首位決戦1
週末になると、闘技場は俄かに騒がしくなる。普段も人の出入りは多いのだが、一般生徒が観客としてこぞって集まるヘキサクロスの公式戦開催日は、ある種異様な雰囲気だ。
そんな中、とあるピストで試合終了のホイッスルが吹かれた。
「キューブ破壊により、チーム『テンペスト』の勝利です」
淡々と勝者を告げる審判。それと同時に観客席からワッと声援が湧く。
対照的にラウルたちは、出場したメンバーのほぼ全員が肩で息をしていた。
「……これで、ノルマの二勝は……達成、できたわね」
特に疲れた様子のリーゼロッテが、頬から幾筋もの汗を滴らせる。
ラウルたちは首尾よく二連勝することができた。が、未だエルフェイルが不在のため、取り決め通りアリーシャを除いたメンバーで戦うことになり、案の定かなり体力や魔力を消耗してしまった。
それはとりわけ司令塔を担ったリーゼロッテに顕著だった。
元々交流戦出場を強く切望していたリーゼロッテだ。負けられないプレッシャーは相当なものだったろう。しかも今は頼りになるエルフェイルがいない状況である。
戦術の構築、情報の分析、後方からの指揮とそれに伴う前線への援護射撃。それらの課題を一人で熟しつつ、一日に二戦。心身ともに疲労困憊になってもおかしくない。
と――
「久しぶりね。皆、元気だった?」
失踪から数日。ラウルたちが選手用の通路に引き上げる途中、何事もなかったかのようにエルフェイルが姿を現した。
「エルフィ!」「お姉さま!」「エルフェイル殿!」「先輩!」
「エルフェイル! あ、あんた今までどこをほっつき歩いてたのよ!?」
ラウルやシルヴィアが歓喜の声を上げ、リーゼロッテが声を震わせて詰問する。
大一番を前に待望の人物がようやく戻ってきたのだ。騒ぎ立てるのも無理からぬことだろう。
問われたエルフェイルは涼しい顔で答える。
「短い期間だったけど、己の力を高めるために修行をしてたのよ。シャーロット様のところでね」
「っ! シャーロットって、あの『魔女の六柱』の!?」
「エルフィの師匠のところか!」
ラウルの師匠であるイーシアと同様、エルフェイルの師匠であるシャーロットも『魔女の六柱』と呼ばれる最古参の魔女の一人だった。
「ちゃんと学院長の許可は取ったわ。ただ私から、皆には秘密にするようお願いはしたけどね」
「は? どうしてそんなことをしたのよ!? お陰でこっちは試合に準備に大忙しよ!」
「貴女たちの成長を促すためよ。今までの試合を振り返ってみたのだけど、試合でピンチに陥っても、私が上手くフォローして助ける場面が多かったせいで、皆の成長を阻害していたように感じたの。それで、荒療治だとは思ったけど、無断で一度姿を消してみることにしたのよ」
実際、エルフェイルはこれまで公式戦に出ずっぱりだった。目先の勝利を重視したことと、彼女の戦い方が魔力消耗の少ない効率重視の立ち回りだったことが主な理由だ。まあ、メンバーが七人しかいなかったという消極的な理由もあるが。
リーゼロッテが眉間に皺を寄せる。
「そんな、勝手に……せめて私に相談するとか……」
「悪かったとは思ってるわ。でもエミリアたちに勝つには必要なことだと思ったの。本当はさっきの二戦目の前に戻ってきてたんだけど、この一週間で皆がどれだけ強くなったか知りたかったから、一度外から見たくてスルーさせてもらったわ。結果として、その考えは間違ってなかったと証明された」
「そんなのただの結果論でしょ!? あんたがいないせいで試合に負けてたらどうしたのよ!」
「そのときはそのときよ。どの道、進歩なき組織に未来はないわ。一年生の多いこのチームには、真剣勝負や実戦を経ての実力の向上が必須。この程度の不利を乗り越えられないようでは、到底あいつらには――」
