ヘキサクロス4
「お主は何を考えておるのだ!」
イーシアが立ち去った後の屋内練習場に、アカネの怒声が響いた。直接その声を浴びせられたエルフェイルは、耳を押さえながら悪態を吐く。
「やかましいわね。当然、勝つための方策に決まってるじゃない。どうせまともに作戦も立てられない剣術バカなんだから、つべこべ言わずに従ってほしいものね、猪武者さん?」
「あ? お主、喧嘩を売っているのか?」
「あ、あの、お二人とも喧嘩は……」
青筋を立ててエルフェイルを睨みつけるアカネ。偶然二人の近くにいたタチアナが泣きそうな顔をしている。
「チッ、別にそれが十分に納得できるものなら構わんさ。だが、こんなものは勝つための方策でもなんでもない。単なる自殺行為ではないか!」
アカネは強い調子で反駁する。周囲にいたラウルたちも渋い表情である。
エルフェイルが告げた作戦は、ラウルを囮役にするという少々信じ難いものだった。しかも、メンバーで唯一精霊契約者ではないラウルをクラウンにして前線に置くという無茶振りだ。
そんなもの、アカネだけでなく、ヘキサクロスを少し齧ったことのある人間には到底承服しかねることだった。
「ソフィアから(有償で)得られた情報によれば、リーゼロッテ側は新入生であるラスティ以外、当然のように経験豊富なメンバーで固めてきてるようね。けどその反面、去年の戦闘記録から個々のメンバーについて十分な情報が得られたわ。現状の私たちの戦力と照らし合わせ、分析した結果として、先ほど言った戦術が一番勝率があると私が判断したの。それとも何? 私が提示した作戦以外に何か具体的な方策があるのかしら?」
「む、それは……」
その言葉を聞いたアカネやラウルたちは一様に沈黙してしまう。
今のところ、対抗策の構築のような高度な戦術眼は、メンバーの中でエルフェイル以外には持ち合わせていない。よって代替案はあるのかと問われれば、ラウルたちに反論する術はなかった。
「それにこれが一番大きいんだけど、先ほどラウルがイーシア様から渡された剣のスペックが高い――いいえ、はっきり言ってしまえば規格外だったってことよ。スペック等が書かれた紙をさっき一通り見せてもらったけど、今まで考えていた戦術を根底から変えられるくらいにね。これだけの力、初見のリーゼロッテたちに即座に対応できるものではないわ。なら、ラウルを最大限活かすやり方に変えるのが筋でしょう?」
「ふむ。先ほどのイーシア様の話では、所持者が身体強化を使えるようになるんだったか……? 話は分かるが、試合は明日だぞ。その剣の能力や新たな戦術を習熟するにしても、時間がなさすぎるのではないか?」
「それについてはラウルの才能に期待するしかないわね」
「オ、オレの、才能……?」
ラウルが困惑気味に呟く。
「あら、この私の婚約者ともあろう者が、自信がないとでも言うのかしら?」
「あ、いや、そんなことは……」
「ええんやないか? 少なくとも、エルフェイルはんに頼りすぎるきらいがある、今までの戦術より勝率が高いのは確かやと思うで」
一人だけのほほんとした態度だったソフィアが意見を述べる。
「ウチの結んだ契約は、基本給プラス出来高払いやからな。堅実に相手選手を退場させてく戦い方のほうが儲かるんや。その点、一か八かの奇策に走ったほうが、負けたときの支払いが少なくて済む分、あんたらにとってええんとちゃうか? ウチとしても、大して働かんとも基本給分の銭が手に入るなら、それはそれで悪くない。お互いにメリットはあると思うけどな」
「へえ。流石商人、考えが金銭方向に偏ってるわね」
エルフェイルが皮肉気な笑みを浮かべる。
「といっても、負けるつもりはさらさらないけどね。貴女も、お金はきっちり払ってあげるから死ぬ気で働きなさい」
「人使いの荒いやっちゃな。ま、儲かるならウチは別にええけどな」
「むむむ」
ソフィアが消極的ながらも賛同するのを見て、アカネが眉根を寄せて悩み始める。
「……シルヴィはどう思う?」
「私のことなど気にせず決めればいいわ。どうせ私は戦力外のようなものだから」
ラウルがなんとはなしに尋ねると、シルヴィアは自嘲気味に告げた。
「シルヴィ!」
「お姉さま?」
シルヴィアを呼ぶエルフェイルの表情は思いの外真剣だった。
「自分を卑下するのは勝手だけど、私は貴女を大事な戦力として見てるわ。ラウルの次に重要なポジションを任せるつもりだし、むしろ試合での勝利の鍵はシルヴィであると言っても過言ではないわ」
「で、でも、新入生の私がそんな役割をこなせるはずが……」
「入学したばかりというのは利点にもなるわ。図書館には過去に行われたワルプルギスのデータが集められていて、相手がどんなに優秀でも手間や時間をかければ事前に対策することが可能なのよ。今回の対戦相手であるリーゼロッテたちがいい例ね。だから、シルヴィは何も気負う必要はないわ。私の指示に従って己の最善を尽くせばいいの。そうすれば自ずと最良の結果が得られるわ」
「お姉さま……はい! ありがとうございます!」
姉からの激励を受け、シルヴィアの顔つきが一変する。決意に満ちた眼差しを宿す姿に、様子を見守っていたラウルの口元に自然と笑みが浮かんだ。
(これはオレも負けてられないな……!)
「――で、貴方はまだつべこべ言うつもり?」
と、エルフェイルに問いかけられたアカネは嘆息した。
「わかったわかった。わたしもエルフェイル殿の方策に付き合おう。まったく、この展開でこれ以上文句を言えるわけないではないか……だがわたしも、今回の件への協力に加えソフィアへの資金を提供したんだ。何らかの見返りは用意してあるんだろうな?」
「相変わらず欲しがりね。いいわ。じゃあ私がコレクションしている……の使用済み……を……」
「そうか、そのようなものがあるのか……ジュルリ。ならば是非もないな。うむうむ」
「ん? 何か今、背筋に悪寒を感じたような気が……」
ラウルの呟きは虚空に消えた。




