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ヘキサクロス11

「セリーナ、何を考えてるの……?」


 リーゼロッテは、自分に断りもなく闇霧を使ったセリーナに困惑の声を上げる。

 遠距離からの援護射撃を得意とするリーゼロッテにとって、闇をフィールドに広げられる行為は大きな障害になる。そのため事前の打ち合わせでは、闇霧を使うのは敵が強い攻勢に出たときか、セリーナが他者に影響を及ぼさない場所にいるときに限られていた。

 それなのに、あの忠誠心の高いセリーナがあっさりと凡ミスを犯したという事実に違和感を覚える。

 何か事情があるのだろうか?

 仮にそうだとしても、彼女と会話を行える状況にない今、リーゼロッテは決断しなくてはならない。

 セリーナを信じて時間稼ぎに徹するか、あるいは切り札の使用に踏み切るか――


 そもそもリーゼロッテは、エルフェイルを勝負の舞台に上げること自体が一番の難関だと思っていた。その後に行われるのはただの消化試合――のはずだった。

 だが蓋を開けてみれば、試合開始早々にラスティを失い、現在の戦線は膠着気味。余剰戦力はなく、少しでも油断すれば、フルバックのリーゼロッテまで直接攻められかねない状況に陥っている。想定外もいいところだ。

 試合に負けてエルフェイルという大魚を逃すのは絶対に避けなければならないが、リーゼロッテに残された手段はあまり多くない。フィールドの中央付近に漂う先の見通せない闇の煙幕を見やり、リーゼロッテはしばし逡巡する。

 こうしている間にも、牽制のために時折シルヴィアたちに向けて電撃を放たなければならなかった。蹲ったままのティナの回復にはまだ時間が掛かりそうで、それまでは守勢に回らざるを得ないだろう。

 精霊魔法は魔力効率が良いのが特徴とはいえ、流石にそろそろ消耗具合が気になってきた。疲労による集中力の低下も無視できない。

 セリーナを信じたいところだが、あの闇霧を見ていると、いつあそこから敵が現れるか気が気でならない。もしアカネがセリーナを無視するなり撃破するなりして、リーゼロッテに向かって突撃してくるようなことがあれば、そのときは敗色が濃厚となってしまう。


「こうなったら仕方ないか……行くわよ、『プラウズマ』!」


 リーゼロッテは決断すると、己の契約精霊に命じ、周囲に展開していた電気の塊を一ヵ所に集約していく。

 試合が始まってからこれまで、リーゼロッテは仲間の援護のため適宜雷魔法を放ちつつ、余剰魔力を荷電粒子として周囲の空間にストックしていた。

 傍から見れば、まるでホタルの群れのように幾つもの球状の雷が滞空している。こうすることにより、大量の魔力を必要とする強力な魔法行使の際、驚異的な速度で魔法を構築することができるのだ。


「いまよ! 消し炭になりなさい――『球電(ボール・ライトニング)』!」


 ティナが立ち上がりかけ、シルヴィアの意識がそちらに向いた瞬間――リーゼロッテは魔力を集約し、数秒のうちに高密度の赤熱した雷球を構築すると、最後方にいるラウル目掛けて解き放った。

 射線上にシルヴィアやタチアナがいるが関係ない。この『球電』の威力であれば、一人二人程度の障害など問題なく目標まで攻撃を貫通させられる。

 クラウンであるラウルを撃破できればそこで決着。仮に避けられたとしても、そのままキューブに命中するので結果は変わらない。

 この精霊魔法は、今まで戦ったヘキサクロスの試合でも数度しか使ったことのない奥の手だ。多少身体強化ができる程度の男に防げるような代物ではない。

 数秒後に訪れる輝かしい勝利を確信し、リーゼロッテは高速で突き進む灼光を見送った。


**


(すごい……!)


 最後方のフルバックの位置から仲間たちの戦闘を見守り続けたラウルは、ある種の感動に打ち震えていた。

 開幕時にラスティを撃破したときには興奮し、エルフェイルが危機に陥ったときには肝を冷やした。アカネの剣技には思わず見惚れ、シルヴィアとタチアナの新入生コンビの奮闘には手に汗握った。

 総じて精霊契約者同士の激しい戦いに刮目するばかりだった。

 ラウル自身も負けてられないと気持ちが奮い立つが、今の自分の役目はキューブを守ることだと言い聞かせ、ただじっとその場に佇み続ける。

 そして――


「え……?」


 その気配に気付いたのは一瞬。直後、目に飛び込んできた灼光にラウルは虚を突かれた。


「な、この光は!?」

「っ、ラウル!」

「ちょっ、当たるっス!」


 それまでリーゼロッテの電撃を相殺し続けていたシルヴィアだが、その太陽を思わせる灼光を目にした瞬間、即座に回避を選択する。ティナも同様に、蹲った状態から慌てて回避行動を取る。


