ヘキサクロス10
アカネの刀が閃き、セリーナが両手に持つ二振りの剣と交錯する。甲高い音を幾度も響かせながら、互いに相手を倒そうと刃を振るい続ける。
「留学生ごときが、どこまでも邪魔をする!」
「出自などこの場では関係なかろう。貴殿こそ、公爵家令嬢に仕えているだけの腰巾着ではないか!」
「黙れ、売女が! 知っているぞ。貴様は大義もなく、あの女男に良いところを見せようと戦いに参加しただけの俗物に過ぎん! どうせならば、剣ではなく腰を振ってセックスアピールでもしていればよかったのだ!」
「フ、だから貴殿はアホなのだ」
「なんだと!?」
「自分の恋人や伴侶は、己の手で勝ち取らねば意味がなかろう。他人に用意してもらうなど恥じるべき行為だ。とはいえ……ププ、腰を振ってセックスアピールなど、いくらなんでも言葉が安直すぎるだろ。想像力がなさすぎる。よほど異性との経験がないようだな?」
「き、貴様ぁっ!」
刃だけでなく舌先でも火花を散らすアカネとセリーナ。両者が繰り出す鋭い剣戟が、遠巻きに見る観客たちを驚嘆させる。
しばらくの間は膠着状態が続いていたのだが、不意にこの展開に変化が訪れた。
「セリーナ、合わせて!」
「っ、お嬢様!?」
自らの主人から名指しされ、セリーナが僅かに動揺する。
それまでセリーナたちの距離が近すぎて援護射撃が困難だったところ、他の戦局が膠着気味になったために、リーゼロッテがセリーナの援護に集中できるようになったからだ。
セリーナとしては、己の力だけで状況を打破できなかったことに不満はあるが、今はチームの勝利が最優先である。すぐに気持ちを切り替えると、タイミングを見計らってアカネと距離を離し、リーゼロッテが援護しやすい形にする。
すぐさまリーゼロッテから電撃が飛んでくると、セリーナは今度は一転してアカネとの間合いを詰め、如才ない動きで戦いの主導権を握る。
「くっ、小癪な!」
迫り来る電撃を辛うじて魔力を込めた刃で打ち払ったアカネは、次いで繰り出されたセリーナの双剣を、体捌きを用いて何とか躱そうとする。が、剣の一本が僅かに腕に当たり、制服の袖部分がダメージ変換で弾け飛んだ。
反射的に後退したくなるが、アカネは逆に前に出てセリーナと鍔迫り合いをする。下手に距離を開けるとリーゼロッテに狙い撃ちされるからだ。
その状態のまま巧みに身体の位置を入れ替え、セリーナを盾にしつつ、リーゼロッテを遠目に視界に収められるように動く。
「甘い!」
アカネの動きを呼んでいたセリーナは、その途中突然しゃがみ込む。
ぎょっとするアカネだったが、リーゼロッテの射線が確保された次の瞬間、電撃が一直線にアカネに向かって飛んできた。
「っ、クラミツハ!」
虚を突かれたアカネが左手を翳し、咄嗟に精霊魔法を解き放つ。
アカネの契約精霊クラミツハは水と風を操ることができる。空中に水たまりを思わせるような波紋が広がると、リーゼロッテの電撃を拡散させ威力を減衰させるが、属性の相性的に完全に防ぐことは叶わず、アカネは電撃の余波で左腕が麻痺してしまった。
堪らず後退し、腕を押さえて蹲るアカネ。それを見たセリーナは即座に追撃を掛けた。
――が、それは若干焦り過ぎであった。
蹲ったアカネが取った体勢は、片膝を立てて腰溜めに刀を据えた、所謂居合の構え。片腕が使えずとも、卓越した技術と腕力によってそれを補うことが可能だ。
「破天流剣技――絶空の太刀!」
破天流とは、東方で広く伝わる剣術の一種である。
ラウルが習得している水天流などと違い、攻撃や防御のどちらか一方に偏ったものではなく、主に人間相手の戦いを想定した実戦的な剣術である。故に、負傷した際の対応策も幾つも用意されている。
静止状態から一気に加速したアカネの刀は、トドメを刺そうと接近したセリーナがいる空間を真一文字に断ち切った。
「――っ――」
驚愕の表情で蹈鞴を踏むセリーナ。制服の胸部にざっくりと大きな切れ目が入る。本体に当たらなかったためダメージ変換は行われなかったが、制服そのものが切断されたことによる破損である。
二刀流は攻撃よりも防御方面に長けている。
セリーナの上半身を両断してしまいそうな勢いのアカネの斬撃だったが、軌道の中途に何とか片方の剣を割り込ませることができたおかげで、いきなりの頓死は免れることができたのだ。ただしその代償として、攻撃を受けた剣は綺麗に半ばから切断されてしまったが。
「くっ、仕留め損なったか……!」
