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ナンバーズ4

 過去に起きた大戦の影響で自然が失われ、下位精霊の一匹すら存在しない不毛の大地となった広大な荒野。常時瘴気の嵐が発生し、魔女であろうとおいそれとは近付けない呪われた土地に、唯一存在する都市。

 それこそが、魔術師組織アプレンティスが本拠地とする『幻影の都(ファンタズマ)』である。

 都市が築かれてからおよそ二百年の間、ずっと独立を維持し続けている聖域であり、この世界において魔かい女と精霊の支配の及ばない数少ない都市の一つ。魔術師にとっての謂わば永久楽土である。


 その都市の奥まった一角にある施設に、ナンバーズ第三席のベルンハルトは足を踏み入れた。

 施設の入り口から少し歩けば内部は広いホールとなっており、雑談や打ち合わせができるようにソファーやテーブルが置かれている。


「只今帰還した」


 ベルンハルトが無感情に告げるが、それに応える声は上がらなかった。普段は魔術師や組織の構成員が数人ぐらい屯しているはずだが、何故か今は誰もこの付近にはいないようである。


(やけに静かだな。珍しい――いや、随分ときな臭い感じだ)


 耳を澄ませたところで、人の気配どころか生活音の一つも聞こえてこない。

 まるで施設内に誰もいないかのようだが、それは常識的に考えてまずあり得ない。ここはアプレンティスの主要施設の一つであり、如何なる状況であろうと警備の人間も含めて誰も詰めていないはずがないのだ。

 ベルンハルトが眉を顰めていると、不意に女の声が響いた。


「お帰りなさいベルンハルト。随分と遅かったわね」

「っ!?」


 ベルンハルトが弾かれるように振り向くと、そこには一人の女性が佇んでいた。

 年の頃は二十代半ばといったところか。血のように赤い口紅を引いた豪奢な金髪の美人である。

 見るからに貴種と分かるほどの高貴さを漂わせているが、彼女に見惚れる人間は皆無だろう。

 彼女は他者を拒絶するかのような強烈なプレッシャーを常に放っており、耐性が無いものが浴びれば身体が硬直して一歩も動けなくなるか、瞬時に昏倒してしまうほどである。もし長時間対峙することにもなれば、それだけでショック死しかねないだろう。

 

「……これはこれは。ナンバーズ第一席の『瞬唱(スナップキャスター)』が自らお出迎えとは、珍しいこともあるものだな。一体どういう風の吹き回しだ、クリスティーナ?」


 表面上は穏やかながら、ベルンハルトでさえ極度に緊張した心持ちで問いかける。


 相手の彼女の名はクリスティーナ・エウフリード。

 十二人いるナンバーズの序列トップにして、今は亡き魔術の創始者アレクシオス・エウフリードの娘でもある。現在のアプレンティスにおける魔術師の頂点に位置し、戦場に立つ機会は少ないもののその実力は『魔女の六柱』すら超えると言われている。


「それは勿論、少しでも早く吉報を聞きたかったからよ。守りの固い精霊学院への潜入とはいえ、ナンバーズ三人掛かりで不首尾に終わるなんて有り得ないからね。それで? 私たちから盗んだ技術で作られたっていう、例の武器はどこなの?」


 にやついた笑みで尋ねてくるクリスティーナ。

 傍目には機嫌が良さそうにも見えるが、それがどこまで信用できるかは、彼女の性格を知っているベルンハルトには現時点で判断が付かなかった。


(なるほど。どうりで他に誰もいないはずだ……)


 クリスティーナ自身が畏怖されているのもそうだが、皆彼女の勘気を恐れて施設に近付かなかったのだろう。ベルンハルトとしても、クリスティーナの機嫌を損ねれば命取りになりかねないが、ここは正直に報告するしかない。


「結論から言えば失敗した。目標のブツを一度は奪取したが、学院外に撤退する際に剣の魔女と冥獣の魔女、それに学院の生徒に邪魔され奪い返されてしまった。戦闘で魔女たちや施設に相応の被害を与えはしたが、打ち取るまでには至らなかった。正直、面目次第もないな」

「……フフフ、嘘でしょ? 天下の武器匠ともあろう者が、任務を達成できずにおめおめと逃げ帰ってきたっていうの? 私だったら恥ずかしくて憤死しかねないくらいの失態だわ。情けないにも程があるわね」


