ヘキサクロス12
衝撃的な結末に、観客席は騒々しいほどの驚愕と興奮に包まれていた。
特に、戦前には一番のネックであると思われていたラウルが、大活躍と言っていい成果を見せたのだ。多くの生徒たちが騒ぎ立て、あるいは賞賛の声を送るのも無理からぬことだった。
「試合は――、試合はどうなったんだ!?」
観客の反応から試合終了を悟ったセリーナが、眩んだ目を瞬かせながら周囲の様子を窺う。
闇の霧が次第に晴れていき、視力が回復した彼女の目に映ったのは、喜びに沸き立ち抱き合う一方の姉妹と、失意に打ちひしがれ崩れ落ちる他方の姉妹という対照的な光景だった。
「勝った……お姉さま、勝ちましたよ!」
「ええ。ま、当然の結果ね。ラウルも活躍したようだけど、私の婚約者なんだからこれくらいやってもらわないと」
シルヴィアは無邪気に喜び、エルフェイルも口では素っ気ないながらも嬉しさを隠しきれていない。
「お姉様……申し訳ございません……」
「…………」
試合開始早々に脱落したラスティが、全身をタオルに包まれた格好で悄然と語りかけるが、リーゼロッテは無言で両膝を着いたまま愕然としていた。
「バカな……そんな、まさか、我々が負けたというのか……!?」
セリーナが瞠目し、信じられないといったように大きく首を振る。
そこから少し離れたところで地面に光が円状に走り、傷だらけになり失神したジャネットが姿を現した。うつ伏せに横たわる彼女の表情が、何故か非常に満足そうなのが印象的である。
それから数秒ほど遅れて、周囲を警戒しながらソフィアが現れた。
「なんや、もう終わったんかいな。折角、あごあしつきの書き入れ時やっちゅうのに、一人分の撃破報酬しか貰えへんとはな。正直忸怩たる思いやで」
状況を確認したソフィアは、ラウルたちのチームが勝利したことを知ってほくそ笑む。
「ま、ええわ。これで勝利報酬をゲットや。いいモン見れたし、精算するときが待ち遠しいで」
ソフィアは頭の中で算盤を弾く作業に没頭する。
「くそっ、私の考えが甘かったか……! まさか学内トップのリーゼロッテたちが、新入生たち相手に後れを取るとはな。いや、むしろ事前情報に乏しい新入生だからこそ、か……」
ミラは悔しそうに天を仰いだ。
リーゼロッテたちが負けた要因は、ミラがエルフェイルを倒しきれなかったことにもある。
ダメージを負ったエルフェイルが自らの生存に専心していたとはいえ、ミラとしてもあまり積極的に彼女を倒そうとはしなかった。踏み込み過ぎての逆襲を警戒したのもあるが、敵側の最高戦力であるエルフェイルさえ抑えておけば、ラウルやシルヴィアといった明確な弱点が混ざった残りのメンバーなど物の数ではないと考えていたからである。
結果的に見れば、その判断が甘かったということになる。
特に、実力を疑問視されていた新入生たちの貢献が大きかった。リーゼロッテが放った球電という切り札も、ラウルによる予想外の対策で防がれてしまった。いくら強力な攻撃手段であろうと、その存在が既に知られた状態では、確実な決定打にはなりえないということかもしれない。
「……負けちゃったっス。残念無念っス……ん?」
フィールドの隅で独り黄昏ていたティナは、ピストの壇上に突如現れた女性を見て首を傾げる。
「誰っスか、あの人?」
「イーシア様!?」
憧れの魔女の登場に、フィールド外に退場してしまったアカネが驚きの声を上げる。
「まさかこちらに下りてこられるとは思いませんでした。これだけの観客、もし正体がバレたら大騒ぎになりますよ!?」
「ちょっとばかし野暮用でな。ついでに緊急性もある案件なんだ。少しばかり静かにしてくれ」
「あっ、師匠……試合、見ていて、くれましたか?」
「おう」
かなり疲弊した様子で地面に座り込んだラウルが、隠しきれない歓喜を滲ませながら呼び掛ける。が、イーシアはそれに一言応えるだけで済ませると、足早に別の場所へと歩いていった。
彼女の向かう先には――
「うん?」
