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6話

『特別審査員の!『千柳寺(せんりゅうじ) 雲母(きらら)』さーん!』

「はーい!どもー!どもどもー!」


 壇上に立つ先生の紹介と共に脇に控えていたテントから一人の女性が姿を現す。


(ぅわ!すごい!本物の『ランカー』冒険者だ!)


 気さくで快活な印象を与える、拡声器無しでもよく通った声。

 明るい金色の頭髪をポニーテールに束ねさわやかな笑顔を振りまく彼女は、全生徒の視線を釘づけにしていた。


(半年に一度、年に二回は現役の一流冒険者を公開訓練のゲストに呼ぶって聞いてたけど……まさか、一等級(ファーストレンジ)のエリートが来るなんて!)


 身に纏う、肩やヘソ、足が露出した機動性重視の衣装は恐らくダンジョンに潜る時の彼女の仕事着だろう。

 赤色がかっこいいなぁー!


『あー、皆さん静かに!今日はお忙しい中……ちょ、静かにー!』

「若いねー」


 興奮した生徒たちのあまりの熱狂ぶりに、壇上の先生は圧されているようだ。

 今もあちこちで、


「かわいいー!」

「サインしてー!」

「チェキおねがいしますー!」

「日本人のスタイルじゃねぇ!」

「仕事着エッッッ―――」


 などと、明らかなセクハラ発言も織り交ざって、校庭は生徒たちの喧騒で埋め尽くされた。

 拡声器を通した先生の声すらもかき消す程に。


(わー!オーラがすごい!足、長!楓さんもそうだけど優秀な女性冒険者さんってみんな美人なのかなー!)


 かくいう僕も若干下世話な声をあげていた。

 心の中でだけど。


(でもやっぱりテンションあがっちゃうよ!それだけのスター性を彼女はもってるんだ!)


 千柳寺 雲母。と言えば齢19にして一等級(ファーストレンジ)・5位にまで上り詰めた実力者。

 見た通りの整った容姿と、冒険者として鍛えられた肉体美。


 そしてこの、冒険者業専門学校の卒業生でもある。


 その親しみやすいキャラクターもあって、メディアからも引っ張りだこの半ば芸能人みたいな存在だ。


(けど、その実力は折り紙付き!)


 彼女が座する一等級(ファーストレンジ)という地位。

 それは、冒険者等級という世界中の冒険者協会に登録し管理されている、冒険者の実力早見表みたいなものの中の、彼女の立ち位置。

 その序列は、


 五等級(フィフスレンジ)

 四等級(フォースレンジ)

 三等級(サードレンジ)

 二等級(セカンドレンジ)

 そして、一等級(ファーストレンジ)


 当然、一等級に近づくほど実力が高く評価されている証だ!

 その中でも、各等級上位10位内に名を連ねる者をランカーと称される。彼女はその5位!


 そしてさらに、ゆくゆくは―――



(ん? どうしたんだろう)


 誰に聞かせるでもない、脳内早口トークを繰り広げ幾分か落ち着きを取り戻しつつ壇上を見ると。

 千柳寺さんが先生を制して前へと出る。


 その様子に生徒たちは更にテンションを上げ、それを受けた彼女は歯を見せ太陽のような笑顔を浮かべると。




 《《《皆さんこんにちわっほぉーーい!!!》》》




 ――――初めての体験だった。


「「「「――――――」」」」


 音圧。

 というのだろうか。見えない音の壁、波が大気すらなびかせ全身を通り抜け鼓膜を揺らす。

 声で、全身を鷲掴みにされたような感覚。体中の筋肉が硬直し、声帯も凍り付いてしまったように声が出ない。


 それの発生源が、


「ん。いいリアクションだね!」


 拡声器すら持たないあの華奢な女性から発せられたものとは到底信じられなかった。

 生徒たちの喧騒は一瞬で止み、周囲に通るのは彼女の発声で薙いだ空気の揺らぎ。

 壇上に近い先頭の多くは、突き飛ばされたように尻もちをついていた。


「これが、今の君たちと上級ランカーとの実力差だよ!」


 静寂を取り戻した敷地内に、先程の爆音とは質の違う力強い声を通らせる。


「あたしは今、挨拶をしただけ。ちょっとびっくりさせるつもりでね!あ。先生だいじょうぶっすか?」


 言いながら、壇上でひっくり返った先生を気遣い立たせると。


「敵意を向けられることなく、皆は今委縮したよね。肉体の硬直。ダンジョン内では一瞬であっても命取りだよ」


 魔物はリハーサルなんかしてくれない。と続ける。


「わかるよね?そうならないためにも、一瞬。学びの一瞬、成長の一瞬!一個一個!君たちには無駄にする時間なんてないんだよ?」


 締める様に言ってから、器用にウインクを飛ばすと。


「見てるからねー!」


 颯爽と壇上から降りて行った。


『あ、あー……千柳寺さんありがとうございました……大声の件は、あとでお話があります』

「ぇぇえ!?今あたしめっちゃエモかったのにぃ!そんな補足つけないでくださいよぉ!お説教は嫌っスー!」


 最後はなんとも気の抜けたやり取りが残ったが。


(す、すごい。完全に空気が変わった……!)


 先程まで校庭中に蔓延していた浮ついた雰囲気は、研ぎ澄まされた静寂に包まれだす。

 ただの大声一つで見せつけられた力量差、冒険者を目指す者としての在り様。


(たったあれだけの時間で、こんなに大勢の人間の意識を塗り替えた!)


 テントへと戻っていく背中を全員が視線で追う。

 ここに居る全生徒が、その背中に目指すべきゴール、駆け上がるその先を見ているんだ。


(これが、本物の冒険者。なんて―――)


『コラ!お前さんがいきなり大声出すから、茶がひっくり返ったではないか!』

『ご、ごめんなさいー!』


(―――すごい人、なんだよね?)


 テントの中から漏れ出る会話に、困惑する生徒たちの心が一つになった気がした。

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