「土壁よ、阻――」


 射線上にいたタチアナは防御陣地を強化しようとするが、まともに魔力を注ぐ暇もなく灼光に呑み込まれてしまう。

 急速に迫り来る脅威。フィールドの端から端を高速で塗り潰していく光の奔流を前に、ラウルの脳裏にエルフェイルの言葉が過った。


『首尾良くラスティを倒せたら、ラウルはフルバックの位置でじっとしてなさい。ただ、終盤にリーゼロッテ先輩が切り札の精霊魔法を使ってくるおそれがあるわ。通常の手段では防ぎようがないけれど、イーシア様から貰ったフレスベルグの力を使えば、あるいは……』


 今までずっと後方で待機していたラウルだが、それは彼が戦闘で役立たずだからというわけではない。クラウンという大将のような位置付けというのもあるが、要は継戦能力に問題を抱えているからである。

 ラウルの持つフレスベルグは、後の量産化を見込んだ所謂プロトタイプである。その構造上、身体強化などに使う魔力は、剣に内蔵されたバッテリーから供給されることになる。当然のことながら、契約精霊から魔力供給されるエルフェイルら精霊契約者とは絶対量が違う。

 故に、いざという時に備えて力を温存していたのだ。

 ラウルはフレスベルグの切っ先を迫り来る灼光へ向けた。

 イーシアから渡された説明書に書かれていた、とある特別な機能。魔力容量の関係でまともな試運転すらしておらず、ほとんどぶっつけ本番みたいなものだが、ここでラウルが怖気づくわけにはいかない。

 エルフェイルたちが頑張って試合を優位に進め、こうしてお膳立てしてくれたのだ。ここからの見せ場は誰にも譲れない。


「『対抗魔法(アンチマジック)』!」


 ラウルが光と衝突する寸前、半透明の魔力障壁がラウルを包み込むように出現する。

 それはまるで精霊魔法――正確には、フレスベルグを介することで使用可能な、疑似的な精霊魔法とでも呼ぶべき能力だった。いや、見る者によっては、それを魔術に類する代物だと断じたかもしれない。

 精霊と契約できないはずのラウルが作り出した魔力障壁を目の当たりにして、観客席から大きなどよめきが起こる。


「嘘でしょ!?」

「な、なによ、あれ」

「あの人、男って話だったわよね。なのに、身体強化だけでなく精霊魔法を……?」


 だが、当事者であるラウルにはそんな疑問に答えていられる余裕はない。


「ぐっ……」


 事前のエルフェイルによる考察でも、耐えられるかどうかは運次第。厳密には、どれだけリーゼロッテの余剰魔力を減らせられるかにかかっていた。

 その点に関して言えば、シルヴィアの奮戦でリーゼロッテに雷魔法を何度も無駄打ちさせたのが大きい。射線上にタチアナが土塁を設置したのも、もし『球電』を撃たれた際、少しでも威力を減衰させることを目的としていた。

 だが、それでも――


 ピシッ! パリン!


 球電と正面から激突した魔力障壁は、数瞬の拮抗を果たした後、次々とヒビや亀裂が入っていく。

 ごく短時間で展開された魔力障壁は、高速で迫る灼光を万全の状態で迎え撃てたわけではない。100%のスペックを発揮するには、どうしてもある程度の準備時間が必要だった。

 不完全な状態で受けることになったラウルは、直感的にこのままでは遠からず破壊されると判断した。カウンターを主体とする水天流剣術の使い手としての観点から、何とか魔力障壁の形を変えて衝撃や威力を受け流せないかと、フレスベルグを握り締めながら心中で必死になって念じ始めた。


(受け流せ、受け流せ、受け流せ! 全部を受けきる必要はない。要はオレがギリギリ生き残って、尚且つ後ろのキューブが破壊されなければいいんだ! みっともなかろうと、意地汚かろうと、それ以外の要素はすべて削ぎ落とせ!)


 極限の集中。内と外からの凄まじい負荷に障壁が軋みを上げる。

 無論、ラウルはこれまで一度も精霊魔法を使ったことなどない。が、それでも己の感覚と才覚だけで魔力障壁を操作する。

 自分から見て右半分の魔力出力を低下させ、意図的に崩壊を早める。加速度的に右側の亀裂は広がり、球電の纏う赤い稲妻が隙間から迸る。

 次の瞬間、ラウルは一歩前に踏み込むと、その隙間からフレスベルグを外側に突き出した。


「ッルァァァァアアアアア――――!」


 絶叫と共に横薙ぎに振るわれた剣は、排水管に詰まったゴミを掻き出すように、未だ形を保っていた左半分の魔力障壁の方へと球電を押しやった。

 赤い光の奔流は進行方向をそのままに、窓を水滴が伝うようにして障壁の側面を滑っていった。そして――


 ズガァァァァァン!