「失礼。少しいいかしら?」
エルフェイルとリーゼロッテが議論をしている最中、不意に声を掛けてくるものがいた。
チラリとそちらを見たラウルが、思わずといった様子で呟く。
「エミリア・ランカスター……!」
「……何の用かしら、エミリア。これから試合をする相手に」
警戒心を露にするエルフェイル。
エミリアは不敵な表情のまま恭しく礼をした。
「まずは感謝を。よかったわ、しばらく顔を見なかったから。てっきり怖じ気づいて逃げたしたのかと思ったの」
「ア?」
正直、女性が婚約者の前でしてはいけないようなドスの効いた声で、エルフェイルが問い返す。
実際ビクリと、ラウルを含む幾人かが身を震わせた。
「……あんた、わざわざそんな下らないこと言いに来たわけ?」
「まさか。そんなわけないじゃない。エルフェイルさん、一つ賭けをしない?」
「賭け、ですって?」
「もし私が今日の試合に勝ったら、そこの駄犬――ラウルを一日貸してくれないかしら?」
エミリアの口にしたセリフに、エルフェイルの顔が一気に真っ赤になった。
「っ、ふざけないで! あんた、私の婚約者を寝取るつもり!?」
「まさかまさか。天地がひっくり返ってもあり得ないわ。そいつはただの荷物持ちよ。女みたいな見た目だけど、一応男でしょ? 明日買い物に行こうと思うんだけど、他の有象無象よりは役に立つと思って」
「フン……そう。でも、それじゃ私にメリットがないじゃない。あんたが負けたときは何を差し出すっていうのよ?」
「そうね。別に何でもいいんだけど……――」
若干クールダウンしたエルフェイルに向け、エミリアは少しもったいぶったように提案する。
「『大魔術師』の情報なんてどうかしら?」
「――――!」
その言葉を聞いた瞬間、エルフェイルは大きく目を見開いた。鳴り響く鼓動を抑えるように、反射的に心臓に手を当てる。
「エ、エミリア! あんたは、」
「エルフェイル自身には価値が低いかもしれないけど、貴女の師匠である『殲滅の魔女』には値千金じゃないかしら? これならテーブルに載せる対価として十分だと思うんだけど?」
「っ……!」
悔しそうにエルフェイルが歯噛みする。エミリアの真意は不明だが、この条件は彼女にとって絶対に拒めないものだった。
エミリアは微笑を浮かべる。
「その様子なら、了承ってことでいいわね。口約束だけど、これだけ証人がいるなら大丈夫でしょ」
「エミリア……あんた、一体どこまで……」
「それはそうと、アリーシャはここにいないようね。残念。軽く挨拶したかったのだけど。先の二試合には出なかったようだし、次こそは出場してほしいものね」
「心配しなくても、次の試合には出場するわよ。エルフェイルがようやく戻ってきたんだもの」
リーゼロッテが肩をすくめる。エルフェイルがハッとした様子で頷いた。
「そういえば、アリーシャ生徒会長がチームに加わったようね。メンバー登録を確認したときは少し驚いたわ」
「……成る程。大方、エルフェイルがいない場合は、チームへの参加自体をキャンセルする手筈だったってところかしら。呆れるわ。私に牙を剥いたのなら、形振り構わず全力を尽くすべきよ。逃げ道を用意してる余裕なんてないでしょうに」
ここに不在であるアリーシャに対して辛辣な言葉を述べるエミリア。
「それはどうかしら。勝ち目が薄いと判断したら、潔く勝負を降りるのも賢明だと思うけど」
「私に勝つために、こそこそ修行なんてした人が言っても説得力がないわよ。無駄な努力になる確率が高いっていうのに、ご苦労なことね」
「! あなた、さっきからお姉さまに対して失礼じゃない!?」
エミリアの挑発的な物言いに、シルヴィアが堪らず口を挟んだ。
