すとか有り得ないわ。あの駄犬と同じよ。関係者である以上、ここで始末しない理由がないわ。ああ、無論そっちのお侍さんもね」

「む」


 アカネが反射的に身構える。エミリアは「ふむ」と呟いた。


「ヒーラーを先に排除するのはセオリーではあるけれど、取り敢えず無視してもよさそうね。時間を与えて逆襲されても面倒だし、優先的にこちらを叩きましょうか」


 腕を翳して剣を操り、エルフェイルへの攻撃態勢を整えたエミリア。と、そこで不意に大きな風切り音を耳にした。


「っ、この斧は――!」


 見覚えのある大斧が後方から飛んできていた。エミリアは複数の剣を盾にし、事も無げに大斧を弾き返す。が、その表情は不機嫌そうに歪められた。


「……無粋ね。折角の楽しい時間に水を差すなんて、余程空気の読めない間抜けがいるようね――そう思わない、フェリシア?」

「エミリア様……いや、エミリアと呼び捨てにするべきか」


 森の茂みから、エミリアのチームメイトであるフェリシアが姿を現した。俯き加減で肩を震わせながら近付いてくると、弾かれた大斧を無造作に地面から拾い上げる。

 そこはエミリアの射程圏内ではあったが、彼女にフェリシアの行動を妨害する様子はなかった。


「エミリア……よくも、よくも騙してくれたな! この不始末、絶対に許さんぞ!」

「いきなりご挨拶ね、フェリシア。一応訊くけど、何故ここにいるのかしら?」

「エミリアが男と二人で出かけると聞き、気になって遠くから様子を見ていたのだ。今まで私や周りの者たちが休日に誘っても一度も応じなかったエミリアが、自分から買い物の供にその男を選んだともなれば、興味が出るのも致し方あるまい。とはいえ、まさかこのような場面に出くわすとは思いもしなかったがな!」


 フェリシアは、苛立ちを示すように地面に大斧を叩きつけた。エミリアは小さく嘆息する。


「暇な奴ね。折角の休日にストーカー行為なんて。それと、ここには結界が張ってあったはずよ。どうやって内部に入ったのかしら?」

「エミリアとエルフェイルが剣呑な雰囲気になったところで、急いで距離を詰めたのだ。その際、結界の内部に取り込まれたようだな。今までは黙って様子を見ていたが、いい加減我慢できなくなりこうして出てきたのだ!」

「まったく、そのままじっとしていればよかったのに。身の程を弁えないバカは嫌いよ」


 エミリアの突き放すような物言いに、フェリシアは悔しそうに唇を噛む。


「私は……私たちは、グランプリファイナルに行きたいなら私に従えという、あなたの言葉を信じて付いてきたのに、あれは嘘だったのか!? あなたにとってワルプルギスはただのお遊びであり、そこのエルフェイルに対抗するための手段でしかなかったのか!?」

「嘘じゃないわ。現にチームは無敗で、学院でトップの成績を残してる。ファイナル出場に一番近いのは間違いないわ。ここで私が抜けたとしても、十分なアドバンテージがあるじゃない」

「エミリアがいなければ、あのチームは簡単に瓦解してしまう。現状でトップだったとしても何の意味もない。そんなことくらい、あなたなら理解しているはずだ!」

「それこそ知ったことではないわ。ワルプルギス然り、任務然り、生徒会然り。十全とは言わないけど、私は私の仕事をきちんと熟したまでよ。これ以上はあなたたち自身の問題でしょ? それに――信じる、ですって……?」


 ふとエミリアの脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックする。


『何だ、この論文は!』

『ABC予想? そんなものが証明に使えるわけないだろうが!』

『エミリアがこの最終定理を解けると言ったんだろうが!』

『お前を信じて任せたのに……まったく、なんてザマだ』


「ふ、ふふふ……」


 エミリアの表情が時間と共に徐々に崩れ、今までとは違った歪んだ形相となる。


「信じるっていうのは、頭の中身を空っぽにして相手の言いなりになることじゃないわ。それはただの盲信であり依存。少なくとも、正常で対等な人間関係とは言えない。なのに、ああ、なのに……!」


 ギロッとエミリアはフェリシアを――いや、ここにはいない誰かを睨みつける。


「何故私より低能の分際で偉そうに命令する? 何故いつもいつも私を非難する? 私より出来損ないのくせに! 私より劣っているくせに! 私に命令できるのは、あの方のように私以上に有能な存在だけよ! だというのに、貴様らは……! デュカキス家のゴミ虫どもが!」

