表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/59

ヘキサクロス9

「ようこそおいでくださいましたわ。イーシア様、アーノルド様」


 前面にある特別製のガラスで外からは室内を覗けない上に、内部からの音も漏れないよう工夫がされた闘技場の一角。

 客人として招かれた剣の魔女であるイーシアと騎士学校の校長であるアーノルドに対し、生徒会長のアリーシャがスカートの端を摘まみ一礼した。


「おう、世話んなるぜ」


 イーシアが右手を上げてぶっきらぼうに挨拶する。


「アリーシャ生徒会長、ご丁寧にありがとうございますじゃ。いやはや、ヘキサクロスの試合は久々に拝見しましたが、なんとも素晴らしいものですな。手に汗握る迫力で、胸が躍りますじゃ」

「恐れ入ります」


 アーノルドが額の汗をハンカチで拭きながら感嘆の声を上げると、アリーシャが穏やかな笑みを浮かべた。


「会長、後はお願いします」

「ええ。ご苦労様」


 ここまで案内した副会長のエミリアがそそくさと退室していく。

 代わって学院長であるリアーナがトコトコと近付き、追従する秘書官のヴァネッサが頭を下げる。


「よく来てくれたのだ。二人とも歓迎するのだ」

「これはこれはリアーナ様。お招きいただき光栄でございますじゃ」

「リアーナか。相変わらず小せえな。ちゃんとメシ食ってんのか?」

「む~、シアたんったら失礼なのだ。あちしは毎日三食昼寝付きの生活なのだ」


 年長者である彼らは、魔女連盟から下された重要な案件に関する話し合いのため、この場に集まっていた。

 その案件とは、ラウルに渡された武器であるフレスベルグを量産化し、一般の騎士も身体強化ができるようにすることである。

 騎士たちの戦闘能力が上昇する分、魔女や精霊契約者の社会的地位が相対的に下がってしまう副作用があるが、それにもまして軍全体の総合的な戦力の強化が急務だったのだ。


「それにしても、魔女連盟の方々も思い切りましたな。『アプレンティス』に対抗するためとはいえ、我ら騎士総連に塩を送ることにするとは。これで念願だった身体強化が使えるようになり、小間使いに近かった騎士たちの地位向上が見込めますじゃ」


 平身低頭気味に両手を擦り合わせながら、アーノルドが感謝の言葉を述べる。


 話に出てきた『アプレンティス』とは、ナンバーズと呼ばれる十二人の幹部を頂点とする魔術師組織のことである。

 正式名称は『魔法使いの弟子ソーサラーズ・アプレンティス』。

 精霊が近付けないほど濁った瘴気に汚染された『不毛の大地(ウェストランド)』と呼ばれる土地に拠点を構え、魔術を駆使した反社会的行為を生業としている。年若い精霊契約者も誘拐や脅迫のターゲットになっており、リアーナのような魔女が学院長として常時駐在しているのもその対策の一環である。

 魔術師とは、魔女や精霊契約者とは異なる術理を用いて力を行使する者たちのことだ。その大部分は精霊契約のできない男性から成っており、女尊男卑である現在の社会体制に不満を持ち魔女たちと対立している。

 アプレンティスは数ある魔術師の組織の中でも最も歴史が長く、かつ規模が大きい過激派集団である。幹部であるナンバーズは魔女に引けを取らないほどの実力を有し、状況次第では臆することなく戦いを挑んでくる。魔女連盟に属するイーシアたちとは不倶戴天の関係であり、過去に何度も矛を交えていた。


「おい、その名はあまり口に出すな。どこで聞き耳立てられているかわからねえぞ」

「いやしかし、イーシア様。この部屋には防音の魔法が掛けられているはずでは?」

「だとしてもだ。奴等が扱う魔術は、文字通り壁に耳や目があるようなものだからな。念を入れるに越したことはねえのさ」


 イーシアが苦言を呈する。


 精霊魔法と魔術の違いを例えるならば、専門性と多様性といったところか。

 精霊魔法は契約精霊が持つ属性一種類しか扱えない場合が多いが、魔術は多彩な属性・形式を扱うことができ、諜報活動などにはもってこいの代物である。一方で精霊魔法は魔法の単純火力や展開速度、魔力効率に秀でおり、それに対して魔術は使用するまでに手間や時間が掛かり、継戦能力に難がある等のデメリットがある。

 どちらか一方が優れているとは一概に言い切れないものの、扱う者の総数では精霊契約者の側に大きく軍配が上がる。それが現在の勢力図にそのまま反映されていた。


「承知しました。では、そのように心掛けますじゃ」

「流石シアたんなのだ。情報管理には口煩くて敏感なのだ」

「何言ってやがる。この程度の警戒くらいは当然――つうか、リアーナよ。お前、ラウルの奴に今回の件のことは話してなかったのか? お陰であたしが一から説明する羽目になったぞ」

「あう。学院に来たばかりのラウル君が緊張しているように見えたから、ここでの生活について話すだけにとどめて、細かい説明は後回しにしたのだ。それで結局、そのまますっかり忘れちゃったのだ。ごめんちゃい、なのだ」