「自分のチームが一位にいるからって、他人に何を言ってもいいと思ってるの!? 恥を知りなさい!」
「フフ。あらあら、怒られちゃったわね。おふざけが過ぎたかしら」
シルヴィアの剣幕に対して、エミリアはどこか小馬鹿にしたような口調である。
「そうね。次の試合で出番がない人がそう言ってるし、この辺で終わりにしておきましょうか」
「は? 出番、ないって……?」
「アリーシャと戦術の打ち合わせをする時間も必要でしょうしね。続きはピストの上で行いましょう。それじゃ」
「っ……!」
悠然と去っていくエミリアを見やり、思わずエルフェイルは唇を噛んだ。
今までの傾向からしても、シルヴィアを外すこと自体は珍しいことではない。エルフェイルからそのことを告げれば、特に何の蟠りも生じなかっただろう。
だが、敵であるエミリアから半ば断定的に言い切られれば、シルヴィアも動揺するし、他のメンバーも手の内がバレているのかと士気が下がってしまう。かといって、シルヴィアを次の試合に強行出場させるのは得策ではない。
エミリアの投剣に対し、シルヴィアの技量では迎撃はまずできない。またその射程も長いため、シルヴィアが精霊魔法で回復する隙を見付けるのも難しい。はっきり言って、相性が悪いのだ。
「ごめんなさい、シルヴィ。エミリアの言う通り、あなたには次の試合、外れてもらうわ」
「お姉さま……それ、は……」
シルヴィアは何か言いたそうだったが、結局は大人しく口を閉じた。
場の雰囲気が悪くなりかけたところで、ラウルが大きく手を叩いて声を張り上げる。
「うだうだ悩むのは後回しだ。まずはアリーシャさんと合流しよう!」
「ラウル……ええ、そうね。ここは切り替えないと。出鼻を挫かれたとはいえ、まだ勝負は始まってすらいないんだから」
胸に手を当て、一つ大きく深呼吸をしたエルフェイル。カラ元気に近いとはいえ、表情には活気が戻ったようだ。
「そうですわ。シルヴィアさんもしっかりなさいませ!」
ラスティがシルヴィアの背中を強めに叩く。
「痛っ! ちょっと叩かないでくれる!?」
真っ赤になって抗議するシルヴィア。そこに、
「よかった! 皆さんお揃いのようで!」
エミリアが去っていった方向と逆側の通路から、アリーシャが足早に近付いてきた。エルフェイルが一歩進み出て迎える。
「久しぶりね、アリーシャ先輩」
「ご無沙汰しております、エルフェイルさん。私の我が儘で、リーゼロッテさんたちにはご迷惑をおかけしました。エルフェイルさんも首尾よく戻っていらしたようですので、遅ればせながら次の試合には私もチームの一員として参戦いたしますわ。浅学菲才の身ではありますが、微力を尽くしますのでどうぞよろしくお願いいたします」
遜った態度で頭を下げるアリーシャに、リーゼロッテが嘆息する。
「ちょっと卑屈過ぎよ。条件を受け入れたのはこちら側なんだから、気に病む必要はないわ。迷惑をかけたっていうなら、エルフェイルの方がよっぽどやらかしてるわよ」
「確かに。今までの試合でも、エルフェイル殿のその場の思い付きに振り回されることが何度あったことか……」
ここぞとばかりにアカネも以前からの不満をぶちまける。ただ、それほど深刻な響きはない。単なる合いの手のようなものだろう。
「ま、そうね。私としても弁解するつもりはないわ」
「あんたも少しは気にしなさいよ。そして、ちゃんと反省しろ!」
べし、とエルフェイルの肩にチョップをかますリーゼロッテの様子に、場の空気が自然と明るくなる。
「――さて。それじゃ時間もないことだし、すぐに場所を移して作戦会議と行きましょうか。必ずあのエミリアの澄まし顔を、驚愕と衝撃で歪ませてあげるわ!」
改まってのエルフェイルの宣言に、その場の全員が頷いたのだった。