 流れるようにベルンハルトを罵倒するが、その割にクリスティーナの表情に然したる変化は見られなかった。一つ嘆息する。


「――なんて、戦いの一部始終は『千里眼』で見てたから知ってるんだけどね。それで――貴方はこの不始末の責任をどう取るつもりなのかしら? 今はあの魔女連盟の豚共に、魔術の精髄たる秘技が盗まれたっていう非常事態なのよ? それがわかってたのなら、普通は命に代えても任務を全うしようとするもんじゃないの? あなたが不死の霊薬で百年以上も無駄に長生きしてるのは何のためなの? ただ無為に生きてるだけなら、その辺にいる凡百と何も変わらないわ。ねえ、ベルンハルト。何とか言ったらどうなの?」


 言葉を重ねるごとにクリスティーナの顔から感情が抜け落ち、能面のようになっていく。周囲に圧し掛かるプレッシャーは増大し、ベルンハルトですら膝をつきかねない程だ。


「……っ、重ね重ね申し訳ない。この不始末の責任は、いずれ身命を賭して挽回するつもりだ。ところで、先に帰還しているはずのメンバーはどうした? 抹消者と変異者には会っていないのか?」

「あら、聞く? それ聞いちゃうんだ?」


 何がおかしいのか、クリスティーナは半笑いで語り始めた。


「抹消者の奴は修理中(・・・)よ。胴体を真っ二つにされたんだもの。復帰には一ヶ月以上掛かる見込みね。それと、もう一人の方だけど……はい、コレ」


 クリスティーナが無造作に放り投げたものが、ゴロン、と床に転がる。それは苦悶の表情を浮かべ、所々が元の顔から変質した、ある人物の生首だった。

 ベルンハルトが息を呑む。


「変異者……」

「そっちは処分(・・)しといたわ。ガタが来てるようだったし、大事な任務に失敗したことの責任は、誰かに取ってもらわないといけなかったから。フフ、安心しなさい。私としても、替えの利かない古参のナンバーズに重たい罰を与える気はないから。まあ尤も、そいつが何度も失敗を繰り返すような役立たずだったら話は別だけど、ねえ?」

「…………」


 ベルンハルトとしても、余程クリスティーナの機嫌を損ねない限り、今回の失敗で自分が処断されることはないと思っていた。

 それでもケジメは必要であり、誰かが責任を負わねばならない。その点、変異者は調度いい生贄だった。

 去り際の変異者にベルンハルトが告げた、「己が責務を全うせよ」の言葉通り、任務失敗の責任を取って変異者は処刑されたわけである。そうした事情はある程度織り込み済みだったはずだが、やはりどうしても後味の悪さは拭えなかった。


(離れていても感じるこの魔力……やはり恐るべしは『暴食の魔女』、か)


 変異者の生首の下部には、何物かに食いちぎられたような跡が残っていた。

 クリスティーナの『瞬唱』という通り名はアプレンティス内での呼び名だが、以前の呼び名は『暴食の魔女』。自らの契約精霊を捕食しその力を体内に取り込むという、精霊契約者として最悪の大罪を行った魔女である。


「あら。急に黙りこくっちゃってどうしたの? もしかしてブルった? それとも無能な同僚の死を悼んでいるのかしら?」


 揶揄するようなクリスティーナの台詞に、ベルンハルトは首を振った。


「どちらでもないさ。最終的に失敗したとはいえ、一度は剣の奪取に成功したのだ。それをフォローできなかった我が身の未熟さを悔いていただけだ」

「あ、そ。それなら次こそは是非成功してもらわないと。言っておくけど、そう何度も機会が与えられると思ったら大間違いよ?」


 クリスティーナは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「決してこのままにはしておかないわ。お父様が創造し、アイザックが完成させた魔術の深奥、魔境の叡智を、あの虫けらどもに渡してなるものですか! 組織の裏切者は当然として、臆面もなく技術を盗用した恥知らずや、魔女連盟上層部の連中、全員纏めて食らってあげるわ!」


 クリスティーナの激情を示すように吹き荒れた魔力の波動を、ベルンハルトは奥歯を噛みしめながらやり過ごすしか無かった。

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