喫茶店1
翌朝、ラウルは憂鬱な気分で学院の校門に佇んでいた。
昨日、エミリア率いる『ソードダンサー』に試合で負けたため、賭けの代償として今日一日ラウルがエミリアの荷物持ちを務めることになったのだ。
ちなみにエミリアはまだ姿を現していない。
元々ラウル自身が約束したことではなく、エルフェイルがなし崩し的に決めてしまったことではあるが、昨日の試合で大した戦果を上げることもできずに退場していたラウルとしては、敗戦の責任を取るということで休日にタダ働きすることも吝かではない。当のエルフェイルからは、涙目で謝罪されてしまったが。
「……しかし、どういう風の吹き回しだろうな」
過去の遣り取りからして、エミリアはラウルのことを嫌っていたはずだ。荷物持ちとはいえ、休日を二人きりで過ごそうとするのはどうにも違和感がある。
エルフェイルへの嫌がらせ、もしくは数ある荷物持ちの一人という可能性はあるが。
「あら。私より早く来ているなんて、殊勝な心掛けね、野良犬」
聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはシックな装いの私服を着たエミリアの姿があった。
夏が近いということもあり薄着ではあるものの、肌の露出は控えめで、半袖のブラウスに膝下まであるスカートを纏っている。金髪に眼鏡というエミリアの容貌とマッチした色合いだった。
周囲には他に人影はない。来たのはエミリア一人だけのようだ。
「野良犬はいつもの制服なのね。学院の生徒だとバレたくないから、他の服にしてほしいのだけど」
「生憎、外出用の服は持ってなくてな。あまり学院の外には出ないものでね。普段は制服で十分だし、自室ではジャージやスウェットで済ませてるんで」
ラウルは普段と同じ制服姿だった。学院に入学してからは、街に所用があるときには制服を着用しているのだが、それは他の生徒もやっていることなので別段非難されるようなことではない。
エミリアは大きめの紙袋を無造作に差し出した。
「案の定ね。そうだと思ったわ。適当に服を見繕っておいたから、一度部屋に帰ってこれに着替えてきなさい。それと、フレスベルグとかいう剣も忘れずにね」
「ん? 街に買い物に行くだけだろ。着替えるのはいいけど、なんで剣が必要なんだ?」
今日は荷物持ちが役割ということで、ラウルは余計な私物は所持していない。精々学生証と少額の金銭が入った財布くらいだ。
「街中とはいえ、何が起きるかわからないもの。わかりやすい武器を身に付けておけば、余計な有象無象からのちょっかいも避けられるでしょ? それにいざというとき、契約者である私はともかく、野良犬が完全な足手纏い状態では面倒だわ」
確かに、丸腰だとラウルの戦闘力はかなり低い。身体強化どころか、得意の剣術も使えないため、一般人以下のレベルにまで落ち込んでしまう。エミリアにまともに助ける気がなければ、容易にピンチに陥ってしまうだろう。ラウルを嫌っている彼女に己の身柄を預ける等、ほとんど自殺行為だ。
今更ながら、ラウルは自身の迂闊さにゾッとする。
「わ、わかった。少しの間待っててくれ」
「ええ」
約三十分後、ラウルは戻ってきた。待たせたことでエミリアに何かしら嫌味を言われるかと思ったが、特に何も言われなかった。
それはまあいいとして、着替えた服というのが――
「一応着てはみたんだが……これって服、なのか……?」
「あら、よく似合ってるじゃない。駄犬のあんたには、笑えるくらいお似合いよ」
エミリアが半笑いで感想を述べる。
ラウルが着用してきたそれは、所謂着ぐるみだった。
デフォルメされた薄茶色の毛並みの犬が、二足歩行をしているような格好だ。ガラス製の黒目の部分が左右それぞれ上と下を向いており、正面から見るとまるで錯乱しているように見える。戦闘行為ができるのか疑わしいが、ラウルは律義に持ってきた剣をベルトで腰に吊っており、傍目にはかなりシュールな絵面である。
ラウルが渋い表情で――被り物で隠れているが――忠告する。
「今日の付き添いは罰ゲームみたいなもんだから、そちらの指示には粛々と従うつもりだけどさ。言っておくが、この格好じゃ大して荷物を持てないぞ? 身体も動かしづらいし……」
「その格好でも背負える大型のリュックがあるから問題ないわ。剣も持ってきたようだけど、その着ぐるみは指の部分も細かく動かせる仕様だから、ちゃんと握れるはずよ」
エミリアから説明を受けたラウルは、剣を抜いて実際に確かめてみる。
「お、本当だ。思ったより造り込まれてるんだな」
多少握り辛くはあるものの、剣を扱うのに不自由するというほどでもない。試しに素振りをしてみると、肩や肘の可動域も広く、特に問題なく剣を振れた。
ただ、着ぐるみでも結構目立ってはいたが、それに加えて真剣を素振りなどしていることで、シュールを通り越してカオスな光景になっていた。正門の周りにいた少数の生徒たちも、ラウルの姿を見てぎょっとしている。
「う~ん……やっぱりこの格好は色々とマズイんじゃないか? 学院の制服を嫌がるってことは、絡まれたり目立ちたくないんだろ? これだと完全に逆効果だと思うんだが……」
ラウルが至極真っ当な意見を述べるが、エミリアは涼しい顔で否定する。
「今日は休日だし、人通りも多いからそこまで悪目立ちするものでもないでしょ。大道芸の人間か何かだと思われるわ。それより、そろそろ予定時刻よ。時間が勿体ないわ。買い物のルートは下調べ済みだから、私の後ろについてきなさい」
「ハア……はいはい、わかりましたよ」
ラウルは諦念を漂わせつつ、とぼとぼとエミリアに付いていった。




