入学1
「君がここに呼ばれた理由はわかるかね?」
「……はい」
とある建物の一室において、年配の男性と女子生徒――いや、女性と見紛うような可憐な容姿をした少年が、重厚な執務机を挟んで対峙している。
アシュクロフト王立騎士学校。
王都郊外に居を構えるその学校は、十五歳以上の男子を貴族・平民問わず受け入れ、国のために活躍する優秀な騎士を輩出することを目的としている。しかし現在、国防や軍事の要となるのは彼ら騎士たちではなかった。
生物における強さの大部分は、保有する魔力の多寡によって決まる。だが人間の持つ自前の魔力は少なく、内在魔力を大幅に増やすには世界に漂う精霊の力を借りるしかなかった。
そして、運よく精霊と契約することができた者を精霊契約者。その中でも高位精霊との契約に成功した者を魔女と呼ぶ。
精霊契約者が行使できる精霊魔法や身体強化は、戦闘において他の追随を許さず、とりわけ魔女は一般的な騎士は元より精霊契約者とも比べものにならない力を有し、更には契約時に全盛期の肉体と不老長寿までも得るという規格外の存在だった。
つまり、精霊との契約如何によって当人の強さに甚大な影響が出るというわけである。――が、ここで一つ大きな問題があった。
魔女という呼称が示す通り、精霊は女性としか契約しないという特徴があったのだ。
そのため、現在の世界では女尊男卑の風潮が広まっており、男子ばかりが通うこの騎士学校もその煽りを受け肩身の狭い思いをしていた。
「儂はこれから非常につらい宣告をせねばならん。確かに君には同情すべき点もある。平民にも関わらず、一年浪人をしてまでこのアシュクロフト王立騎士学校の門を叩いた苦労人じゃ。入学してまだ一週間じゃが、授業態度も真面目で熱心に鍛錬に励んでいたとも聞く。じゃが――」
騎士学校の校長を務めるアーノルド・トインビーは、沈鬱な表情で首を振る。
「流石に王族への暴力行為は看過できん。申し訳ないがラウル君、君には本校を退学してもらう」
女尊男卑の世の中とはいえ、王族の権威が落ちているわけではない。確かに、精霊契約者や魔女の台頭により相対的に権力が低下しているともいえるが、王族の中に有力な精霊契約者や魔女の血を取り込んだり、または彼女たち自身が王侯貴族の身分になることにより、以前と変わらぬ権勢を誇っている国が多い。
そんな王族の一人と平民のラウルが諍いを起こした理由だが、何のことはない。単に、王族からの誘いをラウルがすげなく断ったことが発端だった。
ただ断っただけならここまで大事にならなかったのだろうが、その後もしつこく交際を迫られてキレたラウルが、相手の股間に蹴りを叩き込んでしまったのだ。
ちなみに当然ながら、その王族は男性である。新入生として入ってきたラウルに一目惚れしたとのことだが、生憎ラウルには男色趣味はない。例え女の子のような容姿をしていたとしても、普通に女性が好きなのだ。
「だ、だけどそれは、元はと言えば向こうが……オレは男だって言ってるのに、無理矢理付き合おうとするから……」
嬉しくない話だが、ラウルは女顔をしているためか昔から男にモテた。非常にモテた。
それでも自分が男であることを告げれば、その多くは勘違いを謝罪して素直に諦めたし、それでも諦めない輩に対しては、鉄拳、あるいは真剣を用いた実力行使で強制的に排除してきた。
今回も相手がやんごとなき人物ということで、ラウルも最初は我慢していたのだ。しかし最終的に、馬車の中に強引に連れ込れそうになったところで、ラウルの精神は限界に達してしまった。
「その点に関しては情状酌量の余地はある。あちらも少なからず否を認めておるとも。とはいえ、本来なら不敬罪で極刑すらも選択肢に入り得る事案じゃ。退学というのは可能な限り減刑した結果じゃと心得よ」
「ぐっ……」
ラウルにとっては気の毒な話だが、同年代の王族相手にしつこく付きまとわれるのも、ある意味では無理からぬことかもしれない。
王族ともなれば、その周りには魔女や精霊契約者など、とても逆らえないような目上の女性――不興を買ってしまえば己の命を失いかねないような実力者や権力者――が何人もいることだろう。無論そうでない女性もいるだろうが、そのような環境では女性に対する苦手意識が芽生えてもおかしくない。
そこに、女性のような可憐な容姿をしているが、実際は男性であるラウルのような人物が現れれば、自然と心が惹かれてしまうのも理解できるというものだ。
「わかり……ました……」
悔しそうに声を震わせるラウル。無理もないが、今回の退学という仕打ちはかなりこたえているようだ。
アーノルドはフッと表情を緩ませた。
「だがまあ、そこまで悲観するものでもない。捨てる神あれば拾う神ありとでも言うべきか、とある御方が君の別学校への編入手続きを進めて下さったぞ」
「え……? ほ、本当ですか!?」
驚きに目を瞠るラウルに、アーノルドは鷹揚に頷いた。
「うむ。喜ぶがよい。ついでに学費も免除だそうじゃ。既に新しい制服の用意もされており、明日からすぐ通えるようじゃぞ」
「す、凄え! マジで感謝。圧倒的感謝!」
「ただし、指定された学校の変更はできんからな。あの御方の手を煩わせたのじゃ。絶対にその学院に通学するように」
「勿論ですよ! この申し出を断るとか、そんな勿体ないことしませんてば」
「そうかそうか。それは重畳じゃ」
至れり尽くせりの展開に、ラウルは無邪気に喜びを露にする。その陰で、アーノルドは密かに口の端を吊り上げるのだった。