首位決戦5
ハリネズミのように無数の剣で刺されたラウルが退場し、エルフェイルが激高する。
「貴様ァッ! 絶対に許さない!」
「来なさい、エルフェイル。ここで決着を付けましょう」
指を一本立て、挑発的に手招きするエミリアだが、彼女は彼女で内心憤慨していた。
首尾よくラウルを誘き寄せて撃破できたとはいえ、最後に一撃入れられてしまったのだ。ダメージ自体は入ってはいないが、攻撃を受けたという事実そのものが腹立たしい。それは、エミリアの計算をラウルが上回ったということだからだ。
(このままじゃ済まさないわ……! 完膚なきまでにこいつらを打ち負かして、実力の違いを思い知らせてやる!)
フィールド全体をざっと見渡せば、それぞれのメンバー数的には互角のようであった。一部押されているところもあるが、今のところ特に問題ないと判断する。
「プランI! 各自、目の前の敵に集中!」
エミリアは味方に向けて端的に告げると、猛烈な勢いで突っ込んでくるエルフェイルに照準を合わせた。
「『増殖』!」
エミリアの両手から魔力が迸り、一瞬のうちに十本近くの長剣が空中に出現する。直後、放たれた。
密度の高い剣の弾幕に対し、エルフェイルは回避行動を取りつつレーヴァテインを構えた。
「『榴散弾』!」
再度、細かい炎弾が無数に放たれる。それらは飛来した剣を次々に爆散させるが、何本か打ち漏らしも存在した。しかし小刻みに動くエルフェイルを捉えることはできず、やがて視界を遮る白い煙幕が辺りに立ち込める。
「そんな小細工、二度も通用するか! ――上空、全域に展開!」
エミリアの傍に未だ滞空したままだった数本の剣が、刃を下に向けながらさらに上空へと移動し、まるで雷雲のように数を増やしながら広がっていく。そして、煙幕の中にいるエルフェイルに頭上から襲いかかった。
エルフェイルは勘良く攻撃の気配に気付き、すぐさま上方に向けて射撃を行い、自身に向かってくる剣を撃墜した。結果として、剣の多くはエルフェイルから狙いが外れたところに落ち、一見すると無駄打ちのようになる。
だが、エミリアの目的は相手に当てることではなく、破壊された剣の場所やタイミングから、エルフェイルの現在位置と未来位置を大まかに割り出すことである。瞬時に計算を終えたエミリアは、エルフェイルに向けて精密な偏差射撃を行う。
「そこっ!」
「!?」
右に迂回しようとしていたエルフェイルは、煙幕を切り裂いて現れた数本の剣に思わず肝を冷やした。即応して撃ち落とすが、その内の一本が肩に命中。ダメージ変換で制服が破れ、袖部分全てと胸付近まで露になる。
恐らく残りライフは瀕死に近い状態だろう。もう一発食らったら間違いなく退場になる。
「ったく――どんな頭の構造してんのよ、あいつは!」
居場所がバレてると判断したエルフェイルは、エミリアに接近するのを中断し、一度煙幕の中でやり過ごそうと試みる。が、そうした仕切り直しの決断を嘲笑うかのように、エミリアはさらに畳みかける。
「『集合』!」
エミリアの両手から幾筋もの魔力が迸る。
次の瞬間、床に突き刺さっていた無数の剣が、見えない人間の手で引き抜かれたかのように宙に浮かぶと、勢いよくエミリアの元へと集まっていく。その際に発生した風によって、立ち込めていた煙幕が一気に晴れてしまった。
姿が露見してしまったエルフェイルに対し、エミリアが何十本もの剣を周囲に滞空させながら宣告する。
「逃げ場はないわよ。さあ、覚悟はいいかしら?」
「……余裕ね。もう勝った気でいるの? まだまだ勝負はこれからよ!」
追い込まれ、逆にエルフェイルは覚悟が固まった。
被弾を避けるため体勢を低くし、両手に持つレーヴァテインにありったけの魔力を注ぎ込む。エミリアが問答無用で攻撃せず、わざわざエルフェイルに時間を与えたのが命取りだ。
決然とした眼差しでエルフェイルは炎弾を解き放った。
「貫け――『徹甲弾』!」
「射殺せ――『放散』!」
同時に、エミリアも一斉に剣を射出する。
敢えてエルフェイルが攻撃を準備するのを待ったのだろう。後ろで見ているだけのフェリシアにとって、エミリアのその行動はどこか違和感があり、どうにも彼女の柄ではないように思えた。
(エミリア様……)
何故だろうか。現状は優勢なはずなのに、フェリシアは嫌な予感が止まらなかった。
ズガガガガガガッッッ!
