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ヘキサクロス2

「よお、久しぶりだなバカ弟子。なんとか間に合ったみたいでよかったぜ」


 ――決闘が行われる前日のこと。

 闘技場内にある屋内練習場の一つを貸し切って、最後のチーム練習を行っていたラウルたちは、突如現れた一人の人物に目が釘付けとなった。


「し、師匠!?」

「イーシア様!?」


 ラウルとエルフェイルが、信じられないものを見たかのような顔をする。二人に遅れて、相手の正体に気付いた残りのメンバーも驚きを露にした。それも仕方のないことかもしれない。


 イーシア・ヘルナンデス。

 『魔女の六柱』に数えられる最強格の魔女の一人で、別名『剣の魔女』と呼ばれている。その名に相応しく、剣の扱いにおいて彼女の右に出る者はおらず、互いに剣を使った戦いにおいて文字通り無敗を誇る。無論、他の武器や精霊魔法を使われてもまず負けることはないが。

 そして――驚くべきことにラウルの剣の師匠でもあった。


『久しいな若人たちよ。壮健そうで何よりだ』

「お、お久しぶりです。マルデューク様」

「そちらもお変わりないようで。喜ばしい限りですね」


 イーシアの嵌めた指輪から響いた壮年の男の声に、ラウルとエルフェイルが挨拶を返す。

 その声の主は、イーシアの契約精霊である剣の高位精霊マルデューク。指輪は、彼の意志や言葉を表出する端末のようなものであり、その気になれば自発的に力を周囲に行使することもできる。

 ちなみに精霊における区分では、確固たる自我を持ち人語を解するだけの知性を持つものを高位精霊と呼ぶ。彼らと契約すると契約者の肉体が作り替えられ、強大な力を得た不老長寿の存在――すなわち魔女となる。イーシアも見た目こそ若いが、実年齢は三桁に達していた。


「ラウルに会うのも大体半年ぶりか。以前よりも逞しく――いや、格好良く――いや、凛々しく――いや、綺麗に――いや、可愛くなったな」

「嬉しくねええええええええ! ていうか、何故かだんだん男に対する感想から遠ざかっていってませんか!?」

「ハハハ、仕方ねえだろ。実際、紛れもない事実なんだから」


 大声で抗議するラウルに、イーシアが揶揄するように肩をすくめる。

 と、


「あ、あの、あにゃたさまは、き、きゃの有名な剣の魔女さみゃでありゃせりゃれましゅか!」


 噛み噛みの口調でアカネがイーシアに話しかける。

 手足は震え顔は紅潮しており、極度の緊張でガチガチになっているのが見て取れた。


「ん? 誰だ、あんたは?」

「わっ、わゃた……ゲフン。わたしは、アカネ・ジークリンデと申すものです。東方の国からの留学生で、剣の道を究めんと志すものです」

「ほう」


 咳払いし、何とかまともに受け答えできる状態に持ち直したアカネは、腰を曲げて深々とお辞儀をする。イーシアが興味深そうに頷いた。


「東方出身か。東方の剣士っつうと『水刃の魔女』が有名だな。そいつに鍛えてもらったりはできねえのか?」

「『水刃の魔女』様は、わたしの国の守り手を担っております。わたし如きの身分ではお目通りするのも難しく、そもそもあの方はあまり表舞台にはお出にならないので……」

「ああ、確かにあいつはどちらかっつうと引きこもりの部類だな。ま、そうだな。なんならあたしと一度手合わせでもするか? しばらくはこの学院にいるつもりだからよ」

「お、おお……! それは誠にございますか! でしたら是非とも『剣の魔女』様の御指南をお願いしたく!」


 感無量といった面持ちで、アカネは瞳を輝かせる。そこで、ラウルが疑問を口にした。


「そういえば、師匠はなんでルベイエールにいらしたんですか? わざわざオレに会いに来たってわけでもないですよね? ここに来た時に、間に合ったとか何とか言ってましたけど」

「あん? リアーナの奴から聞いてねえのか? 端的に言やあ、お前にはある武器の開発試験に協力してもらいてえのさ。ほら、浪人中に『彫金の魔女』に会っただろ?」

「開発試験? 確かに、半年くらい前に師匠が連れてきた女の人と会いましたけど――って、あの人、魔女だったんですか!?」


 突然突き付けられた事実に、ラウルは驚きを露にする。イーシアは担いでいた背嚢から、布で包まれた一抱えほどある荷物を取り出した。


「こいつがその『彫金の魔女』謹製の武器だ。銘は『フレスベルグ』。ラウル専用に調整がされていて、基本的にお前にしか扱えないようになってる。ブリギット(彫金の魔女)の奴も、ワルプルギスのシーズン開始に合わせるのには苦労したようだがな」


 ラウルは手渡された荷物の布を取り、中身をまじまじと見詰める。

 見た目には一般的な長剣とほとんど変わらない。小振りな水晶のような物体が柄の部分に付いているのが、唯一特徴的といえる。


「これが、彫金の魔女が作った武器……」

「そうそう。リアーナから聞いたんだが、お前たち、明日ヘキサクロスの試合があるんだろ? そこで早速、実際に使ってみてもらいてえのさ。そいつの改良や量産化に際し、色々とデータを取る必要があるんでな」

