深夜ラジオから流れる怪談がなんかおかしい
『始まりました、深夜の怪談ラジオ……今宵はリスナーの皆様からいただいた、背筋が凍るほど恐ろしい怪談の数々を一つずつご紹介していこうと思います……』
ゆっくりと、どこか重い口調で話す女性の声に僕はワクワクしながら耳を傾ける。
かつてのオカルトブームはどこへやら、最近ではバラエティ番組でさえ心霊スポットロケだの怖い話だのを取り扱おうとしない。そんな日々に物足りなさを感じていた最中、「深夜の怪談ラジオ」なんて番組があるのを知ったのだからそれはもう期待するに決まっている。あぁ、このジトッとした女性の喋り方がいかにも「怪談」って感じで最高だ。放送時間が心霊現象のゴールデンタイム・丑三つ時であるのも好ましい。真夜中に聞くラジオ、そこから流れ出る怪談……もう、堪らない! わざわざ部屋の電気を消し、心を躍らせる僕の期待に応えるがごとく、ラジオは「怪談」を語り始める。
『まずは「五番目」さんのお話から……当時、大学生だった五番目さんは一人暮らしのためにお部屋探しをしていました。その際、立地条件はいいのに信じられないほど家賃が安い部屋を見つけ……不審だと思ったものの、心霊現象の類いを信じていなかった五番目さんはすぐその物件に住むことを決めました。そうして、とあるアパートの一室で暮らすことになったのですが……』
お、事故物件か。まぁ無難な出だしだな。
独居老人がさして珍しくなくなった現在、事故物件は珍しいものではなく、またそれを気にしない人も増えているという。
だけど怪談の舞台として「事故物件」という場所は大変わかりやすく、身近な存在だ。何が出てもおかしくない、何かあったに決まっている……そんな期待で胸を膨らませながら、僕はラジオの声に耳を傾ける。
『引っ越したその日の夜から五番目さんは、寝ているとどこからか金属音が聞こえることに気がつきました。しゃきん……しゃきん……という金属が擦れ合うようなその音は毎晩、午前二時を回った辺りから響き始め……不気味に思い始めたある日の夜、五番目さんがふと目を覚ますと自分の体が動かなくなっていることに気がつきました。目は覚めているのに、体が動かせない。視線を彷徨わせ、混乱する五番目さんが部屋の隅の方を見つめると……そこには、大きなハサミを持った髪の長い女の姿が……!』
うおお! キター! 「金縛りからの幽霊目撃」パターン!
僕自身は金縛りに遭ったことなんて人生で一度もないけど、金縛りと言えば怪談、怪談といえば金縛りだ。科学でメカニズムが証明されているとか疲れているとなりやすい人がいるとか、そんなことはどうでもいい。自分は動けない、恐怖が目前に迫っているのに何もできない! これぞ怖い話の醍醐味、最強で最恐なシチュエーションだ!
ラジオが一度ひゅうん、と怪談を盛り上げるBGMを流すと語り手である女性が再び口を開く。やや緊迫感のこもった声で紡がれるその続きに、僕は息を飲む。
『女は恐ろしさで息もできない五番目さんと目が合った次の瞬間……五番目さんの枕元に立ち、血走った目でハサミを振り上げました。そうして、五番目さんにこう言ったのです……! 「私のこの髪を医療用ウィッグとして寄付したいので、切ってください」と……!』
いや、ヘアドネーション!
何らかの事情で自身の毛髪を失った子どもたちのために、髪の毛を寄付する医療的ボランティア。それ自体は大変、素晴らしい行いだが少なくとも幽霊がすることではない。というか、幽霊の毛髪が生きた人間に使用できるのか? 排水溝に大量の髪の毛が絡まる、は女の幽霊が出てくる話だとよくある心霊現象だが……
『その毛髪はしかるべき団体に寄付し、五番目さんはひどく感謝されたそうです……』
って、結局切ってあげたんかい!
一人、考え込んでいた僕は思わずラジオに向かってそうツッコむ。
金縛りにあった状態でどうやってハサミを使ったのか、というか素直に髪を切ってあげる五番目さん肝が据わりすぎじゃないのか、色々言いたいことがある僕を制するかの如くラジオから『続いて……』と女の声が流れる。
『「四番目」さんの体験談……子どもの時から人形やぬいぐるみが大好きだった四番目さんはある日、古い日本人形をもらいました。幼いながらそれが高価な品であるとはわかったものの、どことなく薄気味悪いと思った四番目さんはその人形を押し入れの奥へ、隠すように仕舞い込んだそうです……』
あー、日本人形! ディス・イズ・ジャパニーズホラー!
人形はもともと災厄を引き受ける身代わりとして使用されることもあり、その周りにはオカルトなエピソードが欠かせない。中でも日本人形は見た目からして平坦な顔かつ無表情、どことなく恐ろしいオーラを漂わせている。古くから伝わる工芸品にそんな言い方をしてはいけない? それはこの際、関係ない。長い歳月もまた、極上の怪談を彩るスパイスだ。
『そうしてその人形の存在をすっかり忘れ、数年ほど経った後……四番目さんが押し入れを片付けていると、その人形がひょっこり姿を現しました。しかし、四番目さんは違和感を抱きました。なぜなら、おかっぱだったはずのその人形の髪の毛が床につくまで伸びていることに気がつき……!』
おぉ、いいぞ。
怪談あるある、「人形の髪が伸びる」。人形の頭部に貼り付ける動物性たんぱく質によって髪が伸びる、肉体が死んだ後も髪の毛が伸び続けるという事例もある、などとは言われているが「無生物のはずの人形が、生きた人間のそれと同じ現象を起こす」という不気味さはもう問答無用で恐ろしい。ありきたりだが、これは正統派怪談だぞ……! とボルテージが高まる僕の前でラジオが怪談のクライマックスを告げる。
『和服だったはずの衣装もいつの間にか、くつろいだ印象の部屋着に変わっていたのです……!』
って、ダラけただけかい!