「エ、エミリア、様?」


 エミリアの発する気迫に、フェリシアが思わず気圧される。

 このようにエミリアが取り乱す様など初めて見たフェリシアは、最初の怒りも忘れ、彼女を敬称で呼び戸惑いを露にする。

 額を押さえ、エミリアは大きく舌打ちした。


「……不愉快ね。非常に不愉快よ、フェリシア。私に不愉快な記憶を思い出させたお礼をしてあげる」


 エミリアの意思に応じ、滞空している剣の群れがフェリシアに狙いを定める。

 ――だが、それは完全な悪手だった。


「どこ見てんのよ。いくらなんでも舐めすぎでしょ」


 己の射程距離内まで密かに接近したエルフェイルが、十二分に魔力を貯めた渾身の一撃を放つ。


「――『榴弾』!」


 ドオオオオオォォォン!

 エルフェイルが放った灼熱の炎弾が、エミリアの背中に直撃する。轟音と共に巨大な爆炎と煙が舞い上がり、発生した熱波がエルフェイルにまで跳ね返ってくる。

 何の手心も加えられていない無慈悲な一撃。即死してもおかしくない凄惨な破壊力。

 あまりの爆発の大きさに、空中に浮いていた剣のほとんどが消滅してしまった。

 エルフェイルはその光景を目にして、どこか違和感――いや、既視感のようなものを覚えた。


「う、ああ……」


 間近で攻撃の余波を浴びる格好になったフェリシアが、引き攣った表情で呻き声を上げる。

 黒煙が上がっている、エミリアがいた場所を油断なく見詰めるエルフェイル。若干やり過ぎたかと内心冷や汗を流し始めたところ、


「――感謝するわ、エルフェイル」


 その落ち着き払った声を聞いた瞬間、エルフェイルは別の意味で冷や汗を流した。

 次第に晴れていく黒煙の中から、エミリアが悠然と姿を現す。着ている服は多少煤けていたが、肉体的にはほとんど無傷だった。


「小突かれたような痛みと衝撃で程よく頭が冷えたもの。丁度いい気付け薬になったわ。でも――安全弁にすら届かないなんて拍子抜けね。期待外れもいいところだわ」

「……成る程ね」


 肩をすくめて嘆息するエミリアに対し、エルフェイルはようやく合点がいったかのように頷いた。

 エミリアに炎弾が直撃したにも関わらず、エミリア自身は無傷であり、その代わりに周囲の剣の大部分が砕け散った――

 一見すると不可解な現象だが、これと似たものをエルフェイルは最近見た覚えがある。


「あんたのそれ、学院の制服に仕込まれたダメージ変換機構と同じものね。昨日の試合のときも聞いたけど、あれはワルプルギスのシステムに介入する必要があるんじゃなかったの?」

「フフ、律義に私の言ったことを信じたの? ついさっき騙されたばかりなのに? まあ、あの時説明したことは必ずしも間違いではないけど、別にシステムなしでは使えないと言った覚えはないわよ。寿命の長い魔女にとって、己の身の安全を重視するのは当然の行為。不意打ちにも対応できるように常に備えておくのは、あの方からの薫陶でもあるわ」


 エミリアは手に持っている剣を振るい、すぐさま数十本の剣を空中に補充する。


「『剣を鍬にソード・トゥ・プロシェア』――私の受けたダメージを、複製した剣に肩代わりさせる精霊魔法よ。私を倒したければ、先にこの大量の剣を全て破壊するか、全ての剣を一気に破壊できるだけのダメージ量を私に与えなければならないわ」

「随分余裕ね。わざわざネタ晴らしするなんて。なら、ついでにもう一つ教えてよ。あんたの契約精霊――剣精霊じゃないんでしょ?」


 確信を持ったエルフェイルの指摘に、エミリアは口元を綻ばせた。


「へえ。どうしてそう思ったの?」

「いい加減気付くわよ。そもそも剣を複製して投げ飛ばすなんていう戦い方、他の剣精霊使いとは一線を画しているわ。それにエミリア自身の剣士としての技量は、大したことがないのは把握済みだしね。極め付けは今回の件よ。いくらなんでも剣を何本も犠牲にして契約者の身を守るなんていう精霊魔法、誇り高い剣の高位精霊が許すはずないわ。高位精霊を魔術か何かで縛って無理矢理言うことを聞かせているとも考えられるけど、それよりは剣に拘りのない別種の高位精霊が、あんたと契約していると仮定した方が余程自然よ。そう考えたら、『ソードダンサー』なんてあからさまなチーム名をわざわざあんたが付けたことにも納得がいくわ」