突然現れた見知らぬ女性を前に、セリーナは当惑気味に眉根を寄せる。その女性の威風堂々とした佇まいと身に纏う空気から、只者でないことは一目瞭然だった。
「あ、あなたは一体……」
「よお、嬢ちゃん。伝説級武器とは、なかなかいいもん持ってんじゃねえか。悪いが、それについてちょっとばかし事情を聞かせちゃくれねえか?」
「っ! どこでそれを!?」
セリーナはあからさまに警戒感を滲ませる。
伝説級武器であるテトラビブロスについては、使用する際に衆目に晒さないようわざわざ闇霧でブラインドを作っている。それを見破られた時点で、目の前にいる女性が魔女クラスの実力者ではないかと推察されるが、例えそうだとしても貴重な品をおいそれと渡すわけにはいかない。
情報を開示するにしても、テトラビブロスを手に入れるのに多少強引でイリーガルな手段を使用している上に、主人であるリーゼロッテにも詳細を報告していないのだ。この場で下手なことを言うわけにはいかなかった。
「……私はこれを手に入れるのに多大な労力と資金を費やしました。あなたが何者かは知りませんが、おいそれと事情を話すつもりはありません。それに試合での使用自体は、規則上問題なく許可されているはずです。申し訳ありませんが、どうかお引き取りください」
「クク、まあ嬢ちゃんとしちゃそうなんだろうけどよ。こっちもガキの使いじゃねえんだ。そんな弁明くらいで引き下がれるわけねえだろ? ああ――それと、嬢ちゃんは勘違いしてるぜ」
「勘違い?」
「確かにワルプルギスでは伝説級武器の使用は禁止されてねえが、その全てが対象になっているわけじゃねえ。一部の危険なものは、所持や取扱いが厳禁になってるのさ。その辺は一般の武器でも同じだろ? 剣だの槍だのは普通に使えても、殺傷性の高い毒物や爆発物の類は使用禁止のはずだ」
『うむ、少女よ。そこなイーシアの言う通りだ』
「こ、この声は、まさか高位精霊!? それにイーシアといえば、剣の魔女……!」
相手の用件と正体が明らかになり、セリーナは顔を青ざめさせる。
「ま、あたしとしてもそれほど大事にする気はねえからさ。取り敢えず場所を移させてもらうぜ」
「な、そんないきなり――」
セリーナの抗議の声も虚しく、イーシアはセリーナの手首を掴むと、圧倒的な身体能力を用いてこの場から一足飛びに離脱してしまった。
置いてけぼりとなった格好のラウルたちは、ポカンと呆けたように口を開けるしかなかった。
と――
「あれ、っ……」
ふと気が緩んだ瞬間、ラウルは急に身体に力が入らなくなってしまった。意識も次第に朦朧としてくる。
男の騎士の戦力を底上げするために作られたフレスベルグであるが、その製作を許可した者としても、男に無制限に力を与えるという意思はなく、最初から何かしらのキャップを設ける腹積もりだった。
具体的には、防御用の魔力障壁しか使えない疑似精霊魔法と、魔力バッテリーの容量の制限である。
新基軸の武器を製作するに当たり、騎士たちの力の矛先が自分たちに向かないように、あるいは向かっても容易に対処できるように、精霊契約者側の優位性を確保するのは当然の考えだろう。
さらに言えば、肝心のバッテリーの魔力を補給する手段が精霊契約者からの助力を前提としているため、既存の力関係が劇的に変化する恐れはまったくなかった。むしろフレスベルグという新兵器の根幹を彼女たちが握ることで、騎士たちは完全に逆らえない状態に置かれることになる。
そして、もしフレスベルグの魔力バッテリーが空になった状態で、身体強化などの魔力消費を伴う行動をした場合、使用者自身の持つ数少ない内在魔力を消費することになる。実際にはラウルのバッテリーが空になったわけではないが、球電を受け流すため魔力障壁の形を変化させた際、基本と異なる想定外の使われ方をしたことで、ラウル本人の魔力が短時間のうちに急激に消費されてしまい、貧血のような症状を引き起こしていた。
「――っ、……」
「「「ラウル!?」」」
「ラウルはん?」
こうしてラウルは、エルフェイルたちの目の前で気絶して地面に倒れ込んでしまうのだった。