 受け流された多量のエネルギーが闘技場の壁に当たり、周囲に破壊と轟音を撒き散らす。砂埃や颶風が巻き起こり、観客席が一層の喧騒に包まれる中、リーゼロッテが呆然とした様子で呟いた。


「……え? なに? 何が、起きたの……?」


 どうやら目の前で起きた出来事が信じられないようである。

 無理もない。男であるラウルが精霊魔法らしきものを使用しただけでなく、リーゼロッテの取って置きの切り札である球電まで防がれたのだ。

 リーゼロッテは、本能的に目の前の現実を受け止められないでいた。


「な……なんとか、上手くいったか……」


 ほんの数秒で額にびっしりと汗を掻いたラウルが、大きく息を吐く。

 正直、凌ぎ切れる自信はなかった。

 魔力障壁への部分的な干渉は咄嗟の試みであり、球電をフレスベルグで直接叩いたのもほとんど無我夢中だった。もう一度同じことをやれと言われても難しいだろう。


 結果的に絶体絶命の危地を脱したラウルだが、試合はまだ決着が付いていない。

 リーゼロッテの奥の手を防いだとはいえ、タチアナが退場したために残り人数は相手のほうが上回っている。このまま行けば遠からず敗北は免れない状況だった。

 だが、今このときラウルの目の前には文字通り道が開けていた。

 リーゼロッテが放った球電が通った、敵のフルバックへと続く真っすぐな一本の道が。

 それに気付いた瞬間、ラウルの足は自然に動いていた。自軍最奥の位置から疾駆し、リーゼロッテの元へと逆侵攻を開始する。

 一瞬のエアポケットのように、ラウル以外の全員がしばし固まっていたが、エルフェイルと戦っていたミラがいち早く事態に気付き、慌てて警戒の声を発する。


「リーゼロッテ! 放心している場合じゃない! まだ勝負は終わってないぞ!」

「…………」


 現状を鑑みれば、リーゼロッテが多大な魔力を費やした球電は防がれたものの、決して敗勢になったわけではなく、むしろ優勢と言っても過言ではない状況である。

 しかしリーゼロッテが受けた衝撃は計り知れず、すぐにはまともな行動を取ることができなかった。棒立ちのままのリーゼロッテにラウルが急接近する。


「リーゼロッテ!」

「はっ……!」


 ミラからの再度の呼びかけで、ようやく我に返ったリーゼロッテ。目の前に迫ったフレスベルグの切っ先を寸でのところで躱す。


「こ、この私が……この私が……っ!」


 顔を酷く歪めながら杖を両手で構えたリーゼロッテと、フレスベルグを構え若干息を切らせたラウルが対峙する。

 こと近接戦闘においては剣術の心得があるラウルが有利なのは間違いないが、彼には時間的な制約があった。フレスベルグの魔力残量が少ないことに加え、ラウルが持ち場を離れたことで自軍のキューブが空であり、そのことにミラたちが気付いて動く前に決着をつける必要があったのだ。

 ちなみに唯一フリーのセリーナだが、闇霧を見通すために暗視仕様になっていた視界に、球電の強烈な光を浴びたせいで行動不能に陥っていたのは、ラウルたちにとって思わぬ僥倖だった。


「悪いな先輩。さっさと決着を付けさせてもらうぞ」

「男のくせに、男のくせに……! 私の球電を防ぎきるなんて、どんなイカサマを使ったのよ!? 私はこんなところで負けるわけにはいかないのよ! アンタ如きが、私の前に立つな!!」

「オレとしても、師匠が見てる前で無様な姿を晒すわけにはいかないんだ。すまないが文句は後にしてもらおうか!」


 激情に駆られるリーゼロッテに対し、ラウルは落ち着いた様子で剣を構える。

 単騎で敵将に突っ込むなど、現状は完全にアドリブだが、剣の間合いでの一対一の立ち合いは、騎士学校やそれ以前の鍛錬で飽きるほど経験している。会話もそこそこに、ラウルは全力で斬りかかる。

 上段からのラウルの一撃を、リーゼロッテは杖を両手で水平に掲げることで受け止めた。

 力押しでいけるほど甘くはないと悟ったラウルは、杖と剣の接触部分を基点として、外に逃げるように身体ごとスピンする。

 ラウルの動きから、狙いは背後のキューブだと判断したリーゼロッテは、ラウルの前に回り込もうと大きなステップで移動する。


「させるか――って、ぇっ!?」


 首尾良く回り込んだと思ったリーゼロッテだが、その途中、不意に足元に衝撃を感じた次の瞬間、天地が反転した。地面に倒れたリーゼロッテの視界の端に、切っ先が地面に向けられたフレスベルグを持つラウルの姿が映る。

 ラウルが回転して一度リーゼロッテの視界から消えた際、彼女がラウルの正面に急行することを見越して、密かに剣で足払いを仕掛けたのだ。

 キューブを背負い、リーゼロッテが状況的に不利であったのは確かだが、それは決して防げない攻撃ではなかった。やはり精神的に余裕がなかったというのが大きい。瞬時に気持ちを切り替え、冷静に防御と時間稼ぎに徹していれば、逆転の目も少なからずあったかもしれないのだが。


「これで――終わりだ!」

「ま、待ちなさ――」


 ラウルの一撃がキューブを砕き、そこでようやく試合の決着が付いたのだった。


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