「……そうね。大体正解かしら。フフッ、このまま色んな仕込みに気付かれずに終わってしまうのも味気ないと思っていたのよね」


 どこか上機嫌な様子のエミリアは指を鳴らし、自身の契約精霊を顕現させる。

 彼女の頭上に現れたそれは、メタリックな質感で、蜘蛛のような多腕をした等身大の人型精霊だった。


「これが私の契約精霊――群精霊トリスケリオン。主な能力は物質のコピーとその操作。つまり、コピーする対象は剣だけに留まらない。それこそ、犬の着ぐるみを複製(・・・・・・・・・)して操作することもできるわ」

「! ラウルと一緒にいるように私たちを騙し通せたのは、そういうこと……!」


 エミリアが喫茶店から出てきた後に、中身がないはずの着ぐるみが動いていた理由を知り、エルフェイルが眉根を寄せる。


「使い勝手も悪くないわね。高位精霊の割に自我が薄くて無口なのが特徴だけど、その分私のやることに一々文句を言うこともないし。何せ他の精霊を殺したりしても無頓着なんだもの。精霊どうぐとしては最高よね!」

「っ、わかってたけど、あんたって最低の精霊契約者ね! 反吐が出るわ!」


 契約した精霊を完全にモノ扱いするエミリアに、エルフェイルは憤然と非難した。

 それに対して微塵も応えた様子もなく、エミリアは嘲笑を浮かべる。


「言いたいことはそれだけかしら? なら、そろそろ終幕にしましょう。解放――伝説級武器レジェンダリー・ウェポン『クラウソラス』!」


 その宣告がされると、それまでエミリアが手に持っていたただの長剣が、魔力を纏った白銀の名剣へと早変わりした。そして、エミリアの「増殖」の一声と共に、空中に数十本の『クラウソラス』が出現する。

 数自体は以前より減っているものの、総合的な戦力が格段に増強されたことは疑うべくもない。

 ただし相応の魔力を必要とするため、これは契約精霊を顕現させ魔力供給を増強した状態でしか使えない。エミリアにとっての奥の手の一つである。

 エルフェイルの指摘は、ある意味では藪蛇だったとも言えるかもしれない。


「さっさと貴女たちを始末して大魔術師様のところへ帰還したいわ。そして、お褒めの言葉を賜るの。そうすれば、この淀んだ気分も幾分か晴れやかになるでしょうね」


 頬を紅潮させたエミリアが、数十本のクラウソラスを周囲に展開させる。雲霞の如く滞空しているにも関わらず、一本一本が信じられないくらい高密度の魔力を纏っている。これをまともに迎撃するのは、魔女レベルの実力でもなければ不可能だろう。

 エルフェイルは苦境を感じ取ったのか、顔を顰めながら懐に手を忍ばせた。


「……背に腹は代えられないか。本当は使いたくなかったけど――」


 小瓶を取り出し、中に入っていた液体を一気に飲み干す。

 すると、エルフェイルの受けた傷が急速に塞がっていく。さらには全身の筋肉が若干肥大化し、筋繊維の密度が増したようだ。体内の魔力の巡りも明らかに良くなっている。


「シャーロット様から念のためにと頂いた特製ポーション、ここで切らせてもらうわ」


 ここ数日行ったシャーロットとの修行後、アプレンティスのような強敵と戦う際の奥の手として渡されたものである。

 治療薬兼強化剤――俗にいうドーピング薬である。

 筋力や身体能力の向上は勿論のこと、自然治癒力や思考能力も上昇するチートクラスの薬効を持っている。

 だが無論、リスクもある。効果時間に限りがあり、その後は全身の筋肉が弛緩してまともに動けなくなってしまうのだ。

 エルフェイルとしては、こんなものに頼らなければならない己の実力に吐き気がするが、今は自身の矜持などどうでもいい。最早四の五の言っている場合ではない。エルフェイルの敗北は、ラウルやシルヴィア、この場にいる者たちの生死に直結しているのだ。


「生け捕りとか捕縛とか、甘いことはもう言ってられない。私の命に代えても、ここでエミリアを討つ!」


 決然と呟いたエルフェイルは、薄笑いを浮かべる魔女に対し、逃げることなく立ち向かうのだった。



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