剣の群れを噛み砕きながら、エルフェイルの炎弾がエミリアに向けて一直線に突き進む。高圧縮された炎は中途で爆発することなく、まるで鋼鉄製の弾丸のように対象を破砕する。だが、如何せん障害物の数が多い。
エミリアは剣の半数をエルフェイルに放ちつつ、残り半数を炎弾の迎撃に回していた。多量の魔力が込められたエルフェイルの炎弾も、徐々に威力や速度を減衰させていく。
また、クラウンであるエルフェイルは退場したら試合終了となるため、迫り来る剣の群れにも対処しなければならない。
エルフェイルは、発射せずに魔力を温存していたもう一方の拳銃を、自身を狙う剣に向けて解き放った。
「『榴弾』!」
ドオオオォォォォォン!
空中に派手な爆発と爆炎が吹き上がる。飛来する剣の大半を爆散させ、残りを爆風に巻き込んで軌道を逸らせた。
先ほどまで迎撃に使っていた「榴散弾」は効果範囲は広いものの、爆発の規模や厚みには欠けていた。大量の剣が縦横に襲い掛かってくる状況には対処できなかっただろう。むしろそれを見越してエミリアは剣の物量を増やした感さえある。
付け加えるならエミリアに対し、三回連続で同じ技を使うのはおよそ自殺行為だと予想できた。二度目でさえ、的確にその後の追撃を行ってみせたのだ。三度目はそもそも通用しないだろう。
エルフェイルが「榴弾」を放ったのは、彼女から見てやや右側の方向。左側からは、狙いは多少甘くなったものの、姿形は無事な剣が迫ってくる。
しかしエルフェイルは弾丸の発射と同時に右方向に動いており、剣の射撃を難なく回避して見せる。
これでエミリアが「徹甲弾」を被弾すればエルフェイルの勝利が近付くが、そう簡単に行くはずもない。自身に向かってくる炎弾に対し、エミリアはひらりと身を躱す。
一直線の軌道の上に速度も減衰していたのだから、回避自体は然程難しくない。ただ、この一見何でもない行動は、エミリアがいつも通りフルバックにいてはできなかったことである。己の背後にキューブを置いた状態では、容易にはその場から移動することができないからだ。
つまりこういう状況になるのを見越して、自分の代わりにフェリシアをフルバックに置いたのである。
「粘るわね。でも、クロックも掛かったみたいだし、いい加減終わりにしましょうか」
攻撃を回避したエミリアは、両手にそれぞれ剣を持った二刀流の状態でエルフェイルに急迫する。
これまでとは逆に相手から接近してきたことで、エルフェイルは若干虚を突かれる。が、すぐに切り替えてレーヴァテインをエミリアに向けた。
「わざわざ自分から優位な間合いを捨てるなんて――舐められたものね!」
エミリアが射程内に入った瞬間、エルフェイルは炎弾を連打する。相手の狙いが分からない以上、「榴弾」などの大技は使いづらい。
エミリアは慌てることなく、左右にステップを踏みつつ、前面に出現させた複数の剣を盾にして防いでみせた。
「間合いによる有利も不利もないわ。格の違い、実力の違いを思い知りなさい」
煽るように淡々と告げると、エミリアは魔力を迸らせ、上下左右に計十本程度の剣を展開させる。そして、一度その場に立ち止まった。
「っ、本気!? この距離で、私と攻撃の手数を競うつもり!?」
エルフェイルが柳眉を逆立て、表情に怒りを滲ませる。
