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入学3

 正門を抜けた先、綺麗に整えられた石畳の道をラウルはアリーシャと二人で歩いていく。

 騎士学校を凌ぐ面積を持つ学院には、植生豊かな森や青々とした芝生、色とりどりの花々などの自然が至る所に広がっている。多数の精霊契約者が通っていることもあってか、学院内の施設は基本的に精霊が心地良く感じるように設計されていた。

 ラウルたちがこれから向かうのは中央棟にある学院長室。そこにこのルベイエールの長を務めている、リアーナという魔女がいるとのことだった。

 学院に通う生徒たちの多くは身分が高く、また精霊契約者としての資質は遺伝によって伝わりやすいため、暗殺や誘拐などの対象として日常的に様々な勢力に狙われていた。そうした潜在的な危険から生徒たちを守るのを目的として、魔女が精霊学院の学院長を務めることが社会的に慣例化していた。

 道すがらアリーシャが学院の施設や建物を紹介してくれるのだが、ラウルの頭にはまるで入ってこない。彼としては、正直自分が場違い過ぎる感じがするというか、精神的なアウェー感が半端なかった。

 学院の通路を進むラウルたちに、すれ違う女生徒たちから幾つもの視線が突き刺さる。

 生徒会長であるアリーシャが「ごきげんよう」と彼女たちと互いに挨拶を交わす一方、できるだけアリーシャの陰に隠れようとするラウルは、俯きながら無言で頭を下げるだけだ。

 と、


「アリーシャ! こんなところに!」


 不意に前方から一人の女生徒が大声で叫びながら近付いてくる。

 眼鏡を掛け、金髪を後ろで纏めたスレンダーな女性である。アリーシャ同様、ラウルより年上に見える。

 足早に駆け寄ってくる相手の正体に気付いたアリーシャは、どことなく狼狽えているようだった。


「あ、あらエミリア。ごきげんよう」

「ごきげんよう、じゃない! 今の時間は仕事中のはずでしょ!? 与えられた仕事をさぼって、どこをほっつき歩いているのかと思ったら……」


 エミリアと呼ばれた女性は、アリーシャの傍らにいるラウルに鋭い目を向ける。


「貴女がアリーシャを連れ出したの!? 見たところ新入生みたいだけど、生徒会の活動の邪魔をしないでくれる?」

「あ、いや、オレは」

「あら? よく見たらこの娘――へえ、成る程。貴方が件の……フッ、よく化けたものね」

「……っ」


 精霊学院に来てから初めて受けた、あからさまな悪意を含んだ嘲弄に、ラウルは本能的に身を竦めた。


「エミリア。私は今、彼女、いえ彼を学院長室に案内しているところですわ。別に遊んでいたわけではありませんのよ?」

「野良犬風情を案内するのに、生徒会長である貴女が出張る必要はないでしょう。そんなもの、その辺で暇にしている生徒に丸投げすれば済む話だわ。アリーシャにしかできない仕事がまだまだ残っているんだから、そちらの処理を優先してもらわないと副会長である私が困るの!」

「でも、引き受けた仕事を途中で投げ出すのはいけないことだわ。それはエミリアも常日頃から言っていることでしょ?」

「む」


 反論され、不機嫌そうに眉を顰めたエミリアは、露骨に肩をすくめた。


「なら、さっさとそのくだらない仕事を済ませてちょうだい。その代わり、今日の分のノルマは後で必ず果たしてもらうわよ!」

「ええ。心得ましたわ」


 穏やかに了承するアリーシャの顔を見やり、小さく舌打ちするエミリア。ラウルの隣をすれ違った際、冷たい視線で睨みつける。

 ラウルはできるだけ素知らぬふりをして、そっと目を逸らした。去っていくエミリアを尻目に、そっとアリーシャに耳打ちする。


「……いいんですか? オレのことなら、場所を教えてもらえれば、その、一人で……」

「いえ、ラウルさんもお気になさらず。私もリアーナ様に御用がありますので」


 アリーシャは頬に手を当てて微苦笑しつつ、エミリアへと目を向ける。


「彼女……エミリアは大変有能なのですが、他人に対して当たりが厳しいのが玉に瑕ですわ。そのせいか生徒会役員は常に人手不足。できましたらラウルさんにも生徒会に入ってもらいたいのですが」

「え!? いやあの、それは……」


「ああ、いえ。ただの冗談ですわ。慣れない環境で大変なラウルさんに、余計な重荷を背負わせるつもりはありませんもの。人手が欲しいのは確かですけれど……」


 どこか陰のあるアリーシャの表情に、ラウルは引っ掛かりのようなものを覚えた。


「それでは参りましょうか。目的地まではもうすぐですわ」

「は、はい」


 その後は大した会話もなく歩き続けた一行。数分後、目的地である学院長室の前に辿り着いた。

 アリーシャが扉をノックをすると、部屋から大人の女性の声が響いてくる。


「どうぞ。入りなさい」

「――失礼します」


 生徒会長であるアリーシャは慣れているのか、特に臆した様子もなく魔女の座す領域へ足を踏み入れる。ラウルはゴクリと唾を飲み込むと、緊張に顔を強張らせながら後に続いた。

 実のところ、ラウルは魔女に会うこと自体は初めてというわけではないのだが、やはり初対面の魔女相手に緊張するのは避けられない。

 学院長室はかなり広々としており、部屋の奥に執務机が、中央に来客用のソファーが向かい合うように配置されている。執務机の上には書類が山のように堆く積まれており、この部屋の主が事務仕事に苦労しているという世知辛い一面が垣間見えた。


