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失踪3

 本日の授業が終了し、現在は主にワルプルギスの訓練をする時間帯に入っている。ラウルはつい先ほどまで、師匠であるイーシアにエルフェイルの行方について確認するため学院長室を訪れていた。

 ただ、イーシアからは「心配する必要はねえ。週末を楽しみにしていろ」とだけ言われ、けんもほろろに追い返されてしまった。何か知っているのは間違いないだろうが、弟子であり学院の生徒でもあるという立場上、あまり深く追及することもできない。


(さて、どうしたもんかな……)


 その帰り道、これからのことについて考えてみる。

 当初の予定通り、週末の試合に向けて地道に訓練に精を出すのが第一案。シルヴィアが勢いで口にしていた、エミリアたちに対する情報収集が第二案といったところか。

 後者に関しては、学院内の人脈に乏しいラウルには、直接相手を探るという選択肢くらいしかない。ちょうどこの建物に生徒会室もあるため調査の手間は省けるが、顔も割れている上にエミリアに毛嫌いされているラウルにとっては、非常に困難なミッションとなるだろう。

 ちなみにソフィアなら情報を売ってくれそうなものだが、生憎それを買うための資金がないのでどうしようもない。


「あら、ラウルさん。ちょうどいいところに」

「……え? あ、アリーシャさん」


 久しぶりに出会った生徒会長のアリーシャに、ラウルは途中の廊下で呼び止められた。


「申し訳ありませんが、少しばかり手を貸していただけませんか? このままだと両手が塞がってドアが開けられませんので」


 見れば、アリーシャは書類の束を両手一杯に抱えていた。

 ラウルとしても、彼女には入学当初に世話になったこともあり、手伝うこと自体に否やはない。了承の返事をして書類を半分ほど受け取り、目的地である生徒会室まで付いていく。


「ところで、アリーシャさん一人のようですけど、副会長のエミリア……さんはどうしたんですか? 生徒会室にはいないんですか?」


 軽い雑談中、ラウルは気になったことを訊いてみた。アリーシャは溜息交じりに答える。


「エミリアは、必修の授業以外の時間はほぼ闘技場に通い詰めていますわ。ワルプルギスのシーズンに入ってからとても熱心でしたけど、ここ最近は特にそうですわね。そのため生徒会の仕事は滞り気味になり、私もこうして多忙な時間を過ごす羽目になっているのですけど」

「そう……ですか」


 エミリアがいないと聞いて、ラウルはその様子を窺えずに残念に思う一方、苦手な相手と会わずに済みそうで安堵の気持ちになる。


「やはり気になりますか? 今度週末のヘキサクロスで戦うことになるライバルの動向は」

「え――」


 アリーシャの指摘に、ラウルは思わずドキッとする。


「ここを訪れたのもエミリアの様子を探るため、あるいは師であるイーシア様に教えを乞うため、といったところでしょうか?」

「そ、それは……」


 本来の目的とは微妙に違うとはいえ、アリーシャの発言はかなり的を得ていた。


「フフッ、ヘキサクロスに参加していない私でもそれくらいの事情は把握していますわ。それに生徒会長といった役職に就いていれば、学内の情報には自然と明るくなるものです」


 不敵な笑みを浮かべるアリーシャ。探りを入れられているようだと感じ、ラウルの表情が強張る。


「悪いんですけど、オレから情報を引き出そうとしても無駄ですよ」

「ああ、勘違いなさらないで。逆なんです。もしよろしければ、エミリアについての情報を教えて差し上げますわ」

「っ、それは本当ですか!?」


 思いがけない提案に、ラウルは驚きの声を上げた。


「ええ。私が知っている、話しても問題ない程度のことでしたら。ですが、勿論タダでは教えられませんわよ」

「……何を要求する気ですか? 言っておきますが、オレにはほとんど持ち合わせがありませんよ?」

「別にお金に興味はありませんし、無理難題を申すつもりもありません。ただ、エミリアが生徒会に顔を出さない間、ラウルさんに雑用を請け負っていただきたいだけですわ」

「雑用……ですか。まあ、そのくらいならいいですけど」


 ラウルの返事を聞き、アリーシャの唇が一瞬だけ大きく歪む。


「それは承諾、ということでよろしいでしょうか。でしたら早速、契約を履行いたしましょう。ちょうど生徒会室に着きましたので、この中でお話をさせて――あら?」


 そのとき、生徒会室の中から何かの物音が聞こえてきた。

 アリーシャが小首を傾げる。

 生徒会役員は、会長のアリーシャと副会長のエミリア以外は空席で、いつもこの時間には部屋に誰もいないはずだった。

 やや緊張した面持ちになったアリーシャが、手持ちの書類を全てラウルに渡し、ゆっくりとドアノブに手を掛ける。カギは掛かっていなかったようで、抵抗なくドアは開いた。

 部屋の中にいたのは――


「……エミリア、どうしてここに?」


 驚きに目を瞠るアリーシャの前には、生徒会室にある机の一つに陣取り、眼鏡を片手で押さえつつ、もう一方の手で書類を捌いているエミリアの姿があった。その処理速度は傍目にも凄まじく、流れるような所作でペンを走らせている。


「愚問ね、アリーシャ。言うまでもないでしょう? 週末のヘキサクロスに向けた訓練の休憩がてら、生徒会の仕事を片付けに来たのよ。そろそろ程よい仕事の量が溜まったと思ってね」