「「「ク~ン」」」


 リアーナに次いで、足元にいたケルベロスが申し訳なさそうな鳴き声を上げる。


「……いや、別にそこまで責めてるわけじゃねえさ。過ぎたことを言っても仕方ねえ。それより、さっさと計画の進捗状況を確認するぞ」


 イーシアは軽く嘆息すると、部屋に並べられた椅子に着席する。

 他の面々も席に着くと各々に紅茶やお菓子が用意され、その後予定していた話し合いが行われる。アーノルドやリアーナから様々な報告が上がるが、肝心なところはぼかされることが多かった。

 それは情報の漏洩を防ぐための予防策であり、全体像を把握しているのがイーシアだけという形にしたいがためのものだ。フレスベルグを自身の手で輸送した点からしても、今回の件におけるイーシアの置かれた立場の重要度が窺い知れる。


『あのことは伝えておかなくてよいのか?』


 話し合いも一段落着いた頃、それまでずっと黙っていたマルデュークが口を挟んだ。


「あのこと……? ああ――」


 心当たりに思い至ったイーシアは、それまでとは声のトーンを一段下げる。


「そうだな、伝えておくか。あたしがこの学院に来る途中、アプレンティスのナンバーズ第三席に襲撃を受けた。首尾よく撃退はしたがな。状況から考えて、奴等に情報が洩れていると見ていいだろう」

「おう、そいつはヘビーなのだ」

「ナンバーズの第三席……確か、『武器匠(ウェポンマスター)』でしたかな?」


 アーノルドの指摘にイーシアが首肯する。


「で、だ。重要なのは襲撃されたことそれ自体よりも、ナンバーズの第三席が動いたという事実だ。この件について奴等がそれぐらい危険視してるってことだし、アプレンティスの幹部が動くだけの信頼性や確度がその情報源にはあったってことだからな。情報の秘匿性からいっても、計画の中枢に近い誰かが漏洩したのは間違いねえ。まあ、相手の口ぶりからして、魔女のあたしが護送しているとは思わなかったようだがら、全部が全部正確だったわけじゃないようだがな」

「それは――もしや、私たちをお疑いで?」


 ヴァネッサが眼鏡の位置を直しながら、恐る恐る口に出す。


「いいや。別に犯人捜しをするつもりはねえ。最初から情報戦で奴等に勝てるとは思ってねえしな。各人が取り扱う情報を制限したり、報告の一部をわざと曖昧にしたのもそれを想定してのこと。肝心なのは、アプレンティスの奴等が強硬手段に出たときの確実な対処だ」

「でもでもシアたん。あちしたち魔女が常駐するようになってから、これまで精霊学院がアプレンティスとかの敵対組織に直接襲われたことはないのだ。考えすぎってことはないのだ?」

「今まではそうだったかもしれねえが、今回もそうとは限らないだろう? 現に、アプレンティスは幹部クラスを派遣するほど今回の計画を危険視しているんだ。強硬手段に訴える可能性は低くはないぜ。とはいえ、わざわざセキュリティの高い精霊学院内部に、フレスベルグに関するデータ収集の場を用意したんだ。これを食い破られたらあたしらの面目丸つぶれだぜ。絶対に失敗するわけにはいかねえな」

「……っ」


 緊張感からか、ヴァネッサやアーノルドたちの肩が震える。

 イーシアは一度紅茶を口に含み、嘆息した。


「別にそう気負う必要はねえよ。荒事はあたしとそこの学院長の領分だ。もしもの時は即座に援軍が派遣されるよう手配してある。取り敢えず安心していいぜ」

「……そこまで手回しされているとは、流石は剣の魔女様じゃ。てっきりこうした裏方仕事は不得手なのかと思っていましたが」

「シアたんは見た目の割に面倒見がいいのだ。あちしに会いに学院に来るときも、いつもお菓子を持ってきてくれるのだ」

「なんと!?」


 驚愕の表情を浮かべるアーノルドに、イーシアが顔を顰める。


「チッ、ンな話、今はどうでもいいだろうが。話の腰を折るんじゃねえよ」

『なんだ。ガラにもなく照れているのか?』

「そんなんじゃねえよ! ったく……それより試合でも見ようぜ。折角ウチの弟子が出場してんだ。その雄姿を拝んでやらなきゃ不義理ってもんだろ」

「騎士学校から転入させたラウル君のことじゃな? ふむ。しかし、何やら後方でじっとしているだけのように見えますが……」


 ラウルの転校に一枚噛んでいるアーノルドが、模擬戦の様子を見て首を傾げた。


「ま、あれはあれで役に立っているのさ。キューブを破壊されたら終いだからな。ああやってキューブの守備に専念している選手がいるおかげで、ほかの仲間が自由に動けるわけさ。もしかしたら例の機能を披露する機会も――ん?」

「どうしたのだ?」

「こいつは……へえ、少しばかり野暮用ができたかもしれねえな」


 闘技場の一点を見詰めるイーシアの瞳が鋭く細められた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