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ナンバーズ1

「キャシー! オレのフレスベルグ、返してもらうぞ!」

「ようやく追いついたわよ、この泥棒猫。さっきはよくもやってくれたわね。その眉間を綺麗に撃ち抜いてあげるから、覚悟しなさい!」


 手掛かりもなく漠然とキャシーを追っていたラウルとエルフェイルは、正門付近で起きた爆発を聞いて急行した。学院外に待機していた仲間を呼んだはずが、彼らまで呼び寄せる結果になってしまったのは、キャシーとしては誤算だったかもしれない。


「クソが、しつこいんだよ! こんなところまで追ってきやがって!」


 キャシーは憎しみのこもった眼差しでラウルたちを睨みつける。と、気付いた。


「ハッ。よくよく見れば、男のほうはまともな武器を持ってないじゃねえか。そんな短剣で俺と戦うつもりかよ。部屋の隅でガタガタ震えてたほうがよかったんじゃねえのか?」


 ラウルは廊下でシルヴィアと偶然出会った際、彼女の持っていた短剣を一本借り受けている。流石に丸腰のまま戦いに赴くわけにもいかなかったというだけで、正直何もないよりはマシといった程度だ。

 だがそれでも、ラウルにここで退くという考えはなかった。


「ふざけるな! 騎士として、自分の得物を奪われたまま黙っていられるか! それにオレは、大切な女性を矢面に立たせておきながらその後ろに引っ込んでいるような軟弱者になるために、騎士を目指したわけじゃない!」

「ラウル……」


 大切な女性と宣言されて嬉しかったのか、エルフェイルは真剣な顔をしながらも口元がニヨニヨと震えていた。


「クハハハハ、笑わせてくれる。そんな女よりも女らしい顔をしていながら、騎士だの軟弱だのといった台詞をほざくか! こっちは怪我をしているっていうのに、笑い死にでもさせる気かよ?」


 怒れるラウルをあからさまに嘲り、キャシーは腹を抱えて笑っていた。が、不意にスイッチが切れたかのように無表情になった。


「……いや、俺も他人のことは言えないか。男の身でありながら、こうして恥ずかしげもなく女の姿を晒している――ん? もしや元は女だった? いや、そんなはずは……確か一年前は男だったから、俺の元々の性別は男、で合ってるんだよな……? でも今は女、だから……」

「何をごちゃごちゃと。別にあんたが男だろうが女だろうがどうでもいいのよ。肝心なのは、あんたがキャシー先輩に成り代わった偽者だっていうこと。魔術を使え、その姿形を根本から変容できる存在――あんたの正体は、アプレンティスのナンバーズ第十一席『変異者』で間違いないわね?」


 エルフェイルの指摘に、キャシー――に成り代わっていた変異者――はハッとしたように意識を取り戻した。


「! そうだ。俺は変異者。選ばれしナンバーズの一人。自由に、自在に姿形を変えられる……だから、元がどうだろうと関係ない。自我や精神性さえ保たれていれば、俺は、私は、何者にも」


 若干目の焦点をあさっての方向に向けながら、変異者は自問自答のようなものを続ける。その尋常ならざる様子を見て、エルフェイルは傍らのラウルに合図を送った。


「よくわからないけどチャンスのようね。ラウル、打ち合わせ通り行くわよ!」

「ああ!」


 ラウルが前に出て、エルフェイルがその後方に位置取る。

 短剣しか持たないラウルは盾役兼囮役で、主攻はエルフェイルが担うことになる――はずだったが、戦端が開かれる前に、突如として発生した異変が二人を襲った。


 ズパンッ!


 何かが切断もしくは破裂するような異音と衝撃が、広場一帯を吹き抜けていく。

 発生場所は正門付近。そちらに目を向ければ、特殊な鋼鉄製の正門が横一文字に断ち切られ、守衛が数人倒れている間を通り、一人の男が悠然と歩いてくるところだった。


 それは巌のような男だった。

 短髪で口髭を生やした、引き締まった肉体を持つ壮年の剣士。性別からして精霊契約者ではないはずだが、数十年、あるいはそれ以上の年月を只管修練に費やしたような、尋常ならざる武の気配をその身に纏っていた。

