7話
『気を取り直して。これより公開訓練の準備を行います』
掴み処の無いキャラクターではあるが、強烈な喝が入ったには違いない。
それは、引き締まった表情の生徒たちを見ればそれは分かる。
その雰囲気に、壇上の先生も満足気に頷いた。
『では、会場へと速やかに移動してください』
公開訓練は学校が所有する、東西南北に建てられた訓練施設から始まる。
(今回僕のクラスが行くのは、東だったよね)
大まかな訓練の内容として、学校側がクラス内から5人一組のチームを選定し実際のダンジョン探索さながらの実践的訓練を順繰りに行うというものだ。
その選定される組み分けは直前まで発表されない。
冒険者がダンジョンを探索する際は、十分に連携の取れたチームで探索にあたることが推奨、半ば強制されている。
だから今回のように即興に近いチームで事に当たることはそうない。
その稀な機会が今後、ダンジョン探索と言う一大目標を遂行するにあたって、他者とのコミュニケーション能力を養うためのものでもあるとのことだ。
(いいところを見せてアピールするだけじゃなく、チームの足を引っ張らないようにしないと……)
言葉少なに黙々とそれぞれの指定された訓練場へと行進する生徒たち。
『懐かしいなー。あの空気、結構緊張するんだよねー。皆の緊張が伝播しちゃう嫌な時間なんですよ。あの行進』
『お前さんでもそんな時期が―――っておい。これ音声入ってるのでは?』
『え?あ。ご、ごめんなさーい……』
突如。
全生徒へ支給されている耳元のインカムから、先ほどまで壇上で凛々しい姿を見せていた千柳寺さんともう一人、女性とのやり取りが聞こえてくる。
(け、結構抜けてる人なのかな?)
周囲からは小さな笑いが漏れている。
どうやら今の通信で、程よい緊張感を保ったまま肩の力が抜けた人が大勢いるみたいだ。
これを狙ってのポカだとしたらやはりすごい人だ。
(ていうか、皆もすごい……僕なんか、全身ガクガクで少しも緊張が和らがないのに)
ノミの心臓な僕は今尚全身に緊張が走り回ってる。
震えのせいで、歯の噛み合わせは冗談抜きでガチガチいってるし。
気を付けないと歩いてる手と足がチグハグになりそうだ。
『む?これはどうやったら音が消えるんだったか……』
いまだインカムを通して聞こえる声も、鼓膜にフィルターがかかったかのように、脳内でぐるぐるしてる。
「ぅ、ぷ。吐きそう……」
まだ始まってもいないのに、訓練場へ向かって行進しているだけで緊張に押しつぶされそうだ。
『……そこのボタンです。ここを二回押してください』
『ここか?ここを押s―――』
あれ?
今音声が途切れる直前の声、どこかで聞いたことがあるような……
「ぅわっ!?」
インカムから聞こえていた音声に注意を注いでいると、皆が訓練場へと進む中派手に転んでしまう。
「いっつつ……」
歩いてるだけで躓くなんて、自分でも呆れるくらい緊張してるな。
でも、今何か足元が引っ張られたような……
「っぁぐ!?」
「んぁ?あーワリーワリー。日向。地面這いつくばってんのが自然過ぎて気づかなかったわ」
起き上がろうとすると、何者かに背中を踏みつけにされる。
声の主は軽いノリで謝罪している様だけど、まだ背中に足も体重も乗ったままだ。
「ば、馬場く、ん……」
「でも、お前がいけないんだぜ?みんな並んで歩いてる中、和を乱すように転ぶお前がさぁ」
「ぐっ!ごめ、ん」
「俺に謝ったってしゃあねぇだろ?後ろ歩いてたやつに謝れよ」
転んだ直後に僕を踏んだ君が後ろで歩いてた人ではないのだろうか?
そんな疑問など口になどしない。
「……ごめんね。跡部さん、如月さん、木村君」
「うざー」
「てか早く起きなよ。いつまでも道塞がないでくれる?」
「お前、ホント周りに迷惑ばっかかけてんのな」
クラスメイト三人それぞれの反応を聞くと、背中から足をどかしてくれた馬場君は愉快そうに笑い、三人を引き連れ先を行った。
「……公開訓練前にもう汚れちゃったな」
踵がつぶれた靴を履き直す。
間違って踵を踏まれて少しバランスを崩しただけ、それだけだ。
僕が彼らにしていることに比べたらなんてことはない事。
こうして怒りをぶつける権利が馬場君達にはある。
「……あ。震え止まった」
いつものように心を空にすると、全身を固めていた緊張も溶けるようにどこかへいっていた。
馬場君達に少し感謝だ。
「急がないと」
ちょっとの間呆けていたようで、並んで歩いていたクラスメイトや他の生徒たちも先の方へといってしまった。
点呼に間に合わなければ不参加扱いになってしまう。
「クキュ―?」
「ティア。びっくりさせちゃったね。転んだとき大丈夫だった?」
置いてかれ周りに人の気配を感じなくなった途端、顔を覗かせるティア。
僕の心配に対し、
「キュッ!」
と一鳴きで答えて服の中に潜っていった。
『大丈夫!』と言ったと思う。
「よしっ!がんばるぞ!」
緊張も和らぎ、ティアの可愛さにも癒されたところで、僕は気合を入れ直し足早にクラスメイトと合流するため皆の背中を追いかけた。
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『ではダンジョン探索を想定した公開訓練、まず一組目!一年A組から行くぞ!』
僕のクラスだ。
皆規律よく整列し呼ばれるのを待つ。
『木村!』
「はい!」
『跡部!』
「は~い」
『如月!』
「はい」
『馬場!』
「うす!」
のっけから随分と濃いメンバーだ。
A組のクラス内でも特段目立つ四人で、皆優秀なジョブとスキルを持つ実力者。
バランスも良い。彼らと同じチームになった人は幸運だな。
(僕としては……)
『日向!』
(実力差があり過ぎて足手まといにしかならないから……)
『? 日向!』
(迷惑かけるのも申し訳ないし……ん?)
ジャージの中でティアがもぞもぞと何やら蠢いている。
しきりにお腹のあたりを叩かれている感触。
ニョロっとした胴体から生える短く小さな前足で、テシテシと叩く姿を想像して悶絶しそうになってしまったよね。
『日向!日向 灯真ぁ!!』
「……ぇ、あ、はい!?」
『いるのなら返事しろ!』
「す、すみませんん!」
な、なんだ?何で呼ばれて怒られ―――
『以上五名が一組目のチームだ。3分間のブリーフィングで互いのジョブ、スキルをすり合わせてくれ。終了次第訓練を開始する』
「「「「…………」」」」
四人の視線が、僕の全身を貫いて。
「よろしく、おねがいします……」
先程ひねり出した気合が委縮していくのを感じながら、乾いた声でそう答えるしかなかった。