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入学4

 およそ二十分程度で医務室には到着した。若干時間が掛かったのは、それだけこの学院が広い敷地を有しているからでもある。

 ただ、ラウルはその途中でアリーシャに応急処置してもらったため、大事には至っていない。手際の良さから鑑みて、普段からこういう事態に慣れている様子だった。


「そちらの椅子に座ってくださいね」

「わかりました」


 アリーシャの指示に従い、医務室に置かれていた丸椅子に座ったラウルは、薬品棚から包帯等を取り出すアリーシャの背中をぼんやりと眺めた。

 現在、医務室に常駐しているはずの医師の姿はない。不在の旨を記した札がドアに掛かっていたため、何らかの所用の最中だと思われる。


「手を出してくださいまし。まずは消毒いたしますので、多少痛むと思いますが、我慢してくださいね」


 アリーシャは消毒液の蓋を開けると、差し出されたラウルの患部に薬品を塗り、慣れた様子でテキパキと包帯を巻いていく。傷自体は大きくなかったこともあり、処置はすぐに済んだ。


「ありがとうございます。お手間を取らせてしまい、申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。これくらい大したことありませんわ」


 アリーシャが向ける笑みは温かい。ラウルの不注意で負った怪我なのだが、その点はまったく気にしていないのだろう。


「――う~~ん」


 そのとき、寝起き直後らしき何者かの間延びした声が響いた。

 その声に聞き覚えがあったのか、ハッとした様子のアリーシャが間仕切りの白いカーテンを恐る恐る開けると、医務室のベッドの上で一人の女性が寝ころんでいた。

 金髪のショートヘア。背は高く彫りの深い顔立ちで、ラウルとは対照的に「中性的な雰囲気の女性」といった容姿をしている。

 緩慢な動きで上体を起こした彼女は、目を擦りながら能天気に口を開いた。


「おや、生徒会長じゃないか。そんな呆れたような顔をして、一体どうしたんだい?」

「……それはこちらの台詞ですわ、キャシーさん。確か、既に今日の授業は始まっている時間帯のはずですが?」


 キャシーと呼ばれた女性は、珍しく顔を顰めているアリーシャからの追及にも動じた様子を見せない。


「固いこと言わないでよ。ボクと君との仲じゃないか。昨日遅くまで夜更かしをしてたんで、少しばかり仮眠を取っていただけさ。何せ君ってば、昨夜はあんなに激しくボクを求めてきたんだからね」

「勝手に卑猥な事実を捏造しないでください! 不愉快ですわ!」

「相変わらず初心だね。ああ――ごめんごめん。アリーシャ君じゃなくて、君と同じクラスの……ええと、背が小さい割に胸が大きい娘だったっけ? 昨日一緒に寝たのは」

「……まさか貴女、名前も知らない相手と一夜を共にしたのですか?」

「うん。そうだけど?」


 悪びれた様子もなく首を縦に振るキャシー。その態度に、アリーシャは二の句が継げなかった。

 と――

 ジロリ。


「ひっ!?」


 突然キャシーから鋭い視線がラウルに向けられ、思わずラウルの背筋に緊張が走った。


「……君、見ない顔だね。へえ……君みたいな可愛い娘が学院にいたなんて知らなかったよ。ボクにとっては、まさに痛恨の極みといったところかな」


 軽快にベッドから降りたキャシーは、一直線にラウルの元へ歩み寄っていく。そのまま無遠慮な手付きでラウルの顎に手を添えた。


「可憐なレディ。まずは君の名前を聞かせてくれるかな?」

「レディ!? いや、その、オレは……」

「やめなさい、キャシーさん! 相変わらず見境のない……それに貴女は勘違いしてますわ。そちらの彼――ラウルさんは、今朝転入してきたばかりの男の方ですよ?」

「え? なんだって?」


 アリーシャからの指摘に、キャシーは素っ頓狂な声を上げた。ゆっくりとキャシーは一歩下がると、ラウルの身体を上から下まで矯めつ眇めつ眺め、やがて大きく頷く。


「いやいや。こんな可愛い顔をした娘が男なわけないだろ? まさかアリーシャ君が、こんな詰まらない冗談を言うなんて思わなかったよ。むしろそっちのほうが驚きだね」

「ぐ……」


 キャシーに迷いなく断言され、ラウルは顔を俯かせた。


「事実ですわ。現状では生徒会レベルまでしか情報は下りてきていませんが、何人かの耳の早い生徒は既にご存知のはず。近日中にも全生徒に向けて、学院に男子生徒が編入したと告知される予定ですわ」

「……へえ」


 真顔で話すアリーシャの説明を聞き、キャシーの瞳に妖しい光が宿った。


「君がそこまで言うんだったら、実際にそうなのかもね。でもボク的には、自分の目で直接見ないことには信じられないから――そうだね。まずはお近づきの印に、三人で仲良く裸の付き合いでもしてみないかい?」

「は、裸の?」

「つきあい?」

「そうそう。邪魔な服なんかパーッと脱いで、互いに身も心も曝け出せば、相手の性別も身体の相性も、何もかもはっきりするってもんさ。ついでに、くんずほぐれつ押し合いへし合い突いて突かれてアハンアハンすれば、出会ったばかりのラウル君と深い関係になるのも容易だしね」

「「…………」」


 あまりにアレな物言いに、ラウルたちは二人とも硬直してしまった。キャシーが構わず話を続ける。


「いや~実際、寝る前にしてた運動・・はすぐ終わっちゃってさ。正直、欲求不満だったんだよね。あ、どうせなら場所を変えようか? 屋上とか眺めのいい場所ですれば、新鮮な気分で心もリフレッシュでき――」

「キャシーさん! 貴女は何を言ってるのですか!? 三人で、しかも屋外でなんて……そ、そんなの私が参加するはずないじゃありませんか!」


 ようやく硬直状態から解凍したアリーシャが、顔を真っ赤にしながら強い調子で否定する。

 キャシーが口元を押さえてニヤリと笑った。


「うん? ボクは別にアリーシャ君を誘ったわけじゃないよ。隣のベッドに、ボクが眠る前に相手してくれた女医がいるからね。まだ気絶――もとい寝てるみたいだけど、このあと一緒に肉体労働に勤しもうと思ったのさ。あれ、もしかして勘違いしちゃった?」

「……――っ!」

「いや~まさか、生徒会長ともあろうアリーシャ君がむっつりだったとはね。散々ボクからの誘いを断っておいて、その実、毎晩一人で火照った身体を慰めてたのかな? かな?」


 執拗なキャシーの煽りに対し、アリーシャの蟀谷から血管がブチッと切れるような音が聞こえた。


「……いい加減、そのペラペラと軽い口を閉じなさい。心底不愉快ですわ。しかもキャシーさん。貴女、我が校の女医と不純な行為をしましたね? 言葉では理解できないようですので――生徒会長として、身体に直接教え込んでさしあげますわ!」

(ま、まずい)


 不穏な気配を感じたラウルは、二人から慌てて距離を取った。

 次の瞬間、アリーシャの傍らで闇の魔力を纏った精霊が現出した。


「踊れ、『グリムリーパー』! あの不心得者に掣肘を加えなさい!」

「やば、ちょっとからかい過ぎたか。アリーシャ君、マジ激おこじゃん!」


 普段温厚な人が怒ると滅茶苦茶怖い、とはよく言われることだ。

 ラウルは、精霊魔法が飛び交う医務室から命からがら逃げだした。


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