悔し気に顔を顰めたアカネが荒い息を吐く。
今の一撃には、相当な集中力と魔力を必要としたようだ。彼女としてもできればここで決めたかったのだろう。
「油断も隙も無いな……」
セリーナは額に冷や汗を浮かべる。
セリーナが受けたダメージは小さくはないが、ここで一度仕切り直せるのは大きい。剣を構え直したセリーナが、改めてどのようにアカネに攻め込もうかと考え始めたそのとき、
「――ちょわっ!?」
「?」
意外と近い場所から素っ頓狂な声が聞こえたため、セリーナは反射的にそちらに目をやった。すると、数メートルほど離れたフィールドのど真ん中で全身鎧を着込んだティナが何やら四つん這いに倒れているのが見えた。
何故そんな格好をしてるのかと疑問に思えば、彼女の近くに、アカネに斬り飛ばされたセリーナの剣の一部が落ちているのが見えた。それを目にした瞬間、セリーナの脳裏に嫌な予感がよぎる。
実際のところ、ティナはターゲットだったシルヴィアを追いかけている最中、突然目の前に飛んできた刃の部分に驚いて転倒してしまったのだ。
「ビビったっス……でもこれくらいの失態、すぐに取り返し――ぐぼっ!?」
立ち上がろうとしたティナが腰を押さえて蹲る。
シルヴィアとの距離が開いて動きの止まったティナに対して、それまでじっと隙を窺っていたタチアナが石礫を渾身の力でぶつけてきたのだ。
当たったのは全身鎧が覆っている部分だったが、転んだ拍子に鎧の魔力強化が緩んでしまっていた。また、そもそも硬い金属で外部から来る衝撃を完全に防ぐことは難しく、鎧の内側に着用している制服もダメージで一部破損してしまった。
ティナにとって不幸だったのは、シルヴィアを追って絶えず走り回っていたことで、上手く狙いの付けられなかったタチアナがずっと魔力を貯めていたことである。そのため、彼女の持つほぼ最大威力の攻撃をくらうことになってしまった。
「ティナ!?」
「チャンス! この隙にクラウンのリーゼロッテを――」
ティナの異変に気付いたリーゼロッテが、フリーになり突っ込んできたシルヴィアに向けて遠距離攻撃を行う。が、光の魔力を込めたナイフで以前と同様に迎撃されてしまった。
それでもシルヴィアの足を止めることには成功する。
しかし一番の問題は、シルヴィアが間に誰もいなくなったリーゼロッテに直接攻撃を仕掛ける動きを見せたことで、リーゼロッテは警戒を強めざるを得なくなり、容易にはチームメイトへの援護射撃が行えなくなったことだ。
――自分のちょっとしたミスから生じた不運が、チームの戦況を悪化させてしまった。
そのことに気付いたセリーナが、悔しそうに唇を噛む。
「私のせいで……っ、この状況、最早形振り構ってはいられないか……!」
責任を感じたセリーナは切り札を使うことを決意する。できることならば使わずに事を済ませたかったが、リーゼロッテのためにもここで万が一にも負けるわけにはいかない。
「『闇霧』!」
セリーナが精霊魔法を解き放つと、アカネとセリーナを含む周囲一帯が闇に包まれた。それは、アカネの視覚を奪うと同時に、周囲の人間からの視線を遮ることになる。
「! セリーナ、何をやってるの!?」
後方にいるリーゼロッテが困惑の声を上げる。
これではセリーナに向けて援護射撃することができない。確かに戦況が悪くなり援護する余裕がなくなりかけているとはいえ、これは完全に失策である。
このときセリーナは周囲と隔絶された暗幕の中で、密かに懐から四つの宝珠が表紙に嵌めこまれた本を取り出していた。
「天空と大海を呑み込め――『テトラビブロス』!」
テトラビブロス。
それは地水火風の四大属性の魔力を吸収することができる、『伝説級武器』と呼ばれる遺物。
武器と名が付くがその形状や性質は様々であり、このように本の形をしたものも存在する。ただし総じて強力無比な能力を有しており、精霊契約者や魔女、果ては魔術師に至るまで、様々な人間がこれを手に入れようと躍起になっている。
この遺物を使うことは、一応ワルプルギスにおいて反則ではないものの、大変目立つことは確かだ。大勢の目の前で晒すことは大きなリスクを伴うため、こうして闇の暗幕を広げたのである。
「どうしたクラミツハ!? わたしの魔力が急激に低下……? い、一体なにが起こっている!?」
暗闇の中、視覚だけでなく魔力も奪われたアカネが焦燥感に駆られる。