怪談なんだからそこは「背丈も伸びて着物のサイズが合っていなかった」とか「憤怒の表情を浮かべていた」とか色々なオチの付け方があるだろ! 引きこもり生活続いて外の感覚わからなくなっただけだろそれじゃあ!
『人形だって堅苦しい着物とかフリフリのワンピースばかりじゃなくて、たまには気を抜いた格好でリラックスしたいのです……』
まぁ気持ちはわかるけども!
どんなに外面がいい人でも、家の中でぐらい怠けたりだらしないところを見せたりすることはある。だけど、それは怪談の登場人物がすることではない。っていうか、このエピソード採用した奴バカだろ! ディレクター出てこい!
もはや怪談を楽しもうという気持ちも忘れ、ラジオに向かって文句を垂れる僕のことなど気にも留めず女性パーソナリティは話を続ける。
『次は「三番目」さんの話……三番目さんの住んでいる地域には広いお寺があり、地元の子どもたちは皆その境内でよく遊んでいたそうです……ある日、三番目さんとその友達が鬼ごっこをしていると途中で、一緒に遊んでいた友達の弟がいなくなっていることに気がつき……三番目さんたちは必死に男の子の名前を呼んで、お寺の中を探して回ったそうです……』
寺社仏閣に纏わる怪談は多い。加えて小さな子どもが怪異に魅入られ、どこかに連れていかれる話も古くから伝わる恐怖体験の王道パターンだ。出だしは完璧、だけど続きはどうなんだ? と僕はラジオに向かって疑わし気な視線を投げつける。
『ほどなくして、弟さんが寺の蔵の前でぼんやり佇んでいるのを見つけた三番目さんはすぐ彼の元へと駆け寄りました。すると蔵の中からすっ、と白い手が出てきて……』
ここまではいいぞ。ここまでは。次はどうなるんだ?
純粋に怪談を楽しみたい気持ちと、開始以来まともな怪談を放送していないこのラジオへの疑念。その二つがぶつかり合う僕の前で、緊張感のある女の声が響く。
『自分の指に施されたネイルを、三番目さんたちへ自慢げに見せつけてきたのです……!』
インスタ女子か!
『その後、三番目さんの友達の弟はその爪に施された技術の美しさに魅入られて現在ではネイリストを営んでいるそうです……』
最終的に魅入られてるけど方向性が違う!!!
駄目だこいつ……早く何とかしないと……もうこれは怪談じゃない。もうこんなの、聞いていられない。僕は暗闇の中でラジオのコンセントを探す。とっとと電源を消そう、そう思うのだがコンセントの先端は見つからず……そんな僕を嘲笑うかのようにラジオがまたちっとも怪談じゃない「怪談」を語る。
『今度の「二番目」さんは、二番目さんの通っていた小学校での噂で……その小学校での女子トイレには幽霊が出るという噂があったそうです……』
女子トイレ! 学校の怪談のホーリー・ゾーン!
本当ならここでワクワクするものだが、今の僕は正直「大丈夫か?」とう気持ちの方が強い。怖くなくてもいいからせめて、ちゃんとした「怪談」を話してくれないだろうか。もう、せっかくめったに使わないラジオを持ち出してきたのに台無しだ……訝し気な僕の目に睨み付けられ、それでもラジオは女性の声を流す。
『二番目さんが聞いたところによると、一番目のトイレには幽霊の幽子さん、二番目のトイレには闇の世界の闇子さん、三番目にはトイレの花子さんがいて……』
幽霊多いな。この学校の女子、大丈夫か?
『四番目のトイレには……トイレの太郎君がいるのです……!』
女子トイレなのにーっ!?
『ジェンダーフリーのこの時代、幽霊だって性的マイノリティへの配慮をしているのです……』
そういう問題じゃねーよ!!!
っていうか、投稿者の名前「二番目」とトイレの〇番目がかぶっててややこしいわ! 普通こういう時はAさんBさんとか適当に仮名をつけたりするもんだろ!
クソっ、せっかくラジオを引っ張り出したのに損した。この番組ちっとも怖くない……そう思いながら手探りで床のコードを探していると、その先端が僕の元へひょっこりと姿を現した。
……あれ、このラジオ、電源に繋がっていない……?
『最後に、「一番目」さんのお話……オカルトマニアの一番目さんはラジオで怪談を聞いていましたが、彼はそのラジオが電気に繋がっていないことにも、そもそもそんな番組の放送予定がないことにも気づかずにずっとラジオから流れる話に耳を傾けていました……』
僕はすぐ側に置いてあったスマホを取り出し、電源を入れる。しかしラジオを聞く直前、充電を終えたはずのそれは電池切れで動かなくなっている。背中に流れる、嫌な汗。遠くにあると思っていたものが、ふいに現実味を帯びてきた恐怖。ドクドクと早まる自分の鼓動に、ラジオから聞こえる女性の声が重なる。
『しかし、番組を聞いているうちに「おかしい」と感じた一番目さんが恐怖を感じ、後ろを振り返ると……』
こういう時はだいたい、振り向いて自分の後ろを見てはいけない。だけど僕は反射的に、見てしまった。暗闇の中、僕の後ろにいたモノ。
『「零」』
――僕の耳元のすぐ側で、ラジオパーソナリティの女性の声が聞こえてきた。