表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/26

25話

「そらっ!とってくるんだティア!」

「ククッ!」


 抜けるような青空、まばらに浮かぶ白い雲、そよぐ風。そんな気持ちのよい天気の中、屋敷の庭で僕はティアと遊んでいた。


「クク、クククゥ!」

「あはは!いいぞ!」


 お気に入りのおもちゃを控えめに投げ、それをひたすら僕の元へと運ぶだけの遊び。

 なんてことない動作だけどこれがなかなかに楽しくて仕方がない。


「あっ!ごめん!強く投げすぎた!」

「クッ!―――クキュっ!?」

「ティア!?」


 高めに投げてしまったおもちゃを追って、置かれたベンチを短い手足で器用に上り、跳びながらキャッチすると、驚いたような一鳴きと共に背もたれの向こう側に消えてしまう。


「ティア!大丈夫!?」


 僕は慌ててベンチの後ろに回り込むと。


「ククッ、ククク♪」

「よかった……」


 特にケガもなく、キャッチしたおもちゃと戯れていた。少し過敏になりすぎかもしれないけど、ふとした時にどうしてもあの血にまみれた姿が脳裏をよぎると、生きた心地がしない。


「こいつめ。心配かけるなよ」

「ク?」


 自分の暴投を棚に上げ、チョンと鼻先を指でつつく。当の本人は「なんのこっちゃ」と言わんばかりに首をかしげるだけ。


「ははっ。ごめん、投げるのへたくそだったね」


 謝罪するも、やはり気にした様子もなく鼻先でおもちゃをドリブルしながら僕から離れていった。

 そんな後姿を見ながら。


「……やっぱり、まだ慣れないな」


 今さっきの暴投を思い出しながら掌を見る。

 同じくして、そこにあるはずのない、あの日の、僕とティアの血の跡を幻視したような気がして。



「これで、これで、いいんだ」



 漏れた言葉と反する様に、あの日を追憶する――――






 ::::::::::






「ん……あ、れ?」


 ついさっきも、体感した浅い眠りからの覚醒。違うとすれば、身体の節々が痛む。

 どうやら、テーブルに突っ伏して寝てしまっていたようだ。


「……ティア」


 目覚めてすぐに見えていた寝息に上下する毛皮。


(よかった。ティアが生きていたの。夢じゃなかったんだ)


 触れると手のひらに伝う温もりが、波立ちかけた心を静かにする。

 それを見届けると、凝り固まった体を伸ばし周囲の状況を確認する余裕も生まれ――――



「ん?おぉ。おはよう、少年」

「……」



 対面のソファに腰かける人物を見ると、腕と背を伸ばした格好のまま固まる。

 声の主が手にしていた小説のようなものを、ぱたん、と閉じる音でその硬直は解除された。


「え゛!?」

「ん?」


 とはいえ、状況を整理しきれていない。


 小首をかしげながらこちらを見る、気だるげな目元に空色の瞳、透けるように色素が薄く青みがかった長い髪、それらと近しく調和のとれた艶やかな着物と、色濃い青碧の襦袢。


 うん。間違いない。


「天門冬 雪……!?」

「ぬ?そうだが……つい三十分ほど前にも会ったろう?」


 いや、うん。記憶にはある。けど、さっきはティアの事で必死で……


「んん~?もしや術の影響で記憶が?いや、楓がそんなヘマを……」

「あ、あ、あの。ち、近すぎでは」


 楓さんと言いこの人と言い優秀な冒険者は身体能力が僕のような常人とはかけ離れている。

 だから何気ない一瞬の接近に僕は一切反応できず、気づけば鼻先に髪が掠めるほどの距離に信じられないくらいの美貌が……


「―――ユキさん。まだ病み上がりですのでその変に」

「お?」


 突然の出来事にドギマギしていると、楓さんがどこからともなく現れ、天門冬さんの肩に手を乗せ引き離していた。


(た、助かった……?)


 ティアの事で心配がなくなった今、彼女の存在はこの場においてそれに次ぐほど僕の心をかき乱すものだ。


(て、テレビとか雑誌で見るのなんか比にならないくらい、き、きれいな人だ)


 印象は大分幼げな感じはあるけど。

 でも、僕が取り乱したのはそれだけじゃなく……


「いや、なにやら少年の様子がおかしいのでな。具合を―――」

「冒険者に憧れる人間にとっての、『天門冬 雪』がどういう存在なのか。自覚してください」

「む」


 そう、冒険者を志す僕のような存在にとって、冒険者としての彼女がどれほど高みに置いている存在か。

 有体に、雲上人と言って差し支えないだろう。



 ……でも、




「……冒険者。かぁ……」

「「……」」


 今の今まで、強烈で鮮烈な出来事が続いているけれど、だからこそ、記憶の混濁なんか起こしちゃいない。

 全部、覚えてる。


「会えて、すごく、光栄です……楓さんもそうだけど、天門冬さんも。僕の憧れの冒険者……()()()()()