宝珠から淡い輝きを放つテトラビブロスは、アカネの契約するクラミツハから魔力を強引に吸い出していく。自身の契約精霊からの魔力供給が魔力供給が激減し、アカネは精霊魔法の行使はおろか身体強化の維持すらできなくなる。
(……悪く思うなよ。私は絶対に負けられないんだ)
本の制御に集中しながらセリーナが心中で呟く。
やがてクラミツハが持つ魔力の大部分を吸引し終わると、一度テトラビブロスを解除し、再び両手に剣を構える。
「まずい。このままでは……」
閉ざされた視界の中で、為すすべなく戦闘力の大半を失ったアカネは、何とか心を落ち着けようと瞑目する。
アカネの契約精霊が突然魔力を失ったのは、セリーナの仕業であると見て間違いない。だがその手段は不明であり、この苦境を打開する方策も容易には見つからない。
辺りを包む暗闇も、アカネからは見えない一方で、影精霊と契約しているセリーナからは丸見えのはずだ。身体強化すらできない現状を鑑みれば、目と足を失ったも同然である。
アカネは耳をそばだて感覚を研ぎ澄まし、僅かな音や空気の流れを頼りにセリーナの気配を探っていく。
普段から身体強化のない状態で剣の鍛錬をしているお陰で、今の状態でも剣技を繰り出すことに支障はない。とはいえ、速度や威力は本来のものとは比べるべくもなく、相手の居場所もわからない以上こちらから攻めるのは論外だ。
辛うじて可能な対抗手段と言えば、相手の攻撃に合わせたカウンター技しかない。
幸いセリーナに遠距離攻撃はないはずで、最後は剣で直接トドメを刺しに来ると思われる。だが当然、暗闇で視界が遮られ、且つ速度差のあるこの状況で、カウンターを行うことの難易度は高いなんてものではないが。
アカネは足を前後に開き、刀を中段に構える。
無論、正面にセリーナがいるはずもないのだが、どうせ戦いの主導権は相手側にあるので、どこを向いていようが関係ない。ならば、アカネが最も慣れた姿勢で待ち構えるまでである。
そのとき、不意にビュッと空気を切り裂くような音が耳に届いた。
セリーナからの攻撃かと判断してそちらを向こうとし――次の瞬間、いやな予感に襲われて慌ててしゃがみ込んだ。
風切り音はアカネに向かって一直線に近付いてきて、そのまま頭上を通過していった。おそらく折れた方の剣を投げつけてきたのだろう。
アカネが立ち上がろうと中腰になったところで、急に背後に気配が現れた。
「――終わりだ」
「っ!」
振り向いている暇はない。せめて相打ちにでもと考え、アカネは瞬時に柄を逆手に持ち変え、まるで切腹するような格好で刀を脇から背中に通す。
それは流れるような機敏な動作で、身体強化していない状態では最速と言っても過言ではなかった――が、
「ぐ、無念……」
それでも先手を取られた不利は覆せず、セリーナに無防備な背中を斬り付けられたアカネは、制服を破損させて無情にも退場することになった。転移の光に包まれるアカネを見やり、セリーナの頬を汗が一筋滴り落ちていく。
「フン、無駄な足掻きをしてくれる」
結果だけ見ると一方的だが、実際のところ、アカネが振るった刃はセリーナに多少なりとも届いていた。またシステムの機能上、致命的なダメージを受けても即座に退場となるわけではなく、若干のタイムラグがあるということも大きい。
具体的に何が言いたいかというと――
「は?」
セリーナの制服に走った切れ目から、本の形をしたテトラビブロスが一部顔を出した。その表紙部分には、真新しい刀傷がくっきりと刻まれている。
思わず呆然とした声がセリーナの口から漏れる。
この伝説級武器を入手するのに、一体どれだけの苦労をしたと思っているのか。莫大な借金をしただけではなく、使えるだけのコネやヤバいルートを駆使し、文字通り死ぬ思いをしてようやく手に入れたのだ。
こんな一度の模擬戦で使っただけで失ってしまったとしたら、あまりにも割に合わなさすぎる。
――いや、そんなことよりも、こうなってしまってはもうこの試合でテトラビブロスを使うことができない。もし無理に扱って完全に使用不能にでもなったら目も当てられないだろう。
現在の戦況はまだまだ油断ができない状態だ。アカネを退場させたとはいえ、数的には五分になっただけでしかない。
瞬間的に真っ白になったセリーナの思考が、ようやく再度回転を始めたとき、それは起こった。
「――――っ!?」
闇の中にいながら突如発生した強烈な光に、セリーナの表情が驚きに包まれる。
「この光……っ、まさか、お嬢様!?」