近接戦では大技に必要な溜めの時間が取れないので、小中規模の精霊魔法の打ち合いと、武器や体術での直接攻撃が基本となる。
そして拳銃の炎弾が届き、かつ相手の武器が届かないような距離は、エルフェイルにとって最も得意な間合いだ。そこにエミリアは自ら足を踏み入れたのだ。エルフェイルが、多大な苦労を伴ってでも入ろうとしていた間合いに。
厳密には、エミリアの剣の投射攻撃は届くが、両手の剣は届かない距離である。射撃の打ち合いになれば、炎弾を撃つための補助となるレーヴァテインを持つエルフェイルの方が、間違いなく有利だろう。
「これくらいのハンデは必要でしょ? 私としても、ただ勝つだけじゃ満足できないのよ、エルフェイル。心の底から貴女に負けを認めさせないと、ね」
「……――その増上慢、叩き潰してやらないと気が済まないわね!」
次の瞬間、力強く地を蹴るエルフェイル。炎弾を絶え間なく放ちながら、素早く動いて立ち位置を変え続け、自分に有利な間合いをキープしようとする。
エミリアもそれに追従しつつ、連発される炎弾を手持ちの剣で払ったり、剣の召喚や投射で危なげなく迎撃していく。そこから時折隙を見て反撃しては、エルフェイルにさらに接近し、剣が直接届く間合いにまで入ろうと試みる。
目まぐるしいほどの攻防がピストの上で巻き起こり、観客たちが思わず息を呑む。
エルフェイルとエミリアの戦闘の激しさに反比例して、闘技場の中は静けさを増していき、唯一鈴なりのように発生する爆発音や金属音だけが、人々の耳に残り続ける。
現状のエミリアは、両手の剣を振り回しながら、新たな剣を生み出し、エルフェイルから放たれる無数の炎弾を、手数で負けている状況から覆すために最適な場所とタイミングで迎撃し、さらに常に動き回る相手の急所に狙いを定める、等といった幾つもの仕事を常時熟している。
当然、深い集中と思考を必要とする途轍もなく困難な作業――であるにも関わらず、エミリアは涼しい顔をしていた。
逆にエルフェイルはこの試合が一戦目だというのに、極度の精神集中と魔力の消耗で疲労困憊になりかけていた。その点で鑑みれば、エミリアはこれが本日の三戦目であるはずなのだ。
はっきり言って、化け物じみている。
「くっ、こんなはずじゃ――」
最初はエルフェイルの方が攻勢に出ていたはずが、三連射した炎弾は横手から飛んできた剣一本を破壊するに留まるなど、効率よく捌かれてしまう。時間と共に反撃を受ける回数が増え、予想外の方向から飛んで来る剣を何とか回避、あるいは撃ち落とす。
手数はエルフェイルが圧倒しているはずなのに、攻撃のほとんどは防がれ、次第にフィールドの隅へと追いやられる始末。得意の間合いでも決定打が出せず、どんどん追い詰められていくという悲観的な状況。
エルフェイルの心に焦りと迷いが生まれ、広がっていく。
近距離での攻防を続けるうち、ふとエルフェイルはどうせ撃っても意味がないという思いが頭を過ぎり、エミリアに向け放とうとしていた攻撃を直前でキャンセルしてしまう。
「む、っ!?」
――が、それは図らずも効果的なフェイントとなった。
効率重視で動いていた反動か、エミリアが手持ちの剣を盛大に空振りしてしまう。
(――好機!)