 騎士としての到達点。あるいは武の極致。

 そうした言葉が直観的に浮かぶほど、ラウルはその男が己が目指すべきものの延長線上、その遥か先にいると感じてしまった。

 このタイミングで学院に無理矢理押し入ってきた事実からして、敵であることは疑いようがないにも関わらずだ。


「学院に張られていた結界が破られた……? あの剣士風の男、まさか――」


 エルフェイルが、今までラウルが見たこともないような青ざめた表情を見せる。

 彼女はその男の正体に心当たりがあった。そして、それが正しいことは歓喜を露にする変異者が教えてくれた。


「おお、やはり来てくださったのか。武器匠様!」

「っ、やっぱり……! 間違い、ないわ。あいつは、ナンバーズの第三席『武器匠』!」

「だ、第三席!?」


 非常に険しい表情をするエルフェイルの呟きに、思わずラウルが絶句する。

 そこまで情報に詳しくないラウルでも、師が魔女である関係上、魔術師集団であるアプレンティスやナンバーズの概要くらいは知っている。

 ナンバーズの席次が上位の者たち――特に三位以内は、魔女に匹敵するどころかその最古参である『魔女の六柱』と同格と言われている。エリクシエルによって齎される全盛期の肉体や不老長寿を活用し、剣術や武術、あるいは知識や魔術といったものを、何年もの間研鑽に研鑽を重ねた正真正銘の化け物であり、紛れもなくこの世界における頂点の一角である。

 それはつまり、ラウルの師である剣の魔女イーシアと相対することにも等しく、今のラウルとエルフェイルでは到底勝ち目はない。


 強力な援軍の到着に目を輝かせる変異者を一瞥し、当の武器匠は不快気に顔を顰めた。

 こいつは何をやっているのかと。魔女やベテランの精霊契約者ならともかく、ただの学生相手に梃子摺っている。

 本人が実力不足であるだけならまだマシだが、己の任務や今の状況をきちんと理解しているのなら、恥じ入りつつも武器匠に後を託し即座に離脱するべきだ。悠長に突っ立っている場合ではない。


(――いや……)


 一度そのように断じた武器匠ではあったが、負傷した様子の変異者を目にして考えを改めた。相手の事情を大凡理解したからだ。

 実のところ、『変異者』には耐用年数が存在する。

 そもそもが変異系の魔術によって肉体そのものを完全な別人に変化させてしまった場合、本人の自我や自意識が長い間何も変わらずにいられるわけではない。数日程度ならばともかく、数ヶ月、あるいは数年ともなれば、変化した肉体に引きずられて本来の自分を忘れてしまっても何らおかしくはないのだ。

 他にも危険な潜入活動によって多大なストレスが掛かるため、身体や精神に変調を来たし易く、また不手際から敵に捕まり殺されるという例も少ないながら存在した。

 そうした諸々の理由から、『変異者』の役目を割り当てられた魔術師は、最長でも二十年以内に何らかの形で命を落とすという結論が出されていた。


 とはいえ、変異の能力を用いた情報収集や工作活動は大変有用なため、対象者が死んでもすぐさま補充されるし、エリクシエルの供給も滞りなく行われる。殉職率が高いことから、ナンバーズの第十一席は半ば『変異者』の指定席となっていたりする。

 目の前の変異者を見るに、おそらくその寿命が尽きかけているのだろう。

 また傷の治療にポーションを使ったようだが、それも悪影響を及ぼしているに違いない。組織が支給している薬は、即効性が高い代わりに重い副作用がある代物が多いからだ。

 武器匠は溜息を吐きたくなるのを我慢しつつ、簡潔に指示を出した。


「変異者よ。今すぐ撤退しろ。緊急帰還用の呪文カードを持っているだろう。学院の結界を破壊した今ならば、問題なく使用できるはずだ」

「は、はい。承知しました」


 同じナンバーズに属するとはいえ、第十一席の変異者と第三席の武器匠とでは年季も実力も違う。疑問を差し挟むことなく、変異者は唯々諾々と従った。


「させるもんですか!」


 エルフェイルが強い気迫を以って介入しようとする。

 ――それは咄嗟に出た行動だったのだろう。

 婚約者であるラウルの大事なフレスベルグが、遠くに持ち去られようとしていることへの反射的な対応。両手の二丁拳銃から炎弾を放ち、魔術を行使しようとしていた変異者を攻撃する。

