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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ワカラヌモノ

作者: SUGISHITA Shinya

時は江戸。山間の小藩にワカラヌモノが出現。全てを蹂躙し駆け抜ける。


この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

また実際の事件、人物、団体等とは一切関係ありません。

 畑に行くぞと痩せて頭髪も髭も手入れをしない、つぎはぎだらけの野良着を着た父が言う。引っ詰め髪の母が早くしろと言う。


 田畑は痩せた土地で年貢を納めたら一家が食う分はほとんど残らない。山へ行って山菜を取って来て粟だか稗だかと一緒に煮てやっと生きている。家の中に笑いは無い。何のために生きているのか。


 近くに所帯を持った姉とその子供が日の出と共にやって来て親に無心する。両親は姉と気が合い、なけなしの食料をくれてしまうのだ。家に残った俺の事など姉も両親も奴隷とでも思っているんだろう。


 近所だって、猜疑心、嫉妬、妬みだけだ。会話をすれば何気ない言葉から妄想を膨らませて腹を立てる。立て続ける。孫子の代まで語り継がれる。狭い土地に妄想が幾重にも張り巡らされる。陰険な蜘蛛の巣から逃れようも無い。


 ああやだ、やだ。

 何もかも、やだ。

 こんな暮らし、こんな家族、こんな隣人、こんな村人、こんな村。みんな無くなってしまえばいいんだ。


 盛夏だ。暑い。蒸し暑い。汗が顔や胸から流れ出る。顔、首、手足が蚊に刺される。蚊が耳元で飛んでいる。叩いても逃げられる。イライラする。寝られたものではない。


 両親から今日もグチグチ言われたな。クソ暑いのに文句ばかり言ってくる。頭が沸騰する。俺はマサカリを持ち出し、寝間に行き、寝ている父と母にマサカリを振るった。呆気なかった。あれ程偉そうに俺をこき使って文句を言っていたが、マサカリの一振りで黙らせられた。


 次は隣の家だ。親父が留守の時にやって来た隣の婆さんが俺の一言に腹を立てたらしい。それからというもの隣一家がちくちくと嫌がらせをする。畑に行って鍬を振るうと埋められてあった石にあたる。両手で抱えなければ持てない大きさの石だ。耕し続けた畑にこんな石が埋まっている筈がない。何回もだ。この前は犬の死骸が埋まっていた。


 俺はマサカリを研いだ。血まみれのマサカリだ。血糊を洗い流し砥石で研ぐ。この間の山仕事の後研いておけと言われていたがそのままにしておいた。黙っていれば研いたものを一々小言をいう。だが今は自分の為に研ぐ。刃はさほど潰れてはいない。念の為鉈も持っていくことにした。こちらは少し刃が欠けていた。首の血脈を切るにはこちらだ。スッと切れるように入念に研ぐ。


 マサカリを持ち鉈を腰にぶら下げ隣の家に向かう。開け離れた縁側から侵入する。蚊帳の吊り手を鉈で切り、マサカリで蚊帳の上からババアを殴りつける。グシャッと潰れる音がする。木を切る時は硬い音がするが成る程人の頭はグシャッか。奥から音がする。倅夫婦か、待ってろ、今行く。グシャッ、グシャッ。子供はいない。


 次はこの家の隣だ。婆さん一家から俺の悪口を聞いてさぞ楽しかっただろう。わかるぞお前らの態度で。さあグシャッ、グシャッだ。


 次は姉の家だ。挨拶しに行かなければならない。お、家にあったものが随分あるな。奴隷の俺を働かせて、さぞかし両親と楽しかったろうな。どこかな、おお寝ているじゃないか。姉夫婦をグシャ、グシャ。その子供も朝早くから家に来て俺の食うものを食べていったな。グシャ、グシャ。


 グシャ、グシャするたびに体内から力が湧き出る。疲れない。まだまだやれる。村内を手当たり次第グシャ、グシャ。


 一人グシャするごとに爽快感を覚え俺の体に力が漲り、全ての筋肉がピキピキと音を立てて盛り上がっていく。着物が破ける。褌の紐が切れる。草鞋の鼻緒が弾け飛ぶ。五尺程度の背丈であったが、今や優に一丈を超えた。マサカリも鉈も要らない。手で頭をグシャっと握り潰すことが出来るようになった。何もかも握り潰し踏み潰し体当たりをして蹂躙していく。

 

 家族を身内を隣人を村人をグシャし終えた俺にあっちに進めと声が聞こえる。進むべき方向が輝いて見える。

 最早憎しみも何もない。全て忘れた。ただ歓喜があるのみ。体の内から衝動が湧き上がる。オウ、オウ、オオオオオと雄叫びをあげ、一直線に駆け抜けていく。


 関所の小物が遠くに土煙を上げて走り来る巨人を見つけ代官に注進した。

 「見たこともない巨人がかけて来ます」

 

