ヘキサクロス1
決闘当日。今日は休日であるため授業はなく、舞台となる闘技場には驚くべきことに全生徒の六割近くが見物に訪れていた。
編入したばかりの男子生徒が関わっているという話題性や、リーゼロッテやエルフェイルの学院内での知名度もあり、結果としてこれだけの注目度となったのだ。
ラウルたちのチームメンバーは、ラウル、エルフェイル、アカネ、ソフィア、シルヴィア、タチアナの六名。もう一方はリーゼロッテ、ラスティ、セリーナと他三名である。
リーゼロッテたちは、ラスティを除いたほぼ全員が学院で一線級の精霊契約者なのに対し、ラウルのチームは、エルフェイルやアカネは別として、男であるラウルと新入生であるシルヴィアとタチアナが大きな不安要素だった。
「フッ、逃げずによく来たわね。これから大勢の前で大恥をかかされるとも知らずに」
控室から舞台に向かう通路の途中、リーゼロッテが勝ち誇った表情で挑発してくる。
「それにしても、六人のメンバー枠があるなかで、半分を新入生で揃えるなんて随分と余裕があるね。私たちは応募してくる生徒が殺到して、メンバーを絞るのに相当頭を悩ませたっていうのに」
(嫌味か!)
ラウルは心中で吐き捨てた。
不機嫌そうな雰囲気を放つラウルたちの中で、エルフェイルが一歩前に出た。
「得意げになるのは結構だけど、リーゼロッテ先輩。貴女、もう少し自分の立場を理解したほうがいいんじゃないかしら?」
「……なんですって?」
余裕の表情で言い返され、リーゼロッテが軽く眉をひそめた。
「そちらのメンバーは学院でも選りすぐりだけど、こちらのメンバーは貴女の言う通り半数が新人。負けた時の言い訳はできないわよ? ラウルに惨敗したそこの妹さんだけでなく、姉の貴女も部屋から出歩けなくなるんじゃないかしら?」
「な……」
アリーシャの煽りに、リーゼロッテが思わず気色ばむ。妹のラスティも顔を真っ赤にしていた。
が、自分たちの背後にいる人物を見やり、すぐに余裕を取り戻す。
「それは負けた時の話でしょう? 私たちに油断はないわ。万が一にも負けないよう、取って置きの隠し玉も用意したしね!」
リーゼロッテが目配せすると、仲間が端に寄っていく。そして、壁に背を預けショットガン型の武器を肩に担いだ一人の女子生徒の姿が露になった。
「ミラ先輩……!」
珍しくエルフェイルが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……エルフェイル」
ミラと呼ばれた女性は憮然とした表情で、切れ長の瞳を刃のように薄く細めた。
自然とエルフェイルとの間で睨み合いになる。すると、ソフィアが横から割って入った。
「なんや、誰かと思たらミラ・バートレットはんやないか。ここにいるっちゅうことは、リーゼロッテはんのチームに参加するつもりなんか? あんさんは今年、自分のチームを立ち上げるつもりと聞いとったけどな」
「私は今回の試合だけのスポット参戦だ。何せ目を掛けていた後輩が、男に絆されて自分勝手に振舞っていると耳にしたのでな」
「とんだ濡れ衣ね。私はただ、失礼な貴族のお嬢様に現実ってものを教えてあげようとしてるだけよ。それに私が何をしようが、先輩には関係ないと思いますけど?」
「直接的ではないとはいえ、私もシャーロット様の薫陶を受ける身だ。妹弟子に当たるお前を気に掛けることに、何ら不自然はないと思うが」
「ミラ先輩。余計なお世話って言葉知ってます? ――ああ、ごめんなさい。知らないからこんなところにいるんですね? お可哀そうに」
悉く噛みついてくるエルフェイルに、ミラが大仰な仕草で嘆息する。
「そもそも精霊学院の生徒たるもの、ワルプルギスで勝利するために全力を尽くすのがあるべき姿だ。下らない罵り合いは別として、リーゼロッテのチームに入るのがグランプリファイナル出場に最も近いというのに、この至極当然の理屈が何故わからぬ!」
「別に入ってもいいとは言ったわよ? ただし、シルヴィアとラウルが一緒ならっていう条件は付きますけどね」
「それが自分勝手な話だというのだ! ヘキサクロスのチーム編成において、リザーブ枠は二つしかない貴重なものだ。それをまともな戦力にならない雑兵で埋めるなど論外という他ない。正直、呆れかえってものも言えんぞ!」
「へえ……?」
その言葉は流石に許容できなかったのか、エルフェイルの雰囲気が変わる。
場の空気が一気に緊張してきた。ラウルがごくりと唾を飲み込む。
「……アカネさん。彼女が誰だかわかるか? エルフィの知り合いのようだけど」
事情を知らないラウルは、隣で険しい顔で二人を見詰めているアカネに尋ねた。
「うむ。ワルプルギスに多少疎いわたしでも知っている有名人だ。彼女はミラ・バートレット。武門を誇る貴族家の出身で、去年のヘキサクロスにおいて、ルベイエールでトップの個人成績を叩き出した人物だ。銃器を扱う関係上、エルフェイル殿とも一時期同門だったと聞いている」
ヘキサクロスでの成績を示す個人指標に、敵の撃破数と自分の退場数の割合というものがあるのだが、その数値で学内最高値を記録したのがこのミラという生徒らしい。その上、エルフェイルとも互いに手の内を知る関係性のようで、おそらくエルフェイルを封じる目的で勧誘された助っ人なのだろう。
(つまり相手には、去年の学院で成績トップだったチームと選手が揃ってるってことか……)
食堂での出来事だけであればあまり興味を抱かなかっただろうが、今のラウルは、とある事情により決闘での勝利が義務付けられている。厳しい戦いになることが予想され、ラウルは思わず顔を顰めてしまう。
「ミラさん。そろそろ……」
試合時間が迫り、傍らのリーゼロッテが仲裁に入る。
「そうだな。これ以上は言葉ではなく、拳で語るべきだろう。私の武器である『フラムスティード』と貴様の『レーヴァテイン』、どちらが優れているか雌雄を決しようではないか」
「随分と自信があるような口ぶりね。――いいわ、貴女のちっぽけなプライドごと撃ち抜いてあげる。今は精々、自分たちが勝利する夢に浸っていなさいな」
「相変わらず口だけは達者だな。今日の試合でもその実力が発揮できるよう祈っているよ」
最後にエルフェイルを一瞥すると、ミラは背を向けた。その場から颯爽と去っていくミラを、リーゼロッテたちが付き従うように追いかけていく。
「お姉さま……」
シルヴィアが不安げな表情で姉を見詰める。エルフェイルは渋面のままミラの背中を睨んでいた。
ソフィアが肩をすくめる。
「ウチが掴んだ情報通りやったな。一応ミラはんがいた場合の戦術はできてるんやろうけど、こいつはなかなか骨が折れるで?」
「望むところよ。ここで打ち負かしてしまえば、後から余計な口出しをされることもないでしょうしね。カギを握ってるのは貴方よ、ラウル。イーシア様がご覧になってるんだから、くれぐれも下手を打ったりしないようにね」
「ああ、わかってる」
エルフェイルの檄にラウルは重々しく頷くと、腰に佩いた真新しい剣に手を添える。
与えられた役目は重大だが、決して臆することはない。幸運にも、格上の精霊契約者に対抗できるだけの手段は手に入れたのだ。これで無様に負けたら師匠に合わせる顔がない。
ラウルは改めて気合を入れると共に、前日の記憶を思い起こした。