 しかし、この場で抜きんでた実力者である武器匠の前でやる行動としては、明らかに不用意に過ぎた。


「元気と勇気は、若者の特権ではあるかもしれないが――」


 瞬時に加速し疾風のように駆けた武器匠が、飛来した炎弾を悉く剣で切り払ってしまう。


「彼我の実力差は見定めるべきだな」

「え?」


 そして次の瞬間、あまりにもあっさりとエルフェイルの両手が、手首の先から斬り飛ばされた。

 一拍後、腹の底から響くような特大の悲鳴が上がる。


「キャァァァアアアアアアアッッッ!」

「エルフィ!?」


 傍らにいたはずのラウルは、武器匠の斬撃に対し毛ほども反応することができなかった。

 殺気も淀みもないその流れるような動きに、割り込もうという意識がまった生じなかったのである。


「――っ――」


 虚を突かれた二人の内、先に戦意を取り戻したのはエルフェイルだった。

 師匠である殲滅の魔女に連れられ、幾つもの戦いに赴いたエルフェイルは、ラウルよりも実戦経験が豊富である。その際、危機的な状況や予想外の事態に直面した場合、戦うこと、考えることを止めてはならないと教えられた。

 今まで武器匠ほどの強者と戦った経験はないが、そんなことは関係ない。両手と武器を失い、気絶しそうなほどの激痛が苛むが、まだ攻撃手段は残っている。何よりここで彼女が倒れれば、次はラウルの命に危険が及ぶ。

 エルフェイルは歯を食いしばり、契約する火精霊に命じて武器匠に攻撃を仕掛けようとする。が――


「――吾輩に斬られて尚、怯えることなく敵意を向けるか。その意気や良し」


 軽く三桁の年月を生きる超越者は、十代後半に差し掛かったばかりの少女に欠片も油断していなかった。

 反撃の気配を感じ取り、大地に川が流れるが如く、極自然な動作で剣を振り下ろす。

 それは容赦なく相手の命を奪う一撃だった。にも関わらず、攻撃に移る際の継ぎ目は見受けられず、常人にはいつ斬られたのか判断が付かないような流麗な剣撃だった。

 見事な一本筋を描いた剣閃は、しかしエルフェイルと交わる直前で不自然に軌道を変えた。

 キン、と飛来した短剣を弾き返した武器匠が僅かに柳眉を吊り上げる。


「ほう、大したものだな。我が『明鏡止水の(ことわり)』に妨害を差し挟むとは……仲間の命を救うための奇跡的な、死に物狂いの行動というわけか。だが、ここで得物を手放してどうするつもりだ? 徒手空拳で吾輩と対峙するつもりか?」


 煽るでもなく嘲るでもなく、興味深げな視線をラウルに向ける。

 唯一の武器である短剣を投げつけてしまったラウルは、顔面を蒼白にしていた。それは得物を失ったという不利な状況に対してではなく、ほんの紙一重の差でエルフェイルの命を失っていたかもしれないことへの恐怖のためだ。

 武器匠の攻撃を妨害出来たことに関しても、武器匠の動きに対応したわけではない。両手を切断されたエルフェイルが反撃しようとした際、このままでは危ないと直感し、援護しようと咄嗟に動いてしまったというだけだ。


「あああああああ!」

「ラウル!?」


 手詰まりになったラウルは恐怖を押し殺し、勢いよく武器匠の前に出て行って両手を広げた。まさに自殺行為であり、庇われた格好のエルフェイルがその背後で驚愕する。

 武器匠は嘆息した。


「つまらぬ自己犠牲だな。それともただの自己満足か? 仮にも精霊契約者であるならば、せめて精霊魔法の一つや二つは撃とうとするべきだろうに」

「オ、オレは男だ! 生憎精霊魔法は使えない!」


 いつ殺されてもおかしくない状況で、ラウルはやけくそ気味に自白する。


「うん? 男? そういえばイーシアの弟子である男子生徒が、特例で精霊学院に入学したと情報があったな……」


 武器匠は、ラウルの頭から足先まで一通り眺めると、何かを堪えるように含み笑いを漏らした。


「クク、成る程。そういうことか。つまりお前がそうなのだな」

「?」

「できれば、どれほどの腕前か手合わせしてみたかったが――悪く思うな。兄弟子(・・・)の誼で、せめて苦しむことなくその首を刈り取ってやろう」


 剣を上段に構える武器匠。ラウルが眉を顰めるが、一人で勝手に納得したのか、もう話をする気はないようだ。

 エルフェイルが悲痛な叫びを上げる。


「ラウル、逃げて!」

「エルフィこそ逃げろ! 最悪、この一撃くらいはオレが捨て身で防いでみせる!」

「無茶よ!」

「別れは済んだか? 残念だがこれで――」

『武器匠ドノ!』


 その警告は完全に別方向から飛んできた。

 それが味方である抹消者のものだと理解するよりも早く、武器匠の身体は反射的に動いていた。


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