一呼吸の間に、エルフェイルはレーヴァテインに追加で魔力を込め、威力を増大させた炎弾を発射する。
あと一歩で剣が届き得るくらいの近距離、かつ空振りした直後だ。いくらエミリアでも躱せるタイミングではない。
「爆ぜろ――『榴弾』!」
「――そ、っ――」
発射した直後、過たずエミリアに榴弾が直撃し、巨大な爆炎が吹き上がる。
反動でエルフェイルにも熱風と衝撃が飛んで来るくらいの威力だ。一撃で退場、どころか制服を全損させて大火傷を負う可能性すら有り得るだろう。
しかし、やり過ぎだとは思わない。加減する余裕など一切ないほどの強敵だったのだ。
半ば勝利を確信したエルフェイルが、膝に手を着き息を荒げていると、
「――ジャスト一分ね。残念だけどもうお終い」
声が、響いた。
「嘘、でしょ」
エルフェイルが視線を向け、乾いた声で呟く。
揺らめく炎と煙の中からエミリアが悠然と現れた。しかもほぼ無傷で。と同時に、そこで試合終了のホイッスルが鳴る。
「キューブ破壊により、勝者『ソードダンサー』!」
「な――……」
主審の裁定を聞き、エルフェイルは反射的に自陣の後方を振り返る。そこには、突如上空から飛来した剣にキューブを破壊され、呆然と立ち尽くすタチアナの姿があった。
「エミリア! あんた何をしたの!?」
「別に大したことじゃないわ。貴女に接近する前に大量の剣を打ち放った時、一本だけ放物線の軌道で剣を空高く打ち上げたのよ。それがきっちり一分後、観客も含め誰も気付かないような軌道から落下し、そっちのキューブを破壊したってわけ」
難易度の高いことをさも当然のように告げるエミリア。しかしその説明に対し、エルフェイルが強く首を振る。
「違う、そっちじゃない! 私が聞きたいのは、どうしてあんたが私の攻撃を受けて無事だったのかってことよ!」
キューブが破壊されたというアナウンスとタチアナの様子から、何をされて負けたのかについては大凡推測ができた。が、エミリアが無事だったことに対しては、エルフェイルには何も推測ができない。
「私の『榴弾』をあの距離から受けて、ただ倒しきれなかっただけならまだ納得はできる。でも、まったくの無傷なんていくらなんでもあり得ない! あんた、一体どんな手品を使ったのよ!?」
「あら。それを私が素直に話すとでも?」
「そ、それは……」
「ま、いいわ。特別サービスよ。負け犬にも理解できるように概要くらいは教えてあげるわ」
ニヤニヤと小馬鹿にした表情でエミリアは肩をすくめる。
「知っているでしょうけど、ワルプルギスの試合の際、フィールドに施された魔法陣によって、制服は本人が受けたダメージを肩代わりして破壊されるようになっている。私はそれを別のものに置換させただけよ。――精霊魔法で魔法陣内の魔法式に介入してね」
「魔法式に、介入!? でも、それは――」
「反則、だとでも言いたいわけ? なら、それを証明して教師や上層の人間に訴え出てみなさいな。フフ、できるものならね」
「っ……」
相変わらずエミリアはエルフェイルを煽り続ける。エルフェイルは悔しさと惨めさで顔を真っ赤にした。
エミリアが試合中システムに不正にアクセスしたことの証明、それが試合の勝敗に直結する反則行為であることの立証。越えなければいけないハードルは多い。
それにエミリアの口振りからしても、不正にアクセスした痕跡が残っている可能性は少ない。
いや、そもそも彼女の言っていること自体がブラフである可能性すらあるのだ。わざわざ反則負けやペナルティに繋がる情報を対戦相手に告げるとは思えない。
おそらく調査や告発をしたところで、貴重な時間を浪費するだけの結果に終わるだろう。下手をすれば、証拠もないのに変な言い掛かりを付けたということで、エルフェイルの評判が落ちることすら考えられる。
「そうそう。忘れてないでしょうね? 試合前にした約束」
「え?」
エルフェイルは一瞬、何のことを言っているのかわからずに戸惑ったが、すぐに思い当たった。
「あ、あんた、ラウルのこと……」
「ええ。そこにいる、あっけなく退場した野良犬のことよ。明日の休日、早速荷物持ちとして扱き使わせてもらうわ。早朝に校門前まで来るように伝えておいてちょうだい。野良犬の婚約者である貴女からね」
「クッ……!」
先ほどよりも悔しそうな表情でエルフェイルは項垂れるのだった。




