ヘキサクロス7
ソフィアが持つ錫杖とジャネットが持つ斧槍が、甲高い音を立てて打ち合わされる。
剣戟の音が幾重にも響くが、どちらが押しているかは明白であった。一撃打ち合うごとにソフィアは徐々に後退していく。
フィールドの中央付近でぶつかった両者だが、今ではソフィアが自陣に押し込まれている状況だ。
ジャネットは特別なことはしていない。淡々と得物を振るい、着実にソフィアを追い詰めていく。その隙のない所作と立ち振る舞いに、ソフィアは思わず愚痴を溢した。
「やるやないか。ウチに冷や汗を掻かせるなんて大したモンやで」
「正直張り合いがないね~。お得意の金勘定はどうしたのさ~? このまま見せ場もなく素寒貧になるつもりかい?」
微妙に間延びした口調でジャネットがソフィアを揶揄する。
ジャネットは気分屋なところがあるため個人成績はあまり振るわないが、一対一での強さには定評があった。去年もリーゼロッテと組んでチームとして好成績を残している。
「確かに金は大事や。が、別段出し惜しみするつもりはないで。大事なものやからこそ、使うタイミングには慎重になるっちゅうだけの話や。――ってなわけで、ホイ」
「ん~?」
ソフィアの手元から飛んできた礫が、ジャネットに当たる前に何かに弾かれたかのように別方向に軌道を変える。
予想通りの結果に、ソフィアは舌打ちした。
「相変わらず厄介やな、あんたの重力精霊は……何せ攻撃がごっつ重くなる上に、遠距離攻撃がほとんど無効化されるんやからな」
ジャネットの攻撃がソフィアを圧倒していたのには理由がある。
彼女が契約する重力精霊の能力により、武器の斧槍の重量を何倍にも増加させていたからだ。無論最初からではなく、斧槍を振り下ろしたり薙ぎ払ったりといったタイミングである。それにより身体強化の出力をある程度抑えながらも、強力無比な一撃を繰り出し続けていたのだ。
また弓矢などの投擲物に対しても、一定空間内に任意のベクトルの力場を発生させることで、直接対象に触れることなく軌道を変えることができた。
「厄介なのは君もだろ~? 貸借精霊~だっけ? お金をトリガーにして様々な効果を齎すトリッキーな存在、っていうのは知ってるよ~」
「よう知っとるな。せやけど、その分コスパが最悪レベルでな。容易には使われへんねん。毎週試合があるワルプルギスになんか、真面目に参加する気もせえへんくらいにな……」
ソフィアは自嘲気味に告げると、不意に笑い声を上げた。
「ナハハハハ! せやけど、なんと今回は戦闘中に掛かった費用を全額経費で落とせるんやで! 流石はお大尽、あごあしつきや! 金貨の貯蔵は十分やで!」
ソフィアは空いた手に何枚もの金貨を取り出し、それを一枚ずつ惜しげもなくジャネットに投げつける。
「オラオラオラ! これが本当の投げ銭や!」
先ほどにも増して、勢いよく金貨が打ち出される。が、すべて例外なく力場によって弾き返されてしまう。
ジャネットが呆れた様子で肩をすくめた。
「だから効かないってば~。そんなこともわかんないのかな~?」
「わかってへんのはそっちやろ? ウチが大事な金を、こないなつまらん使い方すると思うんか?」
ソフィアは不意に銭投げを中断すると、錫杖を大きく振りかざした。次の瞬間、ジャネットの周囲に散らばった金貨が輝きを増す。
「これは――」
「大判小判がざっくざく、と――さあ行くで。取って置きの別荘にご招待や!」
輝く金貨同士が光で繋がって魔法陣を形成し、ジャネットを中心にした一帯が目も眩むような光に包まれた。フィールドに突如発生した巨大な光源は、花火のように一際瞬くと急速にその光量を消失させていった。
やがてジャネットの視界が回復すると、そこには別世界の光景が待っていた。
先ほどまでのフィールドや選手たち、観客席の人々の熱気や喧騒は消え去り、夜空を敷き詰めたような暗く何もない空間が広がっている。それでも不思議とジャネットの周囲は明るく、床の感触や上下左右を認識することができる。
「ここはウチが貸借精霊の力で借り受けた異空間や。時間貸しやから、仮にウチを倒したところで一定時間が来るまで出られへんで」
得意顔で述べるソフィアを見やり、ジャネットは微笑んだ。
「へ~、そうなんだ~。面白い芸だね~。あ――じゃあもういいや。君、終わりで」
