ナンバーズ2
「させないのだ!」
「ぬう、っ」
リアーナとケルベロスによる捨て身の体当たりをくらい、武器匠はその場から押し出されながらも、剣を盾にしつつ辛うじて受け止めた。
抹消者が一般生徒を狙っている中、リアーナはその横を無理矢理突っ切ってラウルたちの元に助けに入ったのだ。虚を突かれた抹消者だがすぐさま追撃を行ったため、ケルベロスの後ろ脚には数本のナイフが突き刺さっており、見るからに痛々しい。
体格で勝るケルベロスの突撃に対し、武器匠が防ぎきれた一因がそれである。
彼女がこんな無茶をしたのも、学院長室でケルベロスがラウルに傷を負わせたという負い目があったからだ。それと単純に、今にも殺されそうになっている生徒たちの姿を目にし、衝動的にケルベロスに突撃命令を下してしまったというのもある。
九死に一生を得たラウルであるが、この場での最大戦力であるリアーナが更なる傷を負ってしまい、戦況はより悪化したことは否めない。
突進の勢いを止められ、かつ負傷で力が入らなくなったケルベロスに対し、武器匠は流れるような動きで腹の下に潜り込むと、相手の力を利用して肩車の要領でケルベロスを投げ飛ばした。
「のだっ!?」
「「「ガウッ!?」」」
数メートル投げられたケルベロスは、空中で体勢を立て直し危なげなく着地するが、すぐに地面に蹲ってしまった。ナイフに塗られていた毒によって体調が芳しくないのだ。苦しそうにケルベロスの三つ首が重たい息を吐いている。
「ふむ。これは望外の好機だな」
もしここで魔女であるリアーナを葬れたとすれば、間違いなく多大な成果だ。未熟なラウルたちを始末するより余程価値がある。
追撃のため剣を振るおうとする武器匠だったが、その目算は脆くも崩れ去ってしまった。
「ぐふ……あ……」
『ム? 変異者、その傷はどうシタ!? 何がアッタ!』
「……なに……?」
傍らから聞こえてきた台詞に、武器匠の動きが止まる。
慌てて状況を確認すれば、頭から血を流した変異者が少し離れたところで地面に倒れていた。武器匠の認識では、既に変異者は帰還魔術によってこの場から離脱しているはずであり、怪我以前に未だこの場に残っていたことに愕然とする。
状況から判断するならば、おそらく変異者は、武器匠を狙ったケルベロスの突進の巻き添えで跳ね飛ばされたものと推察できる。
リアーナが意図したわけではないだろう。しかしその事故か偶然が、結果としてラウルたちに有利に働くこととなった。
「え……?」
ラウルは思わずキョトンとしてしまった。
奪われたはずのフレスベルグが、いつの間にか自分が立っている場所のすぐ近くに落ちていたからである。
今の時点でまだ敵には気付かれていない。問題なくこのまま確保できるだろう。
だが、もしそうなれば敵は最優先にフレスベルグを奪い返そうとしてくるはずだ。今度こそ本気の武器匠と対峙することになる。
「――っ!」
迷ったのは一瞬。ラウルは素早くフレスベルグを拾う。
出会ってから一日程度ではあるが、よく手に馴染んだ感触に、ラウルは昂揚と同時に平静さを取り戻した。
重傷を負っているエルフェイルをちらりと振り返ると、彼女は首を横に振った。
「ラウル、早くここから逃げて……」
「エルフィ……」
奪還目標だったフレスベルグを手に入れたものの、今のエルフェイルでは足手纏いにしかならない。
ラウルは悲痛に顔を歪めつつ、エルフェイルの意志を無視してその腕を掴もうとしたところで、武器匠の怒声が響いた。
「小僧! 貴様、何をしている!」
変異者の失態と、フレスベルグの逸失という予想外の事態を受け、凄まじい怒りの矛先がラウルに向けられる。
「折角拾った命だというのに、どうやら本気で死にたいらしいな!」
「ぐっ……」
浴びせられる殺気だけで膝を屈してしまいそうになる。それでも後ろにいるエルフェイルの存在がラウルを奮い立たせた。
「一度だけ忠告してやろう。大人しくその剣を渡せ。さすれば見逃してやらんでもない」
「こ、断る。このフレスベルグは師匠から託されたオレの愛剣だ。お前ら無法者なんかに渡すわけにはいかない!」
「……そうか」
ラウルが拒絶すると、武器匠はそれ以上言葉を重ねることなく、ただ静かに剣を構えた。
不可視の重圧に押され、ラウルの緊張が否応なく高まっていく。
武器匠の操る『明鏡止水の理』は、静止状態から攻撃動作の移り変わりに不自然さがまったく感じられないため、相手は攻撃への対処がどうしてもワンテンポ以上遅れてしまう。いくらラウルが防御に特化した水天流剣術の使い手とはいえ、そう簡単に受けきれるものではない。
ラウルは全神経を集中させて、武器匠の一挙一動を見逃すまいと注視する。
と、そのとき武器匠の視線がラウルから僅かにずれた。
『――死ネ』
突如としてラウルの背後に出現した抹消者が刃を振るう。
武器匠ばかりに気を取られていたラウルは、完全に不意を突かれてしまった。
「ラウル!」
エルフェイルの呼びかけも虚しく、抹消者の黒塗りのナイフがラウルの首筋に差し込まれようとして――
ギィィン!