「リアーナ様。ご依頼の転入生の方をお連れしました」

「ご苦労様、なのだ」


 アリーシャに応えて書類の隙間からちょこんと顔を出したのは、年端もいかない少女。輝くような亜麻色の髪をツーサイドアップにしており大変可愛らしいのだが、どう見てもこの場にはそぐわなかった。

 幼い少女は、年相応に見える人懐っこい笑みを浮かべる。


「初めましてなのだ。あちしが、このルベイエール王立精霊学院の長を務めているリアーナ・トンプソンなのだ。気軽にリアちゃんと呼んでほしいのだ」

「え……?」


 思わず絶句するラウル。少女が座る机の傍らにいた、秘書風のスーツとタイトスカートに身を包んだ女性が一礼する。


「私はリアーナ様の秘書官を務めるヴァネッサと申します。くれぐれも見た目の愛嬌に騙され、魔女であるリアーナ様に失礼な口を利くことのないよう、以後よろしくお願い致します」


 要するに、馴れ馴れしくリアーナに接するなと言いたいのだろう。言葉尻は丁寧だが、その眼光は鋭い。


「お、お初にお目に掛かります。ラウル・ストレイリーと申します」

「うむ、なのだ」


 現状についていけないラウルが簡潔かつ礼儀正しく名乗ると、リアーナはラウルたちに目の前にあるソファーに座るよう促した。

 並んで座ったアリーシャから柑橘系の爽やかな香りが漂い、ラウルの鼻腔を擽るが、それにドキリと胸を弾ませたりするような余裕はまったくない。

 ラウルとしては、精霊学院に入学することといい、目の前の少女姿の魔女といい、まるでキツネに摘ままれたような気分だった。

 だが現実は無情であり、怜悧な表情のヴァネッサが「実はドッキリでした」などと告げることもなく、淡々と入学の経緯と今後の学院生活について説明していく。


「今回の件ですが、学院の上の組織――『魔女連盟アライアンス』の意向が絡んでいます。ですので、屠殺場に連れていかれる子羊の如く、諦念と共にこちらの指示に従うのが賢明ですね」

「…………」


 魔女連盟とは、強大な力を持つ魔女たちが自儘に力を振るうことがないよう、最古参の魔女たちが中心となって作った相互監視のための組織である。

 昔、大戦と呼ばれる複数の国を巻き込んだ大規模な戦争が発生した際、魔女同士が激しく相争った結果、各地に甚大な被害を齎した。大地は抉れ、森は消し飛び、多くの人命が失われたのだ。

 その反省を生かし、魔女連盟は、魔女や精霊契約者といった隔絶した力を持つ者たちを管理、育成することを主な目的としている。

 力関係で言えば、大国すらも逆らうことができない存在であり、当然ラウル如きにどうこうできる相手ではない。

 考えることを放棄したラウルが大人しく話を聞いたところによると、取り敢えずラウルは学院の生徒として一年生の学級に編入することになるらしい。


「話が大袈裟になってるけど、今のところ特にラウル君がやる仕事はないのだ。この学院で女生徒たちと楽しく過ごし、互いに親睦を深めてくれてればいいのだ。別に恋仲になったとしても全然オッケーなのだ。にゃはははは」

「ハハ、ハ……」


 冗談めかしたリアーナの言葉にも、ラウルは乾いた笑いを浮かべることしかできない。


(カースト最下位確定のオレが、ほとんどが貴族の学生と恋人になるとかどんな罰ゲームだよ。それに、正直そういうのは間に合ってるんだよな)


 色恋沙汰は騎士学校を退学になった原因というのもあるが、そもそもラウルには将来を誓った相手がいるのだ。

 ふとそのとき、自分の足元に小動物のような生き物がいることに気付いた。

 いや、小動物といえば語弊があるだろうか。見た目は犬なのだが、よく見れば頭が三つあった。明らかに普通の生物ではない。

 それでも、精神的に疲弊していたラウルがおもむろに手を近づけると、犬の頭の一つにガジガジと指を甘噛みされる。痛みはなく、むしろ程よい刺激で心地良かった。


「なんだこいつ……結構ぶさ可愛いな」

「「「ワン」」」


 思いがけず心が癒されたラウルが子犬(?)の頭を撫でようとすると、リアーナが声を上げた。


「あ、そんなところにいたのだ? その子はあちしの契約精霊で、ケルベロスのケルちゃんっていうのだ」

「? 契約……精霊?」

「そうなのだ。子犬のように見えるけどれっきとした高位精霊なのだ。普段の性格は穏やかで凶暴性はないけど、機嫌を損ねると噛み殺される可能性もあるので注意するのだ」

「は? ――うわっ!」


 子犬の正体に慌てたラウルは、反射的に指をケルベロスの口から引き抜こうとする。その際、牙に引っ掛かって軽い裂傷を負ってしまった。指から血が滴り落ちる。


「いつつ……」

「あら、ラウルさん。大丈夫ですか?」

「「「クーン……」」」


 それまで優雅に茶を啜っていたアリーシャが心配そうに声を掛け、意図せず傷つけてしまったケルベロスがすまなさそうに三つの頭を垂れる。

 アリーシャが手早くラウルの傷の具合を確認した。


「……傷自体は軽いようですね。ただ、念のため消毒したほうがいいかもしれませんわ。リアーナ様、ラウルさんを医務室に連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「わかったのだ。ラウル君のことはアリンちゃんに任せるのだ」

「承りました。ですがリアーナ様、私をアリンちゃんと呼ぶのはやめてくださいまし」

「あう~、つれないのだ……」


 リアーナは不服そうに、ぐでんと机に顎を乗っけた。


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