「程よい仕事、ですって?」


 アリーシャが頬を引きつらせる。

 部屋にあるアリーシャの机の上には、書類の山が二つほど積まれている。だが、元々そこにはさらに二つの山があったはずだ。

 彼女が席を外していたのは一時間にも満たない。その間に生徒会室にやってきたエミリアは、アリーシャが悪戦苦闘していた書類の山を一気に半分にしてみせたのだ。

 エミリアのスペックを知っているアリーシャでさえ、この処理能力には驚嘆すべきものがあった。


「わ、私が三日掛けて熟した仕事量を、僅か一時間足らずで……有能なのは理解してましたけど、ここまでだなんて……」

「別に隠していたわけじゃないわ。今まで力を発揮する機会に恵まれなかっただけよ。時間は有限だもの。出し惜しみするつもりはないわ。何せ、この一週間は私にとって最後の――いえ、最高の見せ場になるのだから」


 ペンを動かしながら淡々と語るエミリアは、ふと顔を上げてラウルを見詰めた。反射的にラウルの身体に緊張が走る。


「駄犬に荷物持ちをさせてたのね……ああ、ご苦労様。もうここに用はないでしょう。行っていいわよ。それとも――もしかして私の動向でも探っていたのかしら? 逃げ出したエルフェイルのために」

「っ、エルフィは絶対に、逃げ出したりなんか……!」


 エミリアからのプレッシャーに気圧されたラウルだったが、辛うじてそれだけは言い返した。


「……そうね。むしろそうでないと困るわ。折角、私がこれだけの準備をして舞台整えたっていうのに、消化試合じゃ拍子抜けもいいところよ」

「ご心配には及びませんわ、エミリア。実力的に彼女たちが足りない分は、私がサポートするつもりですから。さしあたっては貴女に関しての情報を、雑務を手伝っていただく対価としてラウルさんにお教えすることになっていますわ」

「え?」


 アリーシャの台詞に、思わず声を発してしまったのはラウルだ。

 裏でこっそり情報を流すのならともかく、わざわざ正面切って敵への助刀を宣言するなど、はっきり言ってエミリアに喧嘩を売っているようなものである。生徒会に必要不可欠な人材との関係を悪化させるのは、アリーシャにとって問題になるだろうし、不必要に警戒される分、ラウルたちにとってもマイナスだ。


「へえ……それはつまり、私に対するアリーシャからの宣戦布告と受け取っても良いのかしら?」


 エミリアの目が眇められ、表情に剣呑さが増した。


「物騒な物言いですわね。私はただ、形勢が不利な方に少しばかり肩入れしようというだけですわ。判官贔屓とでも言えばよいのでしょうか。ほら、エミリアも時折愚痴を溢していたではありませんか。もっと張り合いのある相手と戦いたいと。私はその願いに沿うよう動いているに過ぎませんわ」


 にこやかな笑みを浮かべるアリーシャ。本心から言っているようにも、エミリアを挑発しているようにも見える。


「物好きね。こんな奴等に手を貸すなんて。ま、私としてはどうでもいいけど」

「あら。エミリアがやめてほしいとおっしゃるなら、手出しや口出しを控えるのも吝かではありませんが」

「別にいいわよ、そのくらい。どうぞ、ご自由に。アリーシャが知る限りの情報をそこの駄犬に話すといいわ。その程度で揺らぐような柔な戦略は立てていないつもりだから」


 エミリアは軽く嘆息すると、しばしペンを走らせた後、席を立った。


「それじゃあ、これでお暇するわね。仕事も一区切りついたし、私はお邪魔なようだから」

「そうですか。お仕事ご苦労様ですわ」


 アリーシャからの労いの言葉を聞き流し、エミリアは擦れ違いざまにラウルを一瞥しつつ生徒会室を出て行った。

 ラウルがホッと胸を撫で下ろす。


「……いいんですか、アリーシャさん? あんな喧嘩を売るような真似をして。黙ってた方がよかったんじゃ……?」

「申し訳ありません。エミリアが私のことを見てないなって思ったら、歯止めがきかなくなりまして」

「アリーシャさんを、見てない?」

「もしエミリアがいなくなったら、今の生徒会は立ち行かないでしょう。けれど、もし私がいなくてもエミリアが生徒会長になれば、彼女一人でどうとでもなります。だからか、エミリアは私のことを対等には見てくれないのですわ。実力も隠していたみたいですし、まだまだ秘密を抱えていると思います。これでも学院の生徒の中で、エミリアと一番過ごした時間が多いと自負してるんですが……その甲斐がまるでなかったと思うと、どうしても黙っていられなかったのです」


 要するに、エミリアの気を引きたくて、つい意地悪なことを言ってしまったのだろう。

 そういう気持ちは、男のラウルにとっても馴染みのあるものだった。


「それでその、どうします? あまり話をする雰囲気でもないですが、ここで話を続けますか? それとも場所を移しますか?」


 書類の束を机の上に置いたラウルが問いかける。

 しばし考えた後、アリーシャは嘆息した。


「そうですね。場所を移しましょうか。こうなった以上、情報を流すだけじゃ足りませんから」

「え? 他に何かするつもりですか?」

「ええ。予定よりもう一歩踏み込んでみようと思います。具体的には――」


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