直後、ジャネットの表情が消えた。双眸に宿った侮蔑の感情を隠そうともしない。口調からもフレンドリーさが消え、明らかに失望しているように見える。
「この期に及んで時間稼ぎとか、拍子抜けというより期待外れかな? 折角、面白い展開が見られるかと思って、大人しく攻撃を受けたのにさ……ま、仕方ないか。時間になるまで出られないっていうのなら、それまでの間、君を甚振ることで無聊を慰めることにするよ」
殺意さえ滲ませるジャネットの剣幕に対し、ソフィアは軽く肩をすくめるだけだった。
「なんやあんさん、ウチが精霊魔法を行使するのを待ってくれたんか? にしても、えらい物騒なことほざくやないか。随分とお冠みたいやけど、心配せんでも暇潰し用のアトラクションはきっちり用意してあるで?」
「へえ、それはそれは」
「あ、その顔は期待してへんな!? 論より証拠や。目ん玉見開いてよう見とき!」
ソフィアはジャラジャラと音がする金貨が詰まっている袋を掲げると、錫杖を押し当てた。
「追加料金や。先生、出番やで――『残骸召喚』!」
次の瞬間、ソフィアの前方に突如黒い霧が発生し、その中から一人の女性が姿を現した。
翡翠の髪と瞳。腰には短めのスカートを履き、スレンダーな肢体を軽装鎧で覆っている。肌は雪のように白く、その細い指には似つかわしくないような長大な黒槍が握られていた。
「その白い肌と特徴的な槍……まさか『蒼穹の魔女』!?」
ジャネットが呆然と呟く。
「いや、だが彼女は大戦期に亡くなったはず……そのことは歴史書にも載ってるし、仮に生きていたとしても世間の噂にすら上らないのは不自然すぎる」
魔女が歴史上初めて登場した頃、二度の大きな戦争があった。大戦とも称されるそれらは、既存の軍隊に魔女や精霊契約者が組み込まれた第一次と、魔女同士が死闘を繰り広げた第二次に分けられる。『蒼穹の魔女』とはその当時に活躍した魔女の一人であり、『魔女の六柱』にも数えられるほどの英傑だった。
ただし、公式には鬼籍に入っており、それは決して間違いではない。
「安心せえ。こいつはもう死んどるで」
「……は?」
「この御仁は、ウチんとこの『大旦那』が開発したレムナント・シリーズの一騎や。本人の遺物だの残骸だのを集めて、何十年もの時間を掛けて復元したらしいで。この空間でしか貸し出しできへんし、目ん玉飛び出るくらいの金額を請求されるんやけど、そこは経費で落とせるちゅうことで、今回は特別出血大サービスやで! 感謝しいや」
貸借精霊とは、その名の通り価格に応じて様々なものを貸し借りできる能力を持つが、貸借精霊それ自体も対象となる。
つまり、大本の一人――ソフィアが言うところの『大旦那』――が貸借精霊と契約することで、その権限や能力を別の人間に貸し与えることができるのである。無論、それには相応の資金を必要とするが、逆に言えばお金さえあれば精霊契約者どころか魔女にすら匹敵する力を得られるのだ。ワルプルギスで活躍するよりも、商売に専念して金儲けに精を出したほうが利があると言える。
そんなソフィアとしても、お金のことを気にせず精霊の力を使える今回の戦いは、極めて爽快な気分だった。普段ならコスパが悪くて使えないような高価な魔法でも、こうして気兼ねなく行使できるのだから。
無言のまま瞬きもせず人形のような瞳で見つめてくる蒼穹の魔女に、ジャネットは淡い笑みを浮かべる。
「俄かには信じ難いけど……まあいいや。ただのハッタリなら食い破ればいいし、もし本当なら二度と巡り合えないような貴重な機会だ。楽しまなきゃ損だよね~」
怖じることなく堂々と斧槍を構えるジャネット。そこには、格上の魔女とおぼしき存在と戦うことに対しての、揺るぎない戦意と気迫が横溢しているように見えた。
彼女の動きに反応したのか、蒼穹の魔女が黒槍をゆらりとジャネットへと向ける。その動作は機械じみていて、ジャネットとは対照的に感情というものを感じさせない。
「どうやらやる気が出たようやな。ちなみにあんさんを倒すと出来高ボーナスが付くんや。そんなわけでここは一丁、ウチのために死んでくれへん?」
「フフ、できるものなら力尽くでどうぞ~? さて――行くよ、重力精霊『ヒルベルト』! 過去の遺物となった古びた英雄を綺麗さっぱり掃除してあげるよ!」
契約精霊の力を開放し、自身の周りに強力な重力場を発生。初手から全力を振り絞ったジャネットは、蒼穹の魔女へと正面から突っ込んでいった。