 意図的だ。過去形を含めた言い方をしたのは。


「……灯真さん。大事なお話があります」

「! 楓……いいのか?」

「話?って……?」


 楓さんの顔を見るに、これはきっと避けて通れない話なんだろう。

 そして、このタイミングでのそれは、きっと、僕のためを思ってくれての事なんだろう。


「落ち着いて、聞いてくれますか?」


 とても辛そうに顔を歪める楓さん。

 それが僕の痛みの肩代わりをしてくれているような、そんな優しさを感じて。


「――――うん。お願い。楓さん」


 その場にそぐわない、安らかな笑みを、僕は浮かべていたと思う。






 ::::::::::





 名:日向(ひなた) 灯真(とうま)(15) 

 性別:♂

 レベル:1

 ジョブ:無職

 HP:10/90

 MP:2/30

 SP:0

 力:1

 丈夫さ:1

 素早さ:1

 知力:1

 精神力:1

 幸運:4


 スキル:なし

 ユニークスキル:

増減与奪(パラメーカー)LV.1】 

 消費MP:8

 クールタイム:270秒

 効果:経験値獲得無効。自己能力値変動・変換付与

 パッシブ:無機対象能力値接収




「ステータス、オール1。か」


 あの時最後に見たステータス画面を、青空に思い浮かべる。

 いや、正確にはHPとMPは変わらず、幸運が4だったんだけど。


「不思議なこともあるんだな」


 あの時楓さんに告げられた、今目の前にある現実を突き付けらた時も、今も、抱いているのはそんな気持ちだ。

 受け入れ、とも、諦め、とも何か違う気がする。


(楓さんと天門冬さんは濁していたけど、多分原因は……)


 ティアの事。なのかもしれない。

 根拠も何もないけど、タイミング的に考えても、ティアが無事息を吹き返したことに起因する気がする。短絡的に、僕の中ではそう結論づいている。


 あれは神様が、僕の願いを聞き届けてくれた奇跡なんだ。と。


 むしろ、おかげで踏ん切りがついた。




『そっか……これはもう、流石に絶望的だよね』

『灯真くん……』

『でも、きっと、これで良かったんだよ。うん……引き換え、だったんだよ。僕のステータスは今日。ティアの命と引き換えになるためにあったんだ……そう考えると、誇らしいし、嬉しい』

『少年。君は……』

『最後に、天門冬さんみたいな有名冒険者に会えて、僕は幸せ者です―――』




 あれから、三日間。

 僕は学校に行っていない。冒険者を志す学生たちの学び舎に足を踏み入れていない。

 あの日起きたことも、その後の出来事も、この先のすべきことも、僕は今、全てを保留にしている。


(ただ一つ確かなのは)




 僕はもう、冒険者になる道を、捨てた。




 あの日、楓さん達の前ではっきりとそう告げた。

 憧れの一流冒険者たちの前でそんな宣言、失礼かもしれないけど、少し贅沢な気もした。


 ちなみに、天門冬さんが何故あの場に居たのか。楓さんはそのことも濁していた。

 でも、二人は以前から交流があるようなので、まぁ、そう言うこともあるのだろう。


 そして夢を追うことをやめたあの日以来、ステータスを確認する事もなくなった。もとより、伸びることのないものを見ること自体意味の無かったことだったし。


 今は、自分でも驚くほど、心が穏やかだ。


 不便な事と言えば、さっきティアのおもちゃを暴投してしまったように、急激に減少したステータスにより力の加減がうまくつかめない事だ。


(ま。日常で困ることは無いけど)


 ダンジョン内のような取り返しのつかない環境でなければ、大した問題ではない。

 能力値1でもスプーンとフォークは持てるし、花壇に水やりもできる。

 瓶詰めのフタは……楓さんが開けてくれるし。



「灯真さーん!お待たせしました。一通り仕事が終わりましたので、訓練を始めましょう」

「楓さん。お疲れ様。今日もよろしく」



 あと、趣味も増えた。

 といっても、冒険者を目指していた時から毎日やっていたことだけど、楓さんに戦闘訓練を付けてもらうこと。

 楓さん曰く、急激に変化したステータスに慣れていくには、普段から慣れ親しんでいる運動が適しているだろうとのこと。



「今日もいい汗かくぞー」

「クキュ!」

「ティアはそこで見ててね」

「……ふふっ。楽しそうですね。灯真さん」



 こうして、死に物狂いで冒険者を目指していた時よりも心に余裕を持った戦闘訓練は中々に楽しい。

 まぁ、目的はリハビリのようなものなんだけど。


「では、始めましょう」

「お願いします!」


 でも、ふと、思うんだ。


「握りはしっかり。疎かにすれば、動かない簀巻きでもケガをしますよ」

「はいっ」


 これが物語だとしたら、今の僕は……


「体の内側を意識してください。うまく使おうと考えず。自然体に」

「はいっ」


 終わってしまったんだろうか。

 ハッピーエンドの、その先を進んでいるのか。

 バッドエンドのその後を過ごしているのだろうか。


 それとも―――


「―――あだっ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

「いてて……木剣が折れて……」


 何かが、


「……少し、痛んでいたようですね。代わりのものを用意します―――」


 始まろうとしているのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