4話
「狭いだろうけど、我慢してね」
「クキュ」
ティアと出会ってから1週間が経とうとしていた。
今日もニョロニョロとした体を器用に制服の下に潜らせ通学路を行く。
今でこそこうしているけど、楓さんに相談した日には、説得にかなりの労力を費やした。
普段から僕に対して少し甘い所があるが、事が事だけに楓さんも僕が魔物であるティアを受け入れることを必死でやめさせようとした。
だけど、互いの言い分がヒートアップし。
『そ、それでも!成り行きでも、僕が自分の意思で助けて、この子が僕といたいっていう願いを受け入れたのは僕なんだ!責任があるんだよ!』
『子供が負えぬ責は大人が始末をつけます!いまなら遅くありません。パーティーの除籍権は―――』
『始末、って……この子を、ティアを、殺す。ってこと?』
『……冒険者として、然るべき対処をするまでです』
『ぅっ……く。ティアは、誰も傷つけてない、のに』
『!! と、灯真さん……な、なななな、泣かないで、ください……それは、そんな……そんな顔……』
最終的にはダメもとの泣き落としでどうにかなった。
気の毒なくらい取り乱してた楓さんには悪いと思うし、男としてどうなんだという気もするけど。
あのまま行けば、楓さんの言うようにティアは処分されていた。
情が移ったと言ってしまえばそれまでだけど、僕にはそんな話到底受け入れられない。
楓さんが僕を思ってくれているのは十分理解しているけど、どうしても譲れなかった。
何とか説得した後、しばらく魔物であるティアへ対する殺気が家中に充満してどうなることかと思ったけど……
『灯真さん。確かにその生き物に敵意は見られません。が、魔物は人類の敵。それをお忘れなきよう』
『灯真さん。その生き物と一緒に寝られるのですか?心配です……楓も同衾します』
『灯真さん。その……そんなに、抱き心地がよろしいのですか?……え?か、楓は、そんな……別に』
『灯真さん。ネギ類、チョコレートの類はティアちゃ……が決して口にしないようにお気を付けください』
『んはぁぁあーー!ティアちゃん!すーっ……はぁーっ……狭い額、小さいのにツンとして存在感のあるお耳、つぶらな瞳にスキのあるお口!そしてこの、ニョロンとした肢体に短い四足、無防備なお腹……んはぁぁあーー!』
うん。
なんていうか、ティアの愛嬌に三日で限界化してたね。
あの姿を見てしまったということは、楓さんには秘密にしておいた方がお互いの為、彼女の冒険者キャリアの為。
ま。僕も楓さんのこと言えないけど。
ティアが我が家に来てからこの一週間、この子はひと時も僕の傍を離れようとしなかった。
朝起きる時から夜寝る時までずっとくっついてくる。
同じの空間にいなかったのは、楓さんがティアをブラッシングすると言って連れて行った時くらいだ。
その後、めでたく限界化したのを目撃した。
そんなティア。
魔物といえど僕にとって、ここまで明確に他者から好意を向けられるのは初めてで、純粋にうれしかった。
そのお返しのように、僕も、彼?彼女?(どういうわけかティアには性別を判別できるような器官がついていない)に親愛の情を注いだ。
この子が魔物だなんてことは、もはや僕にとって何の気がかりではなくなって。
家族が、一人増えた。
そして今日もティアは僕から離れることをしないので制服の下に器用に潜り込んでの登校だ。
(でも、今日は。家にいてほしかったな)
僕が通うこの学校、ダンジョンゲートを敷地内に取り込んだ異色の校風。
ここは、対魔物特化戦力。
つまり、『冒険者』を養成する特殊科を有した専門学校。
そして今日は月に一度の特異日。
「生徒諸君!本日は定例の『模擬探索公開訓練』を行う!」
動きやすいジャージ姿に身を包んだ生徒たちが埋め尽くす広大な校庭で、そんな宣言が響き渡り。
(始まる……始まる……)
学生たちもそれに呼応する様に雄叫びのような喧噪。
それを遠くに聞きながら―――
「ハッ……ハッ……」
「クキュ~……?」
浅く、短く、鼓動を速める心音を聞いたティアの、
心配げな鳴き声がやけに近く聴こえた。