「いきなりですね。明日の試合は、私たちにとってそれなりに重要な位置づけなんですけど?」


 エルフェイルが半眼で抗議するが、すぐさまイーシアが通告する。


「あ、ちなみに拒否権はねえぞ。聞いてるかもしれねえが、この計画は『魔女連盟』がバックについてる。学院長のリアーナは勿論、隣の騎士学校の校長も一枚噛んでるぜ」

「は!? 師匠が関わってるのは予想してましたけど、あのクソジジイもグルだったってことか! 道理で話が出来過ぎてると思ったよ!」

「とは言っても、これはラウルにとっても悪い話じゃねえ。この学院に入って周りの精霊契約者と戦うのに難儀してるんだろうが、この剣はな、持ち主に身体強化を付与できる画期的な武器なのさ」

「嘘でしょ!? そんな規格外の性能、仮に量産されれば世間がひっくり返るわよ!?」


 エルフェイルはゴクリと息を呑んだ。

 今の世の中で、少数の精霊契約者が社会的に高い地位を持っているのは、彼女たちが精霊魔法と身体強化という二つのアドバンテージを持っているからだ。そのうちの一つだけでも、他者――特に男性の騎士たちが手に入れることができれば、今までの権力構造が激変する可能性がある。


「……成るほど。だからイーシア様が直接運んできたんですね。データ採集の場としてワルプルギスは都合がいいし、外界から隔離された精霊学院なら情報管理もやり易い。それに、守りも固く敵対勢力も手を出し難い」

「察しがいいな。流石はシャロの愛弟子だ。説明する手間が省けるぜ」

『やれやれ。イーシア、少し喋りすぎではないのか? 人数は少ないとはいえ、ここには他者の耳目があるということを理解しているのかね』

「あん?」


 それまで黙っていたマルデュークが苦言を呈する。

 ふと顔を上げたイーシアが、周囲で見守っていた者たち――特に、わざとらしく耳に手を当てて話の内容を聞き漏らすまいとしていたソフィアに目を向ける。


「あ、ウチのことはスルーしてええで。そのまま話を続けてや」

「……お前、なかなかいい性格してやがるな」


 にやにやと半笑いになりながら、イーシアが腰の剣に手を当てる。次の瞬間、ズザザザと音を立ててソフィアがラウルの後ろに避難した。

 エルフェイルが蟀谷を押さえる。


「ソフィア、貴女ね……」

「ソフィアっていうと、確かグリードの関係者っつう話だったな。リアーナの奴も扱いに苦労してる感じだったしな。念のためここで始末しとくか」

「ひぇっ! ウ、ウチに手を出すと、上のモンが黙ってへんねんぞ!?」


 イーシアから剣呑な視線を向けられ、ソフィアがラウルの服を掴んで震えあがった。


「……イーシア様。これでもソフィアは貴重なメンバー。殺すと明日の試合ができなくなりますよ?」

「そいつは困るな。ま、しょうがねえか。その首はしばらく預けといてやるよ」


 エルフェイルの意見で簡単に引き下がったところを見ると、イーシアとしても冗談だったようだ。


「心臓に悪いわ……いくらなんでも悪趣味過ぎるやろ。こら、男性のラウルはんを弟子にしとるっちゅうんも頷ける話やで」

「そこはわたしも気になるな。イーシア様、魔女である貴女様がどのような経緯でラウルを弟子に取ったのでしょうか?」


 ソフィアが呟いたぼやきにアカネが反応する。


「ああいや、その、そこはまあ、已むに已まれぬ事情があってだな……」


 珍しく歯切れの悪い様子のイーシア。マルデュークが嘆息気味に呟く。


『どこが已むに已まれぬ事情だ。単なる勘違いではないか』

「ああ、こらマルデューク! テメエ、いきなりバラすんじゃねえよ!」

「勘違い、ですか?」


 本人も理由を知らなかったのか、ラウルが首を傾げた。

 自身の契約精霊に裏切られたイーシアはしばらく口ごもっていたが、周囲の視線に耐えかねたのか言い訳がましく捲し立てた。


「だって仕方ねえだろ!? シャロの付き添いでエルフェイルの嬢ちゃんに会ったとき、たまたま近くにこのバカ弟子がいてよ。歳の割に筋のいい剣だったもんで、成り行きで弟子にしたんだよ。今思えばシャロの奴に当てられたのかもしれねえな。ただ、その相手がまさか男だったとは思わなかったんだよ! 大体、こんなナリした野郎が男だなんて、詐欺みたいなもんじゃねえか!?」

『ふむ。その点に関しては同意するしかあるまい』

「確かに」「それはまあ」「弁解の余地がないわ」

「…………」


 その場にいた他の面子もうんうんと頷く。自分の女顔がコンプレックスのラウルは頬を引きつらせるしかなかった。


「ま、それでも結果オーライってやつかもな。師匠になった手前、騎士学校に入るまでずっと剣を教えてやったんだが、多少非力な点を差し引いても、それなりに満足できる腕前には仕上がった。図らずも今回の一件に打ってつけの人材になったわけだから、決して無駄にはならなかったぜ」

「はあ、それはよかったですね」


 あからさまに拗ねた様子のラウルを見て、イーシアは慰めるように肩を叩いた。


「機嫌直せよ、バカ弟子。なんにせよ、そのフレスベルグはお前の為になるんだから、明日の試合までに可能な限り習熟するんだな。細かい仕様はこの紙に書いてあるから、くれぐれも他人には見せないようにしろよ? 特に、そこにいる欲深い商人あたりにはな」

「お、横暴や! 圧制には断固反対するで!」


 ソフィアが威勢よく反論するが、ラウルの背中に隠れながらのその声量は小さかった。


「そんじゃ、あとはよろしく頼んだぜ。折角お膳立てしてやったんだから、試合には絶対に負けるんじゃねえぞ」


 と言い残し、イーシアは颯爽とその場を後にしたのだった。


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