 高台にある屋敷からそれが見えた。

 代官は身震いし、自らを鼓舞し大音声で叫んだ。

 「関所を破られてはならぬ。出陣」


 「「待て」」

 とうに隠居して城下から遊びに来ていた碁敵と碁を打っていた代官の父親が叫んだ。

 「あれはワカラヌモノだ。近づいてはならぬ。手出しをせねば駆け抜けて行くだけだ。あれはどうなるものではない」


 「親父殿、殿から我々に与えられた職務を果たさねば忠義が成り立たぬ。こうしている間にも奴が近づいて来る。行くぞ」


 「馬鹿者。お前に引き継いだろう。ワカラヌモノの扱いを」


 「ワカラヌモノーーーー」

 思い出した。代官は血が引いた。


 「撤収、小者含め直ちに関所から撤収せよ」


 「そうだ。それで良い。やつは真っ直ぐ来る。進路を妨害するな。おい代官、早馬だ。城にワカラヌモノがかけてくると注進せい」


 「すまぬ、親父殿。聞いたか。早馬を出せ。一騎は城へ、一騎は街の年寄りへ知らせよ。すぐ行け。やたらと大声を出す奴がいたな。そやつに「ワカラヌモノが来るぞ。逃げろ、逃げろ」と喚きながら城下まで走らせよ。馬を使って良い。すぐ出せ」


 「うむ、中々良い代官じゃの」

 代官の父の碁敵が微笑んだ。

 

 「褒めると天狗になる。おい代官、進路を見極め退避だ」


 城門へ早馬がついた。

 「御注進、御注進、ワカラヌモノが駆けて来る」

 門番は面食らった。馬上で鉢巻を巻き、襷を掛け股立ちを取った血眼の男が喚いている。馬は泡を吹いて合戦場かと思うほどであった。門番が静かにしろと言っても聞かない。刀を抜かんばかりだ。

 

 小競り合いをしていると奥から中年の武士が走り出て来た。

 「何処だ。何処に出た」


 「北関所でござる」


 「進路は。どこに向かっている」


 「此方のようでござる」


 「わかった。大義である。休んでよい」


 武士は駆けて引き返して行く。殿が居て良かったと思いながら。

 御殿に入り、「殿、殿、一大事でござる」と叫びながら止める者たちを振り払い奥に向かった。


 遠くから聞こえる騒ぎに近習が色めき立ったが殿は「良い」と抑えた。

 「あれは乳兄弟じゃ。出世はせぬが我に含む所はない。大事が出来したのだろう。通せ」


 「殿」


 「お袋殿に何かあったか」


 「息災でござる。いやそれどころではござらぬ。ワカラヌモノが北関所付近に出来し此方に向かっている由の注進がござった」


 「わかった。お前は奥にいって全員奥庭に退避させろ」


 「承知」


 殿は近習に向かって

 「非常事態出来の太鼓を打て。それから城門へ行き、登城の者全員に「ワカラヌモノが来る。殿の命である。登城に及ばず。隣近所に伝え各自退避せよ。手出しはならぬ」と申し渡せ」

 続いて

 「城内の者すべてを建物外に避難させよ。ワカラヌモノの進路を見極め避けよ」

 近習は駆け出した。


 「さて城門に行くか。うまく城下を避けてくれると良いが」


 関所では、すでにワカラヌモノが通った後である。代官の父の碁敵が代官に語って聞かせている。


 「ワカラヌモノ。あれがこの前現れたのは100年も前のことじゃ。ワカラヌモノの進路上に城があったので、時の城主が進路を逸らすために決死の覚悟で弓を引いた。確かに弓はワカラヌモノに当たった。じゃが当たっただけじゃった。傷もつけられなかった。ワカラヌモノは城は勿論、城下町の建物も人も全て破壊した。城主も侍も町人も死亡した。後には瓦礫と死体が残るのみじゃった。ワカラヌモノは元の進路通り一直線に駆け抜けて行った」


 碁敵は破壊された関所を見ながらお茶を啜って続けた。


 「滅んだ城主の本家からお主と儂の先祖が調査に派遣されてきた。ワカラヌモノが領内に侵入した地からワカラヌモノの破壊跡を辿って調べた。ワカラヌモノが出現した地は隣藩だったが聞いたところによると、そこには小さな村があったが壊滅していて誰もいない。事情を聞く事も出来なかったそうだ。その村から山も谷も川も一直線に突っ切り海岸までワカラヌモノが通った跡が続いておったそうだ。海岸の民に聴取すると海が割れてワカラヌモノが海の底を駆け抜けて行ったと口を揃えて言う。割れ目が塞がると大波が来て多くの家が流されたそうじゃ。ワカラヌモノは大海原を割り、駆けて行った。それから先はわからぬ」


 代官の父が続ける。


 「幕府も藩に取り立てて落ち度があったわけでないので、再び本家から分家させ後に入らせた。調査に来た儂らの祖先もそのままこの山間の地に住むことになった。出来事の詳細を子孫に伝え次に備えよと言われての。貧乏籤よの」


 ワカラヌモノが駆け去った方を見やりながら続ける。


 「城下を避けてくれれば良いが。再び更地になってしまったらこの地は呪われた地になってしまう。殿はうまくやったかのう」



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