『ヌッ!?』
間一髪で魔力障壁を起動したラウルに阻まれてしまった。
冷や汗を流したラウルが安堵の息を吐いたのも束の間、
「気を抜いている場合ではないぞ」
「っ!」
瞬間移動の如き歩法でラウルに急迫した武器匠は、展開されている魔力障壁に対し、裂帛の気合と共に上段から振り下ろす。障壁と衝突した際に火花のような光彩が散り、抵抗に逆らいながら魔力障壁を切り裂いていく。だが、速度低下によるライムラグがあったため、ラウルは何とか剣の防御が間に合った。
剣が交錯した箇所から鉄塊のような頑強さと圧力を感じ、ラウルは全力で剣を支えるのに集中するしかなかった。
「く、重い……!」
「ふむ、止められたか。流石に剣だけで魔力障壁を破るのは手間だな。とはいえ、最早頼みの盾はないぞ。どうするつもりだ?」
武器匠の問いかけに、ラウルの背筋が瞬間的に寒くなる。と同時に背後から接近する気配を感じ、ラウルは一か八かの行動に出る。
「む?」
背後から抹消者の刃が迫るタイミングに合わせ、上から押し潰すような武器匠の力に逆らうことなく、一気に屈みこんで地面に尻もちを着く。ラウルがいなくなった空間に、抹消者のナイフが止まらないまま叩き込まれ、武器匠は同士討ちを避けるべく、ナイフを剣で弾いて一度距離を取る。
『ヌ、申し訳――グッ!』
自らの失態に抹消者の意識が緩んだ瞬間、ラウルは抹消者の脚を斬り付けると、地面を滑るように転がってから身を起こす。
「や、やった。一撃入れられた!」
『小娘ェ……!』
小さいながらもようやく上げた成果を喜ぶラウルに、抹消者が怒りの声を上げる。
勢い勇んで剣を再び構えたラウルだが、いきなりガクンと手足に力が入らなくなり、バランスを崩し片膝を付いてしまった。
「っ、これは……!?」
『即効性の麻痺毒ダ。どうやらワタシの刃がカスっていたようダナ』
愕然とするラウルに、抹消者が無造作に近づいていく。その雰囲気からは、明確な殺意がありありと浮かんでいた。
「いけないのだ、ラウル君!」
「「「ガウ!」」」
ラウルの危機を察知したケルベロスの口から炎が吐き出される。三つ首のそれぞれが吐いた炎が合成された、人一人くらい容易に呑み込める大きさの猛火である。
抹消者へと向かうその射線上に、武器匠が音もなく割り込んできた。
「――そちらからの横槍は想定済みだ」
武器匠は片手で剣を腰溜めに構え、もう一方の手に持った一枚のカードを握りつぶす。
「魔力付与――『水流破』!」
武器匠の持つ剣から水流が生み出され、渦を巻いて刃に纏わりつく。潮位が十分に満ちた瞬間、武器匠が高速で振り抜いた剣が水の刃を形成し、迫り来る炎を逆に切り裂いていった。
「マジなのだ!?」
面食らったリアーナは、武器匠の放った逆撃に対応できずまともに食らってしまった。ケルベロスと共に強力な水圧で吹き飛ばされ、勢いよく地面に叩きつけられる。
衝撃に目を回すリアーナに油断なく気を配りながら、武器匠は抹消者に呼びかける。
「手早く片付けろ。思いの外時間を食ってしまったようだ。剣を回収してさっさと撤収するぞ!」
『ソウか、残念ダ。できればもっと甚振ってヤリたかったのダガ……』
嘆息しつつ、抹消者はスナップを利かせた軽い動きでナイフを投げる。如何にもやる気のない雑な攻撃だったが、麻痺状態のラウルにはまったく対処することができなかった。
黒塗りのナイフがラウルの胸元に吸い込まれる直前、エルフェイルが体当たりでラウルを突き飛ばした。肩にナイフが深々と突き刺さり、周囲に血が飛び散る。
ラウルが痺れた舌でたどたどしく呟いた。
「エルフィ、なんで……そんな、大怪我、してる、のに……」
「あら……貴方も命懸けで私を庇ってくれたじゃない。それにいい女っていうのは、恋人より先には死なないものよ……」
おどけた調子で嘯くが、両腕からの出血と合わせ、エルフェイルの顔色は死人のように蒼白となっていた。
己の不甲斐なさに、ラウルの表情が悲痛に歪む。
『この死に損ナイが。ワタシを手間取らせルナ!』
ラウルたちの目の前にまで到達した抹消者が、腹立たしそうにナイフを振りかざす。
『目障りダ。まとめてアノ世へ行ケ!』
「――テメエがな」




