偽者2
「クソ、ダメだなあれは……」
学院の地下にある、防音の利いた尋問にも使われる一室から出てきたイーシアは、苛立たし気に呟いた。
彼女の契約精霊であるマルデュークも同調する。
『そうだな。元々必要最小限のことしか知らない上に、肝心な部分には強制契約が掛かっている。正攻法の手段で聞き出すのは不可能だろう』
およそ三十分の間、イーシアはセリーナに対して尋問を行ったわけだが、そのほとんどはナシの礫だった。
イーシアとしては、伝説級武器であるテトラビブロスの入手ルートの調査が主な目的なのだが、セリーナに強制契約という契約魔法の一種が使われていたため、入手先などの重要な情報を口にすることが物理的に不可能な状態になっていたのだ。
とはいえ、何もわからなかったというわけでもない。
話せる範囲の情報や、リアーナらの行った周辺状況の聞き込みなどから、テトラビブロスの出所は十中八九「グリード商会」であると思われる。さらに言えば、その窓口はソフィアである可能性が高かった。
ただ、そこから先に踏み込むのはリスクが大きかった。
グリード商会の元締めは強欲の魔女と呼ばれる実力者であり、イーシアといえど彼女の傘下にある人物に下手に手を出すわけにはいかない。個人的な武勇では勝るだろうが、それ以外の権力や影響力といった分野ではとても及ばないからだ。
「おそらくだが、奴等はテトラビブロスが非合法かつ曰くつきの代物だと最初から認識していたんだろうよ。だから貴族の使用人でも、無理すれば買えるくらいの捨て値で売り払ったに違いねえ。売り手としての優位な立場を利用し、ご丁寧に強制契約で口止めまでしてな……。こうした手管はグリード商会の連中が良くやる手口だ。ラウルたちの仲間にもグリードの関係者がいたが、その事実だけでそいつを尋問したり拘束したりはできねえ」
ちなみに強制契約の製作・発案者は強欲の魔女である。契約した事柄を確実に履行させるために生み出され、今では重要な取引や国家間の条約の締結時等に使用されることもある。
『では、これ以上の進展は無理ということか』
「ああ。業腹だがな」
イーシアが吐き捨てる。
魔女連盟に属する者として、テトラビブロスの入手経路や流通ルートを解明できれば言うことなしだったが、グリード商会という大組織が関わっている以上それは難しい。非合法の伝説級武器を一つ没収できただけで良しとするしかない。
「イーシア様!」
そのとき、一人の女子生徒がイーシアの元に駆け込んできた。イーシアが首を傾げる。
「お前は確か、エルフェイルの妹の……シルヴィア、だったか?」
「は、はい、そうです。それでその、大変なんです! ラウルの持っていたフレスベルグが奪われてしまいました!」
「……あん? どういうことだ?」
「ヒッ!」
無意識にイーシアが発した怒りのオーラに当てられ、シルヴィアが小さく悲鳴を上げた。
『落ち着け、イーシア。ふむ、シルヴィア嬢よ、すまんが最初から順序だてて説明してはくれぬか?』
「は、はい」
マルデュークに宥められ、シルヴィアはゆっくりと呼吸を落ち着かせる。
「あの試合の終了後、イーシア様が去った後にラウルが気絶して、お姉さまがフレスベルグと一緒に医務室に運んでいったんです。けれど、そうして周りに人気がなくなったタイミングを狙い、キャシーという女子生徒が奇襲してきたらしくて……私は廊下で偶然お姉さまたちと出会い、事情を聞いてイーシア様に報告に来た次第です」
イーシアが腕組みをして眉根を寄せる。
「キャシーか……確かリアーナからの報告でも、要注意人物としてリストに載ってたな。今年に入ってから急に性格が変わったかのように、女遊びに精を出し始めたとかなんとかで」
『待て。そんなことより、この場にエルフェイルがいないということは、現在は犯人を追跡しているということか? しかもそこには、フレスベルグを奪われ戦闘力の大半を喪失したラウルも一緒にいると?』
「はい、そうです。私も一応止めたんですが……」
実際のところ、シルヴィアはかなり強い調子でラウルの同行を非難していた。そして、自分ではなくラウルがイーシアに報告に行くよう進言している。
これは今のラウルが戦力外であることに加え、シルヴィアのほうが戦いになったときに何倍も役に立つという自負によるものだ。スポーツのような試合形式のワルプルギスと、傷を負い命を落とす危険のある実戦とでは、回復魔法の持つ価値がまったく違う。
負傷していたエルフェイルを取り敢えず癒したシルヴィアだったが、ラウル本人の強い意志とエルフェイルの強固な支持により、結局不承不承ながらこうしてイーシアの元に足を運ぶことになったのだ。
「は、別にいいじゃねえか。自分のケツは自分で拭こうってんだろ? 仮にピンチに陥ったとしても、婚約者であるエルフェイルの嬢ちゃんがどうとでもカバーするさ」
イーシアが小さく肩をすくめる。この時点で彼女は、キャシーの戦闘力を脅威ではないと判断していた。
「とはいえ、呑気に生徒一人を尋問している状況じゃなくなったのは確かだ。学院の外に逃げられる前にあたしたちも動くぞ!」
『うむ。それがよかろう』
イーシアがシルヴィアを連れて建物の外へと向かうが、その途中でズズン……と、学院内の空気が大きく揺さぶられるような衝撃を感じた。
「こ、この現象は……?」
「おそらく学院に張ってある広域結界に干渉し、無理矢理内部に侵入しようとした奴がいるな。このタイミングで起きたってことは――ああ、そうか。そういうことかよ!」
突然剣呑な気配を漂わせ始めたイーシアに、マルデュークが驚きの声を上げる。
『イーシア? 何か心当たりでもあるのか?』
「気付かねえのか、マルデューク!? あたしがフレスベルグを運搬中、そいつを狙って襲撃してきた奴がいただろうが!」
『っ、まさか武器匠!?』
マルデュークは直感的に、因縁のある相手の名前を想起した。
「まず間違いねえ。学院に正面から殴り込みをかけられるような実力者は限られるし、そういう奴は目的もなしにこんな強硬手段に訴えたりはしねえ。ってことは、タイミング的にフレスベルグ奪取の際の陽動や増援と考えるのが妥当だ。おそらくはそのキャシーとかいう輩もアプレンティスの一味なんだろうよ」
「アプレンティス……魔女連盟に敵対的なことで有名な魔術師組織――あ、そういえばお姉さまが、キャシーから魔術による攻撃を受けたと言ってました!」
「なら決まりだな。ベルンハルトの野郎、このあたしが返り討ちにしてやるぜ!」
イーシアは獰猛な笑みを浮かべ、両の拳を強く叩いた。




